色々な意味で巻き込まれるクロー
どうなっていやがる。
目の前を矢のように駆け抜けていく虎系混血獣人の女。駆け抜けるだけで全身にピリッと痺れがくる。
どういう魔法なのか?見当がつかない。彼女は徒手空拳、手ぶらなのに俺や魔法士隊の隊員を翻弄している。
隊員の一人が何とか攻撃に出る。槍で彼女を捉えた・・・けど、弾かれた?
槍先が体に接触する前に、反発するように槍ごと隊員の体が宙を舞う。
どういう原理であーなるのか・・・でもまぁ俺は魔法が専門だし、遠距離戦に加わればいい。
空へと上がりそこからの風魔法攻撃を彼女へ浴びせる。刃は迎撃された・・・何なの?何でもありなの?
よくわからない雷のようなものを体から出して風の刃は消滅させられた。雷・・・そうか、マユも何度か使っていたな。防御へ使うなんてのは初めて見るが、あの魔法は完全に無詠唱で意識せず行使しているみたいだ。相当仕込まれているなこりゃ。
チートに鍛えられた者同士でも差があるように思える。俺の場合は鍛える奴が他にもいて五分割だったし・・・その差もあるだろうけど、戦い方が纏められているというか隙がない。
それでも短距離転移で彼女の後ろへ回り込み、光収束魔法をぶっ放す。雷による防御は完全じゃないらしく、反発を超えたがその間に躱された。模擬戦なのにやり過ぎたか?
「クロー・・・って呼んでいいですか?その攻撃は吃驚しちゃった」
彼女が振り向き、後ろの空にいる俺に向かって微笑んでくる。と、同時に雷が俺に降り注ぐ・・・ぬぉぉ何じゃいこりゃ。
何十もの雷が雲もないのに降り注ぎ、そんなもんに当たってたまるかと悲鳴を上げてそれを躱すも、空の上では反応が遅れる。ここは不利だ・・・仕方なく地上へ戻る。戻りながら彼女を非難した。
「セーガさんの嫁さんでしたっけ?あんまり暴れると旦那さんに嫌われますよ」
「でも、このくらいやらなきゃ強くなれないわ。あの人もそんなこと言って迷宮巡りの最後は私一人に最下層まで行けって試練を与えたし、同じくらいやらなきゃ」
「いや、ここの連中はこれからですから・・・これから迷宮で鍛えるわけです。ナイリさんのシゴキは旦那に放置されて八つ当たりしてるようにしか見えませぉぉぉ」
言い切る前に飛ぶように接近してきた彼女の拳が、俺の頬を掠める。そうか・・・移動にも雷の魔法を補助にして使っているわけかってそんな場合じゃない!
繰り出される連打を躱しつつ、暴風で彼女を吹き飛ばす。接近戦も厳しい・・・どうすりゃ・・・って、忘れていたが俺には盾があるじゃないか!
「君たち、ぼーっとしてないで攻めまくれ!君等の訓練でもあるんだぞ」
ロイドを見つけそちらを見ながら促す。お前等が頑張れば何とかなるはずだ。
「クローお前、俺たちに押し付ける気だな・・・攻撃しても弾かれるのでは手が出せんよ」
確かになぁ・・・何やっても吹っ飛ばされちゃなぁ。それでも俺は痛いのは嫌なので、隊員たちの後ろへ回り込みつつ短距離転移を隊員に使い、彼女を包囲させた。名付けて隊員跳ばし!
「うぉ!いきなり場所が・・・クロー!卑怯だぞ。虎娘の生贄にするつもりか!」
「喧しい!そもそもお前等の訓練だろ。俺関係ないし」
隊員の罵倒を受け流しつつ、仕方なく動き出す隊員に風魔法で支援する。本来はこの形こそ望ましい。
隊員の投げた槍が風を纏い、包囲した彼女を狙う。結構慌てているので有効なようだ。
「ちょ・・・人海戦術に切り替えるなんて子供の発想じゃないでしょ!」
彼女の指摘は正しい。子供の発想ではない大人の厭らしい手口だ。俺は子供だからね、誰かさんを見て人を使うことを覚えたのだ。
投げ槍、その後に接近しての剣による容赦のない斬撃。そしてその後ろから少しだけ浮いて光収束魔法で光線をぶっ放す。虎娘包囲網の完成である。
やっと安定したと思いきや、彼女の周囲に何かが浮かび上がる。透明なそれは俺の光収束魔法を完全に防いだ。何枚も浮遊して彼女を守る透明な盾、あれは・・・氷だ。
「貴方たち軍人の癖に一般人を包囲して虐めるなんて、良くないことよ!」
「お前のような一般人がいるか!」
流石のロイドもキレた。雷を降らせ、氷の盾で守りを固める一般人なんぞいないよな。
しかしおかしい。いくら魔力を増大させたとはいえ獣人族。ここまで魔法を使いまくりなはずなのに尽きる気配がない。
考えている間も隊員が果敢に攻め槍を投げるが、その槍は突き抜けるでもなく弾かれるでもなく氷の盾にくっついて取り込まれた。吸着するのか・・・接近戦で攻撃したら、下手したら体ごと盾に吸着されそう。しかもそれが氷だ。皮膚がどうなるか想像もしたくない。
隊員からクローコールが巻き起こる。何とかしろってことだよな・・・頼り過ぎだろ、気が進まないがやってみるか。
あれは隊員の手に負えないし、魔法使いの出番かもしれない。つーかお前らが魔法士隊だろうに・・・。
集中して短距離転移連続発動。跳んでは苦手な魔法を氷の盾にぶち込み、また跳ぶ。威力はそこまでではないが、有効なようで盾は脆くなったと思う。威力はなくても使えるな炎の魔法。
「野郎共!この機を逃すな!」
打ち合わせもしていないのにロイド隊長が察し、隊員たちに総攻撃を指示する。突撃する隊員たち、彼女の周囲の盾は攻撃を受ければ崩れるだろう・・・そのことは彼女も理解していたようで、氷の盾が弾かれるように隊員たちへ飛んできた。突撃した隊員はたまったものではない・・・避ける間もなく盾に吹き飛ばされ転がされた。
「旦那が言ってたわ。お前は大した魔法が使えないから工夫をしなさいって」
彼女の有難い言葉に、顔を顰める隊員多数。これのどこが大したことがないと?という突込みがしたくて堪らない。その後も彼女の魔力は尽きることなく、三時間後にやっと彼女の魔力が枯渇しそうということで模擬戦は終わった。枯渇しそうな割にフラフラしてもおらず、まだ余裕があると見た。
増加した俺の魔力に匹敵する・・・いや、さらに多いのかもしれない。吸収率が悪い獣人でよくもまぁそこまで増やしたものだ。
そこまで魔力を増やし、嫁を鍛えたセーガさん。あの幼女愛好家が変われば変わるものだ。
きっと嫁のためにも限界まで鍛え上げたのだろう。
訓練場の地面に両手を広げ寝転がり空を見る。この帝国で成り上がるという計画も泡と消えてしまうかもな。同じように鍛えられた隊員たちがいたら、俺の居るべき場所はない。
魔力をそれなりに使い疲弊した体。立つのが怠くて辛いので意識を手放し、少しだけ眠ってしまった・・・しばらくして覚醒していない頭でぼーっと周囲を見ると、そこはすでに訓練場ではない。宮殿内か?どこだ?っていうか・・・俺に抱き着いて寝てる奴は誰だ。
灰色の髪が首をくすぐる。
・・・マジで誰だよこの女。