風無さん、落ち着いて終
「風無さん、落ち着いて」最終話
あれから三日経ったが、橘さんは学校に姿を表さない。
もしかして、あの後結局関係は元には戻らなかったんじゃないか?
と、思いながら今朝下駄箱を開けると、綺麗な淡いピンク色の封筒がそっと置かれていた。
たまたま一緒にいた漆葉と九十九の下駄箱にも同様の封筒が置かれており、お互い不思議そうな顔をしながら、教室に入ってからクラスメイトに気づかれないように中身を読む。
そこにはこう書かれていた。
『昼休みに屋上に来てください』
他の二人も内容は同じ。
差出人不明ではあったものの、この時点でなんとなく差出人に心当たりがあり、昼休みに三人で屋上へ向かった。
屋上への扉を開くと、雲一つない青空が目の前に広がる。
そして屋上で一人たたずんでいた女子生徒はこちらに振り向き、スカートを翻す。
「なんだ、一緒に来たの? てっきりラブレターと勘違いしてこそこそ来ると思ったのに」
「だったらもう少し渡し方を考えろ。全員の下駄箱に入れやがって」
「だって、私みんなの席知らないし」
橘さんと九十九が話していると、扉が再び開く。
「お待たせしました」
風無さんも呼ばれていたよう。
おそらくこれで橘さんが呼んだ人は全員だろう。
「それで橘さん。今日は俺達を屋上に呼んだのはなんで? それに、昨日、一昨日と学校休んでたし。もしかして松園さんとは……」
「ちょっと落ち着な」
そう言われて橘さんに待てのジャスチャーをされる。
聞きたいことが多すぎて、つい質問責めしてしまった。
「嵐君の気持ちもわかります。私もあの後どうなったか心配してました。私達だけではありません。九十九君や漆葉君だって」
「おい、勝手に俺達も入れるな……まぁ、気になってはいたけど」
「あそこまで関わっておいて、気にならないわけないからね」
「……わかった。話すわよ」
みんなじっと黙り、橘さんの話に耳を傾ける
「……あの後、私はすぐに松平さんと帰ったの。それで、改めてお母さんと一緒にお見舞いに行ったの。そしたら、お母さんとお父さん病院内で大喧嘩。看護師さんに怒られちゃったわよ」
橘さんはそれを嬉しそうに話す。
「その後、二人共冷静になってちゃんとお互いのことを話したの。どんな気持ちでこの数年間を過ごしてたか。それで、今後どうしていきたいか」
そこで言葉を止めた橘さん。
しばらく待っても話さず、つい聞いてしまう。
「それで」
「それでって?」
「いや、その後どうなったの?」
さらに聞き返すが、橘さんはニンマリと笑った。
「さぁね。どうなったのかなー」
「そりゃねぇだろ!」
「そうだよ! 話のネタを提供してよ!」
九十九も漆葉も納得がいっていない様子。
「皆さん、本人が話さないのであれば、これ以上は私達が聞くのも失礼です」
真面目な風無さんは俺達を抑える係に回る。
風無さんは気にならないのだろうか?
「ですが、橘さんがよければほんの少しだけでも、ちょっとしたヒントだけでもいただけると、皆さんが納得するのですが、いかがでしょう?」
やっぱり気になってるんだね。
「橘さん!」
「……あー、嵐。言いたいことがあるんだけど」
唐突にそう言われ、首を傾げる。
「な、なにかな?」
「もう『橘』って呼ぶのやめてくれる?」
……え、もしかして俺って何か悪いことした?
たしかに大して交流もなかった橘さんの家庭事情に割り込んだり、強引気味なことしたりしたけど。
ごめん、心当たりしかないや。
「そんな顔しないでよ。別に深い意味はないからさ。ただ、苗字が変わっただけだから」
目を丸くして橘さんを見つめると、彼女は俺達に照れ臭さそうな笑みを浮かべる。
「これから『松園梨花』だから、よろしく!」
「よ……よがっだー!」
橘さんから最高の結果が報告された。
喜びのあまり、目から涙がとめどなく流れる。
「ちょ、男がこんなことでなくなし」
「だ、だっで」
「嵐君。これで拭いてください」
「あ、ありがとう。でも、自分の持ってるから、大丈夫」
ハンカチで涙を拭いて、一度深呼吸。
「本当によかった。松園さんと橘さんがまた家族になれて」
「ちょいちょい。私はもう『橘』じゃないんですけど」
そうだった。
でも本当によかった。松園さんと松園さんが仲直り━━あれ?
松園さんは松園さん。
橘さんも松園さんになったから松園さん。
「えーっと、松園、さん?」
新しい苗字で呼ぶと、松園さんは眉をひそめる。
「それ、お父さんを呼ぶ時と一緒じゃん」
「いやでも、松園さんは松園さんだし、橘さんも松園さんになったし」
なんだか自分で言っていてややこしくなってきた。
「なら、私のことは梨花って呼んでよ」
「……え?」
「私もこれからみんなのことは下の名前で呼ぶつもりだし」
「いや、別に呼び方を変える必要は……」
「私は仲良くなれそうな奴は下の名前で呼ぶって決めてんの」
そう言われると、否定できなくなっちゃうよ。
「で、どうすんの?」
期待に満ちた眼差しで俺を見つめる松園さん。
少し躊躇うが、ここは潔くいこう。
「これからよろしく。り……梨花、さん」
「よろしく陽太、大雅、都和瑠、純花」
「おう」
「よろしくね!」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、せっかく昼休みなんだし、親睦を深めるため一緒に食べよっか」
梨花さんの提案で全員屋上で昼食を取ることになった。
まさか梨花さんという新しい繋がりが増えるとは夢にも思っておらず、少し喜んでいる俺。
こんなにも大勢で食べれることを幸せと感じながら、俺に突き刺さる無言のプレッシャーから目をそらした。
そして冒頭に戻ってくるわけだけど。
あの日から数日経った。
土日にみんなで勉強会をしたこともあり、風無さんとも顔を合わせるけど、今みたいに呼んでも反応が薄い。
でも、俺の近くには座る。
どうすればいいのかは分かってはいるけど、それには大きな覚悟がいるわけで。
しばらく考えた末、決心した俺は重い口を開く。
「す……純花、さん」
梨花さんの時とは比べものにならないほど恥ずかしいく、顔が真っ赤になりそうなほど熱い。
一方、呼ばれた純花さんは走らせていたシャーペンを置き、前髪をかき上げて嬉しそうに笑った。
「なんでしょうか、陽太君」
……おかしい。言われたこっちが、さらに顔が熱くなった。
「やっぱ二人ともここにいたんだ」
図書室にやってきた梨花さんと九十九、それに漆葉。
三人もここで最後の追い込みをしにきたようだ。
「なぁ、頼むから英語教えてくれよ」
「えー、純花に教えてもらいなよ」
「こいつは嵐専用なんだよ。なぁ、この菓子やるからさ」
「僕はユヌブリーズのケーキセット」
「さぁ、都和瑠。今日は私になんでも聞いて」
「ちょ、俺は!?」
図書室なのに、騒々しい三人。
少しは静かにしてほしいと思いながらも、俺の周りがこれほど騒々しいことに思わず笑みをこぼした。
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