サキュー、出会う
この街も長い・・・30年くらいかしら?
テーブルを拭きながら考える。親父から提案を受けたのが、大体そのくらい前だったと思う。
ハイエルフの山から下山したのも同じような時期だ。
兄弟姉妹は色々な国へ渡り、渡った先での生活を送っているだろう。私もその時期が来たから下山させられているものと思っていたが、そんなことはなかった。親父に聞くとあっけらかんとした顔で「は?お前が望む時、望むようにどこへでも行っていいぞ?お前の兄や姉も、そんな感じで旅立ったからなぁ」ということらしい。
では何故下山しているのかと・・・親父の仕事を手伝えとの話だった。探索者連盟、親父は元探索者で元宮廷魔導士で、今は連盟の支部を任されている支部長とのことだ。
それで私にも一つの町で支部の管理をしてほしいと、そんな話だった。
ブルガ探索者連盟支部。人族二人に私という三人体制で探索者に依頼を・・・という話だったが、その探索者は来ても併設された酒場で飲み食いするだけ、連盟関係に用のある人間は一週間に一度か二度。もの凄く暇だった・・・。
人族二人は夫婦であり、まだ10代。それから10年経っても子供を作らないのが不思議だった。この支部は一人でも余裕で運営可能なので、三人中二人が持ち回りで探索者として仕事をする。夫婦はお金のため、安全のために支部での仕事を優先的に行っている。というか、頼まれたのでそうしていた。
私も探索者稼業の方が面白く、そちらに比重を傾けていた。
その十年で私も中級探索者になっていた。人族夫婦の夫も同様で、中級ならば家族を養えそうだが・・・養うべき対象が妻一人なのが悩みだと打ち明けられる。
あえて作ってないわけではないらしい。子ができれば王都で式を挙げ、オーエン迷宮で仕事を行う予定とのこと。
二人のおかげで世界が広がったのは事実で、感謝している・・・ここを辞められるというのは辛いが、子供優先というのは理解できなくもない。二人のために親父に相談することにした・・・子作りにかけて親父の右に出る者はいない。ハイエルフ、エルフ族は性欲は高くなく、子をそれほど作らない。多くて二人というのが一般的なのだが、親父は違う。
親父はまだ200歳にもならないうちから三股を実行。同族女性を三人孕ませて問題となった。全員500歳超えた行き遅れを狙い撃ちにしたのだ。相手女性は文句もなく、長老会では処分できなかった・・・というか、種族繁栄のために目を瞑ったそうだ。だが、親父は止まらない。
300歳を超えると人族、獣人族にまで手を出して、600年で8人の女に子供を産ませた。その最後の相手が同族の若い女で、これまた問題となる。外見が体が大人なら問題ないぞというのが親父の主張である。
ゆえに最後の同族の女性が私の母で、私と年齢がほとんど変わらないというのが悲しい現実だ。100も離れていないのはエルフ、ハイエルフにとっては地味に違和感がある。
親父はハイエルフと人族の血を半分づつ受け継いでいるからなのではないかと、長老会では話されたそうだが・・・そういう存在は親父だけでなく他にも数百人存在したので、結局は親父が特殊だということで結論が出た。
身内の恥を晒すのはあれだが、二人にそのことを話すと喜んだ。だからサキューは外見を10歳~13歳くらいにしてるのねと納得されたくらいである。
親父に相談すると、何故か酒が送られてきた。帝国で飲まれている白い粒を腐らせて作るというおかしな酒だ。ニュホンという。
二人にその酒を贈る。帝国では婚姻時に飲まれるそうで、それは子作りにも影響を与えるとかなんとか・・・。
結果、それから半年後にあっさり妊娠が発覚した妻を連れて、私にお礼を言いに来た。夫婦はその足で王都へ向かうとのこと・・・ついに支部は私一人となる。
大変になるかと少しだけ考えたが、まったく変わらなかった。酒場に来る爺さんに支部の番を定期的に任せて、草原にたまに出現する強い魔物を精霊魔法で駆逐し、それが終われば支部に戻りと繰り返す日々。
そんな私が100と少しの年齢になったある日、初めての変態と遭遇した。探索者の格も上級となり、あまり魔物との戦いもしなくなって数年。支部には最早、探索者が来ない状態になりつつあった。ここの領主が精力的な若い領主へ代変わりし、兵を鍛えるついでに草原の魔物を駆逐して、探索者の仕事がなくなったのだ。
そんな暇を併設された酒場のお手伝いに費やしていた私。
そんな私に熱烈に声をかけてくる・・・30以上と思える人族のおっさん。そんな人族おっさんを人族の幼女が槍でもって空中に持ち上げ、小突き回す。退屈は意外な形で解消されたのだ。
繰り返す退屈な日々に現れた4人の面白い探索者。私の自慢でもあった魔力をあっさりと凌駕する男の子。通達で処刑されると報告があったのに、目の前にいる凡庸そうな男。幼女好きの幼女の従僕となったおっさん。そして槍を使う従僕の御主人様幼女。
こんな退屈しなさそうな面々を逃すわけがない。付いていくと口から自然に願望が漏れた。
若い人が多いのにセブが欲しいとあっさりと言ってくるので、私のセブを預けているところで買うことを提案してみると、あっさり採用される。この集団のまとめ役であるカトーという男は、新入りにも優しいっぽい。金はある問題ないとのこと・・・魔力といい資金といい謎が多い。
何もかも私にお任せするカトー。他三人はそれを見て微妙な顔をしている。私はカトーに気に入られているらしかった。
これならやっていけるかもしれないな、なんて考えていたが・・・そんな安心感はあっさりとぶち壊された。
カトーは異世界から来たとかおかしなことを言い始めるし、物のついでのように婚姻しようと言ってくる。
私は咄嗟に断ることができず、考えておくと言ってしまった。まだ何も知らないのだから、こう答えるより他にない。
それぞれのセブに跨り、ブルガの街を出発する。こういう時は幼いといっても同性に話しておくべきだろうと、リアを手招きして速度を落とし近付くと、カトーからこんなこと言われたんだけど、どう思うか聞いてみる。
「私なら全力で逃げるわ・・・でもまぁ、私じゃないし・・・サキューさんがカトーを御してくれたら嬉しいわ」
暴れん坊を大人しくさせろ・・・みたいなことなんだろうか?生贄っぽくて不安になる。
今迄の退屈で平穏な日々を捨て去ったことに・・・ほんの少しだけ後悔する。
「サキュー、早く来いよ。できるだけ俺の傍にいてくれ」
前方から恥ずかし気もなく大声でそんなことを口にし、とても良い笑顔で手を振ってくるカトー。
そんな彼の笑顔で後悔は薄れる。人族は短命だ・・・彼を受け入れても私の人生の大半を預けるわけでもないし。
リアと併走するのをやめて、前方のカトーに追いつくと併走する。ほんの一時だけ寄り添うのも、求められるのも悪くはない・・・そんな風に気楽に考えていた。