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『1』

『1』

全世界を統べるバルマドリー皇国の象徴が、豪華絢爛の極みに達した威容の皇宮である。皇宮の居室数を正確に知悉する者が、どれほど僅かであるか。その事実一つをとっても、その巨きさが分かると言えよう。

巨大な皇宮において、無数といえる居室の中心と位置付けられているのが玉座の間だ。そして、その真下に位置するのが褒称の間であるが、ここには歴代の皇国神皇帝の肖像画が、一分の乱れもなく厳かに飾られている。玉座の主として皇国の頂に君臨する現神皇帝は、過去の神皇帝たちに支えられている。それを具現化するため、いつの頃からか、皇宮内の各所に点在していた歴代神皇帝の肖像画が玉座の間の真下に一堂に集められ、その居室名も褒称の間と改められた。そう伝わっている。

現在、褒称の間に飾られた肖像画は十七枚。現神皇帝は第十七代であり、その定めによれば、数が合わないことになる。

だが、この場を訪れることができる者すべてが、その理由を知っている。それはまさに今、歴代神皇帝の肖像画に囲まれ、まるでそれらの視線を一身に受け止めているといった態の現神皇帝第四皇子、デルソフィア・デフィーキルも同様だった。

約三百年に及ぶ大戦国時代を終結させ、全世界を統べるバルマドリー皇国を建国した初代神皇帝のヌクレシア・デフィーキル。皇国の建国は紛れも無く偉業であるが、ヌクレシアがその偉業を為し得たのは、全世界統一へと始動し、その志半ばで身罷ったヌクレシアの実父、バルマドリー・デフィーキルが、偉業へと通ず道を既に切り拓いていたことが大きかった。ヌクレシアが皇国名に実父の名を冠したことからも、ヌクレシア自身が父と共に皇国を建国したという神慮を強く抱いていたことを窺わせる。

従って、十七枚の肖像画の中には唯一、神皇帝ではないバルマドリーの肖像画が含まれている。しかし、その存在が皇国の祖であることを示唆するよう、バルマドリーの肖像画は褒称の間の最奥の高みに位置していた。

まさに今、デルソフィアがその正面に立ち、見上げているのがバルマドリーの肖像画だ。この肖像画を前にすると、ほとんど誰もが尊敬や憧憬の眼差しを向けると言われている。しかし、デルソフィアはいつの頃からか、バルマドリーの肖像画を見上げるたびに幽かな違和感を抱くようになった。それは今回も同様だった。

肖像画のバルマドリーからは、あまり表情とゆうものが読み取れない。視線も、僅かに正面からは逸れているように見えるし、胸部より下の絵に、言葉では上手く表現できない幽かな違和感を感じるのだ。

確かに、このバルマドリーの肖像画だけは、一体いつどこで、誰が描いたものであるかが明らかになっていない。皇国が建国される以前に描かれたものであることは間違いないが、それ以外は全て謎に包まれたままだ。

デルソフィアは、肖像画の中のバルマドリーの右手甲に視線を向けた。そこには星形の痣のようなものが六つ描かれている。

星紋と呼ばれるこの痕は、特定の人物の右手甲にだけ浮かび上がってくるとゆう特徴があった。しかし、どのような人物に浮かび上がるのかといった機序は解明されていない。その数も始めは誰もが一つで、時を経るごとに数を増やしていく者もあれば、一つのままで生涯を終える者もいた。星紋が増えるきっかけや事象が何なのかといった点も謎に包まれている。

ただ、褒称の間に肖像画を飾られている歴代神皇帝にバルマドリーを加えた十七人には、いずれも右手甲に星紋が浮かび上がっている。しかしこれについても、数は一つから六つまで様々であった。

星紋に纏わる謎は解き明かされていないが、誰もが教わる見解はあった。肖像画を見れば明らかだが、六つの星紋が浮かび上がっているのはバルマドリーだけで、次いで五つの星紋を持つ者も、初代神皇帝のヌクレシアと第十一代神皇帝のパドゥーバ・デフィーキルの二人だけだった。

この三者はいずれも英邁な指導者との評を欲しいままにするなど、その偉大なる功績は幼子たちでも知っているほどだ。その他にも、皇宮に仕えて壮挙を為した者や世界各国の偉人で史実に燦然と輝く軌跡を残した英傑たちの右手甲にはすべからく、星紋が四つ刻まれていたと伝わっている。

このことから、その人物が生まれ持つ才能や能力と共に、齢を重ねる過程で成し遂げたことが持つ意味や真髄、事の大きさ等により星紋の数が決まっていくのではないか。そうした見解が広まり、一般論として定着していた。「星紋を抱くことを志し、現れた星紋に準じよ」とは、世界各国の誰もが幼き頃に聴かされる代表的な教えの一つだ。

デルソフィアはバルマドリーの右手甲から自らの左手甲に視線を落とした。デルソフィアの左手甲は、指の部分がなく甲から手首付近を覆う型の手袋に覆われていた。肌色で布製のそれは、一見では見落とされてしまうほどに溶け込んでいる。

この手袋を、デルソフィアは十六歳の誕生日から身に付け始めた。以来、約十月間、人前ではもちろんのこと、人前でなくとも自身の居室以外では一度も外したことがない。

理由はたった一つ。十六歳の誕生日に現れた一つ目の星紋だ。なんとその星紋はデルソフィアの右手甲ではなく、左手甲に現れたのだ。

左手甲に星紋がある人物に、これまで一度も出会ったことは無く、風聞の域で伝わっている中にも、そうした事実は一切聞こえてきていない。

何かの間違いか。はたまた身体に異常を来す前兆なのか。どちらかと言えば鷹揚な性格であるデルソフィアも、前人未到なこの珍事には戸惑いを禁じ得なかった。他人に相談する道も考えたが、まずは自ら調べてみたいとの思いが勝った。だが、結局、現在に至るまで解答どころか、その糸口さえ掴めていない。

唯一の幸いと言えるのは、この珍事実が自身を除く誰一人にも知られていないことだろう。隠すとゆう役目を、肌色手袋は存分に果たしてきてくれた。その手袋を、デルソフィアはゆっくりと外した。バルマドリーと歴代神皇帝の肖像画に囲まれた中、デルソフィアは星紋出現以降初めて、自身の居室以外で、素手の左手甲を晒した。

「何故なのだ。何故、左に……。その理由を……、その意味を教えてはくれまいか」独りごちた痛切な願いだったが、デルソフィア以外、人は誰もいない褒称の間にそれは染み込むように消えていった。


褒称の間を後にしたデルソフィアは、自らの居室ではなく、皇宮の外に足を向けた。

皇宮は地上七階、地下三階の造りで、玉座の間は四階に、褒称の間は三階に位置している。五階、六階には神皇帝一族の各居室がある。居室といっても、居間だけでなく書室、寝室、浴室などが備わっており、一居室だけで一般の民家一つ分の広さに匹敵した。なお、神皇帝一族各人にはそれぞれ一人ずつ側仕がおり、彼らの部屋は地下一階にあった。

皇宮には、外へと通じる門が幾つか存在した。門の素材や装飾も含め、最も豪奢な門が二階にある真正門だが、この門は神皇帝一族だけが通ることを許されている門で、神皇帝一族に仕える側仕や皇宮内で働く者、一般の民などは皆、一階にある大正門を使う。大正門は造りは巨きいものの、装飾等はほとんど無く、機能性を重視した門といえた。また、出入りの業者などは大正門の他にも、一階および地下一階の各所にある扉門程度の出入り口を通ることも多かった。

デルソフィアは真正門へ向かった。真正門の内外には当然、門兵がいるが、デルソフィアの姿を認めた門兵は素早く駆け寄り、跪くと外出か否かを確認してきた。この場に現れた以上、外出する以外は考えにくいのだが、神皇帝一族だけが使用する真正門の開閉に慎重を期すのは当然であり、自身の任務に忠実な門兵を、デルソフィアは好もしく思った。

「外の空気に触れたくてな」デルソフィアは微笑を浮かべて伝えた。跪いた門兵が振り返り、別の門兵に合図を送ると、瞬く間に豪奢な真正門が重低音を響かせながら開き始めた。

真正門前の踊り場は、ちょっとした庭園なみの広さがあった。建造物などが一切ないため、その広さが余計に際立つ。踊り場の左右からはそれぞれ、地上に向かって階段が伸びているが、その幅員も多くの者が同時に行き来できるほど広かった。

デルソフィアは踊り場の最先端に立った。そこからの眺望は壮観の一言に尽きた。

皇宮の周りには堀があり、さらにそこから水運にも利活用される多くの支流が、皇国で暮らす民が形成する街並みを縫うように流れている。

民が喜怒哀楽と共に暮らす家々は、その形も大小も色合いも千差万別だったが、デルソフィアはそこに民それぞれの個性を感じた。点綴する家々が支流とも相まっている街並みは一つの秀れた絵画のように見えた。

街並みの最果てをはっきりと肉眼で捉えることができないほど、皇国は広大だった。眼前の風景と同質のものが、皇宮を中心に四方八方に広がっている。

皇国の最果てには大障壁と呼ばれる壁がある。大障壁に四方を囲まれたその中に皇国の街並みがあり、その中心に皇宮があるのだ。

大障壁のさらに向こう側には野や山、河、海などがあり、また規模は皇国と比較にならない程度だが、複数の街も存在する。それら全てを内包しているのが、バルマドリー大陸だ。

このバルマドリー大陸をはじめ、世界には五つの大陸があり、バルマドリー大陸を除く四大陸には、それぞれ王国が存在した。王国は皇国の支配下にある属国であり、王国を統治する王君は神皇帝の配下という位置付けとなっている。とはいえ、各王君にはそれなりの裁量権が与えられており、王国は独自の文化を形成し、それぞれの特徴を活かして繁栄していた。

皇国の最果てを肉眼で捉えることはできない。さらにその外、遥か彼方に広がる世界へと想いを馳せると、デルソフィアの心は昂揚した。

まだ見ぬ、まだ知らぬ世界の中には、左手甲にある紋章の謎を解き明かす糸口があるかもしれない。はたまた、デルソフィア同様、左手甲に紋章を持つ者に出会えるかもしれない。

そして、それだけではなかった。むしろ己が抱える悩みや謎などは小事であるとの認識を強める。

神皇帝一族の皇子として、世界で最も豊かで恵まれた暮らしを送っている日々がある。一方で、その日その日を必死に生き抜き明日へと繋げている民が世界には無数にいると聞いている。そうした皇国や王国に蟠踞する民の支えがあってこそ、皇国や王国は成り立っている。神皇帝一族が、そうした民の上に君臨する存在であるならば、克己心を持ち、民を幸せな日常へ、素晴らしい人生へと導かなくてはならない。

民の暮らしを見ずして、知らずして、その役割が果たせるとは到底思えない。百聞は一見にしかず。その字義通り、話として聞くだけではなく、直にこの瞳で見たい。いや、見なければならないのだ。昂揚する心に、日に日に増大していく使命感と共生する焦燥が輪をかけ、デルソフィアの鼓動は大きく跳ねた。

「デルソフィア様」

後方から呼びかける声が届いた。不意を突かれた格好になったが、振り返って声の主を確認するまでもなかった。これまでに最も数多く聴いたといっても過言ではない声。側仕のハーネス・セメドだ。

「どうした、ハーネス」振り返らず前を見据えたまま問うた。

「稽古のお時間でございます」間髪を入れぬハーネスの返答。こうした受け応えやデルソフィアの意図を忖度した上での様々な動きなどハーネスの所作には隙がない。デルソフィアの一つ歳上の十七歳であるが、優秀な側仕であることに異論はなく、また武の腕前、特に剣の扱いも非常に優れていた。

「もう、そんな時間か」デルソフィアが振り返ると、ハーネスは跪き、頭を垂れていた。脇には二本の木剣を収めているであろう細長い皮製の袋が置かれている。

ハーネスと行う剣の稽古は、デルソフィアが十二歳の頃から始めた。以降、五年近く、一日たりとも欠かしていない日課となっている。

当初は剣の重みに、それを振るうことすらままならなかったデルソフィアであったが、今では己の意のままに操れる。日々繰り返してきた修練の賜物に他ならず、共に稽古をする相手が、豊かな剣の才を持つハーネスであることも成長を促し、両者の力量が徐々に接近していった結果、ハーネスの優れた点を意識して吸収し得るなど、理想的な成長曲線を描いていった。剣の扱いが上達していくさまを実感することは、この上ない喜びであった。それと同時にハーネスとの稽古の時間は、とても楽しかった。

あくまで稽古ではあるが、己の腕前を向上させるため、時に峻烈な稽古も厭わなかった。肉体が悲鳴をあげ、息も絶え絶えで立っていることがままならないことも多々あった。だが、肉体を動かす力は枯渇しても、逆に心は充足感で満たされていった。矛盾するような境地を、はじめは不思議に感じもしたが、ハーネスの存在がそうさせていると、今では確信している。

「行こう」デルソフィアは稽古場へと向かい歩き始めた。デルソフィアに追随するため、ハーネスは跪いたままだ。その横を通り過ぎる時、不意にハーネスの右手甲が視界に入った。

そこには星紋が二つ、刻まれていた。


「カンッ」

一際甲高い剣戟の音が響いた。交わった互いの木剣を中心に対峙しているデルソフィアとハーネス。デルソフィアの顎からは汗が滴り落ち、ハーネスの顔も汗にまみれていた。

ほぼ同時に二人の頬が緩むと、交わった木剣が離れた。向き合った状態で、両者ともに一礼する。それは、稽古の終わりを意味した。

「俺の剣はどうだ?」呼吸はまだ荒いままだが、それを整える間も惜しんで訊いた。

「直線と曲線を自在に組み合わせた攻めの剣は素晴らしく、デルソフィア様独特の剣筋は幻想的な舞にさえ近しいと言えましょう。なかなか防ぎきれるものではございません。ただ、攻守の切り替えに係る流れや、守の構えに見られる幾つかの隙など、まだ改善できる箇所は多々ございます」とハーネス。

主に対するが故の遠慮、デルソフィアにとっては無意味としか思えない遠慮であったが、そうした遠慮が一切無いハーネスの受け応えだった。これが常であったものの、改めてハーネスに対する好もしい思いが湧き上がった。

「そうか。俺はまだまだ強くなれるか」

笑顔で頷くハーネスを見ながら、心底からの喜びに満たされ、デルソフィアは地面に大の字になって寝転んだ。青い空だけを視界に映しながら、「おまえも来い」と、ハーネスに呼びかける。

「はっ」という返答の後、隣にハーネスが横たわる気配を感じた。

「この広大な空の下、まだ見ぬ世界が広がり、そこでは多くの民が暮らしているのだな」

「左様でございます」

「神皇帝は、皇帝の上に神を戴いている。その字義通り、神皇帝一族は多くの民の支えに応え、彼らを正道へと導いていく、まさに神のような存在でなくてはならない。果たして、いまの神皇帝一族にその役割が担えているだろうか。そう問われれば、俺は"否"と即答するだろう」

「デルソフィア様……」窘めの色を含んだ声質でハーネスが呼びかけてくる。

「構わぬ。独り言だ」と口にして、さらに先を続けた。「己の贅や欲のために、民の暮らしを顧みず、奢侈を好み、湯水のように金を遣い、毎食のように捨てられる残飯の山。必要以上に着飾ったり、居室を装飾する必要はどこにあるというのか?無駄になる料理で溢れかえった食卓は、いったい誰に対する見栄だというのか?自己の研鑽などとうに忘れ、無為な時間を皇宮内で頻々と過ごしているだけの神皇帝一族が、いかに多いことか。含羞もなく、己の怯懦を恥じることもない。克己心や矜持など、とうの昔に消え失せている。民を欺いて利益を壟断している一族には全世界を統べる資格など無い。最早、存在する意義さえも見出せやしない」デルソフィアは懊悩とする心の裡を次々と晒した。

ハーネスは無言のままだが、互いに寝転んだ体勢では、表情を窺うこともできない。それでもデルソフィアは、己の言葉がハーネスの心にも響いていることを確信している。

「だが、民から見れば俺も神皇帝一族に他ならない。奴等と同列に見られることを大いに厭悪するが、思うだけで行動に移せていない今の俺の言葉には何の重みもない。真理も宿りはせぬだろう。剣の腕前が向上していくのは無上の喜びであるが、民からすれば、そこに何の意味がある?何の意味もありはしないのだ。そう、俺は無力だ。己の無力を痛感している」デルソフィアは寝転んだまま、両の拳を握りしめた。爪が肉に食い込み、鈍い痛みが走る。その痛みが己の決意をさらに強固なものにした。「だから俺は……」

「言いたい放題だな、デル」

デルソフィアの言葉に割り込んできた声は、ハーネスではなかった。だが、聞き慣れた声。その主は、実兄で神皇帝第二皇子のジェレンティーナ・デフィーキルの側仕、クリスタナ・ジェズスだ。

「立ち聞きしていたのか?」上半身を起こしながら問うた。隣のハーネスも迅速な所作で立ち上がっていた。

「聞こえてきたんだよ、自然とな。周りを気にして包み隠すようなことのない、剥き出しの本音、お前の真なる叫びがな」クリスタナはデルソフィアを見下ろすように仁王立ちしている。剽悍な面構えに赤毛の短髪が目を引き、衣服の上からでも容易にわかる筋骨隆々な肉体。その肉体を駆使して扱う大矛から解き放たれる武の力量はハーネスをも遥かに凌ぎ、齢二十歳にして既に皇国五指に数えられるほどだった。

立ち上がったデルソフィアはクリスタナと相対した。クリスタナの背丈はデルソフィアより頭一つ分高い。だが、その高低差よりも、デルソフィアの視線はクリスタナの右手甲に注がれた。三つの星紋が、その存在を誇示している。今現在、三つの星紋を右手甲に刻む人物を、デルソフィアは五人しか知らない。その一人が目の前にいるクリスタナだった。

「一人か?兄者はどうした?」

「もう来るだろうよ。ほれ」と言いながらクリスタナは顎をしゃくった。デルソフィアとハーネスがほぼ同時に振り返ると、ジェレンティーナが穏やかな笑みを称えながら歩いてくる。ジェレンティーナが纏う神々しい雰囲気は相変わらずだった。

現神皇帝であるフガーリオ・デフィーキル以下、その直系に名を連ねる一族は現在、十二人。妃としては、第一皇妃と第三皇妃がおり、第一皇妃との間には第一皇女、第一皇子、第ニ皇女、第三皇妃との間には第三皇子、第四皇女、第五皇子をもうけた。これに、第ニ皇子のジェレンティーナ、第三皇女でデルソフィアの実姉のウィジュリナ・デフィーキル、第四皇子のデルソフィアを加えて十二人である。デルソフィアたちの実母である第ニ皇妃は現在の皇宮にはいない。

これら神皇帝一族を世界で最も高貴な一族とするならば、それが最も姿形に表れているのが、実兄のジェレンティーナと、実姉のウィジュリナだろうと、デルソフィアは思っている。容姿端麗、眉目秀麗、羞月閉花、天姿国色、仙姿玉質、そうした形容の言葉を幾ら並べても追いつかないほど、実兄と実姉が纏う美は圧倒的だった。デルソフィアもニ人に似ているものの、その顔貌には幼さが多分に残り、その形容は美しさよりも幼さへ集約してしまう。

「毎日精が出るな、デル。回廊から稽古している二人の姿が見えてな。その真摯な稽古姿を見ていたら、無性に声をかけたくなったのだ。今日の稽古も十分な成果が得られたのではないか?」

肩にかかる蒼みがかったジェレンティーナの髪が風に揺れ、仄かな香りが漂った。

「ありがとう、兄者。だが、まだまだだ。まだまだ強くなれる余地が、俺にはたくさんある」

「そうか?既に十分な力量を備えているように見えるがな。まあ、その飽くなき向上心が、お前の長所でもあろう。ハーネス共々、どこまで強くなるか、楽しみであるな。有事の際は、私を守っておくれよ」

冗談めかした己に照れたような微笑を浮かべ、ジェレンティーナは一つ大きく頷いた。それに呼応するように、デルソフィアも微笑と共に頷いた。

守ってくれーージェレンティーナはそう口にしたが、デルソフィアとハーネス同様、皇国五指に入るクリスタナとの稽古をほぼ毎日欠かさない実兄の実力を、デルソフィアは知っている。実弟への期待をさらりと口にし、そこに一切の嫌味を感じさせないところは、ジェレンティーナの持つ品格の為せる業であるが、デルソフィアに対するジェレンティーナの期待は紛うことなき本心でもあった。一方で尊敬の念を抱く人物や敬愛する人物の言葉や進言を、真綿が水を吸収するが如く、その全てを真っ直ぐ己の心に受け入れられるのもまた、デルソフィアの器の深さを表していた。

それらが分かっているクリスタナは、だからこそ茶化すように「天下無双の兄弟愛だな」と言い、哄笑した。傍から見ればあり得ない主従の遣り取りであったが、デルソフィア、ジェレンティーナとも、これを咎めることはなく、微笑を崩さない。三者三様にしっくりと嵌まった姿が醸し出す雰囲気に心地良さを隠すことができず、ハーネスもまた破顔した。

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