18話 実は密入国者
薬草を見に行く約束をした当日。
「準備ができたなら、さっさと行くぞ」
夜が明けたばかりの早朝に、オーレルが店にやって来た。
「……早くない?」
ドンドンと玄関を叩く音で起こされたヒカリは、寝ぼけ眼を手で擦りながら文句を言う。
「行動は早いに越したことはないだろう」
だがそう返されて出かける用意をしろと追い立てられ、ヒカリは仕方なく外出着に着替える。
荷物は弁当のパンとチーズと、水筒入りのお茶くらいでいいだろう。それらを背負い袋に入れて外に出た。
「はぁ、眠い……」
大欠伸をしながら現れたヒカリを見て、オーレルがしかめ面をする。
「身軽そうなのはいいことだが、その杖はなんだ?」
その視線は、ヒカリが手に持つ杖に注がれている。
この杖は木から枝を切り落とすところから作った愛杖で、枝の自然の造形を生かした自信作だ。
「魔女の必需品ですから!」
ヒカリは胸を張って告げた。魔女ごっこと思われようが、これを置いて出かけるなんてできない。
――なにかあった時に備えなきゃね!
杖で地面をトントンと叩くヒカリが、オーレルと見つめ合う事数秒。
「……まあいいか、さっさと行って、さっさと帰って来よう」
オーレルはなにかと葛藤した後、諦めたようだ。
一方、ヒカリも言いたいことがある。
「なんでいつもの服じゃないの?」
オーレルは、現在騎士服姿ではない。
一般人が着るようなシャツとズボンに革の胸当てを着けて、腰から剣を下げているという、いつもに比べればラフな格好だ。
ヒカリの疑問に、オーレルは鼻を鳴らして答える。
「休暇にまで制服を着たくないからな」
どうやら今日は休みだったらしい。
それをヒカリの道案内に使おうというのだから、真面目なのか物好きなのか。
――家で寝ていてくれていいんだけど。
お互い言いたいことはあれど、とにかく出発することにした。
店の玄関に閉店の札を下げたヒカリは、オーレルに連れられて早朝で人がまばらな大通りを抜け、通ったことがない地区にやってきた。
「ねえ、どこに行くの?」
不思議そうに問いかけるヒカリに、オーレルは「なにを言っているんだ」という顔をした。
「門から外に出るに決まっている」
オーレルの言葉に、ヒカリは脳内に疑問符を飛ばす。
――門って、方向が違うんじゃない?
首を捻りながら付いて行くヒカリの前に、やがて見上げる程に大きくて立派な門が現れた。
「デカっ!」
ヒカリが通って来た門とは規模が違う。
もしやこちらが正門で、あちらは裏門だったのだろうか。
だとしたらショボかったのも納得だ。
「なるほどねー」
ウンウンと一人頷くヒカリに、オーレルが怪しむ視線を向けた。
「街に入るにはこの門を通るしかない。どうして今更驚くんだ?」
ここを通るしかないなんて、そんなはずはない。
「こんな所通ったことないけど?」
今度はヒカリが「なにを言っているんだ」という顔をした。
「だって私、もっとちっちゃい門っていうか、扉から入ったし」
あんなに堂々と開けっ放しになっていた扉があったのに、ここだけということはないだろう。
ヒカリの発言に、オーレルが何故か長いため息をついた。
「……やっぱりか」
「え、なによその反応」
眉をひそめるヒカリに、オーレルが低い声で尋ねる。
「もしかして、人が二人通れるくらいの大きさの、鉄の扉から入ったのか?」
まさしく、ヒカリが街に入った扉のことだ。
「そう、それそれ! どっから入るのか分からなかったら、扉が開いていたのよねー」
まるで昔の話のようだが、まだあれから一カ月経っていない。
過去を懐かしむ顔をするヒカリの頭を、オーレルが急に拳でグリグリしてきた。
「いたたた、痛い! なによ急に!?」
突然のことに驚きながら睨むヒカリを、オーレルは眉を寄せて見下ろした。
「そこは普段砦の者しか使わない、常に閉じられている裏門だ」
「……え?」
驚きの情報を聞いた気がする。
「だって、開いてたよ? それに誰もいなかったから、通っていいものだと思ったんだけど」
「それは門番の職務怠慢だ」
ヒカリの言葉を聞いて、オーレルが頭痛を堪えるように手で頭を押さえる。
「加えればここは国境の砦、裏からこっそり入れば密入国だ」
「はぁ、嘘でしょう!?」
さらに言われた内容に、ヒカリは驚愕する。
知らない間に犯罪者になっていたなんて、ビックリな事実である。