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異世界転生アンソロジー  作者: Sieg004
1/1

初めて異世界転生しました。

なんで書き終わってもない別の小説ほったらかして新しいの書いてるかと説明するのには二十字もあれば充分で、ソレは、異世界とかいうジャンルに飽きたからです。

倦怠感を感じるのは人である以上仕方がない。

人は誰でも疲れ、飽きるものだ。


それ故に人は新たなる物を求めて生きゆく定めにあるのだ。


遊園地は初めて行ってみると、それはそれは夢のような国かもしれない。

夢あってこその理想郷だ。


だけどあくまで夢止まりだ。

現実じゃあない。


だから、理想を掲げ、望むのは好きじゃない。

それが現実的なものであっても、非現実的なものであっても、変わらない。


望むとは愚行なり。


そう説くようになったのはいつ頃からだろうか。


いや、もはやそんな事はどうでも良いのかもしれない。

それよりも気にしなくちゃいけない事が世の中に山ほどあるんだから。


だが、じゃあそれを考えろと言うのも荷が重い。


そもそも俺の仕事じゃない。


ここまで適当に思い浮かんだ言葉の羅列から俺が想い抱く世界への印象は_____。



「だりぃ〜…」



__________




20XX年。

小国のとある地方中枢都市、トーキョー。


八月の真夏日。

空調の設定温度が涼しさを連れてくるのかと思いきや故障中。

気休めとは言えつけてみればこのザマだとクラス中が淀んだ空気に囚われる。


なんて、言ってみれば結構ありそうな情景だ。


片仮名のトーキョーとか、XX年とか、そう言ってフィクションに近づけようとするそれだ。

リアルでもアニメでも、そんな情景が予想、はたまた実現されているのを把握するのさえ余裕な話だ。

教室の中の様子なんて、夏になれば大体皆そうじゃん。


机に座る生徒の一角は先生のシャツが汗まみれなのをくすくす笑う。


「何あれ、きっしょ……」


「ビッショビショだろ幾ら何でも…キモッ」


その心無い一言で教卓に君臨する教師の心が何本、何回折れたと思っているんだ。

まあ同意しかねる訳ではないから良いんだけど。

確かにきしょい。


だが、だからと言ってそれ以上でもそれ以下でもない。


常にそれがきしょいだけで、言葉を添えたらそれが変わるかと言われてもそうはならない。


仮に、先生がそれを聞いて今から授業をほっぽり出して風呂に入るなり、汗を拭くなりしても、きしょかった事実がある以上はきしょいと言われ続けるだろう。


「はい、じゃあ今日はここまで」


無駄に考え事をしているといつの間にか授業が終わる時間を迎えていた。


俺もそれを聞いて机に突っ伏した上体を起こした。

と同時に、眠気の取れていなさそうな欠伸を溢す。


周りの奴らは糞食らって欲しいくらいダルい授業が終わった事に歓喜を露わにし、ガッツポーズなり大声で終わったぁと言うなりと、世に蔓延る会社の残業明けの惨めな下っ端社員みたいに喜び惚ける。


ああ、まあ見た事ある光景だよ。

リアルでなくてもアニメとかでも見たことある。

普段からそうでもしないと生きていけないのかこいつら。


毎回こういう扱い受ける先生も気の毒通り越して哀れだ。


先生の代わりに俺がため息溢すくらいに。


「もーちづーきくんっ!」


唐突で済まないが、望月くんと言うのは俺を指す言葉だ。

本名は望月(もちづき) 天羅(てんら)

なんとも物騒極まり名前だ。


さて、誰もがどっかで一度は聞いた事はあるであろう、主人公ばりの薄っぺらい自己紹介を終えたところで、俺は自分の名前が呼びかけられているからにして、その声に答えなくてはならない。


「……誰?」


再び唐突だが、少し問おう。


もーちづーきくんっ!

とまあ、威勢がいいと言うか、ウザいと言うか、元気溌剌な声が単なる言葉に置き換えられた場合の話だ。

果たしてこの声の主はどんな人物だと思う?


きっと、元気な女の子のセリフだと思った人が大半だろう。

だが、その次のセリフを聞いて、そのイメージが破綻するのでは無いだろうか?


「誰ってヒドくね!?っつか起きろって、もう授業終わったぜ?」


それは人の妄想だ。


人は思った事しか信じない。

故にそれは正しいと錯覚した人の驕りである。


ついでに言えば、目の前の害悪は紛れもなく男である。


おっと、自分語りが過ぎたな。


「わあってるよ……飯だろ?行こうぜ」


「おう!俺、購買行ってくるわ!」


「おう行け行け」


気だるげな体を無理矢理起こして、机の横にあるフックに引っかかった弁当を持って机に背を向けた。



___________



非常に思うのは、この世は退屈に溢れてる。

既視感というか、聞き覚えがあるというか、常にどっかで見た事のある物で溢れてる。


例えば公園にいるカップルも、怠いと戯言漏らしながら受ける授業も、きっとどっかで見たことがある。

子供は義務の元教育される標的になり、大人は汗水垂らしながら働く。


それは常に何処かに溢れていて、見飽きすぎてもはや何も感じない日常である。


故に、俺は何かを望む事をしない。


それは、望む物さえも無いくらいに何もない退屈な世界だと言う意味だ。


ただ_____。


「よう、待ったか?」


「あっ、天羅くん!ううん、今来たとこだよ!」


元気よく返事をしてくれる少女。

それに続き、不貞腐れ気味の少年の突っかかるような言葉。


「お前、また額が赤くなってるぞ。授業寝てただろ?」


「うっせ、気にすんな」


その後にフォローを入れてくれるフォロ子さん。

別にあだ名じゃ無いぞ。


「まあまあ、取り敢えず座んなよ」


俺にだって持っているものはある。

それが果たして望んだものなのかは今になっては分からない。


きっと物心つく前に持っていたものだったと思う。


「今日のお弁当はなんだろなぁ〜」


「上機嫌だな」


「だって、自炊でお弁当作ってくるの天羅くんと蘇芳くんだけだし、気になっちゃうし……」


彼女は日向(ひなた) (あおい)

言いたい事は色々あるが、俺の幼馴染とだけ言っておこう。

お淑やかだがボケが激しかったりする。

正直可愛い。


「日向さん、僕の弁当が気になるならどうぞ。そこの野蛮人なんかと比べ物にならないくらい美味しい筈だよ」


「あぁ?テメェ喧嘩売ってんのか!?」


「レディーの前で怒鳴り散らす様じゃそう言われても仕方ないだろう」


俺の弁当の中身について張り合いを出すこの変態が仰木(おうぎ) 蘇芳(すおう)

随分と特殊な名前をしているが実態はごくごく普通の学生だ。

生真面目で何事にも真剣な優等生。

正直ウザい。


「まあまあ、その辺にしとけって。ところで英輝はまだなのか?」


俺等の啀み合いを仲裁しようと割って入ってきた彼女が江笠(えがさ) 愛梨(あいり)

男勝りで皆をまとめてくれるリーダーシップに溢れた奴。

こうやって俺と蘇芳の仲違いにも見えるそれを宥めるのもいつも彼女だ。

正直もう言うことがない。


まあ、こんなくだらんいつめん紹介なんてやってないで、誰問わず投げ掛けられた質問に答えてらなければ彼女の虫の居所も悪くなるだろう。

唯一その回答を知っている俺がその質問に蘇芳との張り合いの最中故に強気に答えてしまう。


「あぁ!?あいつなら購買だからそろそろ戻んだろ!」


「落ち着けって…全く」


お見苦しい情景だが一応これが俺たちの日常茶飯事だ。

平和だな。

そして飽きる。

アニメとかリアルとか関係なく、どっかで見た事がありそうなそれは実に退屈だ。


「おぉ〜い!もーちづーきくーんっ!」


「うるせぇ!」


蘇芳と睨めっこしてたら背後から聞こえてきてしまった不愉快な声に反射的に拳が無造作に伸びた。

故に突進してくる先ほどの害悪君、不螺(ふら) 英輝(ひでき)の顔がこの辺にあるのだろうと想像した訳ではないが案の定顔にそれがクリーンヒットしてしまった。


「ぐほぁっ!」


「あ、悪い。手が滑った」


まあ面白いからよし。


「痛ェ!手が滑ったって、手が空間を滑るわけがないだろ!」


「は?なにマジレスしてんだよ。早く飯食うぞ」


荒れてるようにも見えるが俺たちは決して争っている訳じゃない。

簡単に言えばじゃれ合いとでも言うのだろう。

俺と蘇芳のも言ってみれば切磋琢磨みたいなものだ。


「大体、健康思考が足りてないんだ。僕のハンバーグはちゃんと健康に気遣って_____」


「健康思考強すぎて変なものを入れるよか普通に作った方がマシだっつーの」


「なんだと?」


「んだよ」


龍虎の幻影でも見えそうな団栗の背比べに愛想を尽かしたのか、こうなるといつも葵が弁当をつまみ食いする。

まあ、俺たちも葵に弁当を進めている訳であって、別に愛梨や英輝に出来栄えを自慢しているのではない。

だから寧ろ有難い展開である。


そしていつも彼女はこういう。


「うん、ふはりほもおいひいよ!」


「ほ、本当か!?」


「マ、マジか!?」


よっしゃのガッツポーズは二人とも同じタイミングだ。

それを皮肉って照れ臭げに互いの視線を合わせれない。

最後には素直になれなくて、ふんっとお互いつっけんどんになる。


別に仲が悪い訳じゃないんだがな。

妙に譲れないところがある俺たちだ。


そして、これが俺たちの日常。

望むべくして手に入れた訳ではない、物心がついた頃から持っていたものだ。


エンドレスエイトどころかエンドレスエンドまである。


意識せずとも、似たような日々を毎日迎えて毎日終える。

周りから見ればただのリア充とでも言えるのかもしれない。

その実俺はこれに十分な充実感を感じていた。

これだけでも十分満ち足りた。


故に俺は望まなかった。


その「いつも」さえあれば…それで良かった。



__________



日常はスパイスと素敵なものが加われば、均衡の破れた非日常になる。

それはある種の歴史の変動だったり、ある種の崩壊である。

それを知ったのはそう遅くはなかった。


ある日ある学校の教室である二人の話。


「じ、実は…私_____」


小声で話すのは葵だ。

それを聞くのが愛梨だった。

まあ、前述からこれが日常を壊すトリガーにでもなるのだろうと言う事はお察し頂けるかと思う。


「マジ!?」


「うん。小さい頃からの友達だし、思えば昔からそうだったかもしれないし…だから、ここでハッキリさせたいんだ!お願い、協力してくれないかな?」


「よっしゃ、任しとけ!幼馴染のお願いとあらば無碍には出来ねえしな!」


「ありがとう愛梨ちゃん!」


愛梨は唸り考える事もせず即決した。

これがどう俺の人生に影響を与えたのかは今となっては考える余地もない。


なんせそれを知る術が無いのだし。



__________


同じある日ある学校の別の教室である三人の話。


「お前、葵ちゃんの事好きなんだろ?」


大声で話すのは英輝だ。

それに動揺するのが蘇芳だ。


俺もいるぞ!


ただ呆然とその話を聞いていただけだが。


「バッ!声が大きいぞ!もう少し静かに_____」


「まあまあそう言うなって、そろそろ夏休み前だろ?ここらで告って、夏楽しく遊んでこいよ」


「い、いや僕は…」


こいつらいつに無く変な話をするな。

そんな話題が俺たちの中で湧いてきたのは以外と初めてだったかもしれない。


いつに無く、というのも、英樹は


その時はただただ面白かったから乗っかってみようとか思ってたりする。


「いいからいいから!この英輝様がお前をゴールに導いてやろう!」


「不螺!だから僕は…!」


「まあいいじゃん、行ってこれば?」


俺も後押しする。

だって面白いから。


しかし、別に彼らがくっついて欲しいとか望むわけじゃない。

寧ろこのまま悪ふざけで終わってくれた方がいいとも思った。


求めたって碌な事がない。


今なら確かにそれが言えた。



__________



気付けば俺は人生の分岐点に立たされていた。

それも、後数秒で分岐先を進んでしまうと言うのに、分岐器が錆びているかの如く、俺に選択肢を与えようとはしなかった。


「そうか、それはよく分かった」


「えっ?」


目の前が真っ暗になった。

それが俺が選ぶ事の出来なかった選択肢のその先の結末だ。


目の前に移った光景は皆の惨死体が無造作に転がった情景だ。


言葉も出なかった。

突如こうなっていると言う雑な説明をしてしまっている自分をどうか許して欲しい。


_____ほんの数分前だ。


俺たちは蘇芳の告白のくだりで、英輝にいい様に振り回された結果、三人で人気の少ない時間帯の学校に集まる事にした。


もちろん、告白をするのだから葵を呼び出さないといけないのだが、何の前触れかあっちから集まれないかと言う連絡があった。

それ故の学校の集合である。


「な、なぁ…もう帰らないか?時間の無駄だし、日向さんに悪いぞ」


「まあまあ、この英輝様が場を持たせてやるから安心しろぃ!なんせあっちから連絡があるくらいだしな。これは絶対脈ありだって!」


渋る蘇芳も若干肩の力が抜けてほおが緩んでいるのが横目に見える。

こいつ分かりやすっ。


「おい…」


「な、なんだよ!急に声をかけるなんて失礼じゃないか」


「いや、そうじゃなくて_____」。


これは何となく興味で聞いてみたくなった。

いや、聞いておきたかった。

この関係を破綻させかねないこの愚行に、望みに、せめてもの対策が打てるように。


自分の中のどこかに引っかかった悪い予感がいつの間にか自分をそうさせたとも知らず。


「お前、本気か?」


「ほ、本気も何も、僕が本気で有ろうと無かろうと、彼女に呼び出されたのであれば仕方がないじゃないか」


「誤魔化すなっての」


心中お察ししてくれんかとばかりに憐れな表情で図星であるとでも言いたげなギクッとした態度に確信を抱いた。

こいつやっぱ分かりやすっ。

もうほぼ本気で好きなのかも知れないな。


ぶっちゃけ乗り掛かった船と言うか棚から牡丹餅と言うか、こいつにとってはこの状況は望まずして迎えてしまった瞬間でもあるのだろうが、このチャンスをものしてしまおうとか位に思ってたのだろう。


ならばむやみに自分が引き止める理由もない。


その程度で壊れてしまう友情ならば、それまでである。


「よし分かった。もう何も言わねぇから。言いたいことぶちまけて来い」


「な、なんだお前、なんかおかしいぞ」


「んな事ねえよ。ほらっ来たぞ」


「な、なにっ!?う、ゴホッ!うぇっほ!」


噎せてる。

なんか面白い。

やぺっ、ブフッてなりそう。


「待たせたなーッ!ってあれ?なんだ三人共来てたのか」


校門の入り口、暗黒の向こうに降る蛍光灯の光が照らす彼女らが近所迷惑を考えてなさそうな大声で乱入してくる。

傍大人しいほうが煩いのを注意する情景も珍しくはなく、それに対していつも思い出したように態度を改める。


「や、やぁ、日向さゴホッ!ゴホ!」


こいつまだ噎せてる。

いつまで咳き込んでるんだよ。

一歩踏み出して俺たち二人より挨拶しに行ったのが台無しじゃねえか。


「こ、こんばんわ蘇芳くん!」


葵はいつも通りだ。

特に変わった様子はない。

自分から呼び出したにしては大分冷静なんだな。


「んじゃあ、話し終わったら適当に呼んでくれ」


俺はいい奴だからな。

こうなってしまった以上は空気を読んでお邪魔虫になれる。

有能な邪魔とかもう邪魔なのか邪魔じゃないのか分かんねえな。


「じゃあ俺も行こっと!もーちづー______」


「だぁってろ馬鹿、今一応夜だぞ」


「あぁ、悪りぃ悪りぃ、じゃあ行こうぜ!」


俺の完璧なフォローもアイツがいるだけで大分頭の悪いそれに価値基準が下がりそうだ。

便乗するんじゃねえよドアホ。

まあ結局は二人を残して消えなくちゃいけないのは明白だから仕方がないのだが。


故にもう一人このビッグウェーブに便乗する波乗り(サーファー)がいる。


「あ、私も行くぜ!」


もう二人きりにするという作戦はもろバレてるんですがそれは。

こういうのってさりげなくバレないようにやるもんじゃないんですかね。

この能天気どもにそれを期待するほうが無謀か。


ほら、あからさまにそういう事するから二人共なんか赤面してんじゃねえか。


それより、後者が施錠されている故に、どこに行けば良いのか検討がつかない。

一先ず自分達の姿が隠れるように建物の陰を探すのが良いのだろうが、パッと目についたのは後者の端っこを曲がったところにある体育館らへんまで行くのが最適解だと思った。


しかし、見た感じそこそこ距離がある。

これはダッシュを強いられる状況である。


俺は何の前触れもなく駆け出してみる。


「あ、おい!」


「待ちなよ天羅!」


走ろうと思った事に他意はなかった。

蘇芳に葵が取られるのが悔しいとか、別に悔しくはないけれど、何処かもどかしい気持ちになるとか、そんな少女漫画にいがちな恋のライバルみたいな気持ちになっているわけじゃない。


ただ一つ思う節があるのだとすれば、先程も言ったように嫌な予感がする、ただそれだけだ。


故に走ったと言うわけじゃない。

そわそわする気持ちを走る事によって昇華させたというところだろうか。


まあそんな些細なことなどどうでも良い。


それよりこの不器用な二人にルイて多少言及したい苛立ちまである。

まずはそこから一つずつ解消して行こうか。


蘇芳達の死角に入った所からもう少し走り、体育館の横まで来ると、少々息を切らしながら後ろを振り向く。


「お前らなぁ…別にああいう場を作るのを止めはしないけど、もう少しオブラートに_____」


だが異変はすぐにやって来た。


「あれ?なんで天羅がここにいるんだ?」


「はぁ?ンなもん…」


そこで口が噤んだ。

意図した事じゃない。


確かに俺がここに来た理由は面白そうだからついて来ただけであって、それ以上のことは何も無い。


だが、やはり引っ掛かる。

嫌な予感一つ渦巻くだけで懸念の嵐。


何か言いたい事があると態度で示そうと思えば可能だが、それを二人に悟らせる訳にもいかないし、何より意味がない。


「おっかしいな…」


だが、その心配も杞憂に終わり、悪い予感が変な方向から当たる事になる。


「だって葵が話がある相手って天羅だったと思うんだけど…」


「…は?」


「だから、葵はお前に告白するためにここに呼び…あっ、言っちった」


あぁもうめんどくさい。


それってつまり、蘇芳は必ずフラれる事になるじゃん。

そんでもって、あとで俺が告白される事になるじゃん。

んで、俺はどうしたら良いかわからなくなる訳じゃん。


そういうの期待してた訳じゃねえんだけどな。


「お、おい、どこ行くんだよ!」


考えるより先に動いた身体は秀樹の声に耳を貸す余裕すら作る事はなかった。

故に誰よりも速く、危機回避に当たる様こそ迅速と言うに相応しい。

叫びたかったが、自分で夜の近所迷惑だどうこう考えていたのに声を貼る訳にはいかなかった。


無駄に真面目なところは大嫌いだ。


自分語りしている間に既に俺は来た道を引き返し、二人の姿を捉える直前まで来ていた。


目の前の壁を左に曲がれば_____。



__________



「まだいつものままだとでも思ったんじゃな?」


「…ああ、そうだよ」



__________



後悔。

たかが道を左に曲がるだけでも人は後悔出来る。


「……あ?」


疑問を聲の形にして放つことは叶わなく、喃語のようになってしまう。

ありのまま今起こったことを話そう。


俺は鮮血に濡れた蘇芳の力無く地に伏した体が無造作に転がっていたのを見た。


ただそれだけだった。


「なん…で……」


唖然とする最中、次に起こったことを話すならば_____。


「これで三人、お前は二人の死体が地に伏す音を聞く」


バッと振り返った。

理由は単純明快、後ろからそう声がしたからだ。

すると振り返るのと同時にバタッという音を耳にした。


音は、二つだった。


「ヒデッ!愛梨ッ!」


その惨状は蘇芳に等しく、僅かながら意識の残った彼らは痛みに耐え兼ね叫ぶ事すら許されず、喉を枯らしたものの唸り声に似たような嗚咽を漏らす。


しかし、俺は側に駆け寄るどころか、夜中であることをついに忘れ、大声を張り上げていた。


「テメェ等…何しやがるッ!」


「うぉっ、こっわ!」


そこに居たのは見慣れない格好をした青年が二人だった。

そのうちの一人がおちょくるように返答して来た。


「でもいい顔!」


「黙れディズ、次喋ったら殺す」


「っ…へえへぇ」


相当な剣幕だっただろう。

彼らを睨みつける俺は人生史上最大級に怒っていただろう。

俺の大切なものを壊したそいつ等を、身が滅ぶくらいに憎んで、ひたすらに睨みつけて居ただろう。


だが、もうそんな話はどうでも良かった。


そんなことよりも考える事が沢山あるんだ。


なぜ目の前の二人は死人を前にして平生を保っていられるのか。

二人のまず三人と言ったのはどう言う意味なのか。

それから葵だけ姿が見当たらないのは何故か。


挙げればきりがない。


「どう言う状況だ、とでも言いたい顔をしているな」


「……お前等がやったのか?」


「愚問だな_____」


最後まで聞く気はなかった。

俺の身体は既に前へ出ており、その勢いに身を任せ、踏み込んだ左足を軸にし、右拳を豪速でぶつけるつもりだった。


しかし、拳を振り切った頃には当たった感触すら感じさせて貰えず、寸前まで目の前にいたと思われた二つの正体不明の障害物はいつの間にか姿を消していた。


「ッ!」


「残念だが今の君に私たちは倒せまい」


「チッ!」


声は再び背後に回る。


それに対し、怒りに狂った自分を制御しきれず、当たらないと分かっても踵を返し愚行を繰り返す。

しかし、俺の動きはそれをする前に止まった。


視界だけは背後を捉えたが、その刹那煌めく銀刃が振り下ろされているのをしっかりと認識した。


簡単に言えば、そこで詩を錯覚したって事だろうな。


もう俺の目には生気が宿って無かった。

故に無理に抵抗する事も出来なかった。


_____あ、死んだ。


死ぬ前の人ってのは本当にこう思えてしまうものだったのか?

まるでアニメだな。


だが、その余韻も長くは続かなかった。


一太刀入るより刹那早く何かが俺の視界を塞いだ。


完全では無かったが、その時に俺の前に現れたのは、人の陰であったって事ははっきり分かった。


そして、目を見開いた。


「がっ!」


吹き出す鮮血は月を紅に染めた。

視界には刃が映っていた筈だった。

しかし、俺の視界を彩るのは、俺たちを学校に呼び出した葵の血に塗れた姿だった。


白くひらひらしたシャツとぴっちりフィットしたデニム姿はまだ目新しい。

確かに、先程俺が目にした彼女の私服姿だった。


一つ違う箇所があるとするなら、身体に致命傷と言う言葉では足りなさそうな大きな傷を負った彼女の姿が、それはそれは白いハンカチを不本意に汚してしまったような姿が、俺にそんな彼女を直視させたくないと強く思わせる事だ。


あいつはただ可愛かっただけなのに。


「はぁ……はぁ……」


「……葵?」


「見ないでっ!…うっ!」


叫んだ事が体に毒であったのか、血は更に吹き出す。



「なんで……」


「あ〜ぁららぁ〜!健気だなぁ〜!本当に守っちゃうなんてさ、しかも体張って!クゥ〜!泣かせるなぁ!」


「よしディズ、お前は後で殺す」


理解したくない現実があると人はこうも声が出せないのか。

それどころか身動き一つ取れないまである。


「ご……めん…ね_____」


葵は戯れるように話す敵の前に静かに倒れた。


そうして初めて俺は声が出せた。


「…あぁァああぁアァァあああぁあアァぁあアアアーーーーーッ!!!!!」


「差し詰め、怒り狂ったか。厄災の子よ」


非常に思うのは、この世は退屈に溢れてる。

既視感というか、聞き覚えがあるというか、常にどっかで見た事のある物で溢れてる。


例えば公園にいるカップルも、怠いと戯言漏らしながら受ける授業も、きっとどっかで見たことがある。

子供は義務の元教育される標的になり、大人は汗水垂らしながら働く。


それは常に何処かに溢れていて、見飽きすぎてもはや何も感じない日常である。


故に、俺は何かを望む事をしない。


それは、望む物さえも無いくらいに何もない退屈な世界だと言う意味だ。



_____だが、俺はこの日、初めて望みを掲げた。



「返せえええええええええーーーーーッ!!!」


しかし、次の瞬間には俺の世界は裏返っていた。

この理由を簡単に記すのなら俺の顔が上下反転したとしか言いようがなかった。

だが、時期に視界は光を失い、ついには暗澹のみがそこに残った。


「____愚かな」


そう呟く憎きあいつの声すら、二度と耳に入る事は無かったし、荒れた校庭に物が落ちた鈍い音さえも、誰の耳にも入らなかった。


「案ずるな。痛みを感じぬよう首を切っただけだ。安らかに苦しめ、厄災の子よ」


「クゥ〜カッコつけちゃってぇ〜!」


「ディズ、そこにいろ。今見たように貴様の首も刈ってやろう」


「うっわぁおっかねぇ事言うなぁ。んじゃ俺先帰るから_____」


ヒュッと風を切った刃は肉まで切る事は無かった。

ディズと呼ばれていた陽気な少年はそれが当たる前にスッと姿を消してしまった。


「…任務受注兼完了(ミッションオーダーアンドコンプリート)。これより帰還する」



__________



「と、言うわけだ。さぁ、今俺がここにいるわけを話してもらおうか」


「ん〜…よし分かった。モチヅキとやら、このワシがお主に今尽くせる最大の慈悲を与えてやろう」


唐突で済まないが、望月とやらと言うのは俺を指す言葉だ。

本名は望月(もちづき) 天羅(てんら)

なんとも物騒極まり名前だ。


って、これはどっかで話した気がする。


なら別の話をしよう。


今俺が問うている問いに答えてくれる彼女の話と共に、今まで俺が歩んだ人生についてでも話そうか。


…いや、興味無いって言いたいのは分かる。

でも必然的にそれ以外に話す事など無いのだ。

俺の趣味や鉱物について語ったところで、きっと俺の人生なんかよりは遥かにどうでもいい事なのだ。


だからここは少し、俺の独り言に付き合ってもらいたい、これを何処かで聞いている誰かよ。


と言っても_____。


「まず、貴様はあの夜、貴様の通う学校にて、夜8時39分15秒を持って何者かに惨殺され、生命反応を消失させた。じゃったな?」


「させたって言うのかそれ」


「まあ、細かな事は気にする事勿れじゃ!」


うっぜぇ。

下手をするとヒデよりうぜぇ。


「んで、なんやかんやでお前は今ここにおる」


嘘。

下手とかしない。

正直にこいつうぜぇ!


「なんやかんやを説明しろと言ってるんだが!」


「なんじゃ取り乱しよって、事細かに今お主がこんな理解出来ない現状にいる理由を話したところで、真相を理解など出来のうて困るだけじゃ。ワシの優しさとして受けとっておくが良いぞ」


「百歩譲って前者は真摯に受け止めよう!でも優しくはねえな!」


「文句の多い雑魚じゃな」


「ッ!テッメェ…!」


あ、うざすぎて紹介すんの忘れていたが、今俺の前にいるのが自称神のメビウスとか言うロリババァらしい。


「今ロリババァ言うたか貴様!?」


「い、いや、別に」


正直なんか勘が鋭い。


「ふん、お主、自分が死んだと言うのによくもまあそう平然としていられるものじゃな」


「俺の突飛な話聞いて平然としていられるお前もお前だけどな」


「そりゃあ、ワシは神様じゃからのう、万事に備えておるのが当たり前じゃ」


彼女曰く、俺は今、死後の世界にいるらしい。

それが、俺の置かれている状況の大まかな意味だ。


「それよかどうじゃ?お主こそ、ワシを目の前にしてそう平然としておられるのなら、ワシを見て感想の一つや二つ言う余裕があるじゃろう」


「ハァ?感想も何もただのロリバ_____」


コホンと咳き込んでから言い直す。


何故なら神ともあろう者から人を殺さんとする殺気のような執念がダダ漏れしているからだ。

なんて言うかメンヘラに近い眼差しを感じる。


「み、峰麗しゅう御座います…」


覇気でねじ伏せた奴にお世辞言わせたと思えばそれを聞いた途端に彼女の機嫌が一層良くなった。

ウゼェ。


「ふふっ、そうじゃろそうじゃろ?なんてったって、幼女なのじゃからな!」


メビウスは容姿がロリコン脳を刺激する幼気な幼女姿で、口調がババァだ。

故にロリババァだと思っていたのだが、どうやらご本人様に公認はして頂けなかったようだ。


それからどういう原理かは知らんが浮いてる。

周りからとかじゃなくて、浮遊的な意味で。


「じゃがお主もそろそろ気がついておるのじゃろう?お主が私という神を前にしておる理由を」


本題に戻る。

俺はさっき死んだ。

故に死後の世界にいて、そこで目覚めたと思えば目の前にはメビウスと名乗る幼女の神がいた。


ここまでが俺のできる説明だ。


「さあな、神様ともあろうお方なら、俺を蘇らせたりでもしようってか?」


所謂、転生ってやつだな。

とは言っても転生なんてのは魂を新たな生命に宿し、その生命として新たな時間を生きるっていう_____。


「その通りじゃ!今まさに、お主は異世界に転生しようとしてお_____」


「却下する」


まあ勿論即答だ。


異世界転生。

その言葉に聞き馴染みがない俺ではなかった。

アニメとかでよく見てたジャンルだからな。


「なんじゃ?お主、異世界転生は嫌いか?」


「嫌いも嫌い、大っ嫌いだ」


「何故じゃ?」


何故、と問われると、こうだときっぱりした答えは返せない。


だが恐らく、それは俺が何かを望むことと関係のある事なのかもしれない。

直感というよりは生きてきた上での経験則。

その経験が俺に異世界に蘇ると言う事を拒ませた。


俺は望む事をしない。


異世界で新たな生を望むくらいなら、死んでいた方がマシだ。


異世界に蘇ったとこで何がある。

あるのは俺の新しい時間軸と、訳のわからんあらあ棚常識にまみれた世界での生活だ。


多分、そんなものを俺は望みもしないだろう。


なら、俺が返せる答えは一つしかない。


「みんながいない世界に生き返るなら、俺は死んでたほうがマシだ」


それが、俺の唯一の望みだ。

メビウスはそれを聞いた直後、多少硬直したが、すぐにまた笑い出した。


「あっはっはっはっは!お主は自分の生より、仲間の生を望むのか!」


「…まぁそこまでは言ってねえけど、大体当たりだよ」


確かに口にした。

返せと。

あいつらに俺の幼馴染を返せと望んだ。


不覚にも、なんて思いはしない。


ただ、親に取り上げられたおもちゃを強請るガキのように、持っていたものを取り返そうとしたまでだ。


でも、望みは望みだ。

俺は確かに、欲しがってたのかもしれない。


いつも側にあって当たり前だったものを、今も尚欲しいと思っているのかもしれない。


「…何言ってんだ俺」


ポツリと疑問を口にする。


しかし、メビウスは何も動ずる事はない。

これから彼女が口にする通り、実は俺の全てが分かっているのだから、彼女が俺についてどうこう思う所などないからだ。


「うむ、そうなるのも無理はないぞ。人間の目線に立ってお主を見れば確かに自分が何を言っておるのか分からんじゃろうな」


「なんでそう思う」


「お主がどこかも分からん場所で見ず知らずの神にこんな事を話してるからじゃ」


それは言えてる。

どっか気でも狂ったのかとか、幾度となく目が覚めてから考えた気がする。


「案ずるでない。今、わしはお主の全てが分かる」


今さらっとすごいこと言われた気がする。

もしそれ本当なら誰か俺にプライバシーのなんたるかってのを教えてくれないだろうか。


「ロリのくせに覗きが趣味とか本当俺じゃなくてお前が死ねばいいのに。っつかマジ?」


「神は全知全能じゃ!」


腰に両手を添えて、貧相な胸を反らして強調し、鼻をツンと天井に突き上げる。

意気揚々とした顔はこの状況じゃ腹が立つ。

えっへんとかしなくていいから。


「じゃあなんで質問したんだよ」


「細かな事は気にする事勿れじゃ。と言うか、本当に物怖じ一つせんのじゃな。正直驚いておるわ」


そう言うと、彼女はパンッと合唱した。

次の瞬間、所謂魔法陣のような金色の円が俺を軸にして広がった。


でもやっぱり驚かない。


異世界とか言う話になればこんなのいくらでも見れるんだろ。


「ここまでしても物怖じせんとは…気に入ったぞ、モチヅキ テンラ!」


「あの、言ってる事が結構気色悪いです」


「まぁそう言うでない。これからお主は"転生"するのじゃ」


転生。

アニメのジャンルとしては昔は結構好きな部類として観ていた。


ヒデに推されたアニメを見て一緒に語ったっけな。


だけど、次第に同じジャンルのアニメとかSSとか色々で初めて、最近まで飽きていたな。


推した当の本人はまだもの楽しげに見ているが、もうそれも出来なくなっちまったのか。

俺も、アイツも。


「やっぱり異世界に蘇らなくちゃいけないのか?」


そこにきっと皆はいない。


愛梨も、蘇芳も、ヒデも、そして、葵も。


そんなの俺は嫌だし、認めたくない。

きっと蘇ってもすぐ自殺するのがオチなのか、どこぞのギャングに殺されるオチなのか、そんなのは知ったこっちゃない。


ただ俺はあいつらを失う事には酷く嫌悪感を覚える。


「お主の不条理、叶えよう」


「は?」


文脈に合わない返事を返して来たと思えば、今度は合唱した手を脱力するようにおろした。

煌いた光は弱々しく弾け、蛍のような残照となって辺りを揺蕩う。


「何したんだよ。今完全に俺逝く流れだったじゃねえか」


「一度だけ、お主の望みを叶える機会を与えてやった。お主の叶えたい望みを一つ言うが良い。まぁ、とは言ってもわしはお主が何を望んでおるのかなどお見通しなのじゃがな」


質問の時同様、それ俺が言う必要性無いんだよなぁ。

何にせよ、もうなるようになれだ。

どうせあがいたって死んだ事実は戻ることはなさそうだし。


「…なぁ」


「なんじゃ?」


「俺がもし元の世界に生き返っても、あいつらは戻って来ないのか?」


「そうじゃ」


「もしあいつらを蘇らせた上で俺が蘇りたいって言ったら?」


「それは願いが一纏めになって、お主らが死ぬ寸前の世界に蘇るだけじゃ」


「…そうか」


まぁ、プレイ前のヘルプくらいは参照にさせて頂きたいもんだ。


異世界転生。

元の世界に蘇る事の出来ない縛りつき。

所謂、縛りプレイってやつだ。


ゲームみたいな異世界に蘇ろうと、ガチの異世界に蘇ろうと、嘗ての人生が歩めないなら、俺が望める最高のそれって何だろう。


……迷わずともそんな事は一瞬で分かってしまうだろう。


「俺の望みは_____」



__________俺がいた世界を転生させる事だ。



「フッ……合格じゃ、テンラ!」


俺は、世界を俺の望む形にすべく、転生する。

それはあいつらも、俺も、みんなが同じ世界に生きれる世界の話だ。


俺が異世界に行くんじゃない。

異世界がいつもの俺たちへやってくる。

即ち、俺がそれを作る事を望む。


きっとそれが最善策だ。


「お主は実に面白い!わしが選んだだけの事はある!その望み、叶えてしんぜよう!


「急に俺の前に現れて、神を名乗ったかと思えば願い事を言わせて、それに対して気に入っただの面白いだのと勝手に御託を並べれば転生できたとか、なんか壮大かつテンプレで笑えねぇ」


「まあそう言うな、では、新たな生、全うするがよい。モチヅキ テンラよ!」


光が視界を埋め尽くす頃には俺の意識は薄れ、メビウスの声だけが残響した。


こんなんで本当に世界を変えられるのか?


俺がヒデに勧められて見ていた異世界転生だったり、異世界物語ってのは、貧弱なものに生まれた自分が無双したりハーレムしたり、はたまた最強にあった自分が世界に名を馳せたりなどと、もう最近ではそれと似たようなものが続出し、ありきたりになってしまったそれらが横行するだけになった。


それでもヒデの奴はいつも、あの子が可愛いとか色々ほざいてたっけな。


俺も遂にそれと同じ舞台に立つことになるのか、と思ってもあまり大した心境の変化は見られない。


前述した通り、展開が読めるほどありきたりだからだ。


このあとヒロインとどう言う展開になるのか、この後あの脇役はどう言う死を迎えるのか、そう言うのが大体手に取るように分かる。


異世界に転生した主人公は大体無双する。


だが、俺はそんなの望んじゃいない。

またいつもみたいにみんなと毎日を過ごしたいだけだ。


そもそも、死に方が理不尽すぎるよな。


確か、厄災の子とか言ってたな。


それはおそらく俺の事だったのかもしれない。

変なロリババァ相手にしてて忘れてたが、それってつまり、俺にはれっきとした、殺されるべき理由があったとでも言えそうな物騒な呼び方だよな。


じゃあ、あれは回避できた運命ではなかったのかもしれない。


あいつらは生身の俺を本気で殺しにきた。

理由は定かじゃないが、仮にそうであったとして、俺には転生する権利が与えられた。


しかも、俺の周りにいたあいつらまでその被害にあった。


もし、俺だけに殺されなくてはならない理由があったのならば、彼らの死はあくまで口止めにも等しいそれだ。


だったら、俺は先程唱えた望みを唱えなかった場合は、彼らだけを蘇らせただろう。


メビウスが言っていたのはそう言う事だ。

自分の生より仲間の生を選ぶのかと言うあのセリフ。


果たしてそれは笑われるほどおかしいものだったろうか……?



_____否。



今まで何も望む事のなかったツケだ。

ここで一つの望みにして、必ずそれを叶えてやる。


俺は_____。


「いつまで寝ているのじゃ、モチヅキ テンラ!」


あれ?

おかしいな。

メビウスの声だ。

普通ああやってホワイトアウトしたらもうあいつの声とか聞こえなくね?


俺本当に転生してるの?


「起きろ愚図!」


「うるせぇぇえぇぇぇええ!!!」



__________



ガバッと起きる。

イメージは湧くと思う。

布団をかぶった人が勢いよく起きると多分こうなる。

病院とかでよく見るパターンだ。


起きて、まず視界が開ける。


そうやって多分、ここは?ってセリフを吐くに違いない。

そうやって周囲を見回すのが定石だ。


俺の場合、異世界転生はベッドの上での目覚めらしい。


しっくりこない。


続いて俺の最初の一言だ。


「……お前何してんだ?」


「決まっておろう、幼女のモーニングコールじゃ」


「いやそうじゃなくて、転生は?」


「ん?上手く行ったじゃろう?現にここはお主の家じゃ」


起きてから一言発する前に確かに周囲の既視感を覚えたのはある。

なるほどここは自分の家らしい。


しかし、これで転生がうまく行ったなどと言われても困る。


実感が湧かん。


「いや、あの転生って神様がどうこうしたり、謎の記憶が挿入されたりして、ホワイトアウトした後に気づいたら平原とか魔物の巣とか街とかにいるみたいな展開じゃないんですか?」


「それはお主らのアニメとか言う文化が作り上げた妄想に過ぎんではないか」


「それは言えてる……」


いや、そんなことよりも言及すべき事がいくつかあるはずだ。

転生したのなら確認すべきことは全てはっきりさせておかねば。


目の前に便利そうな神がいる事だし、そう言う事には事欠かなそうだが。


「……今っていつだ?」


「20XX年、八月十五日、6時13分49秒じゃ」


「俺が死んだのは?」


「20XX年、八月十四日、20時39分15秒じゃ。やけに状況把握に手馴れておるな」


「そりゃ過去に蘇ってたら俺はまた死ぬだろうが。異世界に生きたアニメの主人公とかってのは、妙にそう言う細かい事覚えてたりするから、一応情報収拾としてな」


確かに俺は別の世界に蘇ったようだ。

次に確認するのは、現代の時代の流れだ。


一度外へ出た方が良さそうだ。


「お主、目の前の美幼女を前にしてなんの感想もなしか」


フリフリと俺の上に乗っかった小さな体が可愛らしい尻を振って誘ってくる。

正直言ってウゼェ。


ニヤニヤと気色の悪い表情はエッチな事を想像する年頃の少年のようでいまいち許容しがたい。


幼女は誘うような生き物じゃない。


「ん?あぁ、そう言えばお前なんでここにいるの?」


考えてみれば、自称とは言え神様が見えている時点でこの世界の特徴が見えてくる。

明らかに特殊な世界だ。


「まぁ、異世界に転生すれば神様の一人や二人見る事も出来るじゃろうな。細かな事は気にする事_____」


「細かくねえから。大問題だから。っつか早くそこ退け」


「退けとは無礼な!神様じゃぞ!」


ロリババァに構ってなどいられないと俺はいつもの支度に入る。

いつもの支度というのも、当然学校に行く事であるが、ここで一つ理解出来るのは、無意識下に置かれていても、俺の身体に染み付いた生活習慣は働いていると言う事。


自宅だからなのか、転生した実感がないからなのかは定かではないが、俺は本当に、世界を転生させられたのだろうか。


そんな事より気になる事は幾つもある。


一つずつ解消して行こう。


まず、この世界の特徴の話。

この世界は俺が生きていた世界とは違う、別の世界である事は明らかだ。


それが俺の望んだ皆が生きている世界なのかはまだ分からない。


それから時間軸が俺の命日を過ぎている事。


俺を殺しにやって来た彼ら。

仮に殺し屋とでも読んでおこうか。

その殺し屋たちが俺を殺した事実さえもない世界なのだろうかと言う事。


俺が望んだのはそう言う、周りに変化の無い日常である。


生きている世界は違えど、みんなとまた一緒に過ごす事が出来ればそれでいい。


つまり、殺し屋はあってはならない存在だった。

それから、蘇芳が葵にフラれるかもしれない未来の有無。


その二つの条件を理想通りクリア出来ればこの世界は紛れもなく別の世界であると証明される。


また、殺し屋が俺たちを殺しに来た場合、果たしてどう俺たちが助かったのか。


それを確認しなくてはならない。


まあ今は確認のしようが無いから置いておき、部屋のクローゼットを開けると、ハンガーには俺の制服がかかっている。

紛れもなく俺が通っていた学校の制服だ。


ここまではいつもの流れに乗っている。

多少の安堵だって生まれる。


カッターシャツとズボンをハンガーから取り外し、着替える…と言いたいところだが_____。


「……」


「なんじゃ?」


「察せよ!お前そこにいたら着替えれねえだろ!」


「意外と少年なのじゃな」


「少年も中年も関係なく異性がいたら着替えなんて簡単に出来るかボケ!」


「一々口の悪い男じゃ。ならワシは先に行くでの」


メビウスはブスッとした表情で俺の部屋を後にした。

まあ俺の部屋だからそうしてもらうのが筋だと思うんだがな。

なんて言うか、融通の聞かない神だな。


とは言えここは一応俺の家らしき場所だ。

本当に俺の家なら中を荒らされるのも怖いから早よ着替えよっと。


シャツに袖を通し、サッとボタンを閉め、横着にもあらかじめベルトの通ったズボンを履き、金具を留める。


ここまでの所要時間はおよそ1分。


早い。


順調だ。


「さてと…」


いよいよ外に出る。

居間の窓から臨む景色は如何程なのだろうか。


緊張と似たような気持ちが渦巻く中、俺はドアノブに手をかけた。


長い間熱が伝わっていなかったかのように、ヒンヤリと冷たい感触。

長い間忘れていたみたいに新鮮だった。


そんなところにさえ縋ってしまうくらい、転生した実感が俺には無かった。


故に扉を開けるのが少し怖かった。


「…よしっ!」


踏み出すのに数十秒もかかった事にこの時の俺は気付く事さえ出来なかった。


ガチャン。


扉を開く音。

懐かしささえ感じた。


一度死んだ身だからなのだろうか。


それもまた興だな、異世界。


「遅かったの。ほれ、さっさと飯を作れ」


ごめんさっきの撤回。

興でも何でもない。


目の前に臨む景色は確かに俺の家そのものだ。

だが、どうにも馴染めないのはそこにいる自称神のロリババァの所為だ。


「……何してんの?」


「腹が減ったからお主の自炊でも味わおうと思っての」


「アホかお前」


ああもうなんだ。

こいつがいる事によって異世界だと言う自覚は持てるのだが、どうもウザくてしょうがない。


この際だ。

少し尋問でもしてみよう。

って言っても幼女を甚振る趣味は無いからな。


俺が言ってるのはこいつからあらゆる話を聞き出そうとしているって事だからな。


「っつかお前腹減るの?」


「それが何かおかしいか?」


「神って腹減るんだなって」


人類が畏怖すべき存在である神様がお腹減るってのも面白おかしい話だ。

それはこいつが紛れもない生き物である事を示している。


「神が物を食ろうてはおかしいか?」


「全知全能ならこう、お腹減らなくなる能力とかもあるんだろうなって思っただけだ。後お前なんで浮いてないの?」


次の疑問。

死後の世界で彼女はよく分からん原理で浮く事が出来た。


まあ神だし、空飛ぶ能力でもあんだろ。


「浮いていなければおかしいのか?」


「いや別にそう言うわけじゃないけど、浮いていてもおかしくはねえだろ。まさかとは思うがお前浮けないの?」


「な、何を言うか!お主、神を試すか!?」


逆ギレするのか。

疚しい事でもありそうだぁ……。


「よし分かった。ここが異世界なら、神様ともあろうお方なら魔法が使えたりすんだろ!」


「こりゃイジメか!?」


「イジメじゃねえよ。状況把握の為に必要な事だ」


「や、やめとくれぇ…」


面白そうだからこのまま問い詰めよう。

彼女は両手で頭を押さえ、縮こまるようにする体勢をとる。


そう可愛子ぶれば許してもらえるとでも思ったのか。


残念だが俺はそんなに優しくない。


ロリってだけでイキるんじゃねえぞ疫病神め。


「さぁ、焦ってねえでなんか魔法使ってみろ!」


「い、嫌じゃ!」


あくまで渋るかこの阿婆擦れめ!

意地でもやらせっからな。


「じゃあお前飯抜きな」


「ナ、ナンジャと!?幼女の体で飯抜きは毒じゃ!拷問じゃ!」


絵面はライオンが食う前のガゼルを甚振ってる様な、なんとも倫理観に欠ける情景だが、相手は神だ。

ガゼルの方がライオンを弄んでいるようなもんじゃないか。


「じゃあ神らしいことしてみろよ。まさか、俺が寝てる上に乗っかってモーニングコールしに来たと偽ってけつ振りに来ただけじゃねえんだろ?」


「う、うぅぅぅぅっ……!」


勝った。

この勝負もらったぞ!


幼女だからって幼気な目で俺を見たって俺は動じないからな!


ハーッハッハッハッハッハ!


って何を熱くなってるんだろう俺は。


「分かった。ワシの負けじゃ…。お主の家ともあらば、助けを求めても誰も来んじゃろう」


「よぉし!じゃあなんか凄いの_____」


「実はの……」



__________



「…つまりなんだ。お前は神の力を俺に譲渡する事で、神の法典エル・ドラドとか言うのに書かれたご法度に触れて堕天とか言うのをした挙句、俺にその力で願いを叶えさせる事で俺までその法に触れて、結果お前と一緒に堕天した…と?」


「その通りじゃ!」


「それで、今はお互い神の力を持たないただの凡人になったと。故に俺たちは一緒の場所にいて」


「なんやかんやで今ここに_____」


「じゃねえだろおおおおおおおおおお!!!」


とびきりのリアクションだった。

死んで数十分後の人間とは思えない。

死ぬ、とか別れとかって、感動や挫折で涙の一つでも溢れる展開かと思ったが、もはやそう言う次元の話じゃない。


「何が神だ!マジもんの幼女になってんじゃねえよ!」


「ま、まぁ細かな事は気にするk_____」


「細かくねぇっつってんだろ!つまりアレだろ!?お前今使えないただの人間って事だろ!?」


「まぁ、そう言う事に……なるな」


「そう言う事になるなよ!それじゃお前を頼る事が出来ねえじゃねえか!」


予想の180度且つ原点から百マスくらい離れた回答を頂きました。

言ってる場合かよ。


今のメビウスは使えない神で、もはや神の力は全て俺に譲渡したし、それに加えてエル・ドラドとか言う、神の法律を定めている書物の内容に背いた事を全く知らされなかった俺は貰ったばかりの神の力を剥奪され、結局のところただの人間で、こいつも人間みたいになった、って。


「なんでだ!なんでそんな事したんだ!?」


「そ、それはお主を近くで観察しとうて……」


「それで気に入っただの面白いだのと言ってやがったのかお前!もうそのふざけた理由に突っ込むのはやめてやるよ!ただそんな私利私欲に塗れた理由で神の力剥奪されてんじゃねえよ!」


「私利私欲で神の力を利用したのはお主もじゃろう!?」


「それは否定しねぇけど、エル・ドラドと力の譲渡について知ってりゃこんな真似はしなかったよ!第一言ったよなお前!お前の不条理を叶えるって!」


「じゃから叶えてやったじゃろ?」


「まだ叶えたって事にならねえだろこれ!この状況の方が不条理だ!」


水掛け論と言うか、アホと言うか、このふざけた状況に文句しか出てこない。

要するにこのロリババァは本物のロリババァになってしまったわけだ。


もうそれ以上何も言いたくなどない。


お荷物。

足枷。

支え。

邪魔。


挙げれば欠点なんていくらでも出てくるし、とはいえこいつを敬う必要が無くなったというのは嬉しい限りだ。


息も絶え絶えツッコミまくったから話もしたくない。


「はぁ……もういいから早く出てってくれ」


「なッ!?身寄りの無い小娘を放置プレイか!?」


「誰が放置プレイだ、出てけっつってんだろ!」


こんな小娘家に置いておけるか。

ってかこいつちゃっかり俺に養ってもらおうとか考えてたのか!?


「わ、ワシのたわわなソレで手を打たんか!神のは気持ちが良いぞ〜、それはもう直ぐに天国へ_____」


「幼女が売春してんじゃねえ!オメェ言う程付いてねえじゃねえか!地獄に落ちろ堕天使風情が!」


「ワシは天使じゃない!神じゃ!」


睨み合う犬の様、末に互いの視線を合わす事は無くなった。


「ふんっ!」


「ふ〜んじゃっ!」


なんだそれちょっと可愛いな。

惚れ直すからやめろ。


「お主の望み通り、何処へでも言ってやるわい!」


「あぁ行け、俺だってお前養って生きてなんか行きたくねえよ」


メビウスはてとてと玄関まで歩いて行き、たまたま置いてあったサンダルを履く。


一応確認だが、あれは俺のサンダルだよな?

あいつ何平然とパチって行こうとしてんだ?


「町中でお主に捨てられたと叫びまわってやるわい!」


「なんとでも言え!俺はお前とはあかの他人だからな!」


言い終えた辺りで玄関が閉まるのが見えた。


出て行くタイミング早すぎだろ。

まあ、そんな事言える状況じゃねえな。


朝の時間、俺は学校へ行こうとしただけなのにここまで疲れると_____。


「いいのか?本当に行ってしまうぞ?」


もう一度玄関が開く。

幼気な少女がこちらにチラチラ顔を覗かせにくる。


仲間にしますか?


いいえの選択肢なんて、テキストが出る前に押してやる。


「くどいわ!」



少女はムスッと、しかしどこかシュンとして出て行った。



__________




何も転生するなら異世界じゃなくてもいいじゃないか。

Sieg004です。


知り合いに異世界書いてみろよ無能って罵られたので勢いのって書いてみました。


正直不安ですが、先に終わってない方の話を完結させるべく奮闘することの方が多くなりそうです。

ご了承くださいませ。


その分少し長めにするなど工夫して、期間が空いても楽しめるものにしようと思います。

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