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『24』

『24』

神皇帝皇子デルソフィアとその側仕が、オッゾントール殺害および教唆の罪で捕らえられたという報は、瞬く間に皇国内のあちこちへと拡散した。当然、ゴンコアデール院にもそれは届いた。

その事実を前に、始めは講師も院生も戸惑いを深く募らせ、話題に挙げることすら逡巡していたが、時の経過が明確な怒りを醸成させると、皇子と側仕を非難することが正義といった感情があっという間に飽和し、やがては弾けるように怒声や怒号が院内で頻発するようになった。

ロビージオの場合、その経過は皆と似ていたが、怒声や怒号を挙げ、怒りを外へ発することはなく、それは内へ内へと沈み、ある一点からは憎悪へと変貌した。デルソフィアを称える気持ちがあったが故に憎悪は強く、身内の深みに滞留した。

巷では、何故、皇子デルソフィアが側仕を使い、オッゾントールを殺害させなければならなかったのか、その謎解きに多くの者が多くの時間を費やすようになっていた。皇宮からの正式な発表は何も無く、糟粕な話が乱立する一方で、聞く者が妙に納得してしまう犀利な筋立てもあった。

だが一様に、真実であると確信を持って語る者は皆無だった。

また、「きっと何かの間違い」と主張する者たちも存在した。デルソフィアを知る者、その実兄、実姉を知る者、そして実母を知る者たちは皆、その一族が放つ美と罪とを結びつけられずにいたが、それが庇蔭から生じていることを自覚してもいた。

皇宮内における反応も様々と言えた。

ジェレンティーナは、反論の声の先頭に立って振る舞うという衝動を必死に抑え、クリスタナと共に善後策の供出に注力した。クリスタナもまた、事の始まりが自身にあると、その責を痛感し、現時点での最善を明らかにするために、ジェレンティーナ以上に奔走していた。

二人に共通していたのは、デルソフィアもハーネスも誰かに謀られたのだという思い。デルソフィアとハーネスがオッゾントールを殺害したとは微塵も考えず、真の首謀者の存在を確信していた。

ウィジュリナは悲しみの底にいた。ジェレンティーナやクリスタナと同様に、デルソフィアとハーネスの犯行とは信じておらず、偽られ、隠されている真実があると思っていた。

だが、その真実を白日のもとに晒すためには、余りにも無力な自身を呪い、痛嘆の涙が幾度も頬を伝った。食も通らず、美しい白磁であった肌は病的な蒼白に変貌し、傍目にも衰弱していく様が明らかだった。常に側に寄り添うスカーレットには痛切な表情が張り付き、二人が醸す負の連鎖が周囲の空間を埋め尽くしていった。

他の神皇帝一族の者については、特段騒ぎ立てる者も無く、そこには関わりを避けたいという心情が透けて見えた。元々、実母が異なる兄弟姉妹の中には、同じ一族ではあっても同じ家族ではないとの思いが強い。ただ、圧倒的な美しさが他の皇妃から疎まれていた第二皇妃の実子が当事者であれば、非難や中傷の声が多々聞こえてきそうだが、事の重大性を鑑み、縮こまってしまう者ばかりと言えた。第二皇妃の実子達との乖離は、ただただ大きく、一族と括ることの虚しさばかりが際立った。

そして、デルソフィアとハーネスを捕らえるよう発令した神皇帝フガーリオは、たった二人を捕らえるために皇国軍全軍を動員した貪婪を何ら恥じることなく、改めて権力の頂にいる己を誇示できたことを自賛していた。

全軍をも用いて実子を含む二人を捕らえさせた理由について、フガーリオを神皇帝という地位でしか知らぬ一般民の多くは、相談役という高い身分であったとはいえ、神皇帝の下にある民であったオッゾントールを理不尽に喪ったことへの怒りの発露などと捉えていた。従って、全軍動員という常軌を逸した行動も、一般民の中では支持こそされ、非難の声はほとんど挙がらなかった。

皇宮内にあり、フガーリオを少しでも知る者たちは、気まぐれの天秤がたまたまそちらへ傾いただけなどと思っており、真実かそうでないかは不透明であることを悟りつつも、デルソフィアとハーネスの運の悪さに憐憫の情を催すと共に、当事者にならなかった己の幸運に内心で欣喜雀躍していた。

なお、セルジーンは、デルソフィアとハーネスが捕らえられた直後から、その姿を見た者は、部下など限られた者を除き、ほとんどいなかった。体調を崩し、床に伏せているという話が、真偽は別にして、ただ伝わっていた。

また、デルソフィアとハーネスが何処に捕らわれ、誰に、どのような聴取を受けているのか。それを知る者も、ごく僅かであった。


「俺は、皇子と側仕を許せない」

同じ長床で絡み合った後、心地良い疲労に共に浸れる筈の時にも、ロビージオの心内はデルソフィア達への憎悪が過半を占めており、ニチェンテに申し訳ないという気持ちがありながらも、そんな言葉が口をついた。一糸も纒わず、全てを曝け出した行為が、心内の装飾を取り払い、過半を占める憎悪が自然と言葉になったのだが、それを理解するニチェンテがロビージオを咎めることはなかった。

ニチェンテはロビージオの胸に頭を乗せた。

「許せないよね、人が人の命を奪うなんて。何故そんなことができるのかな。そこまでの人生を振り返ることもできずに、突然、そこで命が終わってしまうのよ。どれだけ悔しくて、無念だったんだろう」ニチェンテの声は涙が滲んだように揺れて震えていた。

ロビージオは、胸に乗せられたニチェンテの頭を優しく撫でた。そのしなやかな髪の感触は、憎悪が蔓延して凝り固まったロビージオの心への光明となり、改めて隣にいる存在へ感謝の思いを馳せる。

「人が生きてく中では、楽しいことや嬉しいことで自分をたくさん満たしたいって願う。そうやって満たしても、辛いことや苦しいこともたくさん起きて、満たされてた部分を削っていってしまうわ。だから人は、誰も一人では生きられないと思う。満たされていない部分を埋める存在が必要でしょう」まるでロビージオの心内を見通したかのような言葉であり、ロビージオは驚きを禁じ得なかった。鼓動が大きく跳ね、その反動はロビージオの心内を極端に傾けた。

ニチェンテを守りたい。

二人が今、築いているものを守りたい。

そして、二人が未来で育むものを守りたい。

それを破壊しに来る者、奪いに来る者は決して許さない。

現に、そうした者がいるわけではない。だが、極端に傾き、平衡を失い妄執したロビージオの心は仮想敵を求めた。

それがデルソフィアとなるのに、多くの時間は必要なかった。

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