表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/55

嵐君、お付き合いしてください16

 数分後、入れ替わるように風無さんが俺の部屋に入ってきた。

 おそらく美月さんと話をしたのだろう。


「先ほど、美月さんとお話をしました。『さすがに叔母として、はいそうですかと渡すことはできない』と言っていました」


 当然ではあるけれど、美月さんもちゃんと対応してくれてよかった。


「『ちゃんとベストコンディションで出荷するから』とのことです」


 美月さん!?


「ですので、嵐君にはすぐにでも健康体になっていただく必要があります。私はあまり長い間滞在するわけにもいきませんから、早く薬を飲んで布団でぐっすり寝てください」


 今日ほど風邪が長引けばいいのにと思った日はないよ。

 でも授業の内容に追いつけなくなっては困るので、大人しく薬を飲んで横になる。

 ……眠れない。原因は分かってる。


「風無さん。そんなにガン見しないでもらえると助かるんだけど」

「気のせいですので、早くしてください。私もこの後嵐君の寝顔を写真に収める予定が━━失礼言い間違えました。この後家の用事があるので早く寝てください。さぁ、早く」


 圧が……寝ろって圧が凄い。

 おまけに俺の顔を凝視してるから余計に圧を感じる。

 これでは逆に目が冴えてしまう。

 でも寝ないと風無さんが帰ってくれそうにないしな。

 仕方なく風無さんに背を向けて目を瞑る。

 当然眠れないわけだが、その状態を十分程度続けた。


「……嵐君?」


 呼ばれるが返事はしない。


「寝てしまったのですか?」


 不自然に体を動かしたりして、起きていることを勘付かれないように自然体を心がける。


「……キスしても問題ないですね」


 ボソッと聞こえた内容に心臓ば跳ね上がる。

 けど、必死に体を押さえつけ、寝たふりを続けた。

 しかし、布がすれる音とベッドの軋む音を耳が広い、少しだけベッドが沈むのを感じた。


「嵐君……」


 そっと肩に手が添えられ、吐息が耳をくすぐる。

 もしかして本当に実行しようとしてる!?


「……本当に眠ってしまったみたいですね」


 起きるべきか迷っているうちにスッと吐息と手が離れていった。


「聞こえないと思いますけど、やっぱり私は嵐君が好きです」


 風無さんの言葉に先ほどとは別の理由で心臓が大きく鼓動した。


「たしかに目つきが悪くて、他の人には怖がられていますけど」


 あー、やっぱり風無も俺の目つきが悪いことは認めるんだ。なんだか少しショック。


「でも、あなたはとても優しい人です。あの男性ために何やら買ってたみたいですし」


 男性? 買い物?

 ……も、もしかして風無さん。まさかだけど。


「まさか、あの財布の持ち主が、あの男性だったとは思いませんでした」


 やっぱり見られてた!

 ということはあのファンシーなショップに俺が入店してるところも全部見られてたの!?

 恥ずかしー!!


「私も偏見は持たないようにしてはいるのに、私も心のどこかであの男性が嘘をついてると疑ってました。『だらしのない人がこんな財布持ってるはずない』と。でもあなたの目にはきっと、平等に映っていたのでしょうね。でなければ、返そうと思わないですよ」


 声色が少し落ち込み始める。

 自分が偏見を持ってしまったことを情けなく思っているのだろう。

 風無さんは真面目だから。


「もしかしたら、嵐君はそういう私の汚いところを見抜いて告白を断っているんですか? 今日は笑顔を見せてくれましたが、本当は迷惑なのではないですか?」


 俺の背中に投げつけられる質問は、きっとそのまま風無さん自身を責めている。

 元気付けようと声をかけたくても、俺は眠っていることになっている。

 今ここで起きても、いたずらに傷つけるだけだ。

 だから俺は静かに風無さんの言葉を背中で受け止める。


「……でも、風無君にどう思われていても、私はやっぱりあなたが好きなんです。どうしようもなく。ふと気がつけばあなたのことばかり考えてしまいます。少しでも言葉を交わしたくて仕方なくなります。だから私は頑張って、いつか嵐君が振り向いてくれる日を目指して自分を磨きます。その時は、覚悟してください」


 心の中のもの全部吐き出してスッキリしたのか、風無さんは静かに部屋を後にした。

 下の階から『お邪魔しました』の言葉の後、玄関の扉が開く音が聞こえた。

 それを合図に俺は狸寝入りをやめて起き上がった。


「風無さんって、強いな」


 心から尊敬し、俺はまたベッドに寝転がる。

 今度は自然と瞼が落ちて、朝までぐっすりと寝たのだった。



 翌日の段階で体の重さはなくなり、少しだけ喉の痛みを感じる程度にまで回復していた。

 しかし大事をとってその日も安静することとなった。

 そして翌々日の今日、完全復活を遂げた俺は登校することに。


「おはよう」

「あ、嵐だ!」

「おー本当だ」


 二人に挨拶して席に座る。


「もう風邪はいいのか?」

「バッチリだ」

「よかったー、心配してたんだ。お見舞いに行くか悩んだけど、騒がしいのもアレだろうと思って」

「そうだったのか。あ、お見舞いで思い出したんだけど……なんで風無さんは俺の住所を知ってたんだ?」


 俺の言葉に二人の体が一瞬だけ反応した。


「何のこと分からんな」

「そ、そうだよ。それに僕達以外に知ってる人の可能性が……あ、いないや」


 そうだよ。俺の家は教師かお前らしか知らないんだよ!


「……悪い。俺らが教えた」


 自白した九十九。


「風無さんから聞いていたけど、本当だったとは。漆葉だけならともかく、九十九もまでとは」

「なんでそんなに僕は信用されてないの?」

「イベント発生とか言って、嬉々として暴露しそうだから」

「さすがに個人情報までは教えないから! ……ところで何かイベント的なことは━━」

「何か言った?」


 俺が少しだけ睨みをきかせると、漆葉は九十九の後ろに隠れてしまった。

 そこまで怖がらなくても。


「まぁ、さすがにこいつだって頼まれたからって他人の住所をベラベラ喋るやつじゃない。当然俺も」

「ならなんで風無さんに喋ったんだよ」

「……怖かったんだよ。風無が」


 怖かった?


「お前が休んだ日、朝からあいつがやってきたんだよ。それで『嵐君はどこですか?』って聞かれたから『まだ来てない』って返したらそのまま帰った」


 今のところ聞いてる限りおかしなところはないな。


「そんで一時限後の休み中にまたやってきて『嵐君はどこですか?』って聞いたから『風邪で休みみたいだ』って答えたら今度は『嵐君の住所を教えてください』って聞いてくるもんだから『個人情報だから勝手には教えられん』って返したらまた帰ってった。俺達はここで終わりだと思っだんだ。でもな」


 突然九十九の体が震えだした。


「二時限後の休みのことだ。俺がトイレから出ようとしたら入口の前であいつは立っていたんだ。そしたら『嵐君の住所を教えてください』って、言ったんだ。俺の話を聞いてなかったのか? と思って少しイラついて同じ答えを返すと『そうですか』と言ってどっか言った。そして三時限目の体育の最中、こけた拍子に小石で膝を切ったから絆創膏をもらいに保健室に向かおうと廊下の角を曲がった瞬間、目の前にやつが立ってたんだ。なんでここにいるのか尋ねる前に『お願い、嵐君の住所を教えてください』ってまた聞いてきたんだ。『何度も言わせるな! 教えねぇ!』って言うと、またあいつは俺から去っていったんだ。ここまでくるとイラつきよりも恐怖が勝ってた」


 これって風無さんの話を聞かされてるんだよね?

 ホラー的な話をされてるわけじゃないよな?


「そして昼休み、俺と漆葉が昼食をとってると、なぜかあいつは俺達の教室にやってくると、座ってる俺達の真横に立ったんだ。そしたら『ねぇ、嵐君の住所を教えてください。悪用はしませんから』って言いやがったんだ。俺は無視を決め込んで、漆葉もビクビクしながら無視した。そしたらあいつ、ずーーーーっと俺達を見下ろしてたんだ。あの無表情な顔で。十分前には教室に戻っていったけど、正直体の震えが治らなかった。休みのたびにあの鉄仮面で何度も何度も聞かれて、とうとうホームルームが終わった時だ。部活に向かうために教室の扉を開けた瞬間、あいつが立ってた。『ねぇ、嵐君の住所……』。俺はもう限界で話しちまった。すまん嵐」

「あの……俺の方こそ、ごめん」


 風無さんの聞き出し方が恐ろしいよ!

 ちょっと九十九のトラウマになってんじゃん!


「嵐君……」


 その時、後方から俺を呼ぶ声が。

 振り向いた先には当然風無さんが立っていた。


「もう風邪は大丈夫なのですか?」

「う、うん。大丈夫」

「よかったです。あ、九十九君に漆葉君。おはようございます」

「お、おう」

「お、おはよう」


 こんなにも引きつった笑みを浮かべる二人を見たことがない。


「あの時はすいません。どうしても嵐君のお見舞いに行きたくて何度もしつこく訪ねてしまって」

「別にいいって」

「僕達気にしてないから」


 そう言う割に二人とも風無さんと視線が合っていない。


「そうですか。そろそろ時間ですので私は失礼します。嵐君、また昼休み、屋上で」


 それを言い残して風無さんは去っていった。

 やっぱり昼休みの屋上は決定事項なんだ。


「まぁ……なんだ。頑張れ」


 心の底からの九十九の言葉が深く心に刺さった。

読んでくださり、ありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ