変革の日(2)
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その魔法は、すごかった。あまりにもすごすぎて何がすごく、底が知れない。
赤黒い光が僅かに漂う空間の中心で、忠則は呆然と空を見つけている。突然手に入れてしまった力は、あまりにも強大すぎて、忠則の想像を遙かに超えていた。
『ちょっと、何ボーっとしてるのよ!』
そんな忠則に激を飛ばす少女の声があった。それを聞いて、忠則は我に返る。
『さっさと立って! もしあいつが仲間を呼んできたら、余計に大変になるから!』
「あ、ああ……」
言われた通りに立ち上がる。忠則はおぼつかない足で、その場を離れようと足を踏み出していった。だが、足を踏み出した瞬間、忠則の身体に異変が起きる。急激に襲ってきた疲労感に、脱力感。思うように力が入らず、呼吸すらままならない。
おかしい、と思いつつ足を踏み出していく。だが、それは三歩踏み出したところでできなくなった。
『ちょっと!』
忠則はゆっくりと倒れた。碧は思わず忠則に声をかけようとする。しかし、すぐに忠則がどんな状態なのか気づいてしまった。
使い慣れていない魔法。心得も代償もわからないまま使ってしまった魔法。だからこそ忠則は、ペナルティを受けていた。
『しっかりしなさい! 食べられちゃだめよ!』
碧が放った言葉の意味を、忠則は理解できない。確実に、急速に減っていく体力。懸命に抗おうと手に力を入れるが、身体を起こすことができない。
『こんなことって――』
碧は後悔した。緊急事態だったとはいえ、無理に忠則に魔法を使わせたことに。このままでは忠則は自分の魔法に飲み込まれてしまう。それだけは避けなければならない。
碧にも危機が迫る中、碧は忠則にあることを言う。
『支配権を放棄しなさい。早く!』
だが忠則はもう碧の言葉すら理解できなくなっていた。闇に飲み込まれていく意識。弱まっていく呼吸と、鼓動。死を迎え始めた忠則に、碧が何を言っても無駄な状態だった。
「こりゃすげぇ」
そんな時、一人の男がやってくる。その男は赤黒い光が支配する空間へと、躊躇いなく足を踏み入れた。ゆっくりと倒れている忠則に近づく男は、忠則の顔を覗きこんでこんなことを言い放つ。
「よ、嫌われ者さん」
当然、忠則はその言葉自体理解できない。飲み込まれていく意識を、懸命に繋ぎ止める忠則。ただ必死に、生き延びようとしていた。そんな忠則に、金髪の男は問いかける。
「お前はなんで、生きたい?」
金髪の男は、答えを求める。それに対して、忠則は答えた。
「死にたく、ない……」
言葉を理解できない状態の忠則。金髪の男が何を言ったのかもわからなかった。だから懸命に、助けを求める。
「こんな、ところで――死にたく、ない!」
限りある命。それを感じながらも、迎えようとしている死。死んだらどうなるのかわからないからこそ、恐怖が心を支配する。
金髪の男はそんな忠則を見下ろしていた。明らかに同情したような目をしている。だが助けてくれようとはしない。まだ、何かを待っているようだった。
「俺は、俺は、このまま死にたく、ない」
忠則は振り絞る。わだかまりを、感じていた後悔を。
「あいつに、謝っていない。あいつの想いに、答えてない。あいつと、まだ馬鹿をしていたい。やらなきゃいけないことも、やりたいこともたくさんあるんだ。だから――死んでたまるか!」
その言葉に、金髪の男は大きなため息を吐いた。そしてゆっくりと立ち上がり、赤黒い光を見る。
「情に脆いな、俺は」
持っていた白刃麗刀を抜く。そして、その刃を忠則に向けた。
「おいガキ。今回は特別だ。お前を助けてやる。だが、この代金は高いぜ? ツケ払いとして受け取っといてやるから、感謝しやがれ」
金髪の男は、ゆっくりと白刃麗刀を振り上げる。何も反応を示さない忠則。それを見つめながら、一気に振り下ろした。重々しい音が響き渡る。それと同時に、忠則は意識を失った。