趣味よりも大事なもの
糞みたいな害を排除し、麗しの自宅である迷宮へ帰還した。エクストラという驚異をあっさりと確実に排除することが出来て万々歳ではあるのだがそれに疑問を持つ女が一人。彼女お気に入りのゲーミングチェアにドカッと腰を下ろして半眼で俺を見てくる。
「んだよ、不満そうな面しやがって」
変な目で見てくる女ことサキュー、今回の件はスマートに処理できて不満に思う部分はないはずなんだがな。
「カトーにしては温い決着だったのが不思議なのよ。あんたならエクストラをあいつの前で消して見せて絶望のどん底に叩き落しても驚かなかったのに」
俺のことを分かってらっしゃる。事実、そうしたかったがそうしなかった。俺がダイン王国でイキったように調子に乗って暴れると考えたのだろうが・・・まぁやろうと思えばやれたのだがねぇ。
「温くてもあれが最善だ。そもそもあの場に居た敵二人、どちらも脅威だからな。趣味を優先するより確実に処理することを選択したわけよ」
俺の言葉を理解できていないのかコテンと頭を傾けるサキュー、納得できないか。
「脅威なのはエクストラだけでしょ?ハイエルフの男もカトーにとって脅威だったの?」
「そりゃ脅威だろ、他者の意思を消し去ることができる相手だぞ。今回はエクストラがその対象だったが、サキューの提案通りに目の前でエクストラを俺が消し去ってみろ・・・絶望した奴がその対象を俺やお前に切り替えても驚きゃしねぇぞ」
あー、と言い出しそうな顔をして今度は納得できたサキューがうんうんと頷く。
「そりゃ不味いわね。考えもしなかったわ・・・大した力を感じなかったからかしら」
「懸念は結構あったんだぜ。そもそも奴は想定では何千年も体を変えて生きてきた存在だろ?俺らより人生経験が豊富なわけで、こちらの裏を読んでおかしな行動をしても不思議ではなかったからな。まず考えたのがエクストラに遭遇したら、エクストラごと転移で俺達から逃げる可能性だな」
「そっちは擬似精霊を結界化させて防げたじゃない」
サキューに指示してエクストラを逃さないためにという理由でそうしていたが、それだけの理由で転移妨害したわけじゃない。あのハイエルフの男が何かしても防げるようにという裏の思惑があった。
「古代から生きてきた相手が俺達の知らない魔法を使えるかもしれないということ、これがデカイな・・・知らない魔法を使われて結界を無視して動かれたら詰んじまう」
「カトーにしては慎重ね」
「エクストラは本気でヤバかったからな、意思を消し去らなきゃ抵抗するだろうし抵抗してきたら絶対犠牲が出た。だから奴には役に立ってもらわないといけなかったわけで、楽しんでいる余裕がなかったのさ」
ニマニマとこちらを見るサキューに言い訳するように並べ立てる。ここで何でそんなに慎重だったの?とか聞かれたら恥ずい・・・それは避けたいところだ・・・けどもうバレてますねこれ。
「パパは誰のために必死だったのかしらね~」
当て付ける様に腹を擦るな・・・。
思い返せばハイエルフの男の首を刎ね飛ばし、その首が落ちる前に銃撃を叩き込むという行動。めっちゃ必死ですやん?驚くほど自然に何の予備動作もなく体が動いた。確実に相手の思考、行動を停止させたいという意思が漏れまくってますがな。
銃撃したことが首だけになっても何かしそうで不安だったと言っているようなものだ。外野から見ると・・・まさに必死だなというやつだ。ああ、だから俺はあの場から早く逃げたくてここにいるのだな。
「その・・・なんだ、親だしな一」
「カトーはハチャメチャする人だと思っていたけど、とっても意外だわ」
チクショー、女を振り回すことはあっても振り回されることは極力なかったのに、弱くなってしまったような気分だ。
ゴホンとわざとらしく咳をして誤魔化す以外にできることは無い。
これが尻に敷かれる感覚というやつか・・・それでもそれが心地良いから困るのだ。
「だーからー、俺は何もしちゃいないから婚約もしない。魔法士隊でそこそこの地位があればいいから、皇族入りとか勘弁してくれ」
皇女奪還とエクストラの処分が終わったのち、カトーは速攻で逃げやがったので俺ことクローが説明に駆り出され、宮殿に戻って色々押し付けられそうになっているのが現状。セーガさんは嫁と一緒にまだ迷宮で魔法士隊を鍛えている。俺とリンネが宮殿への報告へ行かされたわけなんだが・・・取り込まれそうになってるというわけだ。
「クロー君は確かに何もしてないですね。皇女様の奪還後の護衛?みたいな感じでした」
一緒に帰還したリンネから援護が入るが、皇帝の表情は変化しない。手柄は全部カトーに押し付けたいというこちらの意図を汲んでくれないのは何故だ?
ううーんと唸り頭を抱える皇帝。何が不満なのか、全部カトーがやりました犯人はあいつです!じゃダメなのかよ。
「クローが拒否したいのは理解できるが手柄をカトー一人に与えた場合、カトーの機嫌を損ねる可能性がある。手柄には義務も含まれるからな。何がダメで機嫌が変化するかも不明な難物、下手に手は出せない。そこへいくとクローは扱い易い部類になる。セーガ殿への影響力もあるが小さなものだし、どう扱っても大きく問題にならぬ。それでいてカトー・セーガ両者に関りがあり、利用価値もある。大きすぎず小さすぎない利用価値、身内にするのに都合が良いのだ」
ぶっちゃけやがった・・・。こちらもぶっちゃけたいところだが、妥協できなくもない。皇族とはいえ第三皇女、上の兄姉が実権を握れば脅威と考えられ目を付けられることもないし、それでいて皇族特典をそれなりに享受できそうではある。年齢的にも合いそうではあるが、成長後に好みの脚に変化してくれるなら拒否する理由もなくなるのだが・・・どうするべきか。
話し合いは続けられ、カトーが8割、セーガが残り2割、俺は皇女の護衛という役目を全うしたということで納められた。結局、何もしていない俺が利益を得るのはどうかということで納得してもらった。
ネネの婚約者という立場だけは押し付けられたが、最初から狙われていたし・・・妥協しようと思う。
寝所に潜り込むような女を危機から救い出し、逃れられるかというと難しい。特にそいつが地味に権力なんか所持していてはどうにもならない。
今も左腕に縋り付き、逃がすまいとされているのだから観念するしかないのだ。
だが、話し合いは必要だ。この皇女様一人に縛られるのは若い俺には厳しすぎる。
皇帝の御前から退出し、馴染みの兵舎内へ移動。俺が使っている部屋へ招き入れる。
「気が早いのは悪くないのじゃが・・・性急すぎんか?」
「ちげぇよ・・・ただの話合いだ。このまま婚約者としての立場を続けると、やっぱり結婚ってことになるよな?」
「あたりまえじゃろ。何のための婚約じゃと思うとる」
ですよねー。寝台に腰掛けたまま目の前でくねくねと体を動かす皇女を観察する。
獣人族と人族のハーフで色々混ざっていてウォーダを代表する皇族の姫は見た目は悪くはない。悪くはないのだが・・・恋愛して云々という感覚はない。
歳は変わらないし、これから女に成長していき魅力が増すと思われる。近い将来に期待というやつである。
「具体的に何歳でとか決まりがあるのか?お貴族様のそういう慣習は知らないしな。それどころか皇族様だろ?あとネネを嫁にするのか、俺が婿に行くのか、どっちになるんだ?」
「そうじゃのぉ、ネネ的にはどちらでもよいのじゃが、父上はクローを婿にして皇族に引き込みたいようじゃぞ。あと子作り解禁はネネが発情するまでおあずけじゃ」
発情・・・そういやそういう仕組みだっけか。たしか15歳くらいで個人差はあるものの自然とそういう状態になるらしいな。ん?もうあと二年くらいしか自由な時間がないってことか。カトーが言ってたな、結婚は人生の墓場とかなんとか。ここは思い切って言うべきことを言うのだ・・・詰んでしまう前に!
「あー、ネネ。俺は別にお前に惚れているというわけでもないし、婚約してしまっても他の女にフラフラするかもしれんぞ」
浮気します宣言をぶちかます。嫌がれば婚約解消できるし、それはそれで自由の身へ戻れる。出世は厳しくなるが能力的にはそこそこ評価はされているし、魔法士隊の副長あたりは狙えるんじゃねぇかと思う。
「フラフラして種を飛ばすのは雄の仕事じゃろ?そんなのは平民も皇族も変わらんでな、ああ・・・そういうこと・・・何を心配しておるかと思うたが問題ない。王国では確か夫婦は一対一じゃったな、帝国ではそういう制約は無い。十対十でも百対百でも構わんのじゃよ」
文化の違いを感じる。いや待ておかしい・・・結婚がそこまで自由ならラブコさんは売れ残ったりしていないはずだ。俺はこんな女がいるんすけどどういうこと?とネネに疑問をぶつけてみた。
「悲しい雌がおるんじゃのぉ、多分じゃが家の意向で一番嫁になることを強要されておるのではないか?副嫁では家格的に認められんとか、そんなところじゃろう」
副嫁・・・言葉的に一番以外の嫁さんと考えればいいのだろうか?純血の獣人族の時代から大家族的な制度が定着していたそうで、それでも頭は決めなければならないという本能から一番夫、一番嫁という頂点が決められてきたそうだ。それは人族との混血化が進んだことで余計に一番という序列制度の価値が跳ね上がった。
序列に拘る人と獣人のダメな部分が混ざり合った結果、一番でなければ結婚は認められん!みたいな慣習が生まれたそうだ。
純血の獣人族はそこまで拘りはないそうで、二番だろうが三番だろうが認めた異性の番になれるなら構わないという価値観がある。例外は気に入らない異性が一番夫・嫁だった場合、その場合のみ諍いに発展するらしい。ウォーダのような混血の場合、最初から一番じゃないなら結婚しない選択をするそうだ。
無理に殴り合ったり殺しあってその座を奪うということはない。そんなこんなで結婚できない女が増えてしまったということらしい。基本的に女が男を複数婿にするパターンより、男が女を複数嫁にするパターンのほうが多い。ウォーダの女の結婚は一番に先に座る椅子の奪い合いとなっている。
「ええっとネネはどっちがいい?やっぱり一番でなきゃ・・・って考えてるのか?」
「ネネの場合は副嫁で問題ないぞ。ネネは嫁にしてくれ婿になってくれとお願いする立場じゃからな、その場合は一番じゃなくて当然なのじゃ」
「俺の知り合いの・・・ぶっちゃけるとナーガ族のラブコっていうのだが、その人の場合どうしたら一番嫁になれるんだ?」
「簡単じゃが難しいのぉ、ザックリ言うと求められることじゃな。これが中々難しいらしいぞ、男が釣れればよいというわけでもない。というか、ラブコってマムの護衛の女じゃろ・・・未だに結婚できんのかあやつ」
そういやマム姫さんはそこそこお偉いさんだったな。知っている可能性があるとは思ったが未だにとか言われてしまうくらい昔からのことなのか・・・。
ラブコさんを憐れんでいるとネネがこちらを覗き込む。ニヨニヨと微笑を浮かべて、俺の懸念が無くなったことを察したようだ。
「クローが婿に来るにせよ、ネネが嫁に行くにせよ。それ自体に大した問題はないのじゃ・・・問題はないはずなんじゃが」
ん?
「結婚が簡単に可能であるということは、裏を返せば利のある異性に群がるということでな・・・」
まぁそうなるだろうな。そうなるとセーガさんなんかはめちゃ嫁が来そう・・・いや、あの人はハーレムを作るような性格ではないとカトーが言ってたっけ、とするとネネが心配してることって・・・。
「父上が必死になってネネをそなたに押し付けた理由が分かったじゃろ?」
「他のやつに押し込まれる前に自分の娘を捻じ込んだってところか・・・カトーは迷宮内で接触自体出来ないし、セーガさんは下手に押し付けて国から去られたら問題だし、そこで俺というわけか」
政治すぎる・・・大人ってやつは・・・。
ネネは一番じゃなくていいと言ったが、状況的に一番にしておかないと部族長とかウォーダの権力者から女を押し付けられる可能性が高いのだ。仮にネネが一番嫁であると俺が公言しても、俺自体に利を見る場合は副嫁でも問題ないと押し付けてくるだろう。皇帝でさえそうしたのだから、他のやつがしないはずがない。
色々な女を選べる立場というのは最高の夢であり理想だったはずなんだが、いざ自分がその立場に立つと重圧が凄い。
色々相談すべきことが増えたので、ネネを自分の部屋へ送っていき即座に兵舎の自分に与えられた部屋へ舞い戻る。速攻で大人と相談するために伝達魔法で大人へ相談することにした。
セーガさん、少しご相談が・・・今大丈夫ですか?
大丈夫だよ~、新規の迷宮潜ってるとこ・・・こっちは魔物の宝庫だね、隊員たちも慣れてきたみたい
楽しそうで羨ましいですね・・・こちらは色々な女をあてがわれそうな危機なんですけど
嫌なの?ハーレムも悪くないとか言ってたような気がするけど・・・
言ってましたね、そうなんですけどいざ本当にそうなるとなんというか
獣人には不倫とか浮気の概念がないって嫁から聞いたよ・・・そういうの人族だけらしい
好きに生きろ・・・みたいな感じなんでしょうか?
そそ、嫁さんもとりあえず自分を嫁にして、他の女を嫁にしたけりゃその時考えればいいみたいな
ホント自由っすね
クローはとりあえず帝国に居場所を作ればいいさ、カトーも同じようなもんだったし
ですね、凄く快適そうなとこ確保したみたい
クローも皇女様を利用して居場所作っちゃいなよ
意外なこと言いますね・・・利用したら怒られるかと思った
無垢な小さい女児を騙し利用するなら怒るかもだけど、あの子の場合は利用されたがってるからね
あーなるほど、まぁ考えてみます
伝達魔法を切り、一人部屋で考える。ダインの開拓村は白いのに崩壊させられ、俺には居場所がなかった。マユ姉に保護されても、そこが自分の居るべきところかと考えると違うとハッキリ言える。
だからこそ逃げ出すように帝国に来たのだから・・・。
カトーと同じように・・・か。
俺はまだ自分の生まれた世界であるだけマシなのかもしれない。
あの二人との繋がりのための婚約、望まれているのはそれだとしても構わないのではないか?
ただ努力は必要になりそうだ。明日から俺もセーガさんと同じような作業に加わり、自己鍛錬をしなきゃ駄目だろう。繋がりだからこそそれなりの力を持っておくべきだしな。
ノーマは絶滅寸前、奴等が消えた世界で何が起こるのか・・・少しの期待と少しの不安を抱えてゆっくりと眠りに落ちた。