『7』
『7』
「一つの諦めが、また次の一つへと導いてくれることは……あり得ると思います。だけど俺は、簡単に諦めとゆう結論を出すようにはなりたくない。諦めるっていう強さもあると思いますけど、諦めなければ希望はあるって。確かに綺麗事かもしれないですけど、俺はまだ……いや、いつまでもずっとそちら側でありたいと思ってます」ロビージオの答えに、オッゾントールは破顔し、発せられた第一声は「悩んだかい?」であった。
ロビージオは首肯し、「良い答えを、先生にとっての良い答えは何かを導き出すために四苦八苦していました」と伝えた。
「で、行き着いた良い答えというのが、いま語った言葉かい?」そう訊ねるオッゾントールの眼差しは、深淵まで全てを見抜いているようであった。だが、威圧的な色は無く、その眼差しに晒されているロビージオが心地好さを抱く程でもあった。
「違います。良い答えには……行き着きませんでした。いや、正確には、良い答えを模索することを止めました」満腔を開いて口にした。オッゾントールは顎をさすりながら「ほぅ」とだけ零すと、視線で先を促した。
「諦めの積み重ねでは、人生を全うしたと胸を張って言えないと思いました。人生の中で、己の全てを賭け代にしても捧ぐべき価値のあるものを俺は見つけたいです。それが見つからないことを憂いたり呪ったりして、畢竟、諦めに至ってしまい、刹那的な享楽をその代償と嘯きながら生き続けていくこと、それこそ心底から峻拒したい。だから……諦めません、何があっても決して。俺は諦めの悪い者を貫くことで、真に為すべきことへ辿り着いてみせます」
自分自身も不思議に感じるほど、淀みなく言葉が続いた。何故であろうと考えた刹那、眼前にいるオッゾントールが意識の中に映え、得心のいく思いがロビージオの身内を満たす。憧れを超え崇拝に近い存在と相対したことで、加速度的な成長を遂げることが出来たのだ、と。
当のオッゾントールはロビージオの言葉を聞いて満足気に頷くと、一転、思案顔となり「人生において、全てを賭けるに足る価値あるものとは、どのようなものであろうな?」と独り言のように問い掛けた。
「それは……正直なところまだよく分かりません。ただ、人は不死身ではあり得ません。いつか必ず死はやってきます」そう口にすると、夢幻の母の面影がふわりと浮かび心内を微震させたが、一つ深呼吸をしたロビージオは「突然訪れる死もあります」と言い切った。
「確実に訪れる死へと向かい、残された時を使っているという事実は、たとえ神皇帝閣下であろうと俺たちであろうと変わりません。諦めることに費やす時も、価値あるものの探求に割く時も、等しく流れていきます。そうであるならば、有限の時の中に生きているからこそ、その時間を大切にしたい。時の流れを憂うのではなく、愛おしく思いながら寄り添っていきたいのです」
夢幻の母の面影が、やさしく微笑んでくれたように感じた。錯覚でもいい。見間違いでも構わない。ロビージオは、そう信じた。
手と手を打ち鳴らす音が響いた。オッゾントールが満たされた表情を浮かべ、盛んに拍手している。「素晴らしい。そこまでの言葉が、君から聞けるとは正直なところ予想だにしていなかった。いやはや、見くびっていて申し訳ない。己の教え子の力量すら見誤るとは、私もまだまだであるな」と言うと、自省を表すように顔をくしゃりと歪めた苦笑を浮かべ、「ところで、ロビージオ。君はいくつになった?」と訊ねた。
「十六歳です。まもなく十七になります」溌剌とした答えだった。主張する必要のない若さが多分に含まれている。
オッゾントールは何度も頷くと、続いて「そうか。デル坊と同じか…」と呟いた。
「デル坊?」当然の疑問文をロビージオが投げかけると、「いや、知り合いの少年だよ」というオッゾントールの即答が返ってきた。即答であったにもかかわらず、ロビージオはその答え方に微かな躊躇いの色を感じたが、錯覚であろうと思い直した。
オッゾントールからの宿題を見事にやり遂げ、称賛の言葉まで得たロビージオには、当然嬉しさが込み上げていた。その嬉しさを身内いっぱいに満たしたかったが、一方でそうはいかない要素が半身を満たすかの如く存在していた。昨日の離宮での体験である。
得体の知れぬものの気配を感じたという以外は、何一つ確かなことが分からない中で、その事実を師に伝えるか否か。ロビージオは迷った。だが、あの体験以降、幾重にも考えや可能性を重ねてみたものの、手詰まり感は否めない状況にあり、迷い躊躇う際の時の流れも平等で変わらないのだという思いも加わり、畢竟、師に打ち明けて何か助言を得たいという思いに収束していった。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
そう切り出したロビージオに、オッゾントールは「もちろん」と快活に応え、続く言葉を待つ姿勢をとった。ロビージオは渇きを訴えていた唇をひと舐めして潤すと、昨日の離宮での体験を語り始めた。
始めのうちは笑みを称えていたオッゾントールの表情も次第に真剣なものへと変わり、言葉を差し挟むどころか、やがては三つの星紋がくっきりと浮かぶ右手を拳にし、自らの口元に当てたまま微動だにもしなくなった。
ロビージオの語りが終わると、体勢は何一つ変えないまま、オッゾントールは両の瞳だけを閉じた。
しばらくの間、二人を沈黙が包んだ。ロビージオは瞳を閉じて黙したままの師を見やりながら、果たして己が体験したものの半分でも上手く伝えることができたかという不安に苛まれた。何しろ、実像は無く、漂う気配だけが対象となる話なのである。語る言葉、表情が稚拙なものに終始してしまった感は否めない。
それでも師なら、天才と称されるオッゾントール・ユウリなら、と期待に胸を膨らませ、師がどのような閃きを披露してくれるのかを心待ちにした。だが、沈黙の後、師が口にした言葉にロビージオは拍子抜けした。
「うーん……いったい何なのであろうな。皆目見当もつかんよ」




