『19』
『19』
「あの礼拝堂、正式にはシュバンツ礼拝堂と申しますが、あの場所がオッゾントールさんが亡くなられた場所だということは、もちろん知っておりました。ただ私はそれ以前、もうかれこれ二年ほど前からシュバンツ礼拝堂に日参しております。捧げる祈りは、その時々で異なりますが、この二年間、オッゾントールさんの殺害後、封鎖されていた数日を除いて、礼拝を欠かした日はございません」スカーレットは激するでもなく、常と変わらぬ穏やかな口調で、礼拝堂の中から現れた理由を明かした。
礼拝堂の中から現れたスカーレットを前に、固まったままでいるデルソフィアとハーネスの二人に、「ここにいてはいずれ、デルソフィア様に気付く民も出てきましょう」と言い、スカーレットは場所を移すべく二人を先導した。三人は今、大正門前の踊り場にいた。
日中のこの時間、この場所ならば、シュバンツ礼拝堂周辺よりも遥かに人通りが多く、立ち話をしている者が他にも幾つかあり、何ら目立つことはない。万が一、デルソフィアの正体が明かされるようなことになっても、皇宮前という観点から、如何様にも理由を構築できる。スカーレットのその考えは、デルソフィアにも十分、得心がいった。
「そうであったか、二年も前から。とすると、オッゾントールの件が起きたあの日も、あの礼拝堂を訪れていたのか?」
「はい」スカーレットはあっさりと首肯した。
思わぬ身近に糸口になり得る存在がいたと、デルソフィアが高揚しかけた時、その機先をスカーレットが制した。「ただ、あの日、礼拝に赴いたのは朝焼けの美しい早朝でございました。礼拝堂周辺に、人通りはほとんど無く、もちろんオッゾントールさんの姿もありませんでした」
デルソフィアも、あの日の朝焼けが美しかったことを思い出していた。スカーレットの今の言葉は糸口にはなり得ないことを証している。
聡明なスカーレットであれば、仮に瑣末な変事であっても見過ごすことはないだろう。そして、面倒を厭い、そうした変事を己の身内だけに留めおき、いつの間にか忘却の彼方へ消失してしまうといったこともないだろう。
畢竟、糸口になるようなものをスカーレットが見たり、聞いたり、感じたりしていれば、オッゾントールの殺害に関して、未だに手掛かりが無いなどという事態には至っていない筈だ。それはデルソフィアもよく分かっていた。分かっていたが、訊ねずにはいられなかったのだ。
一方、そうしたデルソフィアの心の機微を理解しているため、スカーレットには少し申し訳なさそうな表情が滲んでいる。
「そうか。よく分かった。もしも、何か思い出すようなことがあったら、どのようなことでも構わないから教えてくれ」
スカーレットの思いを汲み、デルソフィアは出来るだけ常と変わらぬ声色で依頼した。
「かしこまりました。やはりデルソフィア様は、オッゾントールさん殺害の真実を突き止めようとなさっているのですね?」
「やはり、とは?」
「ウィジュリナ様が仰られていたのです。オッゾントールさんの葬儀にお姿が無かったのは、真実を明らかにするため、寸暇を惜しんで行動を起こしているのだ、と。誰よりも強く、そう主張されておりました」
それはデルソフィアも知らぬことで、一驚に値した。同時に少し気恥ずかしく感じた。ウィジュリナが、実弟の自若とした壮挙を主張している時、まさにその実弟は対極にあるかのごとく腑抜けていたことを思い出したからだ。
真実を明らかにするべく動き出すまでに時間を要したのは確かだ。だが、その時間も決して無駄ではなかった。そう自分に言い聞かせる。
「姉者がそんなことを……。これは是が非でも真実を明らかにして、姉者にもお伝えしなくてはならないな」
「ご期待しております。それにウィジュリナ様は、ご自分に何か出来ることがあるなら、遠慮なく頼ってほしいとも仰っておりました。神皇帝一族の他の皆様の手前、なかなかデルソフィア様に申し上げることが適いませんでしたが、本日お伝えすることが出来て、本当に良かったです」
「ありがとう。姉者にもお礼の言葉を伝えておいてくれ」
「かしこまりました」スカーレットは恭しくお辞儀をすると、ひとり先に大正門から皇宮の中へ入っていった。
スカーレットと別れたデルソフィアとハーネスは、当初思い付いた計画通り、二人連れ立って皇国街を歩いた。特に会話をすることなく、それぞれが思いを巡らせていた。
デルソフィアは改めて、シュバンツ礼拝堂及びその周辺の景色を思い描いてみた。闇の深い夜間、深夜ならまだしも、日中に、かつ人目にまったく付かず遺体をあの場まで運ぶのは不可能であろうという結論に至り、礼拝堂の入口である扉の前、デルソフィア自身がオッゾントールの死体を目撃したあの場が、やはり殺害の現場そのものであると考えざるを得ない。
遅々として進まぬ公の犯人捜索だが、仮に、オッゾントールの殺害の瞬間をその目に映すことが可能であった者がいたとして、それらの目を惹きつけ得る別の事象が起きていたことをデルソフィアは思い出した。あの日、あの時の雷光及び雷鳴だ。
それら自然現象が、目撃者になり得た者たちの目を惹きつけることで生まれた僅かな空白の時、その僥倖を活かして、犯人はオッゾントールの殺害に及ぶ。
不可能……と断じることはできない。何か特殊な能力などを備えていれば、僅かな時を活かすことも可能なのではないだろうか。だが、僅かな時を活かしたとして、どう活かしたというのか。
やはり、その解は現場にしかない。僅かな時を活かして殺害を成し遂げた痕跡が、シュバンツ礼拝堂のどこかにある。今は、そう信じて進むしかない。デルソフィアはハーネスに、もう一度、シュバンツ礼拝堂に戻る旨を伝えた。
再びシュバンツ礼拝堂を訪れたデルソフィアとハーネスだったが、今回は建物の中へ入った。シュバンツ礼拝堂へ向かう途中、デルソフィアの脳裡にふと閃くものがあったからだ。
それはたまたま目にした光景が引き金となった。シュバンツ礼拝堂へ向かって歩くデルソフィアの視界の中に、突如、鳥が舞い降りてきた。鳥は、道端の草にとまっていた羽虫を捕らえるために、空から地へと急降下してきたのだ。
その瞬間、あの日のオッゾントールの死体の記憶とも相まって、デルソフィアの中に一つの仮説が浮かび上がった。その仮説の実現性を確かめるべく、デルソフィアはハーネスを伴って、シュバンツ礼拝堂の内部へ入ったのだ。
シュバンツ礼拝堂は、三階建ての造りとなっている。建物内部の中央部には天頂まで大きな円柱が通り、その円柱を巻き上がるように螺旋階段がある。それを使って建物内を昇降することができる。
祭壇が設えてあるのは二階で、三階には幾つかの長椅子が設置されており、訪れた者が憩える。また三階からは誰でも外の露台に出られるようになっており、露台の真正面には皇宮の威容が鎮座している。
デルソフィアとハーネスは三階へと昇り、露台へと出た。皇宮が嫌でも目に入るが、何も、その威容を目の当たりにすることが目的ではない。デルソフィアは、露台に設置された柵から身を乗り出し、下方へ視線を向けた。
そこは、シュバンツ礼拝堂の入口だった。デルソフィアの行動にハーネスが驚き、主人の身体を支えようとしたが、それよりも早く、デルソフィアは乗り出していた上半身を引っ込めた。
「やはり、そうだ。この真下が礼拝堂の入口、まさにオッゾントールが死んでいた場所だ」
そうデルソフィアに言われ、ハーネスも同様に柵から身を乗り出し、「確かに」と呟くように言った。
乗り出した上半身を引っ込めたハーネスにデルソフィアが問う。「礼拝堂から人が出てきた瞬間、ここから降下し、その者の身体に刃を突き立てて絶命させる。ハーネス、お前にそれが可能か?」
この問いにハーネスはまず瞠目した表情を浮かべた。皇国軍の治安維持部隊、皇国街の自警団のいずれも、手掛かりといえるものを掴んでいない中、犯人探しに乗り出してまだ僅かな刻を経ただけで、可能性の類とはいえ、決して無ではないものを導き出している。思いの強さがそうさせたと見ることも出来るが、やはり只人ならぬデルソフィアがさらに覚醒しつつあることを感じていた。
ハーネスは首を振り、デルソフィアの問いに答えた。「無理でございます。辛うじて、ここから飛び降りて着地することなら可能かと存じますが、それが精一杯でございます。真下に現れた者に刃を突き立て、かつその命を奪うなど、万に一つも実現不可能でございましょう」
「そうか。ハーネスにも不可能か」
「はい。ですが、デルソフィア様はそれが可能な者がいるとお考えなのですね?そしてそれこそが、オッゾントールさんを殺害した術であると……」
「その通りだ。まず何より、露台へ自由に出入りできること。そしてその露台と礼拝堂の出入口が一直線に結ばれていること。この二つが前提となる。その上で、例えばお前をも遥かに凌駕する身体能力を備える者であれば、先述した殺害法も不可能ではないと思う」デルソフィアは伺うような眼差しをハーネスへ向けた。
自信に満ちた眼差しではなかったが、ハーネスはデルソフィアの示した考えを、闇に射す光明のごとく捉え、その光が閃かせた言葉が自然と口をつく。「さらに、雷光と雷鳴ですね?」
「そうだ。雷光と雷鳴が繰り返されていたという、殺人者にとっての僥倖が、この一連の流れの難易度を下げたのではないか」
「なるほど」
「ただ、難易度が下がったとはいえ神業に近いことは間違いない。誰にでも可能という類ではない。ハーネスにも不可能であるならば、実現可能な者は世界にも一握りな者に限られるであろう」
世辞ではなかった。デルソフィアのハーネスへの評価は総じて高い。
剣の稽古を通して、その身体能力の高さも目の当たりにしている。そのハーネスを遥かに凌ぐ身体能力とは驚愕に値するが、そうした者たちの存在にデルソフィア自身、心当たりがあった。
「以前、オッゾントールから、特殊な能力を備えた一族、あるいは常人離れした身体能力を有する集団が、広い世界の中には幾つか存在しているという話を教わったことがある。そうした一族の中には皇国や王国に属することなく、世界を転々と流浪し、自身たちの必要に応じて、または為政者や街の権力者たちの要請に応じるといった形で、その力を奮う者たちもいるという。そうした一族や集団について記した書が、皇国のどこかに存在しているかもしれん」
「そんな書がどこかに……」言いながらハーネスは皇宮へ視線を向ける。
デルソフィアは力強く頷いた。「そうだ。もし存在するなら、あの中しか考えられぬ。皇宮だ」
鋭い眼差しに変わったデルソフィアの瞳の中にも、皇宮の威容があった。
デルソフィアたちが探し求める書は簡単には見つからなかった。皇宮の中で、そうした書の保管場所として尤もらしい場所といえば書物庫だった。
神皇帝一族の皇子であるデルソフィアとその側仕えのハーネスは、何の障壁もなく書物庫へ出入りすることが出来た。だが、順調にいったのは書物庫に入るまでで、入った後、二人にとって最大の障壁となったのは、蔵書の数だ。
数百年の歴史を積み重ねてきた皇宮の書物庫である。その蔵書数は膨大で、この場の管理を任されている者たちにも正確な数は把握できていないという。
探し求めている書の内容を告げると、そうした書について管理者たちの誰もが記憶していなかった。皇子を前に管理者たちは、「こちらで探してお届けいたします」と申し出てくれたが、それは丁重に断った。己の力で成し遂げねば意味が無い。いや、己の力でなければ成し遂げられない。根拠は何もない思いだったが、デルソフィアはそう信じた。
棚を端から一つ一つ潰していく。一早く成果を得たいという気持ちは確かにあったが、近道は無く、地道に取り組むしかない。幸い独りではなく、ハーネスもいる。心強かった。
いざ探索に取り掛かると、背表紙を一読しただけで、目的の書と明らかに異なるものは良かったが、中身を読み進めなくては内容がわからない書も多かった。だが、二人は弱音なぞ一切吐かず、一心不乱に作業に没頭した。二人の類稀なる集中力が如何なく発揮され、作業の進捗そのものは順調だったが、それが簡単に成果へと結び付かないことも、蔵書の多さを物語っている。
取り組み始めて、一日、二日、三日と刻が経過していった。成果は無かった。それらしき書の影すら掴めない。まだ、書物庫に収められた蔵書の三分の一にも到達していなかった。
二人は知悉していなかったが、三日目頃から、皇子デルソフィアとその側仕が書物庫に籠り切っているとの噂話が皇宮内で聞こえ始めていた。ただ、特段の問題行動というわけではないことから、咎めてくる者はいなかった。
そうした中、この噂話からの派生が事態を好転させた。書を探し始めて五日目、引き続き何の成果も得られなかった前刻の作業を終え、二人がデルソフィアの居室で昼食を摂っていると、居室を訪ねてきた者があった。実兄ジェレンティーナの側仕であるクリスタナだった。
「よう。最近、二人きりで書物庫に籠っているらしいな。突然、二人揃って読書に目醒めたか?それとも、何か探し物か?」
居室に入ってくるなり、相変わらず主従の在り様をまるで無視した清々しいまでの口調でクリスタナが訊いてきた。
そこに何の違和感も介在させずデルソフィアが返答する。「鋭いな。お前自身か?それとも兄者か?」
「お前らが書物庫に籠っているのは、何か探し物があるのだろうと推察したのはジェレ。書物庫の管理者連中から、探し物をしている事実を確認し、その内容を聞き出したのは俺。まあ、鋭いのはジェレで、素早く行動したのが俺ってとこだな」クリスタナは得意げになるわけでもなく、「当然」といった態でいる。
「なるほどな。で、何用か?兄者の鋭さと、お前の行動力を誇りに来たわけでもあるまい」
「その通り。まあ、単刀直入に言うが、お前らが探し求めている書は、書物庫には無いぜ」
「なんだと?!」思わず声が大きくなった。
「この書物庫に限らず、恐らく世界のどこにも無い筈だ。考えてもみろ。そうした連中は、存在そのものを秘匿しておくことにも利があるんだ。わざわざ自分たちの存在を明らかにするような書を記すわけがない」
そう言われ、はっとした。
特殊な能力や常人離れした身体能力がどういったものであるか、それを秘し続けるには、その存在そのものが不確かな方が良い。存在が明らかになれば、それを探し求める者も増え、そうした特異な能力を目の当たりにする絶対数の増加へ繋がる。相手が知らないという事実は、それだけで大きな利となり得るのだ。
頭を打たれたような衝撃を受けた。
「では、オッゾントールはどこから……」呟くように言葉が漏れた。
「まあ待て。ジェレもお前たちと話をしたがっている。悪いが、場所を移すぜ」そう言うと踵を返し、クリスタナは居室を出て行こうとする。デルソフィアとハーネスが昼食中であったことなどお構い無しだ。
視線を合わせ頷き合ったデルソフィアとハーネスは、食べかけていた昼食の残りを一気に口へ含むと、クリスタナの後に続いた。停滞していた事態が動くーーデルソフィアはそう感じていた。
クリスタナに続く形で、デルソフィアとハーネスがジェレンティーナの居室に入ると、一段高く床を張った座敷に置かれた長椅子に腰を下ろしていたジェレンティーナは、ゆっくりと立ち上がった。同じ階にあり部屋の造は同じ筈なのに、兄の神々しい雰囲気を優雅さに変えた居室内の雰囲気は、索漠ともいえる己の居室との違いが明白で、デルソフィアは微苦笑を浮かべざるを得なかった。
そんなデルソフィアへも春のそよ風のごとく爽やかな笑顔を向け、ジェレンティーナは座敷から下り、三人の許へ歩み寄ってくる。「やあ、デル、ハーネス。よく来てくれたね」
歩くだけで、言葉を一つ発するだけで、周囲の空気感を変える。ジェレンティーナとウィジュリナだけが持ち合わせている特権だと、デルソフィアは思っている。
神々しさを纏い、優雅な一挙手一投足に韜晦されがちだが、ジェレンティーナは犀利な一面も持ち合わせている。次の言葉がそれを証明した。
「デルとハーネスがここ数日、書物庫に通い、一日のほとんどの刻を費やしているという話を耳にしてね。はじめは勉強熱心なことだと感心していたのだが、それが幾日にも及び、また他のことをほぼ排除してのこととなれば、只事ではないと容易に想像できる。書物庫に籠るのは、調べ物や探し物があるからで、もしもそうならば、私にも力になれることがあるのではないか。憶断が過ぎるとも思ったが、クリスタナに少し探らせた。直接確認せず、裏で動くような真似をしたことを許してほしい。協力はしたいが邪魔はしたくない、その狭間で揺れていたのだよ」
「そうでしたか。しかし、兄者を邪魔などと思う筈がありません。むしろ、お力をお借りできて心強い。少々、行き詰まりを感じておりました故」デルソフィアは正直に口にした。
「それは良かった。どうやら、力になれそうだよ」そう言ってジェレンティーナは目線をクリスタナへ向け、話を進めるように促した。
クリスタナは頷き、一歩前へと歩み出た。
「さっきはどこまで話したかな……あぁ、お前たちが探し求めている書が、どこにも無いってとこまで話したんだったな」
クリスタナは確認するように、デルソフィア、ハーネスの順に視線を流した。二人とも無言のまま首肯した。
「書は無い。そして、そうした特異な存在は自らの存在を徹底して秘す。となると、オッゾントールの旦那はどこからその手の知識を得たのか。答えは簡単だ。特殊な能力を備えた一族の者、その本人から直接話しを聞いたのさ」
「本人から……」ハーネスから思わず呟きが漏れた。
「そのような者がオッゾントールの近くにいたというのか?」
「そりゃあ、いただろう。国外はもとより、皇国あるいは皇宮の中にもいるかもしれん」言ってからクリスタナは微苦笑を顔へ張り付け、頭を左右に二、三度振ると言い直した。「いや、いる」
「何故、言い切れる?」とデルソフィア。
「まさか、クリスタナさんもそうした者に心当たりがあるのでは?」
主人の問いに対するクリスタナの答えを待たずにハーネスが口を挟んだ。常らしからぬその行動はハーネスの高揚を意味した。
「ああ、ある」
クリスタナはハーネスの問いに答えた。デルソフィアの心内の天秤も、そちらへ傾いていると分かっていたからだ。
「本当か?!」
今度は、デルソフィアの問いかけにクリスタナは「ああ」と即答した。それに対してデルソフィアが返した言葉も、まさに刹那のごとしだった。
「頼む、クリスタナ。その者に会わせてくれ。是非、話を聞きたいのだ」
掴みかからん勢いで、デルソフィアはクリスタナに迫った。縋る言葉の響きとは裏腹に、デルソフィアの射抜くような眼光に、歴戦のクリスタナもやや気圧された。
「待て待て」目に見えない圧力を抑えるように、クリスタナは胸の前に両手を広げた。そして一呼吸してから続けた。
「皇宮の中にいるその者がそうした特別な力を持っていると、これまで漏れ伝わることなく来たのは、十中八九、その事実を秘しているからだろう。この場合、秘すことは罪にはならんからな。そこでだ。デルに問いたい。話を聞くにしても、特異な存在であることを秘している者に、まずはその存在であるという事実をどのようにして認めさせる?もちろん、俺から紹介されたってのは無しだぞ。また、神皇帝一族の皇子という立場を持ち出し、強権を振るえば、その者は堅く口を閉ざしてしまうかもしれん。はてさて、どうする?」
クリスタナは再び一息つこうとした。デルソフィアからの返答には多少の時間を要すると考えていたからだ。
だが、まさに一息つく間もなく言葉が返ってきた。「頭を下げて頼む」
単純明快。それでいて百の言葉を費やすより説得力を備えていた。
「力を貸してほしい旨を、あるがままの言葉で、あるがままの俺で伝える。皇子の身分なぞ関係ない。一人の人間同士として向き合い、わかってもらえるまで何度でも何度でも伝える」
まったく迷いが感じられない済んだ眼差し。
「何度でも……か。本当にそうしかねないな」言葉にはせず、心内だけに呟いた。
同時に、クリスタナの心から派生した温かみが、全身へ巡っていった。改めてデルソフィアへ視線を向ける。変わらぬ眼差しがそこにあった。
「頼む、クリスタナ。その者のもとへ連れて行ってくれ」デルソフィアは再び繰り返した。
クリスタナの心は固まった。いや、今日、デルソフィアの居室を訪れた時、きっとそれよりも前、デルソフィアとハーネスの探しているものが、"それ"であると知った時から固まっていたのだ。
「連れて行く必要は無い。その者は、お前の目の前にいるからだ」




