魔法を知らない不良少年(4)
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「……なんだ、ここ?」
澄み渡った青い空。広がる花と草の柵に取り囲まれた箱庭で、忠則は目を覚ました。とても綺麗で、淀みのない空を見つめる。ふと、忠則は近くに何かがいることに気づいた。目を向けるとそこには、忠則を見下ろしている女の子がいた。
金色に染まった長い髪に、真っ赤な瞳。小さな身体を包み込む黒いドレスは、なぜだかとても似合っている。
「いつまで寝ているのかしら?」
女の子はため息混じりに言葉を吐き出した。ムクリと起き上がる忠則。何気なく自身の胸に目を移すと、赤く染まり千切れたワイシャツが存在していることに気づく。
そういえば、と思い意識を失う前の出来事を思い出す忠則。そして広がる幻想的な箱庭を見て、忠則は女の子に問いかけた。
「俺、死んだのか?」
あまりにも率直で、愚かな質問に、女の子は笑った。懸命に堪えているが、お腹を抱えてしまっている。
忠則はその姿を、ただ呆然と見つめていた。軽く涙を溢し、それを指で拭った女の子は笑いながら言葉を口にする。
「あなた、面白いわね。初めてだわ。ここを死後の世界と勘違いした存在は」
少女は呼吸を整える。そして、ゆっくりと忠則に近づき、顔を覗きこんだ。妖艶な笑顔が接近する。忠則は思わず怯むが、その顔を見つめていた。
「特別。あなたに私の名前を教えてあげる」
女の子は、ゆっくりと口を開いた。そして、忠則に告げる。
「レメリー・ディア・アルカディア。気軽にレメリーって呼んでちょうだい」
忠則はよくわからないまま頷いた。それを見たレメリーは、満足げに微笑む。そして、少し離れて指を鳴らした。
光り出す大地。忠則は何もわからないまま飲み込まれていく。
「今はそれでいいのよ」
だが、レメリーがそう告げた。
「運命は動き出したばかり。彼女にとっては、あまりにも苦痛で長い時間だったけど、それでもそれは努力の結果なの」
全てを見透かしているかのように、レメリーは言葉を並べていく。そして忠則に一つだけ、あることを教えた。
「忠則、あなたはもう一人じゃないわ。だから――自分と向き合いなさい」
言葉の意味を理解できないまま、忠則は光に飲み込まれた。光が消え、それを見つめるレメリー。青く澄んでいる空を、少し悲しげに眺めながら呟く。
「世界はかつて、奇跡を受け入れていた。でも今は、違う。科学的な根拠がない限り、奇跡と言う魔法を受け入れない。だからこそ、あなたが手に入れた力を、正しく使って欲しい。奇跡は――神秘の法則でできた魔法なのだから」
その言葉は、誰にも届かない。それでもレメリーは信じた。
愚かで、懸命で、全ての運命に抗う人間を。
◆◆◆◆◆
「痛い、痛い、痛い!」
片腕を失った男が、怒り狂っていた。消えることのない激痛。どうにか出血は収まったが、突き刺さるようにそれに苛立ちを覚えてしまう。永遠に襲いかかってくる痛みは、男に苛立ちを募らせて怒りへと変換させる。
「あの女、あの女!」
腕をぶった切ってくれた少女に矛先を向けようとするが、やめる。またぶつかり合えば残った腕も切り落とされてしまう可能性があった。それよりも来た道を戻って、探すのは非常に面倒だと感じてしまう。
抑えようのない怒りが男を支配する。しかし、発散することができず、苛立つという悪循環が生まれていた。
「こうなれば――」
大通りに出て、そこらにいた人間を殺そう。そんなことを考え始めた男は、進む方向を変える。適当に、大量に人を殺せば、この苛立ちは収まるかもしれない。殺して、殺しまくっていれば、強くなっているはずだ。そうすれば少女に報復することができる。
男の思考が固まり、目的が決まる。目の色を変えて、大通りへと走っていく男。だが、何かが足に引っかかり、つまずいてしまった。
「おっと、失礼」
勢い余って男は転んだ。余計な痛みで顔が引きつり、険しい表情で声をかけてきた存在を睨みつける。
目に入ってきたのは、ツンツンに立った金髪に、やる気のない目をしている黒いスーツを着た背の高い男だ。男は金髪を威嚇するように睨みを利かせて、立ち上がる。
「おや、怪我をしていますな通り魔さん」
その言葉に、男の表情は一変する。持っていた刀を振り、金髪の首を跳ねようとした。だがそれは、甲高い音と共に止められる。
音がした方向に目を向けると、一本の刀が存在した。
「お前、何者だ?」
脅すように、威圧的に問いかける。すると金髪はこんな言葉を返した。
「何者? 俺は、通りかかった便利屋です」
気だるそうに、だけどなぜか力強く放たれる言葉。男は奥歯を噛み、次の手を講じようとした。だがそれよりも早く便利屋が動き出す。
「バランス悪いだろ、それ?」
便利屋は持っているはずのない刀で、男の左手を斬った。落ちる手を見て、男は呆気に取られる。遅れてやってくる刺激。脳がそれを感じ取り、反応を示した時には、別の感情が男を支配していた。
「てめぇえええぇぇ!」
抑えきれない怒りが、一気に爆発する。だが、両腕を失った男はどうすることもできなかった。腹部に迫る峰。強烈な打撃が叩き込まれた男は、唾液と胃液が混ざった何かを吐き出し、そのまま力なく倒れた。
意識を刈り取ったことを確認した便利屋は、持っていた刀を消す。そして、面倒臭そうに後ろ髪を掻き、転がっている一本の刀を手に取った。
「ったく、なんで俺がこんな仕事をしなきゃならないんだっての」
近頃の警察は、と文句を溢す便利屋。倒れている男に一瞬だけ同情したような目を向けて、ポケットから携帯を取り出す。
「もしもし、警察ですか」
適当に言葉を並べて、倒れている男を回収してもらうように仕向ける便利屋。そんなやり取りを終えた直後、大きな地響きが鳴った。
「なんだ?」
音がした方向に顔を向ける。するとある光が何度も煌めいていた。
赤黒く、今にも飲み込まれてしまいそうな光。それを見た便利屋は、少しだけ真剣な目つきで見つめる。
「まさか」
便利屋の頭にあるものが過った。それを確認するために、光が解き放たれている場所へと急ぐ。