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ベリーチョコタルトはいかが?

作者: 高瀬翠


『貴女に恋の魔法をかけましょう。

蕩けるような恋心に、少しのスパイスを加えて…そうね。甘酸っぱいベリーはいかが?甘いだけの恋も、酸っぱいだけの愛も一緒にしちゃえば美味しいもの。ね?チョコに貴女の心も混ぜちゃいましょう?そして彼にプレゼントするの。きっと貴女を好きになるわ!』


ベリーチョコタルトのレシピ本に描かれた可愛らしいイラストの魔女が、満面の笑みで恋する少女達にエールを送ってくれる。

何度も読み返したせいで覚えてしまった恋の魔法を呟きながら、チョコタルトを完成させた。

大好きな親友の華奈が、作ることに怖気付く私に「柄じゃないけど」って照れながらも渡してくれた大切なレシピ本。


「めちゃくちゃ美味しそう!これなら雪乃の気持ちも絶対に届くよ!」


近所でも可愛いと評判の彼女が、ウインクしながら太鼓判を押してくれた手作りチョコタルト。



「そんな彼女の言葉を信じて作った私のチョコは、見事にゴミ箱いきになりました。」


私こと橘 雪乃の初恋は一瞬で終わってしまった。

涙と鼻水でグチャグチャの顔でゴミ箱を見ている顔は、きっと誰にも見せられないくらい情けないだろう。

粉々に打ち砕かれた恋心が、それでも諦められず思いだすのは初恋相手の晶くんのこと。

親友である華奈の2つ年上で幼馴染の彼は、ひっつき虫の様に彼女の側にいる私にも嫌な顔をせず、いつも優しくしてくれた。



目を閉じると浮かんでくるのは今日までの出来事で、思い出す度に呆れるほど涙が溢れた。


晶くんと、初めて会ってから6年目のバレンタイン。

最初に思い出すのは、この気持ちを伝えたくて勇気をだして華奈に相談してからは彼女に支えられっぱなしだったこと。

社会人になって忙しそうな晶くんの近況を教えてもらったり、バレンタインに会う約束をするメッセージも一緒に考えてもらったりと、たくさん私の背中を押してくれた大好きな親友。



そんな彼女に勇気をもらった運命のバレンタインは生憎の平日で、子供の時から3人で遊んでいた思い出の公園で、彼の仕事が終わるまでソワソワと落ち着きのない心を持て余しながら、静かに沈んでいく夕日を眺めていると、公園の入り口付近を歩いていた晶くんが私に気付き手を振ってくれた。

小走りで彼の側にいくと、笑いながら軽く頭を撫でられた後に近くのベンチに並んで座る。

話がしやすいように少し向かい合う形で座り直すと、彼も私に体を向けてくれた。

互いに目が合って微笑み合った。


「遅くなってごめん。」

「晶くんもお仕事お疲れ様。疲れてるのにごめんね?来てくれてありがとう。」


幼馴染の友達という関係なだけの私に、彼は優しい。

だから、私は…。


「あの…これ、今年は手作りにしたの。晶くんの好きなチョコタルトにベリーを入れてみたんだけど…」


彼にチョコを差し出す手が震え、さらに頭に血がのぼっているのか顔が熱い。告白の練習も何度もしてきた筈なのに言葉につまって俯いてしまう。

沈黙が気まずくなって、何とか言葉を続けようとした私を遮るように彼の声が響く。


「これは…本命?」


彼の声は静かだった。

激しく高鳴っていた心臓の音が一瞬でとまってしまうくらい、静かな声。

俯いていた顔が自然と彼の顔を見上げていた。

そこにあったのは、出会ってから初めて見せる彼の厳しい顔だった。


「本命なら、受け取れない。」


何も言えない私に、彼は言う。


「俺は、君を好きじゃないから。」


ほんの少しの期待もさせないくらい、はっきりした拒絶の言葉。

幼馴染の友達という関係なだけの私に、いつも優しくしてくれた彼からの言葉。


頬を伝う涙に気付かない振りをして笑う。

ずっと、彼に言えなかった言葉。

ずっと、彼に言いたかった言葉。


「…知ってたよ。それでも優しくしてくれてありがとう。側にいさせてくれてありがとう。」


驚き目を見張る彼が涙でぼやけていく。

優しくて、本当に優しくて、いつか私にも手が届くと勘違いしそうになった彼の姿を、目に焼き付ける様に見つめ続ける。きっと、これが最後だから…。


「優しさに甘えてばかりでごめんね?晶くんを好きになってごめんね。華奈に…我慢させてごめんね。本当にごめんなさい。もう2人の邪魔はしないよ。」


私の初恋相手の晶くんは、華奈の好きな人。

晶くんの好きな人は、幼馴染の華奈。

諦められなくて、2人の邪魔をした醜い私。


「最後のバレンタイン受け取ってくれないかな?」


震える両手で差し出す箱を、彼は受け取ってはくれなかった。私の精一杯の「ありがとう」も「ごめんね」も彼から華奈と過ごす時間を奪った6年間を埋められなかった。



何も言わず、彼は立ち去った。

私と彼が過ごした6年間の終わりは一瞬で終わった。

私の6年間は彼にとって不必要だと思い知らされた。


きっと、これは罰なんだろう。

華奈から渡されたレシピ本。

何度も読み返したことが分かる程に開き癖が付いたページのベリーチョコタルトを私は作った。

晶くんの為に、華奈が何度も練習して作ろうとしたと分かっていたのに。


私に渡す時に彼女の手も震えていたのに。

私は見ないふりをしてしまった。



公園のゴミ箱に捨てた恋心。

明日からは、もう、2人の側に私はいない。


ごめんね。そして、今までありがとう。

それからね?もしチョコを受け取ってもらえたら言うつもりだったの。「明日…この街をでるよ。本当に、もう、2人の邪魔はしないから」って。

親の都合で決まった急な転勤に最初は抵抗していたけど、私達の関係が限界なのも気付いていたから。



それから、それから…

「幸せになって」

ただ、それだけ最後に伝えたかったの。


「恋と愛を一緒にしたら、ただただ苦いだけだなんて知りたくなかったのに…」


涙は誰にも拭われぬまま流れ落ちていく。



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― 新着の感想 ―
[一言] ウムム、切ないですね。 他にいい人が見つかることを祈りましょう。
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