2.優人学園
優人学園は13歳で入学、14歳でデビュタント、17歳で卒業。
国内の貴族は全てこの学園に入学しなければならない。逆に言えば、この学園に入学出来ない者は貴族名鑑には載らず、貴族として認められない。国直轄の機関なのである。
素行、家の事情などの場合で退学しても貴族として認められるが、除籍処分になると元々通っていなかった事となり、貴族と認められなくなる。
貴族とただの平民とは結婚が許されない。
平民と結婚する場合は、ステアラート教会の司祭様から優良平民と言う資格を発行して頂かねば出来ない。その手続きも勿論面倒臭い。羽振りの良い商人は金で買っているって言う噂も聞いた事がある。兎に角面倒なのである。
但し、主人公アイラの場合の貴族の落胤と証明が出来れば、貴族籍に入れる事も可能。まあ、その場合は貴族側から役所にたんまり金を払うらしい。貴族側も例え自分の子だと知っていても基本は放置している。籍にまで入れるのは メリットがあればこそだ。
ゲムストは去年入学、ヴェロニカは16歳なので来年で卒業。卒業の年にアイラが入ってきて断罪されるなんてついてないよな。来月から入学するのは、俺と、エスティローズとシオンストの3人。
ゲーム上ではこの主要メンバーしか知らないが、他にもどんな子がいるか楽しみだな。
学園に入学すると、学園寮がある。そこでお約束親元を離れて生活する。
しかし、自領を持っている貴族は社交シーズンは両親は王都へ行ってしまう為、自領にはデビュー前の子供達だけだ。侍女や侍従がいるしそこまで親元を離れるなんて大袈裟なものじゃ無い。
俺は王子なので、寮の他に王宮に泊まる事もしばしば。視察にでれば暫く帰ってこない事もある。寮も侍女2人 侍従2人 護衛2人。人の目がない事がない。ゲームはスタートしている、準備は整っている、やってやるぜ、俺。
入学後オリエンテーションが終わり各教室でいきなりテスト!
この学園は成績でクラス分けされるからだ。
選抜クラス、特別クラス、普通クラス、基本クラスの4タイプ。
選抜は漏れなく王宮の仕事に就き今後重要な要職に就いていく。
特別クラスは 満遍なく優秀だが選抜入りは出来なかった人、令嬢が多い。勿論優秀な令嬢は選抜入りするが、そこまで優秀だと嫁に行きにくくなるのだ。敢えての学力調整をしていたりする。
それから普通クラス、基本クラスと続いて行く。
この学園の生徒会は立候補と推薦の選出があり、普通クラス以上としているがここ数年優秀クラス以上でしかいない。勿論私は 生徒会に入るつもりは無い。ゲームではやっていたが、実際政務が忙しくてそれどころでは無いのが現状だ。
講堂へ移動途中女子生徒に呼び止められた。
「殿下、少しお時間頂けないでしょうか?」
本来であれば身分が下の者から声を掛けるなんて以ての外。しかしここは学園なので、交友関係を広げる為にも厳しくは制限していない。
「貴女は誰?」
「私は ハスバーグ伯爵家長女 ミュリエル フォン ハスバーグで御座います。
少々 皇太子殿下のお耳に入れたい事があるのです。」
「私は予定があるのだが手短にすむ事ですか?」
「はい、すぐに終わります。」
「では手短に何ですか?」
「ここではちょっと・・・。」
「ここでは不味いと言うなら、私は話しを聞く事が出来ない。すまないが、失礼させて貰う。」
「お待ち下さい。では、ここでもいいです。護衛の方は外してはいけませんの?」
「ハスバーグ嬢、申し訳無いが君にそこまでする義理はない。」
「分かりました。ではお耳をお借り致します。」
そう言って、ヘラルドの胸の服を握り締めキスしようとしてきた。
しかし護衛の剣がミュリエルを阻み、唇が奪われる事は無かった。
「君の用件はこれだけ? なら失礼する。
ああ、今度同じ事をしたら不敬罪に問うよ、それとお父上には連絡させて貰う。」
踵を返し講堂へ向かう。
「危ない所でしたね、殿下。大丈夫ですか?」
「助かったよ、レイトン、ピエット。今日だけで何回目だ?」
「4回目です。」
「何なのだ、私の唇を奪うゲームでもやっているのか?」
「さー。殿下が美しすぎるからではありませんか?」
「真面目な顔をして何を言っているんだ、ピエット。
しかし、これでは学友を増やすどころか警戒する事しか出来ないな。」
事の発端は昨日食堂で 基本クラスの学園生が、
「ヘラルド皇太子殿下って素敵―。あの方と結婚したい!」と言い出した者がいたのだ。
「美しくて優しくて、学業も出来て完全無欠の王子様。貴女と結婚なんてする訳がないでしょ!」
「それは、分かっているわ。でも、もしあの方が私だけに微笑んでくださったら・・・、と妄想が止まらないの。」
「確かに夢に見るだけなら自由よねー。」
「あの『孤高の白銀王子』みたいに凍えた心を私が溶かしてあげたいの。」
「「「きゃー!!!!!」」」
それは巷で流行っている小説『孤高の白銀王子』は見目麗しい王子だが、陰謀渦巻く王宮内、身内ですら心を開く事が出来ず孤独の中にいた、だが市井で真実の愛を見つけ次第に心を開きその者をただ只管に愛す。と言う話しで爆発的ヒットを飛ばしているらしい。
しかし私は知っている。
これはクロードと言う男が私を題材にして書いているものだと言う事を。
クロードは私の乳兄弟、私の女官長ハルマの息子である。ハルマは伯爵家の次女で私の乳母をする為に雇われた者だ。年齢も同じで仲も良い。イヤ、一番の親友だ。そしてこの学園にも通っている。でも、他人のフリをしている。
それには思惑が二つあった。
一つは、ヘラルドと仲が良いと知られれば、クロードに平穏生活は無い。ヘラルドに近づく為クロードが標的になるからだ。
それと、諜報活動の為。クロードは私の諜報活動をしている。故に形を潜め目立たない様に活動している。
それがある時、張り込み中に暇だったから、と小説を書いてみた。と出版したらそれがこの爆発的ヒットを生んだ訳だ。
基本的に人のやりたい事に口出すつもりは無いので、好きにしてくれればいい。だが、何故こうなった。
それから女子達は「私が真実の愛を教えてあげたい!」と盛り上がり、いつしか
「私が殿下の唇を奪ってやるわ!」ハンターへと進化してしまった。進化って止められないのかなー? 課金しなければ進化なしも選べるとかって、ならないのかなー?
「レイトン、ピエット 暫くはこの騒ぎが続きそうだから警戒を怠るな。私のファーストキスがかかっているのだからな。」と、チャメッケいっぱいに言うと、
「了解しました。必ずや純潔を守って見せます!」と返してくれた。
まあ減るものじゃないし、されたからって毒もられる訳じゃなし別にいいのだが、噂になり王子の品位に傷がつく事は好ましくない。ここはガッツリ抵抗させて貰おう。
クラス分けがされた。
私とシオンストは選抜。エスティローズとゲムストとヴェロニカは特別クラス。まあ、学年ごとだからゲムストとヴェロニカはどの道クラスは違うけどね。
そして生徒会のメンバーが生徒会の勧誘に来たが、忙しくて無理と断った。
順調、順調。
ゲームではヴェロニカが悪役令嬢として断罪されるが、長い年月を掛けて、少し高飛車だった性格を矯正し、今はツンデレちゃんへと進化したのだ。
ここでの進化は大切。
そしてもう一度言うがヴェロニカと私は婚約していない!だから現状では私とアイラの間に嫉妬してって言う設定が無くなった。
多分、私はエスティローズと婚約するだろう。
ヴェロニカはきっとヨークモント国の第二王子メンフィスと婚約するだろう。
ふふん、打てる手は打つ!
聡明なヴェロニカは王妃としての資質はあるだろう。そして今はツンデレちゃんだし、きっと私と結婚しても問題は無い、がしかし! 万が一 フラグが立ち、陥れられてしまえば、事実よりもその場の証拠で断罪されてしまうかも知れないと思い、私との未来は潰す事にした。
調査の結果、メンフィスが年も性格も家柄も一番良いだろう、と画策し何かにつけて引き合わせていた。ヴェロニカは美人だし、メンフィスはまんまと俺の思惑通りヴェロニカに夢中になった。
小さい時から収集した情報も使い、メンフィスに囁きお膳立てをし、近日婚約者として発表され、学園卒業を待って嫁いで行く事だろう。しめしめ。抜かりは無い。
アイラが来て、たった一年でヴェロニカの一生を駄目にする様な事などさせるものか。
女子達の熱が早く覚めて欲しい。
しかし鬱陶しいので、視察に行き暫く学園を休む事にした。
そこで、2週間程の視察の動向にゲムストを誘った。
騎士団長も許可してくれたし、何と言っても行く先がゲムストの領地である、第三防衛地だからだ。
代々騎士団長であるカチャック伯爵領は隣国との防衛の要の地である。
最近は隣国とはどこも友好関係を築いているので戦争はない。しかし、いつどうなるかは分からないので、国のあちこちに駐屯地があり、有事の際は一番近いところが出兵するのだ。
その地の一つがカチャック領にあるのだ。
戦争はあっては欲しくないが、入念な準備はいつだって必要なので、兵は練習を事欠かない。
この2週間で第一から第三まで視察するつもりだ。故に騎士団長も同行する。
ゲムストも以前とは違い、私と修練をする際に父親との時間も持て、今は良い親子関係を築けている様だ。
一応シオンストも誘ったが、断られた。「暑苦しいのはあまり好きじゃない」と言っていた。
「その代わり、その間アナミとユナミの面倒は私がみておくから心配しないで。」と言われた。私達といるよりモフりたいなど困った奴だ。
それぞれの駐屯地で実際に修練に参加させて貰ったり、施設を見学させて貰った。
直接困っている事などを聞いて回ったり交流を図った。
女性の騎士も沢山いる。
現在女性の騎士を纏めているのはカチャック伯爵の妹君で、シャリル フォン ムスカ伯爵夫人だ。武門の一族だったので、小さい頃から武芸を嗜み、今では女性の騎士を束ねるまでになった。因みに旦那様のムスカ伯爵は文官だ。争い事はからっきしらしい。
ムスカ薔薇団長との雑談で興味深い事があった。
(女性騎士団に名前をつけたーい、と昔の王妃が言い美しいけどトゲがあるなんてぴったりー、薔薇団って素敵じゃなーい。てへ。と周りが凍りつくにも関わらず強行して決めてしまって以来その名前が継続されている。)
全体的に感じたのは伝統が染みつきカビが生えそうって事だった。
こう言う、脳筋類プライドの塊は改革は難しいかも知れないと思った。
「ねえ、ゲムストは兵の食事についてどう思った?」
「何が? 何かあったか、それよりキルスさんの剣技が素晴らしくて俺もああなりたいってそればかり考えていたよ。」
脳筋はここにもいたか。
つまりは、階級が上のものから食事を取る為、下のものは量も少ないし、下手すれば残り物が無い場合もある。仕事を終えて遅れて戻ってきても無い。
下っ端は常に飢えている、なんて非効率だ。
それを団長に言っても、「それも鍛錬の内です。」と言い切られた。
因みにムスカ団長に聞いたら、
「女子寮は別にありますので男性騎士団達の様な事にはなっておりません。取り分けられた物を食べています。他人の分まで横取りしようとは思いません。」
「何を言うか!戦場ではいつ食事が出来るとも限らない、要領良くやる事も騎士の務めだ!」
「待って下さい、二人とも落ち着いて。
ですが、カチャック団長、要領良くと言ってもここは戦場ではありません。任務で遅れて定時で食べられない事は怠慢ではありません。ここで要領良くと言ってしまうと、調理場の人間に金を掴ませる、同僚に金を掴ませて取り置きさせる、軍務規定を破って外出するなど、別の問題を抱える事になります。
これはすぐに改善するべき事です。如何ですか?」
「・・・、慣例として甘くみておりました。申し訳御座いません。」
「国の為に働いてくれている皆さんに食事も満足に食べさせられないなど、スパラーニュ国の恥です。別の改善も考えたい所ですが、すぐには準備出来ないので、下級騎士まで食事が行き渡らないのであれば、量を増やすなりして下さい。誰かが必要以上に食べるなど以ての外です。この地の責任者は誰ですか?」
「はっ、私 パラシオン第三隊長であります。」
「この件は、下のものに任せる事なく貴方が責任持って改善させて下さい、良いですね。」
「はっ、直ちに調査致します。」
「調査だけではなく、改善して下さい。期限は2週間 改善が見られなければ、隊長を交代します。宜しいですね?」
シーン、とした。こんな若造に言われたくないよな。でも、体は資本だ!
やはり別の所でも似た様なものだったので其々期限を設け改善要求した。
第二防衛地では、摩耗した武器の交換が稟議が降りるまでに時間がかかり過ぎて困るとの話しもあった。
これを確認すると、各地で申請をしてくるが不備が多すぎて発注するまでに時間がかかり過ぎていた。
故にこれは騎士団長と文官と協議して、所定の書式を作り、その様式で不備のない様申請する事で決着した。
うーむ。
つまり、第二駐屯地では毎回稟議が下りるのが遅い!という事は毎回不備があると言う事だ。つまりその要職にボンクラが座っている、ボンクラのくせに文句ばかり言うと言う事だ。
クロードに調べさせて、こっそり移動させて配置換えしよう。
そして2週間の視察を終え帰ってきた。
それから軍御用達の洋品店に行った。
「実はこう言う物を作って欲しいのだが、出来るだろうか?」
「なるほど、少しお時間を頂きますが、開発に尽力致します。」
「宜しく頼む。出来たらこの者まで連絡をくれ。」
「畏まりました。」
王宮に帰り視察の報告をした。
そしてニャビットの所へ行くとシオンストがいた。
「シオン、来ていたのかい?」
「殿下、お帰りなさい。無事お戻りになられ、ほっと致しました。」
「ただの視察だよ。
アナミ、ユナミ元気だったかい? 会いたかったよ。」
柵の中にはいり一匹ずつ抱っこして頬擦りした。
「はー、癒される。お土産だよ。 これは好きかな? 本には好きって書いてあったから視察中に見つけて買ってきたんだ。美味しいかい? ふふ、くすぐったい。」
「殿下、そんなにお疲れだったのですか?」
「うん、まあまあだよ。シオンのお土産は部屋にあるんだ。ここにいるって知らなかったから。時間あるなら僕の部屋に行こうか?」
「はい。」
「今回、軍の駐屯地を回ったのだけど、悪習は悪習と思っていないから厄介だなって思ったね。下級兵には満足に食事が回らないのだが、それを要領良く生き残る為と言うのだ。
全く根拠がない。任務で遅れて戻っても、下級兵士でも関係無い、国を守る者達だ、食事くらい満足に食べさせてやりたいのだ。」
「なるほど、お優しい殿下らしい着眼点ですね。それでどの様になさったのですか?」
「最初に着手出来る事として責任者に改善要求をした。2週間の猶予を与えてね。」
「なるほど、改善すると思いますか?」
「・・・。食事は作る量を増やす事は可能だろう。だが、年功序列、下級兵士のイジメは意識改革はすぐには出来ないだろう。でも食事の件は少しだけ改善出来るかな?」
「そうだ、はいこれ。お土産。」
「有難う御座います。開けてもいいですか? うわぁー可愛い。」
「ニャビットのキーホルダー。丁度 白と黒があったから、お揃いだよ。」
「これがあれば僕 何でも頑張れる気がします!」
「あはは、大袈裟だな。それはそうと学園はどう? 行く前は女学園生に追いかけ回されて、迫られて辟易して視察に出たんだけど、少しは落ち着いただろうか?」
「ご本人がいらっしゃらなかったので表面上は変わらないと思いますが、麗しい殿下を実際に拝見すれば再燃するのでは無いでしょうか?」
「はぁー。行きたくなくなっちゃうな。」
「そう言えば変わった男がいました。同じ学年で、マルクス フォン メルボン子爵と言うのですが、見目がよく女性に大変モテる男の様です。ですが、ちょっとおかしいと言うか、変わった男と言うか、軽薄と言うか まあそんな男です。あまり近寄りたく無いタイプです、妄想が過ぎると言うか・・・。」
「そうなんだ、うん有難う。少し気をつける様にするよ。」
マルクスねー。いたな、そんな奴。ア顔は覚えていないが、アイラの取り巻きの一人だった。兎に角ピーチクパーチク騒いで事を大きくしていく奴だったな。言動は注意しておくべきだろう。
それと、そろそろティティアン側妃からアーロン第二王子が物語に参加する頃か。
私が断罪し、アイラを娶ると騒いで、私が廃嫡された場合、このいずれ生まれる第二王子アーロンが皇太子となるのだ。
まだこちらは問題は無いが今後生まれてくる弟を慈しまなければな。