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短編集

いつもおっとりしている僕の彼女が、実は酔拳の達人でした

【この作品は、たこす様に題名を考えていただき、そこから想像して執筆した物です】

 真夜中、僕と彼女は新しくオープンした一軒のバーに居た。

マスターの作る特別なカクテルに口を付けつつ、そっと彼女の横顔を見る。


眼鏡をかけ、恥ずかしそうに顔を伏せる彼女。

「え、見ないで……」と笑いながら手で顔を隠し始め、僕もつい楽しくなり彼女の肩を抱いた。


温かい。こんな僕を好きでいてくれる彼女の体が、とてつもなく温かい。


「どうしたの? 酔ってる?」


彼女は珍しく思ったのだろう。

僕が肩を抱くなんて事は、今までほぼほぼ無かったからだ。

酔っている……といえば、酔っているのだろう。


「あぁ……今日は調子いいかも……」


顔を寄せ合い、意味もなくお互いに笑いあう。

傍から見ればバカップルだ。

だが別に構わない。たまにはいいだろう。


こんな……ただ意味もなく楽しい時があっても。


「ねえ……ちょっとお腹空いた……」


「ん? あぁ、何か食べるか?」


マスターに声を掛け、何か食べる物は無いかと聞いてみる。

すると、メニューを手渡してきた。


「……おにぎり」


二人で同時に声に出して読む。

このバーにはおにぎりがあるのか。他にも、お茶漬けや漬物の盛り合わせ……はたまた味噌ラーメンも。


「おにぎり……凄い食べたい」


彼女の要望通り、僕はマスターへとおにぎりを二つ注文。

マスターは奥の炊事場に消え、数分後にはおにぎりをお皿に作ってきてくれる。


「どうぞ、お召し上がりください」


「ありがとう、マスター」


二人でおにぎりへと齧り付く。

塩味が効いて、とてつもなく美味しい。

そして中の具は梅干し。とてつもなく食欲をそそられる。


「ごはん……ついてる」


「ん……?」


僕の口元についたご飯を、彼女はそっとぬぐって自分の口へ。

思わず、やりかえしてやりたかったが、彼女の口元にご飯は付いていない。


「どうしたの? なんか凄い残念そうな顔してる」


「うん……」


代わりにと、彼女の唇へとそっと触れてみた。

柔らかい唇。

初めてキスをした時、その柔らかさに思わず感動したものだ。


そして……そのまま離れたくないとも思った。


ずっとずっと……こうして……




「邪魔すんぞゴルァ!」


その時、激しい勢いで扉が開けられる。

怒号と共に入ってきたのは、三人の男達。

皆、真冬だと言うのにタンクトップで、かなり筋肉質な体つきをしていた。


「マスター、酒ー、一番高い奴持ってこい!」


男達は奥のボックス席を陣取ると、我が物顔で注文。


僕と彼女は折角楽しい時間を過ごしていたと言うのに。

何たることか。さっさと別の店へ移動するか。


「おー? なんか可愛い子がおるぞ」


「ぁ、マジや。ちょっと姉ちゃん、こっち来んか?」


「そんな男放っておけばいいからさー」


不味い、彼女に目が付けられた。

早く店から出よう。実害が無い内に……。


「つーかマスター! 酒遅えよ! さっさと持ってこい……」


「君達」


すると、カウンターで静かに飲んでいた老人が男達の前に立ち、声を掛けた。

男達は何の用だと老人を睨みつける。背広にストローハットの老人は、そんな男たちにも臆する態度を見せない。


「ここは自由に酒を飲む場だが、君達には少々早すぎるようだ。もう少し世間を学んでから出直すといい」


なっ、あのお爺さん、何を……そんな如何にも喧嘩腰な発言をすれば、何をされるか……


「あ? ジジィ、いい度胸してんじゃねえか。入院して保険金貰うか? コラ」


「おいおい、相手爺さんだぞ。足の骨折るくらいで勘弁してやれよ……?」


男の一人が老人へと詰め寄り、背広の胸倉を掴む。

だが次の瞬間、うめき声を上げたのは老人ではなく、タンクトップの男。


「あだだだだ! じ、ジジイ! なに……何しやがる……!」


……?

本当に何をしているんだ?

お爺さんは微動だにしていない。ただ立っているだけだ。


「指取り……」


「え?」


彼女がボソっと言ったのを聞いて、僕はようやく理解できた。

お爺さんはタンクトップの男の指を握り、捻っているのだ。

そして更に次の瞬間、まるでカンフー映画でも見ているかの光景が目の前に広がった。


男の体が宙に浮き、まるで示し合わせていたかのように空中で一回転。

そのまま床へと叩き落される。


「な、なにしやがった! このジジイ!」


「お、俺達はレスリングやってんだぞゴルァ! なめんな!」


お爺さんはストローハットを直しつつ、溜息を吐く。


「恥ずかしいとは思わんのか……武道を嗜んでおきながら、老人相手に何を怯えている。さっさとかかってこんか」


マジか、あのお爺さんかっこよすぎ……いや、っていうか自分から喧嘩ふっかけてる?!


「こ、このくそジジイ!」


残り二人の男は同時にお爺さんへと突っ込んだ。

一人は胴タックル。もう一人は顔面へと拳を振り上げる。

だが二人ともが、一体なにをされたのか分からないまま、床へと倒れていく。


一体、今何が起きたんだ。

全く分からなかった。


「あのお爺さん……凄い……ほぼ同時に二人の下顎を正確に捉えるなんて……」


どういうことだ。

つまり、あのお爺さんは同時に突っ込んできた男の下顎を殴ったという事か?

しかしそんなの全く見えなかった。


「すまないね、マスター、騒がせた。人を呼んでくれ。外に運ばせよう」


その時、最初に倒れた男が起き上がり、背後からお爺さんを襲う。


「この……くそジジイ!」


お爺さんを抱え込み、そのまま力任せにカウンター内へと投げ入れた。

棚に収納してあった酒類のビンが割れ、お爺さんもガラスまみれに。


不味い、これは……流石にやりすぎだ。

警察に電話しなければ……


「残念だったな、ジジイ……これで終わりだゴルァ!」


トドメと、男は酒の割れたビンを手に取りお爺さんへと襲い掛かる。

僕は何も出来ない。


ただ……見ていることしか……


「ごぐふぁお!」


その時、目の前から彼女が消え、次の瞬間には襲い掛かった男とお爺さんの間へと立っていた。


なんだ、何が起きたんだ。


「な、なんだテメェ! な、なにしやがった!」


男は胸を押さえつつ、彼女を睨みつける。

待て、待て待て待て! 彼女はダメだ!

その子だけは待ってくれ! その子は……


「フゥー……ホォー……」


……ん?


なんか、彼女が変な呼吸してる。


「な、なんだコイツ……おい、てめえら! いつまで寝てんだ! 起きろ!」


男は床に転がっている仲間を起こした。

それほど目の前の彼女に恐怖を感じたのだろう。

実際俺も、彼女を守りたいのに足が動いてくれない。

それは男達に怯えているのではない、決して。


俺が怯えているのは……彼女とある生き物が重なって見えたからだ。


「な、なんだ、この女……な、舐めてんじゃねえぞ!」


先ほど老人に下顎を打たれて失神していた男達も起き上がり、彼女と向かい合う。

その時、一瞬、彼女の目が僕を見た気がした。


そして背後に倒れる老人へと目線が移される。


咄嗟に僕は、お爺さんへと駆け寄った。

なんとなくだが、彼女が「お爺さんを守れ」と言っている気がしたからだ。


「だ、大丈夫ですか? お爺さん……」


「あぁ、大丈夫だ……歳は取りたくないな……」


いいつつお爺さんも彼女を見て驚いていた。


彼女のその背中。

独特の呼吸法。


そして何より……彼女とタブって見える……あの生き物。


「なんと……中国拳法か」


「……へ?」


「君にも見えるだろう。彼女の”龍”が」


思わず生唾を飲み込む。

そう、見えている。僕には確かに……見えてしまっている。


彼女に重なるように佇む、一匹の”龍”が。


「こ、この……クソアマァ!」


男の一人が、彼女に向かって殴りかかる。

だがその時、まるで流れるような動きで彼女は躱し、すれ違いざまに男の溝内へと強力な膝蹴りを打ち放った。


な、なんだ今の。


待て、なんか……あの動き……見たことが……。


そう、小さいころ、中国の超有名なアクションスターの映画で……


「ま、まさか……このアマ……酔拳か!」



酔拳……!


そう、それだ!

酔ったフリをして敵を撃退するとかなんとかっていう……


え? ちょっと待って


なんで彼女……んな事してるの?



「バカな、このアマが……水滸伝の登場人物の一人、魯 智深が始まりとされる中国拳法……酔拳の使い手だと言うのか!」


ん? なんかチンピラの一人が解説しだしたぞ。

そうか、水滸伝が始まりなのか。確か中学の時に図書館で読んだ記憶が……。


「しかし! 一言と酔拳と言っても、実際に流派が存在するわけでは無い! 酔酒魯智深拳や酔盃拳など、多数ある拳法を酔拳と称しているだけだ! 気をつけろ! まずはこの女がどの拳法使いなのかを見極めよ!」


なんだ、あのチンピラ……妙に詳しいな。

っていうか多数ある拳法……お前知ってんのか。凄いな。


「フゥー……ホォーッ……」


彼女は特殊な呼吸法? を続けつつ、まるで太極拳のようにゆっくりとした動きで男達を威嚇している。


あうぅ、俺の可愛い彼女が……

なんかいつのまに遠くに行ってしまった気がする……。


「うぉぉぉ!」


男の一人が俺の彼女へと突っ込んだ!

だが、特攻も空しくまたしても彼女はヒラリと躱し、男と背中合わせになると


「ぐはぁ!」


うっわ、痛そう……思いっきり肘が横っ腹に入ったぞ、今……。


ど、どうしよう。なんか男たちの方が可哀想になってきた……。


のこる男は一人。

だが、その男は先ほど妙に詳しい解説をした男だ。

もしかしたら、それなりに強いのでは……お爺さんには一撃でやられていたが。


「いいだろう。一人の武道家として手合わせ願いたい」


男はいきなりカッコイイ事を言い出すと、タンクトップを脱ぎだし上半身を露出させる。

すると、彼女も何か通じる物があったのか、上着を脱ごうと……したようだが、やっぱり断念する。


あぁ、よかった。

彼女はまだ冷静なようだ。このおかしなノリに飲まれていない。


「ハァァー……ホゥー!」


すると、残った男は腰の位置に拳を構えた。

そのまま彼女の動きに合わせるように上半身のみを小刻みに動かす。


「あの男は日拳……日本拳法か? いや、しかし構えが独特なようだ。恐らく拳法とレスリング……それに古武術のような物も経験しているな」


ふ、ふむぅ。

お爺さんの解説は大変ありがたいのだが、九割方サッパリでござる。


 チンピラと彼女は互いに向かいあったまま動かない。

いや、動けない……のか?

漫画でよくあるよな……こういう場面。達人同士だと先に動いた方が負けだとか……


「中国拳法は元々自衛目的で編みだされた物だと言われている。それゆえ、待ちに徹する事が多いのだ」


ぁ、それも漫画で読んだ事ある。


「相手の男がどう出るかが見物だな……面白い事になってきたな」


いや、全然面白くないんですけど!

っていうか何観戦してんだ! 僕の彼女が怪我をしてしまうかもしれない! 早く止めないと……


「ホゥー! フゥー!」


思わずビクっと背筋を震わせてしまう。

彼女と相手のチンピラがお互いを威嚇しあうように、気迫をぶつけ合っている!


「……行くぞ!」


相手の男が姿勢を低くしたまま……胴タックル!


ってー! 日本拳法どこ行った! 結局レスリングじゃないか!


「フゥー!」


彼女はまるで踊るように……いや、酔拳なんだから酔ってフラつくように……か。

その動きで相手の男の胴タックルを躱そうとするが、いかんせん場所が狭すぎる!

これではバックステップも横に逃げる事も出来ない! この一瞬でここまで実況してる俺も凄いと思うが、次の瞬間、彼女が見せた動きはもっと凄かった。


「ホゥー!」


まるでスローモーション。

彼女はそこまで速い動きをしているわけでは無い。


「ぐふっ、がはっ! ちょ、ま……まって……っ」


彼女は胴タックルを仕掛けてきた男の下顎へと軽く手の甲を当て、体を回転させながらチンピラの急所急所に連撃を加えていく!


ぶっちゃけ、医者でも格闘家でもない俺は人体の急所を把握しているわけではないが、たぶん……彼女が叩いている所は急所だろう! チンピラは何も出来ぬまま彼女の連撃を食らい続け、何もさせてもらえない!


「ガフっ、グフッ! ブヘァっ!」


連撃を全て受け切ったチンピラは、そのまま力無く床へと倒れこむ。


お、終わったのか?


「……だ、大丈夫?」


僕はカウンターから出て、彼女へと駆け寄る。

すると彼女は涙を目に溜め、俺を見つめてきた。


「……引いた?」


そう僕へと尋ねてくる彼女。

どうしよう、ぶっちゃけ、引いたとか引かないとか、そんな次元の問題ではない。


ただ、このままでは彼女はいつか必ず取返しの着かない事になるだろう。


「……ドン引きした。バカ……」


彼女を抱き寄せ、力一杯に抱きしめる。


「怪我したらどうすんだ……」


「……うん……ごめん……」


彼女の体は柔らかい。

とても筋肉が付いているようには思えない。

きっと、それだけ力を使わず体術だけで大の男を圧倒していたのだろう。正に達人。酔拳の達人なのだ。この娘は。だが……


「もう、俺と一緒にいる間は酔拳禁止だ。分かったか?」


「うん……分かった……」


このまま彼女が酔拳を披露し続ければ、必ず何処からか変なのが湧いてくる。

漫画でも良くあるじゃないか。強い者に引かれて何とかかんとか……


 その時、俺と彼女が抱き合っているとチンピラ三人組が起き上がってきた。

しかし流石にもう暴れる気力は無いのか、大人しく元のボックス席へと戻り……


「マスター……おにぎり……あと緑茶……」


ってー! おい!

何普通に注文してんだ! お前等警察に捕まってもおかしくない事したんだぞ!


「どうぞ。おにぎりと緑茶です」


マスターもかなり人が良い。

男達三人へ、おにぎりと緑茶をそれぞれ運んでいく。


「……うめぇ……」


三人の男達は、おにぎりを口にした瞬間、涙を流し始めた。

一体なんなのだ、この展開は。


「ねえ、私も……おにぎり食べたい……」


「え? あ、あぁ……じゃあ……」


俺と彼女はマスターへと声をそろえて注文する。


『マスター、おにぎりを……』




 米(※)




 その後、僕と彼女はそのバーの常連となった。

なぜか、あのチンピラ達も同様に常連となってしまい、今ではいい飲み仲間になっている。


「おにぎり……美味しいね」


そう言いながら、おにぎりを頬張る彼女。


口元には米粒が。


「ついてる……」


僕はいつかの仕返しと、その米粒を取り口元へと運ぶ。


酔拳を達人級に嗜む僕の彼女は、恥ずかしそうに笑った。


【ちなみに……このバーは、あのバーです(*'▽')b】

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんてことにゃ……こんなに面白い作品を見逃がしていたにゃんて……(´艸`*) 最高の展開でした(≧▽≦)
[気になる点] どのバーっすか教えてくだせぇ(;゜Д゜) おめぇに教えるバーはねぇっ! は無しっすよ(;'∀') [一言] もういろいろと面白くて笑ってしまいました( ´∀` ) 特におにぎり!! …
[良い点] にゃはは!! め、めちゃ面白い!!! だめ、もうお腹が痛い。。。Likaさま、最高です!! 懐かしい! 酔拳! そして彼女がかわいい(笑)
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