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そんなものは無いっすよ  作者: G・スー
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苦行の果ての絶縁状

彼が私を避けていると薄々は気が付いていたが、ここまでとは思わなかった。

明確な拒絶、お前と組むくらいなら他の奴と協力して自分たちだけで行動する・・・そんな返答にキレた。

進軍を隊長に告げると迷宮内を駆け抜ける。

どんな罠があっても私の魔法が感知・・・できない?何で?阻害されている・・・。これでは迂闊に進めば罠に嵌る。


「進軍停止!不味いことになったわ。私の罠感知が通じない・・・手探りで進むしかない」


「聖女様の魔法より強力なのですか?」


ノーマ殲滅隊隊長のガルドが驚くが・・・無理も無い。今の今までこんな事は無かったし、危険感知も索敵も完璧だった。それができなくなるとういうのは大きな損害を覚悟しなきゃならない。


「妨害されているのよ。迷宮を操作してそういう仕様にしているのか、魔法を使っているのか不明だけどね」


そんな私たちの目の前にポッカリと空いた大穴が先の先まで続いている・・・結構大きい。穴には進ませるためなのか着地できる場所、飛び地がある。まるでアスレチックか某アクションゲームのようだ。


「慎重に飛び跳ねて進めば問題ないですな。子供の頃によく川などで石から石へと飛び移ったものですよ」


「魔法で飛んで進むべきね。どう考えても罠です」


「聖女様、迷宮とは絶対に進めるようになっているのです。管理していてもその法則だけは変えられないので、問題ありませんよ」


ガルドは自信満々に駆け出すと飛び上がり、飛び地へ着地する。


「このように飛び地が崩壊することはありえません。進めなくなりますからな、迷宮に進めなくなる罠を設定することはできま」


ガルドの言葉はそこで終わり、その姿が一瞬で掻き消える。飛び地の真ん中の落とし穴に嵌るガルド。厭らしいところに厭らしい罠が・・・ギリギリで落ちることなく腕の力で体を支えて耐えているガルド、懸垂の要領で這い上がる。


「はぁはぁ・・・糞!何だこれは!陰湿な罠仕掛けやがって糞野郎がぁ」


時間差で上に乗っていると作動する落とし穴のようね。時間差というのが厭らしい・・・這い出た後に穴が消え、また地面に戻っている。


「し、失礼しました。カトーとやらは予想以上に悪辣、聖女様・・・このような男が本当に必要なのですか?」


「悪辣だからこそ必要としているのですが・・・犠牲が出る前に帰ったほうが良いでしょうか?」


「いえ、聖女様の御助言の通りに魔法にて兵を飛ばして進みましょう」


飛翔魔法で100人ほどの精鋭全員を浮かせ、飛び地に着地することなく向こう側へ・・・行けなかった。一定間隔ごとに魔法無効化するようで、先頭を飛んでいた兵士が突然落ちた・・・運良く飛び地に落ちたので助かったと思いきや、着地した瞬間に飛び地が斜めに切れられた切断面のようになり、また落ちそうになる。ナイフを突き刺しギリギリ落ちないで堪える。精鋭だけはある・・・。全員連れ一旦スタート地点に戻り、無効化されていない場所からロープを投げてなんとか救出に成功するが・・・。


「隊長ぉぉぉ、こんな馬鹿らしいことで死にたくありません。敵と戦って誉ある死ならともかく、こんなことで死んだら・・・妻と息子になんて顔されるか・・・」


精鋭の心が折れた。そうよね、こんなことで死ぬとか笑い話にもならない。

そんな私たちを嘲笑うかのように目玉っぽいメッセンジャーが語りかけてくる。


「帰ったほうがいいのでは?これより酷い罠が一杯詰まった階が地下10階まであります。11階まで配置していないその分の魔物をその先の10階分に集中して配置してありますし、さらにその先の10階分には隠し玉を用意しています。31階がゴールですけど・・・まだ一階ですよ?」


カトーではない女の声、彼には協力者がいるよう・・・あいつの女かしら?


「私はマスターの娘でリンネと申します。マスターカトーは様子を見るのも面倒なので丸投げしやがりまして、奥方と子作りに励んでおります」


「それじゃあなたは愛人かしら?」


「いえ、娘ですかね。マスターの魔力から生み出された存在ですから」


あの男、色々隠してることが多いみたいね。それに獣人族の動きも気になるし、撤退すべきかしら?

兵士たちはあからさまにやる気が見られない。隊長たるガルドも建前的には私を立ててくれているけど、実際は帰りたいだろう。トラップがまだまだあるよっていう宣告は予想以上に士気を下げたみたい。


「そもそもの話なんですが、こんなことしている暇があるなら一体でもノーマを探して駆除して回るべきじゃないですか?それがあなたがやるべきことで、マスターに構うのはあなたの仕事ではありません。あなたはあちらでツェルギと交渉して約束しこちらへ来た。交渉があなたを騙したものだったとしても、受け入れたのはあなたなのですから・・・仕事へお戻りなさい」


リンネから容赦のない正論、だけど受け入れたくない。確かに言っていることは正しい・・・でも・・・。


「提案なんですけど、諦めて帰って学校でも作ったらどうです?クローもリアもあなたが強化したのでしょう?他国から人材を受け入れ教育し、ノーマ狩りをしてもらえばいいじゃありませんか。ダインだけじゃなく他の国とも協力して、ガンドやそれより強い奴が出てきても皆で戦いなさい。責任は交渉に応じたあなたと、ノーマから身を守るこの世界の住人にあるのですから・・・」


リンネの言いたいことは何となく分かる。自分だけで手に負えないなら周囲の人間を育成しろと、そんなところでしょうね。でも、少しおかしい・・・ノーマの犠牲者になっているこの世界の住人に責任なんてないはず。


メッセンジャーからの提案を無視して皆で攻略を進める。魔法では移動不可能、挑戦者がロープを体に巻き付け命綱として飛び地へと跳躍する。


着地した瞬間に横の壁から炎が噴き出し火傷する者。飛び地自体が幻で穴になっており、穴自体が踏みしめることのできる地面という陰険なトラップで、跳躍して着地することなく飛び地に吸い込まれ・・・その仕組みに後から気が付いてイライラする者。飛び地自体が移動して次の飛び地まで向かうも、移動飛び地が途中で消滅して元の位置に戻り、足場を失いまたも命綱に助けられる者。


極めつけは着地できたと思ったらバネを踏んだように跳ね上がり、用意してましたと言わんばかりの天井の針山に突き刺さりそうになったこともあった。何とか盾で針山から身を守り、落下して次の飛び地に手をかけ難を逃れた。


そうやって精鋭たちが一人また一人と挑戦することで、皆が安心して先ヘ進める・・・とか思っていたら、次の飛び地自体が時間制限ありのスイッチになっていて、最初の一人が着地した瞬間に壁に表示が現れカウントダウン開始・・・直感で不味いと判断して急いで皆で渡りきる。元いた飛び地が完全に消滅した。


トラップの数47、それを遂に乗り越えて扉の前に立つ。


「・・・見えない障壁には驚きましたな、飛び地へ飛び移ろうと跳躍した兵が空中で何かに当たり落下していくのですから、計算しつくされた陰険な罠に背筋が凍りましたよ」


ここまで4時間、罠を見極め対策を考えて実行、それを何度も繰り返した。対策が上手くいかなくて時間かかるし・・・試しにジャンプして渡れと言われても覚悟がいるし、確実に罠があるのが分かっているからこその恐怖で体が硬くなる。精神の疲労、これが馬鹿にできない。


ガルド隊長の口から「まだ一階なのに・・・」という本音が漏れていた。私だって疲れた・・・。

壁や天井を使って渡ろうという提案があり採用したけど、触れたら痺れるし本当に容赦がない。天井も同様。


でも、私たちは攻略できた。穴を飛び越え悪辣な罠を越えて、扉を開ければ・・・。


目の前の光景が理解できなかった。安堵させてどうせまだ先があるとかいうオチでしょと、覚悟を決めて開け放たれた扉の先には小部屋があり、中央に宝箱。ゴールじゃないという精神攻撃を覚悟してたはずなのに宝箱?どういうことなの?


戸惑う私、そんな状態の私にメッセンジャーから元凶の声が聞こえてきた。


「ありゃ?まだいたのか・・・つーか凄いな、宝箱まで来てるじゃねぇか。あとは箱開けてその中のメッセージ通りにすりゃ二階に行けるぞ」


「誰も落ちてないみたい。あ、一階の穴に落ちても死なずに入り口に戻される仕様って気が付いてない?死なないと理解できれば躊躇うことなく挑戦できるからもう少し早く攻略できたかもね」


カトーの声と、そしてもう一人。リンネが言っていた奥方?


「死なない?どういうことだ!」


ガルド隊長が吠える。慎重に慎重にここまで来たのに、穴に落ちでも大丈夫って・・・。


「一階だぞ、そこで命まで取るわけがないだろ?でも、二階からは死ぬからよろしく。暗黒瘴気ってのを穴に充満させてるから、落ちたら体崩れ落ちる。瘴気は魔法を阻害するから再生の魔法でも助けられねぇぞ」


「何言ってるのよ・・・私が一階だけは罠を体感できるだけの階にしようって言ったんでしょ。最初は一階にも瘴気穴配置してたじゃない」


「そうだったかな?まぁ何にせよ宝箱まで到達おめでとう」


メッセンジャーから聞こえてくる陽気なノリが神経を逆撫でする。何なのこの二人・・・。


「この宝箱にも何か仕掛けているのでしょう?分かっているのよ」


「流石はマユだな。開けると瘴気が今迄渡ってきた穴に充満して、罠がランダムに変化するのよ」


「えー、命までは取らない仕様にしてって言ったのに」


「いやいや、ここまで来れた勇者に相応しい歓迎を!っていう趣旨だから」


今迄の穴に瘴気が充満しても、もう越えてきたのだから意味はないのに・・・何を・・・言っているのかしら・・・。


「進みたきゃ箱開けろ。嫌なら転移で戻れ・・・この安全地帯からであれば入り口には跳べる。一方通行だけどな」


開けるしかなさそうね。覚悟を決めて箱を開けると、一枚の紙が入っているだけで、罠らしい罠は作動しなかったので一安心。ええっと・・・何々・・・。



二階への階段出現方法

二階への階段は入り口左の壁へ「出て来いやぁ」と叫ぶと暗証番号入力装置が出現しますので、この説明書に記載された暗証番号を入力して下さい。

転移にて入口へ戻りますと自動的に暗証番号が変更されますので御了承下さい。

転移を使わずに入口へ戻り、装置へ入力しますと二階への階段が出現します。

※今迄突破されてきた罠が無作為に変更されて、さらに新規の罠も追加されますので御注意下さい。

※穴に暗黒瘴気追加しました。命綱等、通用しませんので御理解下さい。


肩慣らしは終了、これからが本当の地獄だ! 迷宮管理者カトー 暗証番号5963


「いやぁぁぁぁぁ!何よこれ!戻れっての?また戻れって?」


「どういうことなのです?聖女様・・・詳しい説明を」


私はガルドに無言で説明書を差し出す。読み終えた説明書を何故か私に返すと、彼は懇願し始めた。


「最早限界です聖女様、カトーという男のことは最初から居なかったということにしませんか?」


何もかも無かったことにする気ね・・・私たちはここへは来なかった、そうする気なのね。


「聖女様のお力で入り口へ戻り、速やかに迷宮から脱出・・・その後は長距離ですがもう一度ダイン王都まで跳ばしてもらえたら、精鋭たちも安堵いたします。私には・・・私には無理なのですよ、兵にもう一度頑張って戻るぞ・・・などと、口が裂けても言えません。仮に二階へ降りる階段が目の前に現れても・・・見なかったことにして入り口から脱出するでしょう」


喋りながら崩れ落ち、見方によっては土下座に見えなくもないガルドの姿勢。その背後から兵たちが泣いている様子が見える。


「おら、聖女様らしく迷える子羊共を導けよ。チート糞女はやることあんだからそれしてりゃいいのに、余計なことするから下の者が漢泣きしてんじゃねぇか・・・あーぁ、可哀想」


メッセンジャーから聞こえるカトーの声・・・何よ私が悪いっての?


「カトー、あなたが素直に私を手伝えば良かっただけでしょ!」


「そんじゃ聞いてみるか、この罠迷宮10階突破とガンドへの突撃・・・命令されるならどっち?」


「「「「「「「「喜んでガンドへ突撃します」」」」」」」」


「な?こいつらは俺なんかより余程やる気なんだよ。やる気が無い奴より、やる気がある奴を使ってやるべきじゃねぇか聖女様」


嫌味な声がメッセンジャーから聞こえてくる。もう駄目ね、悔しいけど引き下がるしかない。


「カトー、暁帝国がガンドの脅威に晒されても、あなたはここで我関せずを貫くつもり?」


「貫くぞ、別に獣人族に深い知り合いがいるわけでもないしな。あいつらも自分の身は自分で守るだろ」


即答、躊躇いが一切ない・・・本気だ、この男は本気でそう思っている。


「マユ、あなた勘違いしてるのよ。カトーは別に絶対助けないわけじゃないわよ」


奥方の言葉にイラつく。目の前でこの男が完全拒否してるのが分からないのかしら?


「たとえばそうね・・・カトー、私がノーマから暁を守ってって言ったらどうする?」


「ん?そりゃやれる範囲で全力を尽くすぞ」


ちょ・・・何それ・・・。


「あなた、カトーからしたらなるべく関わり合いになりたくない女なのよ。あなたにノーマの処理って仕事が無きゃどうにかして苦しめて殺したい女だって私は聞いたわよ?そんな女にお願い助けてって言われたとして・・・動くわけないじゃない」


「私はそこまで恨まれているの?」


「逆に聞きたいね。初めて出会った時、俺がどんな行動したか忘れたのかよ・・・呆れた女だ」


迷宮内に静寂が生まれ、誰もが何も口にしない。まるで私に考える時間を与えているかのように・・・。そんな静かな迷宮内にカトーの声が響く。


「マユ、お前がやるべきことは帰れない俺のために働くこと、この世界の環境を整えることだ。帰れないのは確定してるからどうしようもないが、快適に暮らせる力は貰えたからな。お前は本来、俺の快適な生活を守る義務がある。俺を巻き込んでこの世界に落としたのはお前にも責任があるわけだからな。お前があっちで死を受け入れ死んでくれてたら、俺はこの世界に落とされることもなかった。これは理解できるだろ?つまりはお前の選択が無関係な俺を苦しめたわけだ。命が懸かっていたというのは理由にならん。俺に迷惑をかけるくらいなら死ね。ましてや助けてほしいだと?どの口で言ってやがる。異世界という最大級の迷惑を俺に押し付けたお前が、今度はノーマという迷惑まで俺に押し付けるのか?」













転移を使い帰還する無駄骨集団を眺め、溜息を吐き出す。


「二度目なんだぜこれ・・・マユには俺が経験した二年間を記憶の共有で体感、実感させたはずなんだけどなぁ」


「リンネちゃんを生み出す前の話ね・・・」


「そうそう、俺の痛みは理解していても俺の思いは理解できてないことが今回証明された感じだな」


「自分がマスターの立場で、マスターが自分の立場だったと考えて・・・想像しないものでしょうか?」


リンネの例えは分かり易い。仮に俺が命惜しさにチートを貰い、この世界に来たとする・・・そして巻き込んでしまった相手を認識して、さらにその記憶まで与えられたら・・・悪評流されたら困るから始末するか、魔法か呪いで縛りつけ従順に調教・・・いや違うそうじゃない。可愛い女の子だったら金でも与えてそれなりの暮らしをさせるかもな。なんせチートなんだから稼げるし、恩を売っておけば後々使えるようになったら利用でき・・・あれ?


立場を変えて考えても、俺が俺過ぎて良い話にならない。


「流石はマスターですね、己を理解していらっしゃる」

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