『14』
『14』
オッゾントールの葬儀は、恐らく本人の遺志には沿わず、盛大に執り行われた。国葬とはならなかったものの、執行長を政大将軍が務め、フガーリオを筆頭に神皇帝一族の面々が参列。各王国からも王君の名代として名だたる重鎮が列席した。
人望。その一言に尽きるが、葬儀の規模、参列者の数がそのまま、故人の偉業を表しているとも言えた。何よりも、相談役とはいえ、一皇国民に過ぎないオッゾントールの葬儀に神皇帝フガーリオの姿があったことは、多くの者の驚きを誘った。
フガーリオが参列の意思を示した際には、周囲の多くの者もまた驚きを禁じ得なかった。神皇帝として世界の頂にある自身を必要以上に誇示するフガーリオが、目下の者の葬儀に参列した事例は皆無で、神皇帝としてフガーリオが参列した葬儀は一族の葬儀だけであった。
どのような心境か。当然のごとく理由を明らかにしないその心内は、本人にしか分からなかった。
フガーリオが参列した一方で、ただ一人、葬儀に姿の無い神皇帝一族の者がいた。デルソフィアである。
神皇帝一族の中で最も故人と親しき間柄であったデルソフィアの不在。神皇帝ですら参列している葬儀に、その息子が姿を見せない無礼に、ちくりと皮肉を口にする一族の者もいたが、葬儀という場と二人が特段親しかった故の心境を慮り、殊更酷く責めたてる者はいなかった。
一方、当のデルソフィアは、オッゾントールの葬儀が執り行われている斎場を見下ろせる高台にいた。
以前、離宮を訪れた時と同様に、一般民を装い、この日の朝早く、皇宮一階の大正門から外へ出ていた。ハーネスにすら何一つ告げなかった。行くあてなど無かったが、葬儀への参列はどうしても峻拒したかった。
葬儀を目の当たりにすれば、否応なしにオッゾントールの死を受け入れてしまう。子供染みた行為であると分かっていても、理屈ではなく、オッゾントールの死を拒絶する想いがデルソフィアを突き動かしていた。
朝焼けの街をあてども無く歩いた。常と変わらぬ朝の風景なのだろうが、デルソフィアの視界は色という色を喪失していた。
親しき人を喪う。それはまるで、我が身の一部を抉り取られたようだった。一部を欠いた不完全な身は、不恰好で不確かで、不安定なままに彷徨った。度重なる裂帛の叫びは言葉として身外には発せられず、身内に反響し、その都度あちこちを傷めつけた。
死体を目の当たりにして、溢れた涙。あれ以来、涙は流れなかった。枯れ果ててしまったのだろうか。はたまた感情そのものが常軌を逸してしまったか。
色もなく、感情も薄れていく。人はそれぞれ己の世界を持つなら、この世界は虚空だ。
何処をどう歩いたかは定かではない。だが、陽がだいぶ高くなった頃、デルソフィアは斎場が見下ろせる高台まで来ていた。まさに今、オッゾントールと最期の別れが営まれてる斎場を目の当たりにして、消えかけていたデルソフィアの感情が再び起動した。
産まれた者は死ぬ、それは千古の鉄則といえよう。人の世は槿花一朝の夢。だからこそオッゾントールは、資産を蕩尽する愚は犯さず、世界を、民を瞞着することなく、決して木石ではない人間としての生を受けてからの日々を歩んできた。
時に美味なる料理を饗応し、周囲と共に殷賑を極めていた時もあろう。亀毛兎角を並べ立てる相手との舌戦や、不倶戴天の敵に対消滅も辞さない覚悟で挑んだこともあるだろう。
旗幟鮮明の理想主義者と哄笑され、轍を違った友もいたかもしれない。放埓と束縛を行き来しながら、満腔の怒りを、抑えられぬ叫びを発した時もあっただろう。
鷹揚であり、自若であり、挙措動作は光彩奪目であったが、克己心を持って耐え忍んでいたことも、蹉跌をきたした人生計画に落涙したことも、人知れず多々あった筈だ。そうした逆境に挫けることもなく、進むべき道でやがては自らが光明となり、数々の壮挙を為してきたことが天才と呼ばれ、圧倒的な人望を集める所以なのだろう。
若くした死であっても、端倪すべからざる一生であったと評す人は多いかもしれない。
だが……。
従容として死に就き、安らかに土へと還る。偉人、賢人、凡人に限らず、多くが望むであろう死の在り様からは大きく逸脱した死に様。それが死後の高評価の代償だというのならば、「死んだ後のことなんて与り知らないよ。高評価なんて、いらないねぇ」と笑い飛ばすに決まっている。
今思えば、「民のため」という不屈の性根を芽生えさせた張本人であると言えた。玄妙を極めた話術で、人の心内にすぅっと入り込んできて、いつのまにか居座っていた。
一方で、無謬でいる努力を怠らず、天才と評されるが故の矜持を持って生きていた姿、相対した時の凛乎とした姿を目の当たりにしてきた。そんな姿に憧れ、肝胆相照らして語り合える仲にまでなれた。親しみを持って、いや恐らく、無償の愛情を持って接してくれた。
それに対し少しずつでも何かを返していく。決断の先、定められた枠から歩み出して、追いかけ続ける背に、いつか追いつき並び、共に歩んでいく。そんな確信があったのに……。
デルソフィアは、空を仰いだ。
突如、視界に色が戻り、澄み渡った青の中に、一筋の白が天へと昇っていく。裂帛の叫びが言葉となる。
「逝くなっ」
ようやく心内より解き放たれた言葉であった。だがそれは、ただ虚しく霧散霧消した。




