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異世界転移に片足突っ込むも返品された話

作者: 三須美ソウ


ついにこのときがきた。


私にもやってきたのだ、この瞬間が。


子供が戦隊モノのヒーローに憧れるように。


お姫様に憧れるように。


ありえない、叶わない現実と知りつつ。


なれたらいいな、あったらいいなと、いい大人が密かに夢見ていたのだ。



***************



目が覚めるとだだっ広いだけの空間にポツンと立っていた。

今時珍しくもない薄給激務の弊社デスクにて、終電間際の時間と睨み合いながら絶賛お仕事中だった私はうつらうつらと睡魔が呼んでいたところまでは覚えている。

きっと終電にさよならして、睡魔を引き寄せたのだろう、記憶がそこで途切れていて気づいたらここに立っていたのだ。


なんの予備知識もなければ、ここはどこだと喚いたり、おうちに返してよと泣いたり、探索したりすんだろう。

だが私は知っているぞ。ラノベ読書が趣味な私はこの展開をよく読んでいた。


そう、ここは。ここは!

異世界へ向かうための準備部屋!

飛行機でいうならば、ハブ空港的な場所でしょう!

さぁさぁ出てきてくださいよ、案内人的な人!声!その他何かしらのアクション!


『突然知らないところに呼ばれてワクワクした顔しとるの、お主くらいよのぅ』


来た!何かしらのアクションが!

直接脳にそそがれるように言葉が入ってくる不思議な感覚が!


「これ、私は普通に喋っても通じるんですか?」

『わしは実態をもっておらんでの。念じればわしには届くがお主の好きにしたら良い』


姿が見えないということは世界の声的な何かかな?

まぁなんでもいいです。それよりも私にとって大事なことを確認しなくては。


「私がここに呼ばれたということは、つまり私が、私の存在していた世界とは異なる世界を救う的な……?」

『なんじゃ。すでに事情に通じておるのか。はて……基礎知識の付与などいつ済ませたのか……』


脳内に直接語りかけてくるそれは老人のような声は、実体化されていたら顎髭に手を添えてふむふむなんて仕草をしていそうな様子だ。

それにしてもやはりこれは、私が夢見ていた展開に違いなかった。


「事情はさっぱりなので教えていただけるものは何でもご教授賜りたく存じますが、お引き受けいたします!!」

『いやまぁ申し訳ないことにお主に拒否権はないゆえ、諾の答えしか必要なかったが、なんというかのぅ』


私の溢れんばかりのやる気に老人(仮)がタジタジな図、を幻視した。

老人(仮)にはご理解いただけないだろうが、異世界に渡り活躍する、というお話は胸躍るのがあるのだ。

もちろん、良いことばかりではないのは分かっている。私が読んできた数々の作品でも、その世界ならではの辛いことや現代人には受け付けられない物事や現象、倫理観などはある。

だがそれでも夢見ずにはいられなかった。

小さい頃はヒーローに憧れ、青春時代は冒険ものRPGにのめり込み、社会人ではラノベの世界に浸る日々。

私だったらどうするか、なんてもしもな話も考えたりしたものだ。

それがこうして現実として目の前にやってきたのだ。興奮しないわけがない。わけがないのだ!!


『話が早くて助かるのには違いないしの。ではさっそく……』

「はい!適正な装備ですか?膨大な魔力ですか?不思議最強道具とかですか?何からいきましょ―――」

『これからお主には生まれた瞬間から今現在までの生きてきたなかで最も冒険に適していると思しき姿を選んでもらうとしよう』

「………はい?」


これは詳しく存じ上げない展開だ。

チェックしてないラノベとか異世界小説ものとか冒険記とかではあるあるな展開なんだろうか。

適していると思しき姿?なんだろ、ゲームみたくアバターを選択するようなことかな?

いやでも"生まれた瞬間から今現在までの生きてきたなかで"って言ってる……どういうこっちゃ?


『お主にはその選んだ姿で世界を旅し、平定してもらうのだ』

「????」


えっ。え?

老人(仮)の言うてることがよく分からない。

勢い勇む私の気持ちが出口なく佇み、シュルシュルと萎んでしまう。

これはいかん。いけませんな。

社会人として培ってきたフラットなマインドを思い出し、よくよく説明を聞くことにしよう。


要約すると、こうだ。と思う。

このハブ空港ならぬハブ空間から飛び出すと、そこがどの地であるかが分からない。

加えて、今ここにいる私は実体化されているわけではなく精神体だそうだ。

精神体に付与できるのは知識や情報といった形のないもののみ。

魔力的なものも存在している世界のようだが、そのようなものが存在しない世界からやってきた私には魔力を注ぐ器がなく、異世界へ飛んで体が再構築されて初めて魔力の器が決定されるのだとか。

その再構築される体も、無から有を生み出せるわけでもなく、あくまで基となる私が基準となるわけで。

いじれるとすれば肉体年齢と、肉体年齢にひっぱられてその年齢の時の精神状態も付随されるとのこと。その付随加減はどれほど影響を受けるかはやってみなければ分からない。

つまり物質的なボーナスもなければ、膨大な魔力などの内なるパワーなボーナスもなく、肉体も超人的なものになるでもなく私がそのままぽん飛ばされてしまうという訳のようだ。

ちなみに再構築される肉体年齢もある程度再現されやすい年齢というものがあるようで、それが以下の4つだそう。以下、年齢の若い順とする。


①幼少期(6~7歳頃)

②少女期(13~14歳頃)

③成熟期(17~18歳頃)

④青年期(現年齢)


私は一通りの説明を聞き、自分なりに事項をまとめ、頭の中で整理した。

先だって問題は、老人(仮)から示された4つの候補から選択せよということ。

私は……愕然とした。

老人(仮)が私を視て再現しやすいとした4つぞれぞれの時期。

思い当たる節があるのだ。再現しやすいということはつまり私を形成する上で大きい要素を持つのであろう。


①ヒーローに憧れた頃。男女問わずかけっこを制するモノが頂点だったあの頃。がむしゃらに打ち込んだ懐かしき私。

②思春期真っ盛りの頃。もれなく背伸びをしたい、自己愛に満ちた空想や嗜好に酔っていたあの頃。一番振り返りたくない私の黒歴史。

③思春期その2の頃。斜に構えるクールな私、洋楽を聴く私かっこいいと酔っていたあの頃。英語なんてわかりゃしないのにな私。

④語ることは特にない。社会にもまれ精神的にタフさが生まれていくにつれ、体力の衰えを感じてくる今日この頃。


自己分析の結果である。

どれもこれも筆舌に尽くしがたい。

どの年齢の私も、他者よりも夢見がちであるだけの、所詮一般人枠を出ない私である。

せっかくの異世界転移なのに、結局は文字通り等身大の私で勝負しなくちゃいけないなんて。

選べないよ……悪い意味で。どれをとったって悪い点が目立つんだもの。

いやそれでも夢見ていた異世界転移だ。死んだらどうなるかなんて怖いことは考えない。今は前だけ見ていたい。


この4つの私について再検討を試みる。人生なんでもトライアンドエラーだ!

①の頃の私は特訓の成果も実り、足だけはダントツに早かった。俊足はきっと武器になる。でもそれだけだ。

物事を見る視野なんて所詮6歳児。精神がどれだけひっぱられるかも不確定なのに、あの頃の精神構造が大半を占めてしまったらデッドエンドまっしぐらな気がする。猪突猛進も使いよう。

②……③……うっ……あまり振り返りたくないが考えることをやめてはいけない!

あの頃は何も怖くなかったな、そういえば。体力だってこの頃が一番だったと思う。

良くも悪くも自分が中心だった。

そういう利己的な部分は知らない世界でも自分を守るという点においては以外に有用かもしれない。

でもなー……"†漆黒の僕†"とか"魔眼がうずく"とか"封印されし左手が"とか言い出したらどうしよう。

封印されているものはそのまま封印されていてください。未来の私からのお願いです。

④か……今の私ってことだが。精神的には大分正常というか、大人の対応も覚たし世間を渡っていくことを考えれば比較的安心だと思う。

ただなー……何が待ち受けているかも分からないし、どこに飛ばされるかも不明な土地に体力筋力下降をたどるこの身で乗り込んで生きていけるのかと問われればとても困る。


考えても考えても、ああでもない、こうでもないと絞り込むことができない。

たびたび老人(仮)から選択を促されるが、そう簡単に決められない。だから選べないんだって、悪い意味で。

あれが良くてもこれが致命的って選択肢ばっかり。

選べない……!


「幼少期の頃の俊足さ、青春時代の体力と利己的な部分をスパイスに、理性の部分は今の私でなんとかミックスしてお願いします!!」


もはや自分でも何を言ってるんだか。

でも、あちらを立てればこちらが立たずなんでひとつなんて選べない……

魔法とか不思議パワー溢れる世界観なんでしょう?世界を救うっていうのなら多少の融通をひとつ……!やる気だけはあります!がんばります!!


さぁどうしたんですか老人(仮)よ!

この私が世界を救ってみせま――


そこで私の意識が途切れたのだった。

再び意識を取り戻したのは、覚えのあるデスク。

突っ伏して寝ていたようで首の角度が妙に痛い。

なんだか現実味のあるようなないような、ふわふわした気分だ。うたた寝なんて数分だったろうけど変な夢見た気がするな。

視線が不規則にさまよい、ふと壁がけ時計にうつり、私は意識を覚醒させた。


「あとの仕事は来週!さっさと帰ってやるのだわー!」


急げば終電に間に合う。

どうせ明日は休みだ、たっぷり張った湯につかり、お気に入りのお酒をつまみながら読書だ!

なんだか気分がいいんだもの、好きなこと全部やってやるー!

さっさとフロアを施錠して駅までダッシュだ。

昔取った杵柄、ヒールなんかには私は負けない。

夜道を爆走する私にはささやかな風のなんて音聞こえなかった。

その風に乗ってかすかに聞こえた声。

 

『お主わがままなので返品じゃー』


私は今日も、夢を見ながら生きていく!!




***END***




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