7
城の正門からまっすぐ伸びた道は城の高台からゆるやかに下っていき、町につく。そこが町のメインストリートとなって、町中央の広場につながる。
重い宝石の首飾りを身につけて、ひときわ目立つ色味のドレスを着たわたしが、馬の背に揺られていく。手綱をもっているのはしゃちこばったパウル。わたしの馬をひく役目は、見栄えを考慮して、厩舎でも年少の者がなることになっていたのだから、彼に役が回ってくるのも道理だが、緊張のあまり青白くなった顔が気の毒に思える。
伯家の旗が先頭をいき、わたし、客人、大勢の騎士たちが続いていく。道の両側には埋め尽くさんばかりの観衆がひしめき、行列の移動についていく。
騎士たちの大半は銀の甲冑を身につけていたわけだが、彼らが抱えた兜の上についた羽飾りの鮮やかさがまず目をひく。青い羽と赤い羽はそれぞれの組の色を表す。叔父は青、オーウェンは赤、というふうに。さらに将には他の者よりもひときわ大きな羽を身につけさせ、それぞれの従者が持つ旗は片方が熊、片方が鷲をかたどったものとなっている。
この模擬試合の目的は、わが伯領の健在と誇り、勇猛さを示すことにある。決闘の理由はなんでもよい。ただ、慣習に沿うことが多い。と、いうのも――
「へえ。確かにありゃあ、男が取り合ってもおかしくない別嬪だなあ!」
通り過ぎていった群衆からそんな声が聞こえる。あの口ぶりからいうと、他領から見物に来た者だろうか。ぶしつけではあるが、悪意がこもっている様子ではない。
この行事に乗り気でない理由の一つは、この模擬決闘で争われることが――形式的であれ――伯家の姫への恋の鞘当てに他ならないからだ。
十歳を過ぎる時分からわたしはその「伯家の姫」として、男たちが争うわけにされてきたのだが、別に無邪気に喜べるわけでもない。彼らは戦いたいだけであって、その原因がなんであろうと関係ないし、売名行為の一つであることを子供心に感づいていたからかもしれない。
広場を囲むように立っているのは各業種のギルドの建物である。ここがトゥアーの商業の基点であり、日々おびただしい量の金貨が動く。やはり他の筋の建物とは違う、堅固さが目立つ。
模擬決闘の場所は主にギルド建物が面する広場とそこを貫くメインストリートだ。地面に引かれた黒線で観客が入れる領域が定められているが、頭に血が上った騎士たちはその線を超えることもしばしばあって、地上の観客は安全ではない。そこであるときから、観客は高いところから見下ろすようになった――つまり、ギルドのような建物の二階や三階からせり出したテラスに観客のための席を設けるようになったのだ。
伯家とその客人たちは模擬決闘がはじまる、まさにその正面にある建物の二階を貸し切る。豪奢なテーブルと椅子が用意された席でわたしはさも女伯らしく上品に座っていればいい。
パウルに手を引かれ、馬を下りる。大きな扉をくぐっていけば、建物を使うギルドの構成員たち、及びトゥアーの商業を牛耳るそれぞれの業種のギルドの長がわたしを出迎える。そろいもそろって裏地がかぼちゃ色のマントを身に付け、一人赤のドレスのわたしは一層目立っているように思える。
この建物は「小麦のギルド」の持ち物だ。生活必需品を取り扱うギルドは必然的に大きくなるのは当然のことで、トゥアーでもっとも大きなギルドは小麦商人たちのギルドである。その威勢を反映してか、賓客用の観客席が設けられているのも建物の二階部分にある。
「今年も春がやってきましたね。そなたたちが健勝であることは何よりです。トゥアーの発展のため、今後もつくすように頼みましたよ」
手の甲を差し出せば、「小麦のギルド」の長たる男がその手を額に押し当て、恭順の意を表す。騎士は口づけを、商人は額に押し抱くのが作法だ。
「我々も女伯さまの観覧を心待ちにいたしておりました。この伯領のますますの発展と、伯家の繁栄を祈願いたします」
白髪の多くなった長はそっとわたしの手をにぎったまま、こちらを見つめる。酸いも甘いもかみ分けたこの男はわたしの父の代からこのトゥアーで大きな影響力を持っている。それだけに彼が懸念し、わたしに言外の意味を仄めかしたことも無理はあるまい。伯家の血が途絶えてしまえば、彼らにとってもろくな結果にならないからだ。
「ええ。わたしもそう願っていますよ。この身に宿った役目を果たし、次代に繋げなくては。……さて、そろそろ席に案内していただけるでしょう?」
かしこまりました、と彼は丁重に礼をする。その表情には確かに読み取れる感情はないが、わたしの真意は伝わったはずだ。
背後にいる客人たちの視線も同時にこちらに集中した気がした。わたしが彼らの前でわざわざそんなことを言った意味。それは簡単に推察される。伯家の「夫」の座――それを用意する覚悟があると、さらにその「夫」を今いる客人の中の誰かから選ばれるかもしれぬ。そう受け取られたことだろう。
明確な口火は切って落とされたのだ。あとは――知るものか。
わたしの仕事は「優雅な高みの見物」というほかない。視界を遮られることなく、安全な場所に陣取って、二つに分かれた集団のどちらに味方することなく、冷然と勝負の行方を見守る。たとえ、どれだけ血を見ることになろうとも、感情をあらわにしてはならない。
皆が戦う騎士たちを見るのと同じように、わたし自身も「見られている」のだから。
すでにあちらこちらの窓から所せましと人々が顔を出している。祭日に出る屋台でさえも、この日にはとうてい騎馬に用いる馬が入れないような、小さな通りにしか構えない。人の喧騒は地面ではなく、もっと高いところに移り住む。
兜をすっぽりかぶった騎士たちがわたしのいる建物のちょうど正面で整列する。彼らの頭を覆う兜は、防御のために顔まですっぽり隠れてしまうもので、ほぼ判別不可能だ。そう、彼らを互いに見分けるのは、今彼らがそれぞれ手にしている自分の家柄を示した紋章の旗と、兜の頂につけられた羽根ぐらいだろう。赤く染色されたものと、青く染色されたものが彼らの兜の上で直立し、ふと吹き抜ける風に合わせて揺れている。
青の大将は叔父がつとめ、赤の大将はオーウェンがつく。……ああ、あれだ。互いにつけた羽根は他の者よりも非常に大きい。羽は後頭部に向かって垂れている。
彼ら二人を中心として、それぞれ横一直線で並び、彼ら二人はまさに真正面で向き合っている。二つの群を隔てるのは地面に引かれた二本の線だ。
その黒く塗られた境界線は剣線とも呼ばれ、合図をするまで争わないようにした措置の一つ。
騎士の馬たちは時折いなないて、蹄をあげてはかこんと石畳の上に下ろす。主人たちの意気を感じ取っているのだろう。それとも、浮かれ具合をか。彼らの半分は催し物が終わった時には血みどろになっているというのに。
「……パウル。それでもあなたは騎士に憧れるのですか」
後ろを見やれば、彫像のごとくひたすら突っ立っていたパウルはぎこちなく首を縦にふて肯定の意を示した。今日は従者に相応しい恰好をさせてみたが、どうも「着られている」ようにしか見えない。
日ごろの礼を兼ねて、特等席まで連れてきて、ついでに騎士の野蛮さまでも教えてあげようと思っていたが、彼の輝ける瞳を見れば、わたしの企みは完全に裏目に出たらしい。
わからないわね、とひそかな溜息を催して、ちらりと広場を見下ろす。
兜の切れ目――目があるあたりの切れ目がこちらを向いていたのに気付く。叔父と、オーウェンと。青い目を持つ二人には狭い視界の中で、わたしがどのように映っていたのだろう。
……いや、そんなことはどうでもいい。
わたしは皮手袋に包まれた右手を挙げた。
「はじめなさい」
高らかなラッパの音が一つ澄み切った空に吸い込まれていく。
周囲のざわめきがすべて消えた。




