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先生、誤解なんです!10

 ユヌブリーズへ向かう前に、水やりのために花壇に寄る。

 不意に伊吹さんがいないかと確かめてしまう。

 土曜日のこともあって、もしかしたら来づらいのかもしれない。


「陽太君?」


 俺の行動に不信を持ったのか、風無さんは1オクターブ低い声を発する。


「もう水やりは終わったから行こっか!」


 問い詰められる前にと、二人をユヌブリーズへと連れて行く。

 入店してすぐ、二人をテーブルに座らせて奥でエプロンに着替える。

 一応事情を説明し、料金は自分が持つから二人に料理を振る舞わせてほしいと、店長の天草あまくささんにお願いすると、


「半値で好きに使っていいから。そのかわり、私の分も作ってくれるかな? お昼を食べ損ねてしまってね」


 と、ありがたい申し出をしてくれたので、お言葉に甘えてそうさせてもらうことに。

 何度も作ったナポリタンを迷いなく作るが、どうしても二人の様子が気になる。

 梨花さんのあの怯えようは、俺が呼び出した時と引けをとっていなかったし、ちゃんと仲直りしているといいんだけど。

 ナポリタンにオムレツを乗せ、三人前運んでいく。


「梨花さん、先程は取り乱してしまい申し訳ありませんでした」


 冷静になった純花さんが、梨花さんに謝っている。

 どうやら俺の心配は無用だったみたい。


「気にしないで、ください。全然、大丈夫……ですから。純香、さん」


 いやダメっぽい。

 まだ梨花さん怯えてる。

 ……できれば料理コレで気が紛れてくれればいいけど。


「お待たせしました。天草さん、出来ましたよ!」

「待ってました」


 三人の前にナポリタンを並べる。

 そして持っていたナイフでオムレツにスーッと切れ目を入れると、花のように開いたオムレツから半熟の卵が溢れ出る。


「半熟卵! 美味しそう!」


 恐怖の色が混じった目は、今は無邪気な子供のように輝やく。

 その姿にとりあえず胸を撫で下ろす。


「とうとうマスターしたんだね」

「はい! これで逆さオムライスが提供できます!」


 俺は胸を張って笑顔でピース。


「あの、陽太君。はしたないのは重々承知なのですが、もういただいてもよろしいでしょうか?」


 珍しくソワソワしている純花さんが、とてつもなく可愛い。


「もちろん! 食べてよ」


 みんな行儀良く手を合わせてからナポリタンをフォークで巻き取る。


「美味しい! 卵トロトロ〜」

「ええ、それにナポリタンも、前に食べた時と変わらずとても美味しいです」

「うん、腕を上げたね嵐君」


 全員から手放しで褒めてもらい、気恥ずかしさと嬉しさで笑みが溢れた。


「ご馳走様でした。美味しかったよ」

「え、もう食べた終わったんですか?」


 一足先に食事を済ませた天草さん。

 もう少しゆっくり食べてもいいのに。


「信用していないわけではないんだけど、仕事を任せっきりするわけにはいかないからね」

「なら、洗い物だけでも俺がやっときます」

「悪いね。お嬢さん方はゆっくりしていってください。コーヒーの一杯ぐらいはお出ししますから」

「ありがとうございます」

「おじさまありがとう!」


 にっこりと笑った天草さんは他のテーブルのお客の注文を取りに席を外す。

 その後は二人も食事を終え、天草からコーヒーを一杯いだだく。


「いつ飲んでも美味しいですね」

「コーヒーって、苦いからあんまり飲まないんだけど、ここのコーヒーは何故か飲めるのよねー」


 コーヒーを飲んでまったりしている二人。

 俺がすぐ近くで備品の整理をしていると、梨花さんが話しかけてくる。


「あ、そうだ陽太。あんた、明日から気をつけなよ」

「え? なんで?」

「なんでって……あいつに目をつけられたの気づいてないの?」

「俺が教師陣に目をつけられるなんて、今に始まったことじゃないしさ。さほど気にする必要はないよ。それに、ちょっと今日は怖かったけど、正義感のある人みたいだし。もしかしたから悪い噂のある俺をマークしてたのかも」

「そういえば、教師からの評判はいいんだっけ。でもなんか、胡散臭いというか、あいつは異質ってゆーか」

「それは気のせいじゃない? 嫌なことされたからフィルターがかかってるんだよ」


 とフォローはしつつも、俺も他の教師とは別の意味で目をつけられているとは思っていた。

 憎しみを持った敵意の目は他の教師達とは全く別物。

 だけど、仮にそうだったとしても、丹波先生はもうすぐ俺達の学校を去るんだし、変な事は起きないだろう。

 この時の俺はそんな甘い考えを持っていた。


「純花も気をつけなよ。またあいつに言い寄られたら、私を呼んで」

「はい、もちろんです。梨花さんも、同じような状況でしたら、私に声をかけていただければ、すぐに駆けつけますから」

「ありがとう。純花ちょー大好き!」

「ち、ちょっと、梨花さん」


 梨花さんに抱きつかれて困惑の色を示す。

 二人の微笑ましいやりとりについ仕事の手が止まってしまう。

 気を取り直して、備品の整理を続ける。


「そういえば、なんで花壇の世話なんかしてんの? もしかして西先からの罰?」

「いや、罰ってわけじゃないし、今では率先してやってるっていうか」

「ふーん……よーやるね」

「本当にそうです。陽太君の優しさはとても評価しています。ですが、優しすぎるのも欠点です。だから西尾先生に仕事を押し付けられるんです」


 純花さんは西尾先生を嫌っているのだろうか。

 他の先生達とは扱いが雑というか。


「あれ? 純花は西先苦手なの?」

「決してそういうわけでは。梨花さんはどうなんですか?」

「私? たしかに怒るとちょー怖いけど、私達のことを思ってやってるって事はちゃんとわかってるし。だから、西先のことは先生の中で一番好きだよ」

「……まぁ、西尾先生のそういうところは、評価するべき点とは思っています」


 ちゃんと評価するところは評価するんだ。


「ですが、そのせいで陽太君が私ではなく、花壇に夢中に━━ではなく、陽太君の帰りが遅くなっていたのは事実です。陽太君の優しさを利用しています」


 西尾先生の扱いが雑だったのはそういうことか、納得。


「と、純花がお花に嫉妬していますが、いかがですかな陽太君」


 ニヤニヤとこの状況を面白がっている梨花さん。


「……あ、外が暗くなりそう。二人共、早く帰った方がいいよ。女の子が暗い道を歩くのは危ないから」


 心配したそぶりでその場を誤魔化すと、つまらなさそうに梨花さんは口を尖らせる。


「はいはい帰りますよ。私達はか弱くて可愛い女の子ですから。じゃあね」

「ご馳走様でした陽太君。また明日」


 二人は席を立ち、店を出ていった。

 席に残ったコーヒーカップを片付けようと、それに手を伸ばした。

 が、持ち上げた瞬間、するりと手から逃げたカップは落下し、パリンと音を立てて床に散らばる。


「嵐君?」


 心配そうな顔でこちらの様子を伺う天草さん。


「ちょっと手元が狂っちゃって。すぐに片付けま━━イッ!」


 慌てて拾おうとして、破片が指の皮を裂く。

 赤い線が滲み、血が溢れ出す。

 思った以上に深く切ってしまった。


「大丈夫かい?」

「すいません。指切っちゃいました。絆創膏貰いますね」


 すぐにカップを片付け、救急箱から絆創膏を取り、患部に巻く。


「珍しいね。君がカップを割るなんて。もしかして初めてなんじゃないか?」


 言われてみればたしかに。

 今日まで食器類を渡ったことないな。

 でも、長く働いていれば、いつかはしていたミスだろうから、さほど重大な事ではないと楽観していた。

 もしかしたら、これが不吉な前触れだったのかもしれないと、先の未来の俺はそう思った。

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