『最悪』との出会い
それは私が冒険者指導員になってから半年が過ぎた頃でした。
指導員の先輩のSS級冒険者、クライヴさんの優しい指導の元、難しい指導員マニュアルの勉強や試験を天才的頭脳でさくっとこなし、ようやく独り立ち出来る運びになった頃の話です。
「ふむ、君は本当に筋がいい。私が教える事はほとんどなかったよ」
冒険者に見られる泥臭さみたいなのが全くない、イケメンで実にさわやかな笑顔で私の卒業証書を渡すクライヴさん。
ほんと、こんな人もいるんだ。
特に惚れたとかそんなのはないですがその余りにもこの場所に似合わない場違いな爽やかさに凄く関心した物です。
「さて、君はこれから主にB級とA級の指導を行うわけだ。君にとってはこんな場所など簡単なはずだがだからこそ気を付けてな。どんな場所でもそうだが油断こそが命取りだ。いくら格下の場所といえどどんな危険が潜んでいるかわからないからな。常に油断せずに周りに気を配る。冒険者から指導員に変わったといえどこれだけは変わらない。それを忘れて絶命している指導員も多数いる。だから気を付けてな」
そう言って彼は爽やかに去って行きました。
油断するな。
言われなくてもわかっています。
だって死にたくないから指導員になったのですから。
そして先輩の言いつけを守って最大限の注意を払って仕事を始めた事。
それが逆に私の命取りになったのです。
そして単独で行動を許されてから一ヶ月経ちました。
いつものように冒険者を救出しつつ、たまに現れるクラスにそぐわない上級の魔物を下級冒険者のために討伐していた時です。
1人の冒険者が森の奥に入ったまま帰らないというので捜索を開始する事になりました。
その冒険者の名前はトーマス。
およそ冒険者とは思えない華奢な体の青年らしいです。
何故そんな青年が冒険者になったかというと親孝行のために金稼ぎしたいとか…。
泣ける理由じゃないですか。
でもそんな冒険者があっさり帰らずの人になったケースは私が冒険者だった時によくあった話です。
親孝行のために冒険者になったのに死んでしまったらある意味親不孝。
どうせいつものように魔物にやられて帰らぬ人になってるだろうと放っておいて捜索は人任せにしがちな私でしたが…死体はあんまり見たくないですしね…その日は何故か珍しくその親不孝者の青年を助けようとそんな気持ちになってしまったのです。
第7エリア、B級の森の中でも余り道が整備されていない獣道、何故こんな所に青年は入り込んでしまったのか?
やはり親孝行のために功を焦ったせいだろうか?
そんな哀れみの感情と既に亡くなっているという予感とそれに反する生きていて欲しいという感情。いつもの私らしくない人間的な複雑な感情を抱きながら青年の動いた痕跡を探しつつ、奥に進みます。
…おかしい。
森の奥に入った私はそれまでの人間的な感情がいつの間にか消え去り、その感情は元の冒険者としての直感や警戒心といったものにすり替わっていました。
「おかしい、この奥に行ったはずなのに人が侵入したという痕跡が全くない」
このような行くは楽だが帰りは厳しい入り組んだ場所に入る時は普通の冒険者なら通った場所に目印を付けておく物なのです。何故かというと目印をつけておかないと帰りに道に迷い、同じ所を彷徨い、帰られなくなる危険をはらんでいるからです。
私も当然のように印をつけながら進んでいました。その印は私の物とわかりやすいようにトリスの名前が刻まれた紐で使っています。何故なら自分の物とわからないと他の人の付けた印に惑わされてまた迷ってしまう危険があるからです。
その目印を木にくくりつけながら進んでいる途中で私は更に違和感なような物を感じました。
(ここは本当に最近誰も通った気配がない)
先ほど言った冒険者の印が私の印以外全くないのもそうですがさきほど歩いてここに入ったはずの冒険者の足跡のような物がないのです。
獣道を人が通ったのなら足跡、また通る事によって踏み潰された草木、足で踏まれて折れた枝などそんな痕跡が少しは残る物なのですがそういう物が全くなかったのです。
(人が居た気配がまるでない。トーマスは本当にここに入っていったのかしら? それ自体が見間違いで別の場所に入り込んでしまった可能性もあるわね)
別の場所に行ったのならまだ生きている可能性はあるか。
何故か私はほっとしていました。
どうやら私は珍しく私はその親不孝者を助けようと必死になっていたようです。
違うところに行った可能性があるのなら早く帰ってもう一度彼の行動を聞き直さないと…
…助かる可能性が高くなったとはいえ油断はまだ出来ません。
上級魔物が出てきている以上、通常の道でも殺される可能性が高いのですから。
もう少し探索したらすぐ帰ろう。
そう思った矢先でした。
私の目にふと映ったその景色。
木々の間からかすかに見える開けた空間。
(あれ? こんな場所にこんな空間があったんだ)
救出を優先しないといけないのはわかっていましたがその時の私は何か変でした。
久々に味わう冒険者としての好奇心なような物に何故か苛まれていたのです。
不思議です。
何故その時そんな感情に突き動かされてその中に入ってしまったのでしょうか?
狭い木々の間をすり抜け、奥の広場に向けて進む私。
地図にも載っていない所にまだこんな所が隠されていたのか。
何とも言えないわくわく感みたいな物がその時はありました。
何だかんだ言って私も冒険者だったんだなあ。
私はどこか新しい自分を発見したかのようでその時は嬉しかった気もします。
SS級の迷宮行きたくなかったけど挑戦してみてもいいかな?
その時はそんな事も考えた物です。
ただ、その時はSS級の迷宮なんてどうでもよくくらい面倒くさい事やっかいな事案に巻き込まれるとは思っても居ませんでした。
「え?」
木々を抜けたその先の広場、そこに立っていた青年はそんな感じでそんな感じで私を見ていあました。
まるでそこにいるはずのない人がいたみたいに…。
それは私の方もそうでした。
こんな場所に探していたはずの青年、トーマスがいるはずがないのですから…。
「…あなた、トーマスさんですか?」
私が彼に問うとすぐに彼は先ほどの唖然とした顔をやめ、気の弱そうな聞いていた通りの青年、トーマスの顔に戻ったのです。
「あ、調査員の方ですか? 良かった、歩いていたら変な場所に出てどうやって帰ろうか悩んでいたんですよ」
実にほっとしたような笑顔で私をトーマスは見ました。
「無事だったんですねトーマスさん、良かった。ここからの帰り道はわかっているのでとりあえず案内します」
私はそういうとトーマスは私を神でも見るかのような目で崇め、手を合わせてこう言いました。
「ありがとうございます」
こうして私はトーマスさんを連れて森の討伐隊のテントに戻ろうとしましたが、私の中に再び芽生え始めていた冒険者としての勘がそれを許しませんでした。
「ん?」
私の目に止まったのは広場の奥になる不思議な箱。
ちょうど私からはトーマスさんの影になって隠れている場所にあるそれを私の天性の冒険者としての目は見逃さなかったのです。
「え? 箱ですか?」
トーマスさんはそう言って後ろの箱を見ました。
「ほんとに箱が…ありますね」
トーマスさんは笑います。
でもその時、私の中に再び浮かんだ、さっきから感じていた違和感みたいな物が再燃したのです。
「すみません、トーマスさん、あの箱を回収したいので少し待ってくれますか?」
明らかにその時、トーマスさんの顔が引きつるのを私は見ました。
「え…えっと、僕は疲れているので早く帰りたいんです。その箱は後で回収するとして早く帰りませんか?」
必死に私を食い止めようとする彼。
…やはりおかしい。
私の頭の中に浮かんだ疑問はその時、頂点二達していました。
…何故彼はこんな所に居たのか?
…ここに来るルートは私が来たルートと一緒になるはずなのに何故ここまで来た痕跡がなかったのか?
…そもそもここに何故彼はいたのか?
…彼は初心者に近い冒険者という話だったはずなのに今の彼はまるで歴戦の勇者みたいな感じの気配になっている
その原因は恐らくあの『箱』。
彼はあの『箱』で何かするためにここに来たのだ。
私はそのトーマスと『箱』に対する好奇心から少し彼にカマをかけてみる事にしました。
「箱を取る時間はそんなにかからないですからそんなに焦らなくても」
そう言って彼の阻止を無視して箱に近付きました。
そして箱に手を出そうとした瞬間、私の手は何故か硬直しそれ以上箱に近づける事は出来なくなっていたのです。
「…ふう、よく俺の気配に気付いて手を止めたな。『それ』に手を出したらお前は死んでいたところだ」
さっきの青年の声とは思えない太い声。
ビクッ
私の手はいつの間にか汗にまみれ、全身はかすかに震えていました。
「さすがだな、ここまで辿り着けて俺を見つけられるだけの事はある。元はかなり上級の冒険者だったのだろう。まさかそんなレベルの物がここで指導員などやっているとは不覚だった」
「そして隙もない、今俺がお前を殺そうとても簡単には殺せないだろう」
え?
え?
そのかなりヤバい台詞を聞いてかなり動揺している私はそれでもその恐怖に抵抗して後ろの青年の振り向こうとしますが体が動きません。
「ふふ、向かない方が身のためだな、お嬢さん」
その男はそう、脅しに近い文句を私に投げかけます。
「…!!」
振り向いてはいけない。
私の直感はそう訴えていましたが私はこれでも冒険者の端くれだった者。
その時の好奇心は恐怖を上回っていたのです。
「振り向いてしまったか」
恐怖に打ち勝ち、後ろを振り向いた私に向けて笑みを浮かべる青年トーマス。
もはやその顔は貧弱な青年からはほど遠い、百戦錬磨のSS級冒険者のような鋭い目付きに変わっていました。
「ト…トーマス。あなたは一体何者? そもそも聞いていたあなたならここにたどり着けるわけないのに…」
「ふふ、それに気付いているとはさすがだな、俺ことトーマスはここでその箱を回収したらここでのミッションを終え、死んだ事にするつもりだったのだがな、まあいい」
トーマスがそういうと彼の目は少し光り徐々に大きくなっているように見えました。
威圧感から相手が大きく見える…そうあの錯覚でしょうか。
(…い、いや、そうじゃない。ほんとに大きくなっているんだっ)
それは錯覚ではなく本当に彼の体型大きくなっていっていたのです。
身長は数十センチ伸び筋肉質な体になっていき、さきほどまでとはまるで別人になるトーマス。
「ふう」
そして完全に別人のマッチョのおっさんになっていたのです。
「あう…あう」
さすがに目の前で起きたその異様な光景に私は言葉も出ません。
そんな私を見ながら彼は私にこう言ったのです。
「よく俺がトーマスと別人と気付いたな、そしてその箱を取らなかった賢明さ。お前は俺の正体を察したが『殺す』には惜しい『有能な』冒険者のようだ。だから俺はお前を殺さない代わりに俺の『遊び』の協力者になってもらうぞ」
小さなナイフを私に向けて光らせ、威嚇しながらそういうその男…先ほどまでトーマスだったその男はにやりと笑いながらこう言いました。
「お前が『調査員』なら俺の行動もやりやすくなる。これから俺の目的に付き合ってもらうぞ」
後に『なろう』史上最悪の男と言われるその男とその最悪のパートナーと言われてしまう私の迷宮荒らしと山の向こうまで達する地獄の旅路がここから始まるとはその時思いませんでした。
(つづく)