自ら先頭に立ち、敵を討つカトー
二十二日目、色付きの狼煙が上がる。
偵察隊に持たせた探索者の便利道具の一つだ。燃やせば煙が出て色で状況を知らせる。その色は黄色、ノーマのみという結果にホッとする。
「お客さんだ。皆配置につけよ、槍の予備も忘れるな」
バタバタと動き出す男衆。手には石槍を二本、本当は一人三本くらいは用意したかったが魔力温存のためにこの程度だ。
一応斧で丸太を分割し、穴を真ん中に空け、適当な細い木を差し込んだハンマー、というか木槌を数本用意している。
兵は四十、四方に五人づつ。中央に二十人+俺という配置である。
ノーマ相手に俺が出張る必要はない。というか、ギ・ノーマが出てきても動かないまである。
俺には指示を出すというお仕事があるので、絶対に決めなきゃならんタイミングで動く予定である。
簡易的な柵、その前にはある程度の穴に板張りして土を被せた落とし穴。丸太を適当に組み上げただけの見張り台が中央にあり、その上に登っていたガキから一番、三番にそれぞれ五十体以上、計百体以上が迫っていると報告が入る。厄介な二方面防衛、こういう場合に備えて東西南北を順番に一番~四番と呼称させている。
「投石三番、範囲に入る手前にぶち込め」
簡易的な投石機、シーソーのように真ん中に丸太、十字にするように細い丸太を重ねた適当なものだ。
石を乗せる部分はスプーン状にしてあり、丸太と丸太は中央を縄で固定してある。
何度かテストしたら縄が切れた。一応そこそこ飛ぶので、石が落ちた範囲を覚えておいて敵がそこに来たら飛ばすだけのものと割り切ることにした。
10メートル程度まで接近してきたノーマに上手いこと当たる投石。
「やった!これいけるぞ」
「喜んでる場合か!連続で飛ばせ、どんどん来やがるぞ。一番の手助けに五人ほど行け」
見張り台から声が上がる。
「五人じゃもちません。ノーマは倒せます…でも、死体の重みで罠が」
「やばいな、中央全員出るぞ。一番にノーマを近づけさせるな!」
面倒だが仕方ない。対ギ・ノーマ用のものが破壊されたり露見すれば警戒され、罠に掛からないかもしれない。
バレるわけにはいかないので一番の柵の前で壁になるしかない。
その間に死体処理させよう。
中央部隊は柵を超え、湧いてくるノーマを石槍で横薙ぎに牽制、即時突きに切り替え一体一体始末する。
一番配置組に死体処理を任せて村人から順番に柵の中へ、最後に俺が柵を飛び越え中へ帰還する。
急ぎ中央へ戻ると、見張り台に向け叫ぶ。
「状況!」
「三番半数以上撃破、柵前も無事です。投石直撃、三番残り十体ほど」
「二番、四番も確認せよ。落ち着いて確認しろ。怪しければ見続けろ、何かあれば即報告」
このガキ、思った以上に使えるわ。四方への伝達から見張りまで、今のところ順調。
「二番確認、問題無し。四番……問題無し」
妙だな、ノーマのみか。
「再確認、一番三番。森から何も来ないか?」
「一番問題無し、三…ギ・ノーマ?アレが?」
マジか?来やがったのか。俺は一度深呼吸をすると声を張り上げる。
「色は?大きさは?」
「さ、三番から色は黒のノーマ三体分くらいの大きなやつが二体、突進して…早いです!」
三体じゃない?いや待て落ち着け。とりあえずギ・ノーマの対処だ。
「伝令、三番以外の三方へ。全戦力を三番へ集結させよ」
ガキ三人に伝令させ増援を頼むのは、本来なら他への警戒が無くなるので危険だ。それでも、ここで出し惜しみは無しだ。初級とはいえ、探索者十名が全滅したこともある相手。それが二体なのだから。
「中央部隊、三番へ急ぐぞ」
村人の顔が不安に染まっている。そりゃそーだわな、丸太ぶん回すくらいの怪力、分厚い皮、意外と早い動きのまんまオーガ相手だし。
ゴブリン級ノーマより威圧感あるし、しかも怖い。発破かけるかねぇ。
「野郎共、俺も倒したことのある相手だ。ビビるこたぁない罠もあるし、ただ遅れると穴から這い出てくるかもしれん。走りながら聞け!穴に落ちてたら目を狙え、続いて足だ。攻撃を防ぐためには目を、行動を阻害するためには足を、基本だが集団戦ではそう教わった。結果、七人で犠牲無しだ」
まぁその時は俺以外が全員中級探索者で、それなりの経験者。ぶん回した腕に吹き飛ばされて、足が逆方向に曲がったやつがいたっけか?でもまぁ死んでないし犠牲は無しだよね。
少しは効果が出たようで村人の進む足が速くなったように思える。
どうやら間に合ったようだ。それでも敵二体は揃って爆進中、あと7メートルほど。
「石持て!持ったら横並びに柵から二ルーネ離れて投げ準備」
迫る。やっべぇマジ怖い…これだからファンタジーは嫌なんだよ。
迫る。十ルーネ、今!
「投石!投げ終わった槍構え!」
二十五人から投げられたそれは敵を捉えるが大した効果はない。分かっててやったのである。
一種の挑発だ。中級の集団と一緒に戦った時も、重装甲の鎧&盾持ちの後ろから石を投げまくった。
挑発すれば知能が低く単純なので突進してくるのだ。一体が罠の範囲に入るが、落ちない?嘘だろ。
重みが足りないのか?柵の手前まで来てしまう一体目、太い腕を振ると柵が砕け散る。
俺は予備の槍を担ぐと後ろの二体目の顔面に向けて投擲する。
探索者稼業で少し鍛えられた筋力を使って放たれたそれは、二体目の右耳を抉り取って後方の地面に突き刺さる。
「シャー、オラァ!こっちだ」
動け…こっちに来い。
「柵越えさせるな!斧でも槍でも何でもいい!牽制だ」
固まっていた村人が動き出す。ここが正念場、こいつら落とさないと勝ち目はない。一体だけじゃ駄目だ、同時でないと厳しいような気がする。直感のようなものを知らないうちに感じていた。
後ろから味方の増援が来たようだし…いける、まだいける。
「増援、石を持て!牽制してる後ろから投げてぶつけろ!」
危機感からなのか、増援十五人の動きが速い。樵のおっさんもいる。これなら何とかなるか?
俺は自前の剣を抜くと回り込んで柵を越える。牽制された一体目の横から斬りつけ、斬りつけたら即また柵の内側へ逃げる。剣なら傷つけられるし、これなら刺せば倒せるか?
二体目が動く。
「増援、石を後ろのやつに」
切り替え、石は二体目に当たる。釣れたのか突進してくる。
「増援!、二つに分かれて左右から柵を越えろ。急げ落ちるぞ」
あと一歩?いや、二歩か?軋む音が聞こえ、増援部隊は?良し!回り込めている。
手前の一体目が難を逃れようとしている。バレた…ヤバイ。
「前衛、槍で押し込め!二体とも落とせ!上がらせるな」
前衛が牽制から攻撃へと意識を切り替え、突き落とす。
往生際が悪く、突き出された一本の槍の石の部分を掴み耐えようとするも、あっさりと槍から手を放す村人。素晴らしい判断だ。
ギ・ノーマの一体が仰向けに倒れ、その衝撃で板が折れる。突進してきた二体目も足場が崩れ、土と板と一緒にズボッと穴に嵌る。
魔力を練る。一番初めに習った魔法、火属性魔法の火の玉である。これは飛ばせない…飛ばない魔力が少なすぎるからだ。飛ばす場合はボールを投げるようにしなければならない。腕力である…。
掌に火の玉を発生させるだけの初歩の魔法である。右手に火の玉、左手に松明。素早く松明に火を灯す。
前衛の村人もここぞとばかりに俺の松明に自分が用意した松明を近づける。
タバコの貰い火のごとく十数本に火が移り…キャンプファイヤーの時間じゃ~い!
「松明を落とせ!燃え広がって出てきたら槍で突き落とせ」
投げ入れられる松明、それが油に引火し油は絶大な効果を発揮し火柱を上げ、ギ・ノーマを焦がす。
彼らが逃げようと落とし穴から這い上がろうとすると、村人の怒りがその手に顔に殺到する。崖っぷちにぶら下がってる奴の手や顔を足でグリグリと踏みつけるがごとくである。焼け焦げた手ならば石槍でも突き刺せる。
勿論、顔や体にも十数本の槍が突き立てられる。
「回り込んだ増援、お前らも二体目を逃がすなよ」
同じように這い上がろうとする二体目の目に、狙ったのか槍が突き刺さる。槍を抜こうとした瞬間に、樵のおっさんの斧が脳天に振り下ろされる。
燃え続け、あれから二時間くらい。一体は杭が足の裏に突き刺さり這い上がれず焼死、もう一体は槍による攻撃からの脳天斧直撃で仕留めたことを確認した。
「よし、お片付け始めっぞ。依頼終了まで8日、騎士団が来るまでは油断すんなよ」
「何を片付ける?全部燃えちまっただろ」
ギ・ノーマは黒焦げだが一応形は残っている。こいつは確保して騎士団に見せなきゃならない。
守り切った証があるのとないのじゃ報酬のあるなしに関わる。
「1200万ドーンがその黒焦げの死体に懸かってるからな、騎士団が来たら見せるんだよ」
金の為ってのは効果が絶大なようで、文句も言わず部位ごとに運んでいく村人たち。
俺は大の字に大地に寝転がる。快晴、澄みきった青空とほんの少し見える白い雲。
天高くそのさらに上には俺をこの地に転移させた糞がいるのかもしれない。
「苦労し過ぎだろチートくれよ糞っ垂れ!」