変革の日(3)
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二〇〇七年七月六日。かつて金次郎はある真実を探究する者だった。探究者と呼ばれるそれは、魔法使いの中にも異質な存在だ。そもそも魔法使いとは、世界の奇跡の法則を理解し、扱う存在。人々はそれを魔法と呼び、魔法を扱う者として魔法使いと総称される。
奇跡の法則は世界の理であり、誰もが変えることができない。そしてその法則は才ある者でしか扱えず、それも一人一つまでしか取り合え杖ないのが常識だ。
だが、世界にはそんな理を覆す魔法が存在する。それが〈朱の魔法〉と〈蒼の魔法〉と呼ばれる代物。
朱の魔法は理を破壊する破滅の魔法。蒼の魔法は理を創る基盤の魔法。この二つが存在するからこそ、世界は生まれ、そして成り立っているとされている。
しかし、相反する魔法が両立する法則が存在する。それが〈朱蒼の法則〉だ。この法則は、理を破壊し、再構築させるもの。簡単に言えば朱の魔法と蒼の魔法が反発することなく共存している法則だ。
大きな矛盾を抱えているにも関わらず、存在してしまうそれは、世界そのものと言い表せた。
そしてそれは、一九八九年七月七日に起きたある事件に関わる。魔法使いはその日のことを、変革の日と呼んでいた。
「金次郎。お前、また学校をサボったな」
「ここにいるてめぇに言われたかねぇよ」
ある喫茶店で、まだ高校生だった金次郎とアルベントは会話をしていた。変革の日と呼ばれる一日前、普通に学業に専念しなければならない二人は、仲良くそれを放棄する。いつものように適当な話をし、それぞれが好きな飲み物を飲み込んでいく。
変わらない日常が存在し、この時の金次郎はそれが永遠に続くものだと思っていた。
「こーら、二人共。ちゃんと勉強しないとだめでしょ?」
そんな二人に声をかける存在がいた。ねずみ色のシャツに、青いジーンズ。白を基調としたよくわからないデザインのポーチキャップを被った女性は、二人に喝を入れるために説教を始める。
「そんなんじゃあ、大学にいけないぞ? 今時はそれが当たり前じゃないの? あ、もしかしてきつくて辛くてお金にならない仕事でもしたいのかな? 無理無理。アルベントならともかく、金次郎じゃあ十分でだめになるよ」
青髪のショートヘアを揺らしながら、女性は言う。当然その言葉に、金次郎は反発し、反論を展開する。
「んだと、十! てめぇができるんだから俺にもできるんだろうが! だいたい便利屋ってなんだよ! 自己犠牲の精神をどうこうっていうけど、お前は我を持ってるじゃねぇか!」
「言いなりになるのと他人を思いやるのとは違うのだよ、金次郎君。私はこの高尚な精神を人のために使い、誠実な仕事をしているのだ!」
「何が誠実な仕事だ。この前は俺に丸投げしただろ? だいたいな、お前は俺達がいなきゃ何もできない女だって自覚持てよ。仕事だけじゃなくて、掃除も洗濯も、ついでに料理といった家事全般が下の下に値する」
「ひどい! 金次郎があんなことをいうよ、アルベント!」
「事実だ。成長をしたければ素直に受け止め、反省しろ」
「私に味方はいないのか!」
ショックを受ける十。金次郎は少しイラつきながら飲み物を喉に流し込んでいく。そんなことをしていると、十のポケットが唸り出した。何気なく手を突っ込み、携帯を取り出すと、直後に表情が強張った。
「どうした?」
「面倒な仕事が入った。それだけ」
十はそう言って、二人の前から去ろうとする。だが、何かを思い出したのか、足を止めて二人に顔を向けた。
「あ、そうそう。二人共、真実の探究はやめさないね」
その言葉に金次郎は蒸せた。なぜ今やっていることを知っているのか、問い詰めたくなるがその前に十は消えてしまう。呼吸が整い、どうにか落ち着いた金次郎は、アルベントに言葉を放った。
「お前、話したのか?」
「そんなことをすると思うか?」
大きなため息を吐く金次郎。女性の勘なのか、それとも違う何かで知ったのか。どちらにしても金次郎は十に頭が上がらなかった。
「にしても、なんであんなことを言ったんだ?」
金次郎は素朴に疑問を浮かべていた。そもそも魔法使いである二人は、変革の日に何が起きたのか知りたかった。特にこれと言った使命感はないが、純粋な好奇心で独自に調査をしているのだ。
だがわかったことは二つだけ。一つは朱蒼の法則が関わっていること。もう一つは、存在しない存在がいるということだ。
「俺達の身を案じてだろう。関わってきた魔法使いは、容赦なく殺されたと聞いている」
「存在しない存在に呪い殺されたという奴か? んなもんどこの誰が信じるってんだよ」
この情報は一般の魔法使いですら知っているもの。これ以上深く探求するには、存在しない存在に接触しなければならないと言われている。だが、それは何なのか、そして人間なのかもわかっていない。
わかっているのは、存在しない存在に接触した魔法使いは、必ず殺されているということ。そして、それは変死体として発見されることだ。
「変な奴らが興味を抱かないように作った噂だろ? そんなんで魔法使いの好奇心が消えると思ったのかね?」
「さあな。だが、真相はどうあれ、危険を犯す必要はあると思うぞ」
金次郎はその言葉に、否定することはなかった。
二人は学生服のまま、ある建物へと入っていく。そこは寂れたカラオケ屋だ。受付に立っている店員に、二人はある言葉を発する。
「予約していた金次郎です。フリードリンクつきの個室を頼む。あ、あと人気メニューのサンライトを添えてくれ」
「俺も同じように頼む」
店員は頷き、マイクが入った青い籠を渡す。金次郎はそれを受け取り、指定された番号の部屋へと向かった。大きな画面のテレビに、高度成長気を彷彿させる銀色の球体。それを眺めて、金次郎はマイクを手に取った。
電池が収められているだろう収容空間を空ける。するとそこには、一つUSBらしきものが存在していた。それを備え付けられていたテレビの横につける。するとテレビは何かを読み取り、ある人物を映し出した。
『久しいな、日本に住む底辺の魔法使いよ』
金次郎とアルベントは相変わらずの言葉遣いに、少し顔を強張らせた。
「それが部下にかける言葉か? ヴィンセント」
『事実を言ったまでだ。それとも、否定できる証拠でもあるのかな?』
金次郎は苦々しく顔を歪める。それを見たヴィンセントという男は、鼻で笑う。金次郎は舌打ちをしたくなる気持ちを抑えながら、ヴィンセントの言葉を待った。するとヴィンセントは、ある指令を出す。
『真実の探求者よ。君達に朗報を与えよう。我々はある事実を知ることができた。これは真実へと近づくことができる重要な情報だ。だが、下っ端の君達にタダで教える訳にはいかない』
「もったいぶるな。何すればいいんだよ?」
ヴィンセントは下劣な笑みを浮かべる。そして、言葉を言い放った。
『十帆夏を殺せ』
二人は思わず立ち上がった。なぜここで十が出てくるのか。そもそも殺す必要性があるのかがわからなかった。しかし、ヴィンセントは問答無用に言葉を放つ。
『できなければこの話はなしだ。わかったな?』
険しい顔でヴィンセントを睨みつける二人。その笑みが画面から消えるまで、二人は頷くこともせず、そのまま歯を食い縛っていた。
カラオケ屋を出る二人。金次郎は何気なく、アルベントに言葉をかけた。
「なあ、あの話――」
「やらない」
その力強い否定の言葉が、金次郎を安心させる。
「だよな。ま、ここらが引き際なんだろう」
「あいつは気に食わない。十の命を奪うくらいなら、あいつに逆らう方がいい」
「ああ、その通りだ」
さて、と金次郎は言葉を繋げる。そしてアルベントに、吹っ切れたように言い放った。
「帰ろうぜ」
このまま何事もなく終わるはずだった。だが、金次郎とアルベントの運命を変える出来事が、この日の夜に起きてしまう。
それは、二人が望まない形で。