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先生、誤解なんです!8

「純花さん! 休日なのに学校で会うなんて奇遇だね!」


 元気良く話しかけるが、引きつった笑みを浮かべているのが、自分でも悲しいほどわかる。

 対して純花さんはいつも通り無表情……いや、いつもと違う。

 なんか……凄みがある。


「そうですね。部活をしているわけでもないのに、体操服で学校にいるなんて。しかも『女子』生徒と」


 異様に『女子』っていうのを強調してきた。

 やっぱり、俺がここにいることじゃくて、女子と一緒にいることに純花さん怒ってる。


「たまたまだよ! ちょっと花壇の様子が気になってて」

「ならば私になぜ相談しなかったのですか? 親友である私を誘ってもよかったと思うのですが。もしかして私と陽太君は親友ではないと? 私の中では最低でも親友以上恋人未満の関係だと思っていたのですが。あ、そうですか。親友じゃなくてもう恋人と言いたかったのですね。私としたことが早とちりをしてすいませんでした。でもやはりそれなら恋人である私を呼ぶべきだったのではないでしょうか。その辺りどう思いますか陽太君?」

「あ、うん、そうだね」


 やばい、ほとんど話を聞いてなかった。

 とりあえず、純花さんも手伝いたかったということでいいんだろうか?

 なんで考えていると、スマホの着信音が鳴り響く。

 どうやら純花さんのスマホからだ。


「はい、風無です」

『やっほー、梨花だけど。純花今どこ?』


 スマホから明るい梨花さんの声が漏れ出る。


「今陽太君と一緒に学校にいます」

『陽太と学校? なんで?』

「たまたま通りがかったら陽太君がいたんです」

『もしかして、今日のお出かけは中止な感じ? 私は別にいいけど』

「いえ、私も楽しみにしてたんです。すぐに向かいますから」

『オッケー! じゃあ、早くおいでよ!』


 通話を終えると、姿勢を正した純花さんは俺を見つめる。


「それでは私はこの辺で。くれぐれも、変な気は起こさないように」


 脅すような言い方をするのは、風紀委員としてだからだよね?


「う、うん」


 俺の返事を聞き、足早に梨花さんとの待ち合わせ場所へ。

 ようやく緊張が解け、肺の空気を全部吐き出すほどの深く、大きなため息をつく。


「嵐先輩。ゴミ捨て終わりましたけど……どうしたんですか? そんな疲れた顔をして。あっ! もしかして、私がいない間も作業してたんですか?」

「そういうわけじゃないから気にしないで」

「そうですか。それじゃあ張り切って、終わらせちゃいましょう!」


 俺とは裏腹に元気いっぱいの伊吹さん。

 伊吹さんのおかげで、この後の作業も順調に進んでいった。


「よしっ! これで終わりっと」


 綺麗に植え替えた花達を眺めて、大満足な俺。


「やりましたね先輩!」


 手伝ってくれた伊吹さんも花壇の様子に満足しているようだ。


「ありがとう伊吹さん。君のおかげですぐに終わったよ」


 と、感謝するのだが、


「……いえ、私のおかげだなんて。感謝される資格ないですから」


 太陽のような笑顔が、たちまち曇り模様となってしまった。


「どうしたの?」

「いえ、なんでも」

「なんだ。もう終わったのか」


 様子を見に来てくれた西尾先生は花壇を眺める。


「少しは、華やかになったな」


 仏頂面ではあったが、喜んでいるみたい。


「嵐。感謝する」

「そんな、俺だけの力じゃないです。伊吹さんも手伝ってくれて」

「伊吹?」


 西尾先生が伊吹さんに視線を向ける。

 が、伊吹さんは逆に視線を合わせないようにそらしてしまった。

 厳しくて有名な西尾先生を目の前にして、怯えないのは無理もない。

 だけど、怖くて視線をそらしたというよりは、後ろめたさで目を合わせられなかったように俺には見えた。


「伊吹、華代か」


 フルネームを呼ばれて体をビクつかせる。


「なぜ休日に学校にいるんだ? 私の記憶が正しければ、どの部活にも所属していないはずだが。ましてや()()()などではないだろうしな」


 わざわざ委員会を強調して話すけど、なぜそんな言い方を?


「ちょっと、花壇が気になっていて」


 そう答えると、しばらく西尾先生は口を閉し、重たい空気が漂う。


「……そうだな。()()()()のお前が気にするのは当然のことだな」


 ん? 美化委員? 伊吹さんが?


「そ、その……」


 不安そうな顔をする伊吹さん。

 しかし、視線は西尾先生ではなく、なぜか俺に向けている。


「私、これで失礼します。先輩、ごめんなさい」


 逃げるように走り去っていく。

 残された俺は、西尾先生に顔を向ける。


「あの、もう少し言い方を柔らかくした方が。伊吹さん、怖がってましたよ」

「……まず最初の言葉が、手伝わされる元凶となった委員を気遣う言葉なんてな。まぁ、たしかに私も言い方が悪かった」


 自分の非を認めると、俺に背を向けて歩き出す。


「今日の礼に飲み物を買ってやろう」


 つまり、ついてこいってわけですね。

 俺は素直に後を追う。



「受け取れ」

「あ、ありがとうございます」


 ベンチに座り、西尾先生からココアを受け取る。

 西尾先生は一人分のスペースを空け、隣に座ると缶コーヒーを口にする。


「先生って、コーヒーをよく飲むんですか」


 無言に耐えられなかった俺は、たわいもない会話を振ってしまった。


「……まぁな。ブラックをよく飲むが、缶コーヒーよりも店で飲む方がやはり段違いに美味い」


 返事をもらえて安堵はするけど、結局会話が続かず、無言の時間が訪れる。


「……理不尽だと思うか?」

「はい?」


 唐突で曖昧な質問に、思わず素っ頓狂な声で返してしまった。


「委員会でもないのに、花壇の手入れを手伝わされたことだ」

「あ〜……まぁ、正直な話、なんで俺がとは思いましたけど、結局最後は自分から手伝ってましたし、理不尽とはそこまで。それに美化委員も忙しいですよね」


 聞き返すと、西尾先生の無表情な顔が少し変わった気がした。


「そうではなかったと言ったら、どうだ」

「え? それってどういうことですか?」

「……今年の美化委員会はあまり活動をしていないんだ」


 活動していない? 


「なぜですか?」

「率先して美化委員になった者はほとんどいなかったんだ。結果、業務は最低限。いや、最低限すらやっていない始末。その最低限の業務の中には花壇の手入れも含まれていたんだ」


 ということは、美化委員の怠慢のしわ寄せが、関係のないはずの俺に回ってきたってことか?


「これでも理不尽でないと言えるのか?」


 西尾先生の質問に俺は一瞬答えるのを躊躇った。

 でも、俺は心からこう答えた。


「そういう話であれば、少しだけ理不尽だと思います。ですが」


 俺は笑ってみせた。


「伊吹さんが来てくれたことは嬉しかったです」

「なぜだ? 伊吹も美化委員。つまり、間接にもお前に面倒ごとを押し付けたんだぞ」


 たしかにそうだ。

 でも……。


「伊吹さん、本当はちゃんとしたかったんだと思いますから。じゃなきゃ、休日に花壇を見に来ませんから」


 あの時の不安そうな顔も、花壇を押し付けてしまった俺への罪悪感からだったのだろう。


「……人を見る目は曇っていないようだな」


 西尾先生は缶コーヒーを一気にあおった。


「伊吹華代。あいつは真面目に美化委員の仕事を全うしていた。ただ、それをよく思わない奴もいる」

「誰ですか?」

「同じ委員会の奴らだ。それも上級生がな」

「なんで……伊吹さんが真面目にやろうが、関係ないんじゃ」

「みんな手を抜けば、罪悪感なんて感じなくなる。だが、誰かが真面目にやれば、自分達の不真面目さが浮き彫りになる。それがたまらなく嫌なんだろう。伊吹が何度も上級生から詰め寄られている場面は目にしていた」


 学校内での人付き合いがほとんどない俺だからなのか、そんな仲間内で潰すようなことを委員会で行われているなんて信じられなかった。

 真面目に仕事をこなそうとする人を、同じ委員が邪魔する。

 どうしてそんなことができるんだ。


「先生は……先生は、その場面を見てたんですよね。止めなかったんですか? というか、先生が介入すれば、済む問題なんじゃ」

「止めはした。が、委員会のことには手をつけていない」

「なんでですか!」


 俺は立ち上がり、感情をぶつける。


「真面目にしようとしている人がなんで苦しむんですか!? 正しい少人数が悪で、間違ってる大人数が正しいなんて、おかしいですよ!」

「お前もわかっているんじゃないか? 私が介入した場合、その後に伊吹に向けられるのは敵意だ」


 西尾先生の反論に、俺は何も言えなかった。

 わかっているんだ。そんなことは。

 でも、感情を表に出さずにはいられなかった。

 だから、西尾先生を責めるようなことを言ってしまった。


「すいません。感情的になってしまって」

「生徒にとやかく言われたぐらいで、取り乱すと思っていたのか? 舐めるな」


 飲み干した缶コーヒーを捨てると、西尾先生は俺に背を向ける。


「もうお前も帰れ。明日は来なくてもいい」


 西尾先生は歩き出す。

 が、数は先でその足は動きを止めた。


「……そうだ。九十九にもっと勉強しろと伝えておけ。大学に行っても陸上を続けたいのであれば、せめて順位は真ん中より上を目指せと」

「は、はぁ……」

「それと漆葉には、もう少し現代文の成績は上げろと伝えておけ。ライトノベルは私にはわからんが、文を書くのであれば、先人達の作品には見習う点が多いはずだ。今だろうが、昔だろうが、文というのは年代問わず、惹きつけるものだからな」

「わ、わかりました」


 言いたいことを言い終えたのか、それ以上は何も言わずに去っていく。

 西尾先生って……厳しいけど、ちゃんと俺達のことを見てくれてるんだな。

 俺はジュースを飲み干し、その場を後にした。

読んでくださりありがとうございます

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