プロローグ
目の前では、戦いとも言えない、一方的な蹂躙が繰り広げられていた。
ろくに剣も振るえず、いまだに魔法の一つも使えない少女が、王国最強ギルドのサブマスターであるアベルに、なすすべも無くいたぶられている。
ギルドに所属する冒険者全員の前で行われる晒しあげ。
それは、先代ギルドマスターの娘としての矜恃を打ち砕くには十分すぎる惨状だった。
「レイド、あんたはこれで満足?」
同じルイン派のアリアが、極寒の眼差しで睨みつけてくる。
先代マスターの娘であるルインを妹のように可愛がっていたアリアには、目の前の光景は耐え難いのだろう。
アリアの苦言を無視し、俺はじっとルインを眺める。
現在マスター代理を務めるサブマスターの性格の悪さは、俺もよく知るところだ。
さっさと勝負をつけてやればいいのに、わざと手加減してルインの醜態をメンバー全員に晒している。
最後の一片まで、人望が残らないように。
ルインは先ほどから、ろくに立ち上がることすら許されていない。
反撃しようと地を蹴れば途端に爆風に煽られ、起き上がろうと手をつけば暴風に横殴りにされる。
それでも降参しないのは、彼女なりの最後のあがきというところか。
「そろそろ潮時か……」
けれど、そんな気丈に振る舞う彼女も、だんだんとその目から闘士が失われていく。
代わりに、怯えの色が濃く出始めていた。
自分を見つめるギルドメンバー達から、容赦無く向けられる失望の眼差しと、呆れのため息。
その一つ一つが、何よりも彼女から気力を奪い去っていく。
「そこまでだ」
もう十分と、俺は一方的な蹂躙に割って入る。
するとアベルは、待ってましたとばかりに薄っぺらい笑みをその顔に浮かべた。
「レイド。まだ勝負はついていませんよ?」
「いいや、ルインの負けだ。ルイン、お前も異論はないな?」
そう言ってルインの方に目を向けると、一瞬口を開くが、何も言葉を紡ぐことができず、こくりと首を縦に振った。
それを確認したアベルは、満足げに頷くと、俺とルインに背を向け、立会いを見守る冒険者全員に高らかに宣言する。
「皆さんもご覧になったでしょう! 我らがマスターの娘は、冒険者にはまるで向いていない。圧倒的な力に憧れこのギルドに身をよせた我々を、束ねる器でないことはここに示されました」
アベルの勝利宣言に、反対する者は誰もいない。
「彼女には冒険者などでは無く、普通の少女としての生活があっています。ここで現実を教えておくことこそが、先代マスターへの恩義に報いることにもなりましょう!」
有り体に言えば、このギルドから出て行けというアベルの言葉に、ルインは唇を噛んで俯く。
その目には、溢れんばかりの涙が浮かんでいた。
その様子を見てアリアが飛び出そうとするが、俺はそれを視線で抑える。
「あなたも異論はありませんね? レイド」
「もちろんだ。お前のいう通りだと思うよ、俺もな」
躊躇なく言い放った俺の言葉に、ルインはひときわ大きく目を見開くと、ついにその瞳から雫がこぼれ落ちた。
「では、彼女には今日限りで出て行ってもらうということで。荷造りの手伝いが必要ならばいつでも行ってくださいね?」
アベルはそう言い捨てて、ルインの元をさっていく。
やりとりを眺めていたメンバーたちも、一人、また一人と立ち去って行った。
後には、静かに涙するルインと、般若のように顔を歪めるアリア。
そして、小さくため息をついた俺だけが残されていた。