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ユキちゃんに届きますように

作者: ハルカ カズラ

 彼女との付き合いは近所に住むお姉ちゃんと、近所に住む年下の男の子としての出会いだった。歳の差は小学生低学年と高学年。当時はこんな差なんて関係なかった。


 でも、俺が想うよりも先に彼女には付き合っている彼氏がいた。たった4年の差。これは中学と高校になると全然違うものだ。それでもお互いが小学生の時には子供ながらに、将来の約束をしていたものだ。


「ユキちゃんが大人の男の子になったときに、だーれも好きなコがいなかったら、ケッコンしようね」


「うんっ。ボクはサユキちゃんがひとりぼっちで寂しい時には一緒にいてあげるからね!」


 俊雪としゆき紗雪さゆき。どっちもユキが付く名前だったので俺がユキちゃんと呼ばれ、彼女はサユキちゃんという、何とも言い難い呼び方をしていた。


 俺が高校の時、彼女は大学に進んでいた。もちろん、俺は受験生で彼女とかそれどころじゃない。紗雪さんは彼氏がいた。それも、長い付き合いの関係の。俺はそれどころじゃないって周りには言っていたが、本音は違った。ずっと想ってた。いつか大人になってから紗雪さんと結婚したいと思っていたから。


「久しぶり! 元気してた? ユキちゃん」


「まぁそこそこ。というか、ユキちゃんはさすがに」


「だって、ユキちゃんでしょ。私はサユキだけど」


「まぁそうだけどさ」


 紗雪さんが大学に進んだ後は俺は高卒で就職をしていた。その後は近所の仲良しな関係はすっかりと途絶えていたが、彼女は大学を途中でやめたのか卒業したのかはさだかじゃないが、突然俺の前に姿を見せた。


「あのさ、覚えてる?」


「んー?」


「お互いが適齢期になってもひとりぼっちだったら~って」


「そうだっけ? 適齢期も何も俺は、まだそんなオッサンでもないぜ?」


「失礼なこと言うなっての! 私と4つしか違わないだろ」


 21と25。数字で見ればそんなに離れてない。だけど、歩んできた道、見て来た道、そして俺じゃなくて彼女だけは、彼氏がいてその人と違う景色を見て来たに違いなかった。


「それで? 彼氏と別れたとか?」


「あー……まぁ、どうだろうね。はは……」


「そか。じゃあ、今夜家で待っといて」


「なに? 襲いに?」


「ちげーし! 知って無いと思うけど、俺、料理提供者よ? 弁当屋だけどな」


「知ってる。ずっと気にしてた」


「彼氏の目を盗んでか?」


「まぁね」


 どこまでが本当の言葉で本音なのか分からない。だけど、ずっと好きだった紗雪さんがこうして俺と話をしている。これだけで心は浮いたままだ。


「んーーーーんまっ! すごいね! ユキちゃん、料理人だね」


「いやっ、それただのオムライスだけどな」


「いやいや、トロットロのフワフワな卵と絶妙な炒め具合のライスは最高だぜ?」


「それはどうも」


 俺の作った料理……主にオムライスを何度か食べに来るようになった紗雪さん。だけど、心はいつまでも読めなかった。彼氏とは別れたのか? それとも、単なる冷却期間なのか? なんてとてもじゃないけど聞けなかった。俺は何よりも、紗雪さんの笑顔を見るのが好きだったからだ。


 そんな曖昧な関係が2か月くらい続いた。その間、俺の店を常連としている客は大抵が男だったが、儚げな美人が近くにいるだとか、たまに店に来ているだとかウワサは絶えなかった。


 俺は内心、穏やかじゃなかった。何より、紗雪さんは何故俺の前に姿を見せて来たのか。彼氏とはどうなったんだ。でも、聞けない。聞きたくない。聞くよりも、俺の作ったオムライスを嬉しそうに口に運ぶ姿を見ているだけで良かった。


 それでも脳裏に浮かぶのはネガティブなことばかりだ。客のどいつもこいつもが、紗雪さんを狙っていることも俺を焦らせた。当の本人は何とも言えない表情で笑ってくれる。


「あの、さ……サユキさんがこうして食べに来てくれるようになってから数か月経つけど、俺、分からないんだよ。だからさ――」


「聞きたくないな」


「え?」


「その続きってネガティブなことでしょ? そういうのは聞きたくないな。特に美味しい料理作ってる人からは」


「いや、でも……」


「うん、やっぱり美味しいよ。ユキちゃんのオムライス」


「あ、あぁ」


「ごちそうさまでした! 届いて欲しいな。ユキちゃんに――何度でもいくらでも、食べたいって思う。やっぱ、ユキちゃんだけかな」


 何のことか分からない言葉を残して、紗雪さんは俺の店に来なくなった。しばらくして、うわさ話も消えた頃、人手を増やすつもりで求人を出した。まかない付きで。


「すみませーん、ここで働きたいんですけど? えと、オムライスのまかない毎日ヨロシク!」


「いや、飽きるだろ」


「いやいや、いくらでも何度でも。好きな時に食べさせてくれると嬉しいなと」


「じゃあ、採用」


「届いたかな?」


「さぁね」


 本当はずっと届いていたかもしれない。紗雪さんの気持ちは、俺の変わり映えのしない料理を食べに来てくれた時からずっと変わっていなかった。お互いが適齢期になるまで全然まだまだ、だけどその内、届いたその時には、俺の想いをあなたに――

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― 新着の感想 ―
[良い点] お互いに相手の気持ちに気付いていながら、そのことに触れない微妙な距離感が伝わってきました。素敵ですね。 [一言] はじめまして。若松ユウです。 >お気に入り、感想があると凄く嬉しいです。 …
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