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『21』

『21』

自らの出自等を語るクリスタナの口調は淡々としていた。

クリスタナの話によると、極めて高い身体能力を有する一族や武器・暗器等の扱いが非常に長けた一族、非常に的確な卜占をはじめ超常に近しい特殊な能力を備えた一族など、他とは違う力で差別化を図っていた一族は現在、その数を大きく減らしていた。特異で傑出した力は、戦いの中でこそ活きる類のものが多く、バルマドリー皇国の建国により、世から大きな戦いが無くなった後、その世界に適応できなかったためだ。

「結局、戦いの中でしか生きられない一族が多かったんだ。戦いが全てであり、それが無くなれば文字通りの無。皇国も王国も、右へ倣えで軍縮の一途を辿った中、戦いや軍以外で、その秀でた能力を活かしていけるように発想を転換できなかったんだろうな」そう説明するクリスタナによれば、現在も存在が確認されているのは、自身が出身の一族も含めて三つだという。

現在も続くクリスタナの一族については、武器や暗器等の扱いに長けた一族だった。決して巨大な一族ではなく、むしろ少数精鋭で、一族を構成する家族は十かそこら。かつ、その力の継承は一子相伝であり、後継となれぬ者は、いずれも一族外へ出された。

「うちは、兄者が幼くして死んだ。じゃなけりゃ、俺は一族の外へ出されていて、皇国に仕えることも、ましてやジェレの側仕になることもなかっただろう」微苦笑を浮かべたクリスタナであったが、デルソフィアはその狭間に、遣る瀬無さのようなものも見て取った。

クリスタナは幼き頃に、同じような生業の一族が、自分たちとは別に二つあることを聞かされていた。一つは、超人とも言うべき身体能力を有する一族。もう一つは、天候を操れるという極めて特異な能力を備えた者が一定の割合で生まれてくる一族。ただ、これ以上の詳細は、クリスタナも把握していなかった。

クリスタナの話に聞き入っていたデルソフィアは、区切りといった態でクリスタナが一息つくと、自身が考え至ったシュバンツ礼拝堂における殺害方法に言及した。その可否をクリスタナに問うためだ。

「高い身体能力を有する一族は当然として、俺の一族の者にも可能だろうな。天候を操れるだけでは、ちょいと難しいだろうが、ただ…」そこで言葉を区切り、クリスタナは窓の外へ視線を移し、「雷鳴ってのが気になるな」と口にした。

デルソフィアも、その点は気になっていた。

クリスタナが続ける。「オッゾントールの旦那を、あの時間にあの場所にいるように謀ったとして、雨だけならまだしも、そう都合よく雷が鳴るか?しかも繰り返し鳴るとなりゃ、それなりに発達した雷雲だ。これだけのことを仕出かす奴が、そこだけ運任せってのも考えにくいぜ」

「ちょっと待ってください。謀とは一体?」ハーネスが堪らずといった態で疑問を挟んだ。

「おぉ、そうか。すまんすまん」クリスタナは顔前で手刀を切って詫びた。

「いいか、ハーネス。お前の話とデルの話から、こう推察できるんだよ。ハーネスのもとに、当日の待ち合わせの変更を告げに来た奴、ゴンコアデール院生らしいが、それは恐らく偽物だ。その者は、オッゾントールの旦那を殺害した奴…とは考えにくいんで、その協力者だろう。院生証は事前に盗み出し、気付かれる前に戻すか、落し物を装って届け出れば済む。あとで院に確認してみれば、一時、院生証が手元から離れていた者を見つけられる筈だ。一方でオッゾントールの旦那にも、デルあるいはハーネスの名を騙り、待ち合わせ場所の変更を告げたんだ。ただ、ここで考えなくてはならないのが、この役目は誰にでも可能ってわけじゃない。見も知らぬ奴にそんなことを告げられて、ほいほい信じるような間抜けな人じゃない。必ず確認する筈だからな。となると、旦那が確認は不要と考える者ということになる」

「それは、つまり……」ハーネスは続きの言葉を飲み込んだ。

それが解を示していた。デルソフィアもジェレンティーナも黙しているが、理解していた。解を明らかにする役目はクリスタナが担った。

「ああ。旦那の顔見知り、いやそれ以上、それなりに親しい間柄の者だ」

「そんな……」ハーネスが、まるで知っている者の犯行であると決まってしまったような悲しい表情を浮かべた。

「まだ推論の域を出ない。だが、デルの考えを発端にすると、かなりの高確率でそこへ帰結しちまうと思う」ハーネスを慮ったのか、クリスタナの口調はいつになく優しかった。

「確かにな。だが、オッゾントールが親しくしていた者は、一人二人ではなかろう」ジェレンティーナが次の疑問を放った。

「もちろん、そうだ。旦那と親しいって観点だけで殺害者を限定するのは無理だ……」

「最初の絞り込みは、皇宮内にいる者か」デルソフィアが淡々とした声色で口にした。

「その通り。うちの一族は少数な上に力の継承は一子相伝だから、皇宮内にいるのは俺ひとりだ。だが、他の二つの一族はどうだろうな。全体数の多さに比例して、世界各地に散らばっている者の数も多い。皇宮内にもいるのは間違いないだろうし、その数も一人や二人ではないかもしれない」

「確かに。だが、その存在を全て把握している者が皇宮内にいるのか?例えば、クリスタナの出自を知っている者は兄者以外には誰がいるのだ?オッゾントールですら、お前が打ち明けるまで知らなかったとなると、相当限られてくる筈だ」

「そうだな。確たる証しがあるわけじゃないが、全てを把握していると断言できるのは、二人だ。神皇帝と政大将軍。あるいは、武大将軍、神皇帝の側仕も知っているかもしれん。ジェレのように、個人個人を知っているとなると、もう少し増えると思うが、総じてその数は多くないと言えるだろう」

クリスタナが解を示した後、居室内は静まり返った。神皇帝や政大将軍といった単語が辺りの空気を張り詰めらせ、身動きすら容易ではないものにしたようだった。

「なるほど。分かった」デルソフィアは沈黙を破ると、それだけではなく踵を返し、三人に背を向けた。

デルソフィアの背と相対した三者は一様に驚きの表情となった。その中でいち早く常軌を取り戻したクリスタナが、その背を掴むが如く言葉を投げた。

「待て待て、何処へ行く気だ?」

「父の許だ。こういうことは頂点に質すのが手っ取り早い」歩みは止めたが、振り向くことはなかった。「止めても無駄」背がそう語っている。

そのためか、クリスタナは翔けるようにデルソフィアの前へ回った。

「神皇帝に直接問い質すのは愚策だ」いつになく真剣な眼差しでデルソフィアを見下ろす。

「愚策だと?」

「考えてもみろ。何と言って質す気だ?あの方が気まぐれなのはよく知れたことだ。この件でどのような反応を示すかは俺にも分からん。明確な展開が想定できないなら、神皇帝への問い掛けは極力避けるべきだ。もし仮に、逆鱗に触れたらどうする?また幽閉の身だぞ」

幽閉ーー。その言葉がデルソフィアの心を震わせた。

自身の独断のみで突き進み、結果として幽閉の身となったことでハーネスが被った影響に思いを馳せた。クリスタナを見上げていた視線を外し、振り向くと同時にハーネスへと向けた。

悲壮感すら漂わせるハーネスがそこにいた。胸を突き上げるものがあり、デルソフィアは目を閉じた。

「分かった。だが、どうする?ここで止まるわけには行かぬぞ」

おやっという表情をジェレンティーナが浮かべたが、特段の言葉は差し挟まなかった。

「分かっている。お前は嫌がるかもしれんが、神皇帝一族の皇子という立場を使う」

「それで?」異論は挟まず先を促した。このデルソフィアの反応もジェレンティーナには新鮮だったが、ここでも沈黙を通した。

「政大将軍に会うんだ。皇子の望みとあれば、政大将軍といえど断れない。会って、この話に巻き込めば良い。巻き込めさえすりゃ、その先は、お前次第だぜ」

クリスタナはデルソフィアの胸部あたりを指差した。人を指差すという礼を欠いた行為に出たのも、その先が胸を差したのも、心で、気持ちで、政大将軍を説き伏せる必要があることを物語る証左だ。

デルソフィアは無言のまま頷いた。眼差しが一層の力強さを増した。

世界を救うーー。

その道程の途上に政大将軍との邂逅があるなら、皇子の立場でも何でも利用して相対する。そこには、幼く未発達な正論に拘泥し、人としての正道ばかりに妄執するデルソフィアの姿は最早無かった。

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