レイドの思惑
「きょ、今日はたまたま調子が悪かったみたい! 」
涙をぬぐい、無理に明るく振舞おうとするが、ルインの声は震えていた。
そんなルインを慰めながら、アリアは地獄の底から響くような声で俺に文句を言う。
「これからどうすんのよレイド。このままじゃ本当にルインはギルドを出ていかないと行けなくなるわよ?」
「そうだな。他の奴らも内心はどうあれ、表立って反対するのは難しいだろうし」
そうだなじゃないわよそうだなじゃ!と憤るアリアに叩かれながら、やれやれとルインに視線を向けた。
「私は、もうここにはいられないんだよね……」
普段は傍若無人に振舞っているルインも、流石に今回の件は堪えたようで、いつもの元気は影に潜みしょんぼりとしている。
生まれ育った我が家から出て行けと言われたのだから、当然と言えば当然か。
「それは違うぞルイン。ここにいられなくなるんじゃなくて、もうこんな所にいる必要はない、が正解だ」
どう言う事? と首をかしげるルインに、俺はニヤリ、と今日初めての笑みを浮かべる。
「ルインの夢はグレンのおっさんを超えるギルドマスターになる事だろ?」
俺の言葉に、彼女は静かに頷く。
「なら、うちにいるよりも自分でギルドを立ち上げた方が近道だ」
うちのギルドは地盤が整わないうちに規模がでかくなりすぎた。
おっさんのカリスマ性だけで保ってきたこのギルドが、彼なしで今後もうまくやっていけるとは思えない。
そんな不安定なギルドの長をやったところで、彼女の夢は叶わないだろう。
「でも、一から立ち上げなんてそんな……」
「不安か? お前の父親にだってできたんだ。ルインにできない道理はないさ」
それに、と付け加える。
「お前には俺がついてる。王国一のギルド『竜の息吹』が誇る最強の冒険者レイド様がな」
「まさか、あんたもギルド抜ける気なの!?」
隣でぶつぶつと文句を言っていたアリアが、驚きの声を上げる。
もちろんそのつもりだ、と答えると、アリアは今日何度目かの呆れ顔をした。
「最初からこうなる事を狙ってたわけ」
「おっさんの遺言だったからな」
生前、おっさんに言われた言葉を思い出す。
しがらみだらけのギルドから娘を解き放ち、自由に夢を追いかけさせてやってくれと。
「なら私も抜けるわ。三人で新しいギルドを立ち上げましょう」
やっぱりそうきたか、と舌打ちしつつ、アリアの前に手を掲げ反対の意を示す。
「今すぐにはダメだ。俺とお前が同時にギルドを抜けたら、ギルドの内外に思いっきり注目される」
アリアは、その美貌と圧倒的な強さから『竜の息吹』の中でも特別有名な冒険者だ。
ギルドの象徴とも言える彼女が抜けて、ルインについたとなれば、様々な噂が流れることは間違いない。
そうなればルインの新しい生活にも影響が出るだろう。
「その点、俺はお前ほど目立った活躍はしてないしな」
腕っ節だけならアリアに負ける気はさらさらないが、俺はあまり自分の名声に興味がなく、大体の戦果はギルドマスターであるグレンに譲り渡してきた。
そのためギルドの外には俺の名前はあまり知られておらず、そこまで気にする奴らもいないだろう。
「……言いたいことはわかるわ。でもね」
そう言うと俺に詰め寄り、アリアは俺の胸ぐらを掴んだ。
「それってつまり、しばらくの間ルインとあんたは二人っきりで生活するってわけよね?」
「そりゃそうだろう」
「そうだろうじゃないわよ!」
「おいおい、俺がルインに手を出すと思うのか?」
「はぁ!? ルインに魅力がないって言いたいわけ!? ぶっ殺すわよ!」
じゃあどう答えればいいんだよ。
助けを求めてルインに視線を向けると、珍しくオロオロと狼狽していた。
「わ、私は気にしないから! レイドのこと信用してるし」
「だそうだが?」
「私があんたのことを信用してないのよ!」
アリアは良いやつだが、ルインの事となるとすぐに頭に血が上る。
これもこいつを連れて行きたくない理由の一つだ。
「まぁしょうがないわ……。けどね、もしルインに手を出してみなさい。灰にするわ」
「面白い冗談だな」
無言で打ち出された炎弾が頬をかすめ、俺の髪を焦がす。
この俺が反応できない速度で魔法を使うとは、さすがアリアだ。
「灰にするわ」
「わかった、誓ってルインに手は出さない」
言われなくても恩人の娘にちょっかいを出す気は無いが、もし間違いがあればアリアは本気で俺を殺しに来るだろう。
そんな俺とアリアのやりとりを見て少し元気が出たのか、ルインはようやく、小さな笑みをこぼした。
一人仕切り笑った彼女は、ふぅ、と一息ついて真面目な顔で俺と向き合う。
「私、お父さんみたいなギルドマスターになりたい」
「あぁ」
「なれると思う?」
「もちろんだ。なにせ、俺がいるんだからな」
「わかった。レイドの事、信じるね」
そう言って笑う彼女の笑顔に、不思議と惹き込まれる。
ギルドマスターに最も必要な素質、人に慕われる才能は、すでに彼女の中に芽吹いていた。
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