みどりのかみ
なあ、そこのあんた。
ちょっと俺の話を聞いてくれるか?
いやなに、そう大した話じゃないんだがね。
誰かに話して心の整理を着けたいだけなんだ。
ああ、そんなに長い話じゃあない。
一杯ひっかける間ですむ話さ。
なんなら一杯おごるからさ、その間ちょいと付き合ってくれよ。
ああ、ありがとう。
恩にきるよ。
実は少し前の話になるんだが………………
五年勤めた会社で漸く大きなプロジェクトのリーダーを任された。
上司や同僚にも恵まれてなんとか成功に納めてさ。
終業後仲間たちと打ち上げみたいな感じで呑みにいき、終電ギリギリで自宅に帰ったよ。
それまでほぼ会社や近くのビジネスホテルで寝てたので一週間は帰ってなかったと思う。
酔いざましにビールでも飲もうとキッチンに向かう途中、ふとリビングに違和感を感じたんだ。
よくみるとリビングテーブルに出刃包丁が……突きたたっていたのさ。
恐る恐る近寄って確認してみると、出刃包丁で縫い付けられた緑色の紙があってな。
それは夫以外の必要事項が記入済みの『離婚届』だった。
酔っていた事もあったんだけども、もうパニックになっちゃってさ。
何が何でどうしてこんなものがって、ただその緑の紙をみていたんだ。
んで紙の下に半分隠れた封筒があることに気づいた。
もうね、全く心当たりがないもんだからこれで何かわかるんじゃないかって、開いてみたよ。
そしたら……
『
お仕事お疲れさまです。
あなたの事は好きで愛していましたが、もう堪えられません。
ご免なさい。
あなたが私たちのために頑張って働いている事は理解しているの。
でもほとんど家に帰ってこない。
帰ってきても午前近くで話もできない。
今日は帰ってきてくれるのかと夕飯を作り待っていても連絡の一つもしてくれない。
あなたの帰りを待つ間、ご飯が冷えていくのをじっと見ていたの。
私の心もこんな風に段々と冷めていってしまうのかと思うと堪えられなくなったの。
娘も今までは、お父さん帰ってこなくてさみしいと言って泣いて眠る事が多かったわ。
それなのに最近では何も言わなくなったのよ?
だからごめんなさい。
あなたをこれ以上嫌いになりたくないから。
今のあなたを好きでいられるうちに別れてください。
娘は私ひとりでもしっかりと育てて生きます。
だから心配はしないでください。
あなたもお体を大切に、お酒は余り飲みすぎないようにね。
愛してます、さようなら。
文菜 』
涙の跡であろうか所々滲んだ文字にとても切なくなった。
呆然としながら手紙を仕舞い、イスへ倒れこむように座ってさ。
馬鹿だなあ、そんなに寂しかったのなら寂しいと伝えればよかったじゃないか。
こんなに愛しているなら突然に出ていかずに話し合う事ができたんじゃないか?
こんなことになる前にもっとうまくできなかったのか?
なんて思ったよ。
酔った頭の中でぐるぐると同じような思考に囚われていたように思う。
どれくらい考えていたかな。
五分だったかもしれない、一時間だったかもしれない。
このままじゃ考えが纏まらない、酒を抜いてすっきりさせて考えよう。
そう思ってシャワーを浴びた。
やや熱めのシャワーを浴びることでようやく思考が正常になってきたと思えた。
バスミラーで己自信を見つめながら問いかけたよ。
……なあ、自分。
……何時、結婚したんだ?
……というか生まれてこの歳まで致した事ないのになんで娘がいるん?
……そもそも、この文菜って女、誰だよ!
その後どうしたって?
とりあえず警察に通報したさ。
色々と聞かれたが女(文菜)の行方も正体も分からず仕舞いさ。
俺の部屋に女が住んでいた形跡は何一つ見つからなかったからね。
手紙にも出刃包丁にも指紋はついてなかったそうだ。
気味が悪くなって俺はすぐ引っ越したんだ。
でな…………。
引っ越してから一月もするとまた同じことが起きたんだよ。
そのたんび引っ越してなあ、もう5年になるよ。
あははは、嘘じゃないかって?
いやーわかっちゃうよね。
ごめんごめん、こんな詰まらない作り話に付き合ってくれてさ。
すこしはゾクリとしてくれたかい?
ははははは。
いやー実はね。
さっき帰ったらさ。
また刺さってたんだよ。
うん、出刃包丁。
んで、これが件の手紙。
なああんた、これ……、読んでみるかい?