先生、誤解なんです!6
楽しい楽しい休日。
だというのに、俺の気分はモヤモヤしていた。
今朝もいつもより早く起きてしまい、朝食も早々に準備を終えてしまった。
スマホを操作し、アプリを起動させたり、動画サイトを見るがすぐに閉じる。
テレビをつけ、ザッピングをするが、俺の気分を晴らせるものはやっていない。
「ちょっと、私も見てるんだから、チャンネル変えないでよ」
美月さんにリモコンを奪われ、情報番組に変えられる。
そこでは話題のスイーツやこの夏にぴったりのプール特集をやっていた。
「おいしそー。ねぇ、陽太! 今度このスイーツ食べに出かけない?」
「あー……うん」
生返事の俺に眉をひそめる美月さん。
「どうしたのさっきから。なんだか心ここに在らずって感じでさ」
「別にー」
「ちょっと散歩でもしてきたら? まだ朝も早いから、そんなに暑くないだろうし」
「……そうする」
美月さんのアドバイス通りに散歩でもしてみることに。
すぐに着替えて、散歩に向かう。
「それじゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい……って、なんで制服?」
「なんとなく。いってきます」
外に出た俺は気の向くまま歩いていく。
妙な時間に制服を着た男子生徒が歩いていることに不思議に思うのか、ほとんどの人はすれ違いざまに目で俺を追っていた。
だけど、そんな些細なことは気にせず、俺は進んでいく。
やがて俺の足はピタリと止まった。
そこは俺が通う紅葉高校の前だった。
「やっぱり気になっちゃうんだよな」
本来ならば、部活や用事のない生徒は休日は入っちゃいけないんだけど。
花壇の様子が気になってしまう。
周りに先生達がいないことを確認してから、見つからないようにサッと動く。
多くの部活が使っているグラウンドは避け、校舎の陰から陰へと移動しながら、目的の花壇までやってきた。
花に元気がないような気がする。
気温が高いせいで、土も乾き切っている。
急いでジョウロに水を入れ、満遍なく水やりをした。
「よし! これぐらいで十分でしょ」
「おい! そこで何をしている!」
たまたま通りがかった教師が怒鳴り声をあげて、俺に詰め寄る。
「なっ、お前、嵐か! 部活もしていないはずだろ! こんなところで何をしている!」
「え、い、いやっ、その、水や━━」
「まさか、タバコでも吸ってたのか!?」
「ち、違います!」
「ならその足元の吸い殻はなんだ!」
「吸い殻なんて」
あるはずもないと思いながら視線を落とすと、タバコの吸い殻が転がっていた。
なぜこんなのがあるのかわからないが、俺ではない。
「俺じゃないです!」
「お前なんかの言うことが信じられるか!」
弁明しようとするが、噂を事実だと信じ込んでいる教師は俺の言うことなんて信じちゃくれない。
「紅葉高校で、しかも未成年が喫煙など許されるか! 停学……いや、最悪退学してもらうかもな」
「そんな! 本当に俺は知らないんです!」
「じゃあ、なぜお前は休みの日に学校に来ている。どの部活にも所属していないだろ」
「そ、それは……花に水やりを」
「花に水やり?」
怪訝そうな顔をしたかと思えば、つぎの瞬間には大笑いをあげる。
「花に水やりだ? もっとマシな嘘をつけ!」
「本当なんです!」
「あー、もういいから。このことは報告を━━」
「一体何の騒ぎですか」
低い声が教師の言葉を遮る。
教師が振り向くと、西尾先生が見下ろしている。
「に、西尾先生。驚かさないでくださいよ」
「すいません田中先生。それで、これは何事ですか?」
「いやね、この嵐がタバコを吸っていたんですよ。いやー、これだから不良は。聞けば両親は子供を置いて海外だとか。無責任な親だ。いや、親だけじゃありません。こいつを預かっている叔母にもしっかりしてほしいものですよ。でなきゃ、迷惑はこちらにかかるというのに」
この教師の中では、俺が吸ったことと決めつけられているようだ。
決めつけられるのは、気分が悪いけど、それ以上に親を、美月さんを悪く言うのが許せなかった。
「その目はなんだ! 反抗的な目をしおって!」
「落ち着いてください。田中先生」
憤る教師を西尾先生が宥める。
「ところで、吸っていた現場を見たのですか?」
「見たわけではありません。しかし、奴の足元に吸い殻が落ちているんです! これは決定的な証拠です! すぐにでも報告してこいつを退学に━━」
「ほう、吸い殻が……ということは、嵐はタバコを持っていたのですね?」
西尾先生が尋ね返すと、教師は言葉を詰まらせる。
「い、いやー、それがまだ確認は」
「なら報告する前に、持ち物検査をしましょう。嵐、持っているものを全て出せ」
言われがまま、ポケットの中身を全て出す。
「鞄はどうした?」
「今日は鞄は持ってきていません」
「なら、これで全てということだな」
念のためと、西尾先生は制服の上からポケットに膨らみがないかを確認する。
「どうやらタバコやライターの類は持ち合わせていないようですが」
「ど、どこかに捨てたに決まってますよ! それに、見え透いた嘘まで付いてるんですから」
「嘘?」
「花に水やりをしにきたと言ってるんですよ。笑っちゃいますよ。もっとマシな嘘を言えって」
笑う教師の横で、西尾先生をギロリと睨む。
あまりの威圧に味気ついてしまうが、嘘でないのだから堂々とするべきだと思い、むしろじっと西尾先生を見つめ返す。
「……嵐が花に水やりを来たことが嘘だと?」
「ええ! そうです!」
「ならば、私も嘘をついていることになりますね」
「……へ?」
教師は素っ頓狂な声をあげ、俺は目を点にする。
「こいつに水やりを頼んだのは私です。つまり、私も嘘の共犯と、田中先生はおっしゃりたいのですね?」
さっきまで俺に向けていた眼光を教師へと向けた。
向けられた教師は身体中から冷や汗をかき、ガタガタと震えている。
「いや、そういうわけでは」
「ところで田中先生、話は変わるのですが、田中先生はいつも同じ場所に駐車をしていますね?」
「え?」
「して、いますね?」
「は、はひ」
今にも泣き出しそうな声で答える。
「不思議なことに、田中先生が駐車する場所の近くの側溝に、タバコの吸い殻がたくさん落ちているんですよ。知っての通り、生徒は当然ですが、教師も敷地内での喫煙はキツく禁止されています。なのに、側溝に吸い殻が溜まっているのはどういうことなんでしょうね?」
「そ、その……」
「私も田中先生と同意見なんですよ」
「へ? 同意見?」
怯える教師に近づくと無表情で見下ろす。
「しっかりしてもらわないと、こちらに迷惑がかかるということですよ」
西尾先生に睨まれた教師は、恐怖のあまりその場で尻餅をつく。
「あ、よ、よよ! 用事を思い出しましたので、私はこれで失礼します! ヒィッ!」
不細工な走りで逃げ出し、俺と二人だけになると、西尾先生は表情を変えずに話しかけてくる。
「嵐。お前は何をしている。無断で学校に来るなど」
「す、すいません」
注意をされるものの、声色から凄みを感じない。
むしろ穏やかな気がする。
「いつかはお前も社会人になるんだ。こういう時は前もって連絡を入れろ。そうすれば、変な勘違いなどされずに済むんだ」
そう言って、おもむろに手帳を取り出し、何かを書くと、破いて俺に渡した。
「私の電話番号だ。今度から何かあれば、私に電話しろ。話は通しておいてやる」
「あ、ありがとうございます」
「言っておくが、プライベートな電話はするな。私とお前は教師と生徒だからな」
さすがにそこまでするつもりは。
「私は戻るが、お前はどうする」
「まだここにいるつもりですが」
「そうか……」
しばらく無言の時間が続くと、西尾先生が口を開く。
「ならば、また頼まれてはくれないか」
「またですか?」
「あぁ。もう一ヶ所花壇があるんだが、そこもここと同じように花を植えてほしいんだ。もちろん、無理にとは言わん。時間があればでいいんだ」
「まぁ……時間もあるので、いいですよ。任せてください」
「フッ、期待しているぞ」
西尾先生が、笑った?
もしかしたら、初めてみたかもしれない。
「なんだ?」
「いえ! なんでも!」
「ならいい。任せたぞ」
その場を後にする西尾先生。
任された俺は気合を入れて、もう一つの花壇へと向かう。
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