『26』
『26』
あちこちから春の息吹が感じられ始め、まもなく冬も終わりを告げようとしていた。吐息が白く染まることもなくなり、気の早い春の花はその姿を現していた。どことなくふわりとした陽気は人々の心を軽くし、光に満たされた屋外には子供たちを中心とした嬌声が響き渡る。
冬から春へ、確かに時は流れていた。
時の流れというものは、その時に留まりたいと祈る者にも、未来へと早く進みたいと願う者にも、誰にとっても平等である。ただ、その者の心情や抱える背景などによって如何様にも感じられるものだ。
ある者を救いたい一心で当事者のごとく必死になって奔走する日々は早く感じられるかもしれないし、当事者ではない者が無責任に結果を待つ時間もまた、いざ振り返ってみると短かったりする。
悲しみに暮れ、己の無力を嘆く日々は遅々として進まぬように感じられるかもしれないし、巨大な恐怖に押し潰されそうな日々も同様だろうか。
そして恐らく、多くの皇国民がそう長くないと感じた時の流れを経て、デルソフィアとハーネスに対する判決は下された。
結局、一連の過程が公開の場に降りてくることは一度たりとも無かった。異例中の異例、全てが非公開のまま終幕し、全容を知る者はほんの一握りに限られた。
しかし、そこへの違和感を面妖に消失させられた皇国民の大多数から、非難の声は何ら挙がらなかった。多くの皇国民をはじめ、神皇帝一族の者でさえ、判決内容を知る術は、神皇帝の名で発出された通知書面だけだった。
『無期限の配流』
これがデルソフィアとハーネスの両者に下された判決だった。
ゴンコアデール院における春は、新生活の始まりの季節といえた。
プレミアの全課程を無事に修了した者は卒業していき、そのほとんどが皇宮をはじめ、皇国内の様々な機関や施設などで職に就く。リーガの者もアンに所属していた者も、各課程を修了していれば、それぞれプレミアとリーガへ進級する。そして新たな院生たちがアンへと入ってくる。
ロビージオはプレミアに進級した。
オッゾントールの死に触れ、己を見失うという失態を犯したものの、見事に復活を遂げた格好だ。
プレミア進級に際してゴンコアデール院では、各人が希望の職を明らかにすることになっている。各人の希望は、リーガの全課程修了者に対する総合評価順位と共に、院内の掲示板に張り出され、院内に入れる者なら誰でも目にすることができる。
各職の枠には限りがあり、己の希望する職が、自身より上位の者で埋まってしまうこと等も把握できる。しかし、そこで諦め、希望を違えてしまう者は、ゴンコアデール院生、ましてやプレミアまで進級した者の中には皆無に近い。
上位の者に追い付き、追い越していく。その必要がある者は、残された一年という時を、そのために費やすことを誓うのだ。
ゴンコアデール院を卒業する者たちが希望するのは、職務内容は様々であっても、職場としては皇宮内が圧倒的に多い。そして、人気の高さは、皇宮からの距離の近さに比例した。神皇帝あるいは皇宮の近くが皇国の中枢であるとの認識が、やはり院生の共通項として醸成されており、畢竟、人気が無い職は皇宮から遠く離れた地にあった。
例えばその一つとして、別宮・サーフノウ宮における衛兵の職が挙がる。サーフノウ宮は、バルマドリー皇国の南洋に浮かぶ孤島に佇立している。
別名、島牢獄。
そう、皇国内で罪を犯し、極刑ではないものの、その咎の重大性に鑑み、無期限の配流となった者が服す場所だ。
もちろん、サーフノウ宮の衛兵たちは罪を犯したわけではない。だが、罪を犯し二度と島の外へ出られない者と共に過ごすこと、そこに四方を海に囲まれた孤島という環境要因が加わり、あたかも衛兵たちも罪人と同義であるように他者の目には映りがちだった。
今回、プレミアに所属する者のリーガにおける総合評価および希望の職が張り出された時、辺りは少なくない騒めきに包まれた。総合評価第四位の者の希望が、サーフノウ宮だったのだ。
第四位なら間違いなく、皇宮内の職を得られる位置付けである。今後の実務や論功によっては、政大将軍や武大将軍も十分に狙え、そこを目標に掲げても誰も嘲笑しないであろう。
何故?
血迷ったか?
下位者への当て付け?
サーフノウ宮に家族がいるのでは?
疑問符を伴ったそんな言葉が飛び交った。
前代未聞の事態を引き起こした張本人。一際目立つ、サーフノウ宮の文字の上、総合評価第四位の者の名が記されている。
"ロビージオ・マクマン"、と。




