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先生、誤解なんです!11

 次の日。

 午前の授業が終わり、午後一の体育の片付けをしていた。


「なんだよこのカゴ。タイヤ一個壊れてんじゃねぇか。いい加減買い替えろよな」

「文句言ってないで手を動かそうよ。次、西尾先生の授業だよ」


 小言を漏らす九十九に漆葉がそう言って急かす。


「ゲッ! そうだった。あいつ片付けで遅れようが関係ないからな。もう少し融通聞かせてもいいのによ」


 九十九は西尾先生の名前を聞いた途端にげんなりとする。

 俺も西尾先生にどなられるの勘弁してほしいので、テキパキと片付けを終える。


「急ぐぞ。あいつが来る前に着替えないと」

「嵐、行くよ」


 時間がないのは重々承知だけど、、誰かが体育倉庫に返しに行かなければならない。


「先に鍵返してくるから、二人は先に戻っててくれ」

「じゃ、遠慮なく」

「ちょっとはフォローしておくから」


 と、躊躇いや罪悪感など全く感じさせず、足早に教室へ戻っていく二人。

 もう少しぐらい、後ろめたさを感じてもいいんじゃないか?

 自分で言ったこととは言え、少しだけ自分の申し出を後悔しながら体育倉庫の鍵を返しに行く。

 その最中だった。


「あ、君。ちょっといいかな?」


 最近よく聞く声と、似たような声かけで俺はすぐに誰が話しかけたか判別することができた。

 だからこそ、俺は振り向くのを一瞬躊躇う。


「嵐、陽太、だよね?」


 フルネームで呼ばれてしまったら、勘違いと言い張って無視することはもうできない。

 意を決して振り向く。

 案の定、俺を呼び止めたのは丹波先生だった。


「なんでしょうか」


 昨日のこともあり、若干警戒をしていたが、丹波先生は優しい口調だった。


「ごめん。少し手伝ってもらえるかな? 実はスコップを片付けたいんだけど、どこに置けばいいかわからなくなって」


 眉を垂らして困った表情を浮かべる。

 困っているなら、助けないわけにもいかない。

 それにスコップならば、きっといつも使っている倉庫のことだろう。


「案内しますよ。スコップどこにあります?」

「それなら、そこに」


 と、壁に立てかけられた腰ぐらいの大きさのスコップが数本と、片手サイズのスコップが何本も入った箱が置かれていた。


「じゃあ、少し俺が待ちますよ」

「本当!? 助かる!」


 箱を持ち上げ、丹波先生は大きい方のスコップを抱えた。

 俺が先頭に立って倉庫へと歩く。


(……それにしても、どうしてこんなにもスコップが出てるんだ?)


 そんな疑問が浮かぶが、生物の授業か何かで使ったのだろうと思い、それ以上は疑問に思わず、倉庫の前まで丹波先生を案内した。


「ここです」


 俺は倉庫の扉を開く。

 あとはスコップを置いて完了……のはずだったが、そうはいかなくなってしまった。

 倉庫内は、俺が最後に見た時よりも酷いありさま。

 扉のすぐ前を塞ぐように数台のキャリーが置かれ、その奥にスコップが無造作に床を転がっている。

 ちゃんと整理していたのに、誰がこんなことを。


「うわっ! なんだこれ。ぐちゃぐちゃじゃないか」


 丹波先生はすぐに邪魔なキャリーを倉庫の外へ引っ張り出す。


「ほら! 嵐も手伝って!」

「は、はい!」


 つい返事をしてしまい、流れで丹波先生の手伝いをすることに。


「手伝わさせることになってすまない」

「いえ、気にしないでください」

「ありがとう……ちょっとごめん。電話だ」


 丹波先生はスマホを耳に当てがうと、倉庫の外へと出ていった。

 俺はその間も倒れたスコップを整える。

 数分程度でスコップを全て片付け終えた。

 そこでようやく気がつく。


「あれ? 先生戻っててこないな」


 丹波先生が戻ってこないことを不信に思いながら、リヤカーを倉庫にしまい、教室に戻った。


(丹波先生が言ったんだろう……あれ? 何か忘れているような)


 もう少しで何かを思い出せそうなのに、中々思い出せないモヤモヤ感。

 しかしそれも、教室の扉を開けた途端に解消される。


「随分遅かったじゃないか、嵐」


 教壇に立つ西尾先生の眼光に俺は引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。


「これは、その……」

「体育の片付けをしていたというから、授業前に座っていれば大目に見ようと思っていたが、五分も遅れるとはどういう了見だ」

「それはその……」

「しかも着替え終えていないとは……お前には特別に課題を多くしてやろう。覚悟しておけ」


 人助けしたご褒美がこんなんだなんて。

 しかも丹波先生は戻ってこなかったし。

 少しだけ、後悔しながら俺はすぐにトイレで着替えて教室に戻る。

 これ以上は何も起こってほしくないと切に願ったが、それは見事に打ち砕かれた。


 事が起きたのは授業終了後。

 先生からの連絡を聞くだけというタイミングだった。

 いつもよりも神妙な面持ちの西尾先生が固く閉じていた重たい口を開いた。


「今日はこの後、緊急の集会がある。全員速やかに廊下に並び、体育館に向かえ。以上だ」


 集会?

 夏休みの注意喚起とかか?

 いや、そんな事で緊急で開くわけがない。

 一体何が起きたのだろうか。

 俺は他人事のように体育館へ向かう。

 体育館へ集められた生徒達は帰り際に集められたことに文句を垂れ流し、体育館はざわつく。

 教師達が静かにするように言い聞かせる。

 多少は治るが、それでも静かとは程遠い。

 こんなにもざわついた中で集会が始まるのかと思われたが、たった一人の一言で場は鎮まることとなる。


「……静粛に」


 マイク越しから発せられた一言で一瞬にして口を閉ざす生徒達。

 静まったことを確認した西尾先生は続けて話す。


「急な集会で申し訳ないが、それほど重大な事態が起きた」


 西尾先生が別の教師に目で何かを促すと、一人の教師が舞台前のプロジェクターとパソコンを操作。

 舞台に垂れ下がったスクリーンに画像が映し出された。

 俺はその画像に言葉を失った。

 無惨に荒らされ、引き抜かれた花達と、地面にくっきりとつけられた足跡。

 更には菓子袋とタバコの吸い殻が乱雑に捨てられていた。

 そしてその場所は紛れもなく、俺が世話をしていた花壇であった。


「なんだよ。花壇ぐらいで集められたのかよ」


 心ない言葉を呟くが、聞き逃さなかった西尾先生がその生徒を睨む。


「花壇くらいでと言ったか? この花壇を手入れした者の気持ちを考えろ。それにだ。花壇だけではない。問題はタバコの吸い殻が捨てられていることだ。当然、生徒が吸ったとなれば、学校としては事態を重く捉えなければならない」


 つまり西尾先生は、未成年者の喫煙の可能性も視野に入れているというわけだ。

 当然、学校としては目を瞑ることはできない。


「とにかくまずは、詳しい話を丹波先生から話してもらう。お願いします」


 呼ばれた丹波先生が入れ替わりでマイクの前に立つ。


「みんな……俺はこんな事が起きてしまったことを残念に思う。もしかしたら、一瞬の気の迷いでやってしまったのかもしれない。でも隠すことはできないから、話させてもらいます」


 涙ぐみながら話を続ける。


「これに気が付いたのは六限目の直前でした。俺は近くの倉庫の整理をしていて、たまたまあの花壇を通りがかりました。すぐに花壇の異常には気付きました。正直、悔しい気持ちでいっぱいです。美化委員の子達が大切に育てた花をこんなにしてしまうなんて」


 倉庫の整理の時に気がついたってことは……もしかして、あの時いなくなったのは、花壇がおかしいことに気がついて、そっちに気が回っていたからなのか。

 だが、俺には何故か違和感があった。

 別に美化委員じゃなくて、世話は俺がしていたとか、そんな小さなことじゃない。

 ただ、漠然と腑に落ちなかった。


「俺が最後に見たのは五時限目が終わった直後です。つまり、たった十分の休憩時間で行われたということです。あの辺りは人通りが少ないですし、かなり人は限定できます」


 この辺りから雲行きが怪しくなっていき、胸のざわつきが激しくなっていく。


「俺はこんなことをしてしまった生徒に心当たりがあります。だから、やった本人にはここで名乗り出てほしい」


 丹波先生は全校生徒を見つめる。

 だが、それは建前だとすぐにわかった。

 なぜなら、その目は真っ直ぐと俺を見つめていたからだ。

 俺はようやく違和感の正体に気がついた。

 丹波先生はまるで俺が犯人だと言いたげなのだ。

 当然、無実の俺は罪を被ることなんてしない。


「……やっぱり、名乗り出てくれないか」


 悔しそうにしているが、俺には笑っているように見えた。

 丹波先生は、ポケットから見覚えのある手帳を取り出す。

 それは、紅葉高校の生徒手帳。


「これは花壇の近くに落ちていました。そして、この生徒手帳の持ち主はあの時、近くにいました」


 再びざわつき始める生徒達。

 これには教師陣も同様の色を示す。

 あの西尾先生ですら、隣で目を見開いていた。

 俺は周りの生徒に察されないように、胸や腰のポケットに手を当てる。

 いつも煩わしく思っていた手帳の感触が一切感じられない。

 血の気がサーッと引いていき、背筋は凍っているのに汗が頬を何度も撫でる。


「あの日、俺に面倒臭い仕事を頼まれたから腹を立てたのかもしれません。ですが、決して彼を責めないでほしい。俺は、彼が自分から言い出すまで待っているつもりです」


 そう言い残し、マイクから離れる丹波先生。

 これは脅しだ。

 わざと『彼』と言い、男子生徒と限定させた。

 しかも、その日に丹波先生から仕事を手伝った人物が犯人であると明言した。

 ここまで限定されれば、物好きな生徒であれば簡単に生徒手帳の持ち主は俺だということにたどり着くはずだ。

 それまでにこの冤罪を受け入れろというメッセージなのだと確信した。

読んでくださりありがとうございます

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