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風無さん、落ち着いて5

※風無さんは出てきません

 起きて早々に朝食をとり、支度を済ませて自転車にまたがる。

 バイト先へ自転車を漕ぐ。

 急な坂道や狭い道を通り、走り続けること十五分分程度。

 住宅が並ぶ中、お洒落な三角屋根の木造建築物が一件。

 外からでも香るコーヒーの香りが誘うように、鼻孔をくすぐる。

 何度も嗅いでいるのに、飽きもせずつい立ち止まって大きく息を吸って、堪能してしまう。

 十二分に堪能したところで自転車に鍵をかけ、『CLOSE』の札がかかった扉の取っ手を掴む。

 手前に引くと、カランッとベルが鳴った。

 内装は外観通り、派手な装飾のないアンティークな作り。

 テーブル席とカウンター席があり、カウンター席の奥には、マグカップや茶葉、コーヒー豆などが棚にずらりと並んでいる。


天草あまくささん。いますか?」

「嵐君かい?」


 カウンターで隠れていた白髪混じりのダンディな男性がスッと立ち上がり、置いてあった眼鏡をかける。

 この人がこの喫茶店『ユヌブリーズ』の店長、天草雪夫ゆきおさん。

 俺がこの店でアルバイトを始めたのは一年前。

 引っ越して間もない頃、たまたま店の前を通り、香りにつられてつい入店したことがキッカケだ。

 その時飲んだモカがあまりにも美味しく、感動を覚えた。

 ちょうどアルバイトを探していたこともあり、すぐに天草さんに直談判。

 目つきが悪い俺に対して他のお客と変わらず接してくれた天草さんは、嫌な顔をせず、微笑みながら面接日を設定してくれた。

 こうして俺は見事アルバイトに採用され、現在に至る。


「こんな早い時間にすまないね」

「気にしないでください。むしろテスト準備期間に休む俺が謝らないといけないのに」

「学生は勉強優先だよ。将来の選択肢を増やすためにもね」


 さすが、倍以上生きている人の言葉は、カッコつけただけの言葉とは違うな。


「さっそく制服に着替えて準備手伝ってもらえるかな?」

「はい、喜んで」


 すぐに制服に着替えて天草さんの手伝いをする。


「天草さん。コーヒー豆が減っていたので、補充しておきました」

「ありがとう。嵐君がいてくれて本当に助かるよ」

「いえいえ。それにしても、今更ながらよく俺を雇ってくれましたね。自分で言うのもなんですが、見た目は目つき悪いヤンキーですし」


 自虐気味に質問すると、天草さんは手を動かしながらこう答える。


「綺麗なガラス玉より、磨き続ける原石の方がいいからね」


 その答えの意味を理解できないでいると、俺を一瞥して、天草さんは微笑む。


「表面だけを取り繕って、その場しのぎでやってく人間は成長しない。ただのガラス玉さ。でも、努力すること、精進することを怠らない人はそれだけで価値ある原石だよ。少なくとも、初めて君に会った時は、後者だと思ったよ。そんな君を磨いてみたくなった。だから採用した」


 お世辞や気遣った言葉ではなく、天草の本心というのが伝わってくる。

 思わず目尻に涙を浮かべそうになるのをグッとこらえた。


「じゃあ、今はどうですか?」


 さらに聞いてみると、天草さんは腕を組み、悩んでいる。


「うーん……磨いた結果、トパーズかな?」

「そこはダイヤモンドじゃないんですね。まぁ、さすがにそこまでの評価はもらえないってことですかね」


 少し残念に思いながら、作業をしていると、天草さんが呟く。


「宝石の価値=人間の価値とは限らないよ」

「それはどういうことですか?」


 つい、手を止めて聞き返すと、天草さんは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「どういうことだろうね。さ、もうすぐ開店だから急ぐよ」


 肝心なところを隠され、モヤモヤしながら開店前の作業を全て終わらせ、『CLOSE』の札を裏返して『OPEN』に変える。

 すぐに本日最初のお客が入店。

 年は三十代前半の綺麗で落ち着いた女性。

 その女性と視線がぶつかる。


「あら、今日は朝から嵐君がいるのね」


 俺にもの応じず、婦人はにっこり笑ってみせた。

 それもそのはず、この人は常連さんで、何度も顔を合わせているため、俺を見ても怖がるそぶりなんてしないのだ。


「店長に頼まれましたから」


 いつものようにカウンターに案内し、注文を取る。


「それで、今日は何にしますか?」

「そうねー……ブラックにしようかしら。ブルーマウンテンのね。あっ、嵐君がいるなら、サンドイッチも頼もうかな」

「鈴本さん。嵐君がいなくても頼んで欲しいですね」


 少しだけ落ち込んだ風に話す天草さんの姿に、俺と鈴本さんはクスッと笑う。


「ごめんなさいね。でも、常連のお客は全員言ってますよ。前から美味しかったけど、嵐君が来てから格段と美味しくなったって」

「おかげさまで、嵐君がいる日はキッチンに私の居場所はないですよ」

「そんな大袈裟な」

「じゃあこうしましょ。私が頼んだサンドイッチを二人で一つずつ作る。私が美味しいと思った方が勝ち。当然、私は誰が作ったかわからないようにね」


 というわけで、なぜかサンドイッチ対決が始まってしまったわけで。

 キッチンでお互いスタンダードなハムサンドを作る。

 すぐに一枚ずつ完成させると、皿に乗せて鈴本さんの前に置く。


「ふむふむ。具材はほとんど同じでも、ここまで見た目が違うのね」


 一枚は薄っすらと焼き目がつき、レタスとハムが挟んだだけのスリムなサンド。

 対してもう一方は、穢れのない真っ白なパンに、レタスとハム、トマトの順で挟まれ、ボリュームがある。


「では早速いただきます」


 焼き目がついたサンドを一口。

 しばらく咀嚼すると、今度は真っ白なサンドを一口。

 再び咀嚼する。


「なるほどね……」


 腕を組んだ鈴本さんは、決心したように「よし!」と気合を入れた。


「勝者……嵐君!」


 名指しで勝者を告げられるけど、鈴本さんはどちらが作ったサンドイッチか知らないはず。


「鈴本さん。ちゃんと判定してくださいよ」


 天草さんが苦笑いを浮かべるが、鈴本さんは判定を覆さない。


「嵐君の勝ち。だって、これ嵐君が作ったサンドイッチでしよ?」


 と言って、焼き目のついサンドを指差した。

 なぜバレたんだ。


「よくわかったね」

「これでも高校生からの常連ですから。天草さんの癖は知ってます」

「では教えてもらおうかな。なぜ嵐君の方が美味しいと思ったのか」

「じゃあまずは具材からかな」


 鈴本さんはかじった二つのサンドイッチを並べて説明を始める。


「天草さんのサンドイッチにはトマトが入ってました。それはいいんですが、並びにセンスがありません。スライスしたトマトをパンと接触させたせいで、せっかくのパンがベトベトになっていました」

「なるほど」


 天草さんは自然と手帳を構えて、ペン先を走らせる。


「逆に嵐君のは、あらかじめ焼いてるので、パンがベタついてる印象はほとんどなかったです。レタスもしっかりと水分が切ってあったので、不快なく食べられました。それにマヨネーズ。天草さんはマヨネーズをそのまま使ってますが、嵐君は少しカラシを混ぜたのかな? 仄かな辛味のおかげで後味がスッとして、飽きずにいくらでも食べられちゃいます」

「ほうほう」


 鈴本さんの指摘は全部あっている。

 レタスを挟む前に、しっかりと綺麗な布巾で水気を取って、隠し味にマヨネーズに少量のカラシを混ぜた。

 これは家でサンドイッチを作る際によく使っているので、今回も例外なくハムに塗っていた。


「それとボリュームですかね。朝早い時間なんで、量が多く見えるのは逆にマイナスです。きっと嵐君はそこを考慮して、スリムなサンドイッチを作ってくれたんだよね」


 ちょっとした気遣いまで見破ってしまうとは、鈴本さん、恐ろしい人だ。


「これで満足?」

「お腹いっぱいだよ。料理腕はまだまだだな」

「そうですねー……でも」


 おもむろにサンドイッチと一緒に出されたコーヒーを一口飲んだ。


「コーヒーは世界で一番美味しい。それじゃあ、ダメですか?」

「これ以上ない、最高の褒め言葉です」


 軽くお辞儀をした天草さんを見ながら、鈴本さんは再びカップに口をつける。

 大人に雰囲気を醸し出す二人のやりとりに、自分はまだまだお子ちゃまだと自覚させられた。

 いつか俺も二人みたいに、落ち着いた大人のやりとりができたらないいな。


「ふーっ……ごちそうさまでした」


 食べ終わった鈴本さんはお金の支払いを済ませる。


「また来ますね。嵐君、次回も楽しみにしてるから」


 そう言い残して鈴本さんは帰っていった。

鈴本さんの判定については、趣味程度でたまに料理を作る作者の個人的な判断であり、『一番美味しいサンドイッチはこれだ!』というわけではありません。好みもありますから。

つまり何が言いたいかと言うと、


美味ければそれでいい!




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