風無さん、落ち着いて4
毛先にウェーブがかかった茶髪。
それをヘアピンで留めたことで、露わになっている大きな瞳は自信に満ち溢れている。
「帰りにこうして寄り道することは、特に校則に違反していません。それよりも、あなた達の服装の方はいかがなものかと。何度も注意しているのに、改善する気がないのですか?」
「いいじゃん! こっちの方が可愛いでしょ?」
真正面から対立する、思想が正反対の二人のやりとりが少し怖い。
とりあえずタピオカミルク飲んどこ。
「可愛いからと言って校則違反してはいけません」
「はいはい。そんなことよりもさー。風無が男連れなんて意外ね。見た目によらず、結構遊んでんじゃ━━」
おもむろに俺に目を向けた瞬間、全員が表情を凍らせた。
「えっ? 嘘、嵐じゃん」
「嵐が風無と一緒ってことは、あの噂は本当だったの?」
「嵐がどうしたっての。そんなことでビビらないでよ」
連れの二人が震えながら後ずさる中、平気そうにその場から離れようとしない。
だけど君、足元が震えてるよ。
やせ我慢をする彼女の顔を再び確認すると、頭の中で何かひっかかった。
この人……見覚えがある気がする。
風無さん同様に昔に会ったことがある……という感じではない。
そう……少し前に見たような気がする。
でも、同じ高校に通っているんだから、顔ぐらい見覚えがあって当然であるんだけど、彼女だけは別の理由で知っている気がする。
「な、なによ! お、おおっ、脅したって無駄よ! 私、そんな安い女じゃないんだから!」
じっと観察してしまったせいで、泣き出しそうな彼女が可哀想に思えてしまい、申し訳ない気持ちになった。
でも、聞かずにはいられなかった。
「あの……どこかで会ったことあります?」
「ひっ! 嫌! 狙わないで!」
ただ聞いただけで、逃げ出した三人組。
かなり丁寧な口調で言ったのに。
普通見た目のギャップで親近感が湧いて、話しかけやすくなるんじゃないの?
それ以上に俺の見た目が怖いってことなのか。
「慌ただしい人達ですね」
「に、賑やかでいいんじゃないかな」
一応あの三人に精一杯のフォローをすると、風無さんはキッと俺を睨みつける。
気迫に押され、背筋がピンッと伸び、嫌な汗が全身から流れる。
「あの人達の肩を持つんですか?」
「肩を持って……ただ、悪い面ばかり見るのはどうかなーって、思うだけで」
と、俺が言っている間に、風無さんはストローで何度もコップの底を突く。
「それだけですか?」
「そ、それだけとは?」
次第に突く力が増しているようで、音がこちらまで響いてくる。
「先ほど、橘さんをナンパしていたじゃありませんか」
橘さんって……さっきの子のことかな?
「ナンパなんて━━」
言い分を述べようとした瞬間、激しくコップの底を突く音が俺の口を噤ませた。
「私という、『親友』が、いると、いうのに、ナンパ、する、なんて」
「親友とナンパ関係なくない!?」
言葉が限られるたびに突く力が強くなっていく。
「関係あります。親友を彼女にしないくせに、他の子に心を奪われるなんておかしい話です」
それは別におかしくは……あの、もうそろそろ手を止めてあげて。
せっかくのまん丸のタピオカが可哀想なことになってるから。
「心奪われたとか、そういうことじゃないよ。ただ、前に見たことがある気がして、気になっただけで」
「気に……なった?」
風邪さんの眉がピクリと動く。
火に油を注ぐって、今の俺の言動のことを言うんだろうな。
「私と出会ったことは忘れてたのに、しかもはっきりと覚えていないのに、橘さんは覚えてる? 加えて気になってる? 意味がわかりません」
呪文を唱えるようにブツブツと呟く風無さん。
できれば今すぐにでもこの場から立ち去りたいけど、腰が抜けて立ち上がれない。
「風無さん、落ち着いて……」
「落ち着いてますよ。これ以上ないくらいに」
絶対嘘だ。
だって未だに手が止まってないし。
そのせいでタピオカが一つの物体に変貌してる。
「そ、そうだ! 今度またショッピングモールとかで遊ばない?」
「それで私の機嫌が直るとでも思ってるんですか?」
俺の浅知恵はお見通しか。
「ですが、いいでしょう。『親友』ですから、それぐらいは寛大な心で許すべきですよね」
俺が知ってる親友は異性と話すことで茶化されることはあっても、脅されることはないんだけど、これって俺の偏見かな。
「では明日の朝から出かけましょうか。ショッピングモールで買い物や食事をしましょう。もちろん『親友』なのですから、手を繋いで。そしてその後は嵐君の家で遊びます。当然『親友』なのですから、そのまま泊まるのは必然です。一緒にご飯を作って食べることになると思います。それに『親友』ですから、お風呂も一緒に入ることになるでしょう。そして、夜中までお話しして、さらに仲を深めていきます。言うまでもありませんが、『親友』ですから一緒のベッドで寝ます。嵐君は『親友』に欲情しないんですから問題ありませんね? そして朝起きたら、おはようのキスをします。当たり前ですよね『恋人』なのですから」
まるで事前に考えてきたようなスケジュールの提案をしたところで悪いんだけど、明日は━━ちょっと待って、さらっと遠回しに既成事実を作るって宣言してなかった!?
「となると、今からすぐに準備しないといけませんね。心惜しいですが、今日は早く帰りましょうか」
「あの……風無さん。とても言いにくいんだけど、明日はアルバイトが朝からあるから、遊ぶことは」
「……は?」
表情は変えないけど、相当怒ってるようで、風無さんの背後から黒いオーラが見える。
「嵐君から誘っておいて、明日は予定があるとはどういうことですか?」
「し、仕方ないよ。お小遣いは自分で働いて稼ぐことが、日本にいる条件に含まれてたし」
「たしか、ご両親は海外にいるんでしたね。美月さんと一緒に暮らしているとはいえ、大変だと思います。ですが、それとこれは別です。嵐君と二人で過ごせると━━」
何か言いかけたところで、唐突に黙りこむ。
そして、片手を口元に添えて何か考えている様子。
「風無さん?」
「……そうですね。アルバイトなのですから、仕方ありませんね」
急に素直に引き下がってくれるのはありがたいけど、俺の直感がこれで終わるわけないと囁いている。
絶対何かあると。
「ところで、どこでアルバイトをしているのですか?」
普通なら気にせず答えるたわいない質問だけど、直感が著しく騒いでいる。
これを答えたらダメだ。後悔する。だからヒントになるような言動をしてはダメだと。
「い、いやーその……なんでそんなこと聞くの?」
「ただ気になっただけです」
さらっと受け答えする風無さんではあるけど、彼女の瞳はまるで獣のよう。
俺の口から情報がぽろっと漏れる瞬間を虎視眈々と狙っているのだろう。
気を引き締めなくては。
「そうなんだ。でも、教えるのは気がひけるな」
「何故ですか?」
「だって、教えたら風無さん遊びに来るでしょ? そうなると、やっぱりやりづらいし、お店にも迷惑かかるからさ」
「それはそうですね。ちょっとした興味心でしたが、嵐君が嫌でしたら、無理には聞きません。不躾な質問をして失礼しました」
俺の言い分が通り、風無さんは座ったまま軽く頭を下げて謝罪。
悪いことをしたとは思ったけど、内心はホッとし、これで心置きなくタピオカミルクを味わえ━━あっ、もう空だ。
「すいません嵐君。この後私用事がありますので」
スマホを取り出して、時間を気にしている。
正直もう一杯飲みたい気持ちはあっけど、無理に引き止めてはいけない。
こちらは飲み終わっているので、ここで帰ることにしよう。
「じゃあ、そろそろ出よっか」
「ええ」
風無さんはミルクを飲み干し、空のコップ(タピオカの塊入り)を捨てようとしたが、処分方法が分からず(主にタピオカのせい)、手が空いている店員に処分をお願いする。
受け取った店員は笑顔で受け取ったが、中を見た途端目を点にして、困惑した表情を浮かべた。
とにかく、コップの処分はできたので、俺達は退店。
「では、失礼します。また明日」
一緒の帰り道のはずの風無さんは別の方角に歩いていった。
用事というのは、どこかに寄ることだったのだろうか。
あまり詮索しないでおこう。
風無さんだって、知られたくないことの一つや二つはあるだろうし。
俺は最短ルートの帰り道を通って自宅に向かう。
しかし、すぐに足を止めた。
「ん? 明日?」
些細な引っかかりはあったけど、きっと勘違いしたのだろうと、再び帰り道を辿る。
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