サキュー、溺れる
私に傍にいてほしいと願った男の高笑いが、山脈に響き渡る。
竜族を相手にするのだから仕方ない部分もあるが、その行動は徹底していた。
私やセーガ、クローにリアちゃんまで動かされた。大人気ない容赦の無さが竜族の子を締め上げる。
始まりは竜族の子の挑発からだった。形態を変え、舞い上がったそれは想像以上の大きさ・・・まるで小山のようで、体が思う様に動かせなかった・・・恐怖が体を竦ませた。
そんな恐怖は長く続かず即終わる。終らせた者がいた・・・それが私を求めた男だった。
そいつは舞い上がる巨体の灰竜の翼に、躊躇いなく魔力銃による攻撃を叩き込む。光弾は翼をもぎ取り、灰竜を地面へと向かわせた。落下する前にカトーから指示出し。
「サキュー、そのフレイルの鎖で縛り上げろ。魔力通せば伸びて自動的に巻き付くから」
言われた通り落下してきた哀れな竜の巨体に鎖を巻き付ける。打撃武器のはずなんだけど・・・完全に拘束用ね。
「クロー、ショートソードでそいつの尻尾を地面に縫い付けちまえ」
戸惑いつつ指示に従うクロー。空中へ飛び上がり、魔法を応用し弾丸のようにショートソードを撃ち出すと、尻尾を貫き地面に縫い付ける。
「セーガ、重力魔法多分使えるだろ?こいつが暴れねぇように圧力かけまくれ」
鎖でぐるぐる巻き、尻尾も動かせない状態で圧をかけられ地面にめり込む灰竜。それでも巨体を動かそうと足掻く。前足で鎖を引き千切ろうと・・・。
「リア、邪魔な足動かしたら突き刺せ」
ハイハーイという返事と同時にリアが動き出す。硬いのか尻尾と違いチート槍でも貫けないが、チクチクと痛みを与え続ける。灰竜は足を動かそうとするとチクチクされるので、安易に動かせなくなった。
この竜の鱗は厚く硬く、致命的な攻撃が通らず殺せない。
そんな状態でも鎖に足をかけながら竜の上によじ登る男・・・カトーだ。
ただそうするのが当たり前といった具合で、竜の翼をザンサツで引き裂き切り落とす。翼の部分はそこまで頑丈に出来ていないらしく、あっさりと切り裂かれた。
あまりに自然に行ったそれには理由があった。
竜の上に立ち、さらに空を見上げるカトー。
困ったなぁとまるで困っていない顔で呟く男、何がしたいの?
「いやーどうしよ、倒せそうではあるがこいつ竜族らしいし。これから獣人族の国に行くのに、その一種族に手をかけるのはまずいよな、まずいよね?」
まずいよねとか言いながら、翼の根元の鱗がない部分にザンサツを突き立てる。この男、竜の絶叫を無視して話を・・・というか独り言を続ける。
「殺すのは面倒事になるし、見逃せば復讐されちゃう。この世界で快適に過ごすためには力が足りない。こういう状態を解決するための力だ。無いと困る・・・困った困った」
何がしたいのか・・・困っているから誰かに何かを要求するように、カトーは具体的なことを言い出した。
「ファンタジー世界でありがちな強制力ってやつがあるはず、魔物でも手下にする能力ってやつ?それがあれば解決可能じゃないかな?なぁリンネさんや・・・生えてきた?」
「マスター、悲壮感が足らないっすよ。あと思い込むっす!絶対に必要だぜグヘヘヘって気持ちが足らないっす」
何言ってんの?リンネちゃんまでおかしなこと言いだした!
「なるほど、カトーはお約束を望んでるってわけか。僕が奴隷契約的な魔法を作ろうか?」
「すでにあるのだよソレは・・・契約魔法な。だが、魔法が効き難い竜族が相手なわけよ。つまりだ、魔法じゃない何か特別な力でこいつを従属させにゃならんわけよ、セーガ君」
魔法じゃない?そんなものが存在するの?
「俺なんかだと吸収率が良いってのが与えられたものらしいが、そんなもんはチートじゃない。なんかスキルっぽくない!特別感が薄い。セーガの魔法で色々やれるのもスキルの一種だと思うが、俺のはそれと比べてどうよ?ちょっと特殊な魔法が使える吸収率が良い人間ってだけだ・・・足りないとは思わないかね?」
我儘言い出した子供みたい・・・でもよく考えるとカトーって、誰かを利用して問題を処理してるのよね。この竜だって銃・・・セーガが作った武器で落下させ、私のフレイルで拘束したけどセーガが作ったものだし、クロー君のショートソードもそれを飛ばす魔法もセーガとマユって人の合作みたいなものだし、リアちゃんの強さもその槍の強さもマユって人の仕込みだし。
カトーはあっちの世界の武器、銃ってものを参考にするために召喚しただけ。それが大切なんじゃないかと思うけど、本人はそれでは足りないらしい。
「異世界云々のお約束を寄こしやがれ!必要なんだよ特別感!あって当たり前だろうが!」
そんな我儘を言い続けるカトーだが、どこの誰に願っているのやら、声は届かず願いは叶っていないらしい。思案して考え込んでいる・・・結論が出たっぽい。
「必要だから手に入る。追い込みが足りないのかもな・・・追い込んで叶わないならさらに追い込んで、それでも駄目なら殺そう」
結論、従属しないならするまで拷問。日が沈んでもそれは続き、カトーが用意していたカップラーメンとやらをセーガの収納から出して、カトー以外が食べる。よく分からない味ね・・・干し肉よりはマシだけど。食事が終わても、カトーと竜を放置してテントで眠る。拷問は止まることがない。
灰竜の絶叫が終わらないまま朝日が昇る。絶叫が煩く碌に寝られなかった・・・寝不足で辛い皆とは違って、寝ても食べてもいないくせにやたらと元気な男が一人、カトーだ。何故かツヤツヤしてる・・・。
朝食はパンケーキというものらしい。生クリームというものが気に入ったわ!甘いし甘いし甘いから。
コーヒーとやらも飲んでみたけど苦いから嫌ね。結局何かの乳を搾ったものを飲んだわ。こっちだとセブの乳が一般的に飲まれているのだけれど、ドロッとしてて苦手なのよね。あっちのは何から絞ったのか不明だけど、スッキリしていて飲み易かったわ。優雅な朝食中も拷問は続いている。
長くかかると思われた従属作業も意外なことで簡単に終わった。
肉体的な責めから、言葉攻め交じりの肉体責め、そして日が昇り完全に言葉責めに移行した時にそれは発覚した。
この灰竜、名前が無かった。捨てられたのだから名なんてあるはずもなかったのだ。
発覚後、名付けることであっさりと従属化できた。リンネちゃんによると、最初から発動できていたけど名で縛る為に条件が合わず成功しなかったそうだ。痛めつけられ損した竜族の少年ことレイは、不満を爆発させる気力もなく空虚に一点を見つめて笑っている。大丈夫だろうか?
こうして心から完全に屈服した者を名で縛り従属させるという能力をカトーは手にしたらしい。
手に入れておいて使い勝手が悪いよなとか不満を言っている。
レイが積み上げた飛竜の死骸を回収し、ゆったりと昼食を食べた後にワーカツキーヘ向かう。
ゆったりできたのはレイのおかげだ。この子のおかげで他の竜は襲ってこない。
出発前に人型形態のレイの灰色の頭を撫でて甘やかしていると、レイがボソッと呟いた。
「アレはサキュー姉ちゃんのつがいなの?」
「アレ?ああ、カトーね。つがいじゃないわよ?今は」
「今・・・は?将来的にはどうなるか分からないってこと?」
考える。カトーは変な奴だ・・・いきなり嫁になれ的なことを言ったかと思えば、その日の内に商売女を引きずり込んでお楽しみ。言い訳もしないし、何を考えているやら・・・。
カトー曰く、傍にいろだそうだ。彼が安住の地とやらを見つけたら・・・何となくだけど私も一緒に暮らすような気がする。誘われたらホイホイ同意しちゃうかも、それが漠然と想像できた。もし私が拒否したらあっさり引き下がるだろうとも。それが嫌だから恋愛感情が無くても一緒にいるだろうと、離れるということが何となくだができそうもない。
「そうね・・・何となく一緒にいそうね」
「不幸になる可能性高いよ。やめときなよ決断は早い方が・・・痛っ!」
カトーがレイに銃撃した。子供相手に大人気ない・・・竜族だから問題ないけど。
「従属したくせに御主人様の評価を下げるとか、この駄竜がぁ!」
「事実じゃないですか!御主人様は不幸を呼ぶ男です」
「ん~、地味に否定できない」
「認めんなよ!自覚がある分、性質が悪い。いいの姉ちゃん、こんなので?」
まぁ自覚がないよりいいのかも、私も毒されてきたのかもしれない。答えない私の様子にカトーが意外そうな顔をした。
「思った以上に好感度が上がっていたのか?こりゃ相性の確認が必要だな。おーい、出発一時間延期するぞ。ちょっくらセックスしてくる。ここで待っててくれ」
カトーが私の手を引き森へ引きずっていく。え?何?どんどん奥へ連れていかれる。
「何するの?セックスって何?」
「ああ、そっか・・・自動翻訳するわけでもないのか。ぶっちゃけ交尾するって意味だな」
ああ、なるほ・・・ど。
レイに乗る必要もないのに何となく格好良いからという理由で、レイの背に乗ってワーカツキーを目指す。
凄く微妙な空気が漂う。クローの風魔法で風除けしているから会話しようと思えばできるが、微妙な空気が言葉を発するのを押し留める。無言でチラッチラッと皆が私を見てくるのが恥ずかしい。
そんな中、空気を読めない男が言葉を発する。
「お前等大人しいな、竜に乗るとかすげぇ!みたいなお約束はないのか」
「カトーのせいだろ!あの休憩時間、気まずくてたまらんかったわ!」
クロー君ごめんね・・・流されちゃってごめんね。
「あー、こっちじゃ14、15歳で結婚するのだろ?交尾程度で気まずくなるなよ」
「そういう問題じゃねぇ・・・そういうのはだな、二人っきりでこそっとやれよ」
「悪いな。不幸を呼ぶ男っぽいのに即座に拒絶しないのを見せられたら・・・ムラッとしちゃってな」
顔が熱くなる。やたら優しかったのはそのせいか・・・。
ちょいちょいと服を引っ張られ後ろを見ると、満面の笑顔のリアちゃんがいた。
「どうだったか後で詳しく」
この娘は・・・ぶれないわね。少し困っているとカトーの変な演説が始まった。
「いいか、交尾なんてーのは探索者のやっていることと変わらんのだよ。未知を探索してんだから、苦しかったり痛かったり、お宝見つけたりして嬉しかったりそんなもんなんだよ。普段やってることと変わらないからな。言ってみりゃ毎日が交尾・・・それが探索者だ」
地味に当たってるから困る。話しているうちに山脈を抜け・・・られず、響く衝撃。
見えない壁、結界をレイが越えられなかったのだ。
竜を逃がさないための檻。折角従属させたのに、置いていくことになるのかしら?
「下手な芝居はやめろよレイ。お前、壁越えられるだろうが」
「無理だよ。竜は越えられないようになっているんだから」
「確かに竜種は越えられないかもな。でも竜族のお前は越えられるだろ」
この山脈は竜族が竜族に成れなかった子を捨てに来る場所、捨てるために侵入出来なければならない。
入ることが可能なら、出る事も可能。理屈としては正しい・・・この子が例外でなければだけど。
「そもそもレイとの最初の遭遇では人型形態で言葉もしゃべれるし、意思疎通もできたわけでな。卵の状態で捨てられたにしてはおかしいだろ?どうせまたファンタジー的な方法で、親から知識与えられていたのだろうよ。竜族の特殊能力か、それとも魔法か」
「・・・・・・」
カトーの推測はある程度当たっているみたいで・・・あらあら、黙っちゃったわよこの子。
「出たら何か不都合でもあるの?」
レイの背の上に乗り、その背中を撫で繰り回しながら問いかける。懐柔、したいのかもしれない。
毒されている。カトーが責め、私が甘やかす構図。誰に言われるでもなく自然とそれを実行していた。
悪辣な手口は成果があったようで、レイの口から事情が漏れ出した。
「竜族ってやつはその色によって階級が分かれていてね。その中でも白と黒は上の下、結構上の方で体面を気にする・・・その体面を破壊しうる存在が僕なんだ」
灰色だから・・・色による区別・・・馴染みの無い文化。
「ほーん、人にそういう問題がねぇと思ってたら、意外なところから出てきたな」
「カトーがいた世界ではそういう色で対立したりとかあったの?」
「対立にもなってない。一方が蹂躙した感じだな・・・好き勝手した後にやりすぎたって反省したフリしてる。やられた側もそれを利用して優遇されようとして反感を買って、また蹂躙されそう」
カトーの世界の方が若干複雑なよう。本で得た知識だけど、獣人族は一人の王による混血政策でそういう拘りは失われたとはず。種族別という概念が、他種族と混ざり合うことで曖昧になったわけで・・・それでも一部、まだ拘りを捨てきれない種族は存在する。その代表格が純血を維持し続ける竜族で、純血どころか未だに色分けしていると・・・。
「そういう訳で僕は白竜側にも黒竜側にも敵視される可能性が高い。カトーも面倒事は嫌だろ?僕のことは置いていきなよ」
悲しそうに何かを諦めたような顔でそう告げるレイ・・・それは逆効果よ。皆のために身を引くという建前でカトーから逃れたいのだろうけど、この男はそんな建前が通用する相手ではないし、むしろ喜んで争いの種を所持しようと、利用しようとするわ。
「好都合だな・・・白竜も黒竜も普通にぶっ殺す訳にもいかない相手だし。向こうから攻撃してくれたら正当防衛で逆に狩れる。狩れば目的の魔力を余裕持って増やせるってもんだ。レイは使えるなぁ・・・可哀想な白黒ハーフドラゴン。餌として優秀で何より」
「馬鹿言うな!逆に殺されるぞ!」
思惑が外れ、脅しに切り替えるレイ・・・何だか可愛く見える。やっぱり私は毒されてしまったみたい。
「白黒の力を引き継いだレイが、俺らから見たら雑魚だったわけでな・・・そんなこと言われても怖くねぇな。俺だけじゃねぇぞそう思ってるのは・・・サキューもクローも魔力欲しいだろ?」
見透かしてるわね・・・。
「正直魅力的ね・・・レイを守る大義名分で竜族を狩ってみたい」
私の本音に竜の姿で器用に青褪めるレイ。飛竜狩りでどれほど魔力総量が増えたか・・・我が身で実感してるもの。
「レイには悪いけど、俺もだな。チートなセーガさんが一緒って保険もあるし、狩れるなら狩りたいよな竜族。しかも知識を引き継いでいるってことは、もの凄い魔法奪えそうじゃん」
私よりもっと貪欲なクロー。竜族の知識にまで目を付けちゃってたか・・・。
「この人たちの欲望を舐めちゃいけないよレイ君」
「あなたは違うみたいですけどね・・・皆、セーガさんのような人なら良かったのに」
そんな見当外れな言葉に、サッとセーガ以外が目を逸らす。あなたがレイ君じゃなくて、レイちゃんだったら・・・一番欲望まみれなのが誰なのか体感できたでしょうに。
皆でレイに諦めろと説得する形で事を収め、再びレイの背に乗りワーカツキーを目指す。
カトーは初めからそのつもりだったのだろう・・・だからレイの背に乗り目立つように行動しようとしている。餌に喰らいつく馬鹿が出てくることを願っての行動だった。
あっさりと壁を越える。脅威は仲間?を利用して突破し、性欲は素直に解消し、引きこもりは自分の欲望を優先して外へ出す。
私はもうそんな男に溺れていた。