魔法を知らない不良少年(3)
◆◆◆◆◆
町に繰り出した忠則。だが近くに存在する商店街はシャッター街となっているため、楽しめるような場所はなかった。
何気なくポケットに入れていた財布を取り出す。そして現在の懐の暖かさを確認する。
「百十二円か……」
バスに乗るお金がないことに気がついた忠則は、ニュータウンに向かうことを諦めた。仕方なく近くに存在する商店街へと歩いて向かい、遊べる場所を探すことにする。
一応都市部なので、様々な建物が並んでいる。だがそれらは東京と比べると、とてもちっぽけであまり魅力的なものではない。たまに存在する住宅は、大概が古く、今にも崩れ落ちそうである。
忠則はそんな光景を見て、人がいなくなるという意味を考える。東京までとはいかなくても、もっと人がいればこんな状況にはならなかっただろう。そもそも、なんで人がいなくなるのか考えてみた。
結果、仕事の少なさが結論となる。
「どんなに町興しを頑張っても、仕事がなきゃ定住は難しいんだよなぁ」
忠則は自分の将来に不安を抱きながら、足を進ませていく。だがどんなに心配しても、政治家でも県議会の人間でもない忠則ではどうしようもなかった。だから考えるのはやめて、もっと楽しいことを考えて過ごすことにする。
だが、思い出すのはクラスの担任である若い教師だった。結局、忠則は楽しい考えができず、苛立ちと不安を抱きながら商店街通りに辿りつく。
適当にゲーセン巡りでもしよう。そんなことを考え、商店街通りを進んでいく忠則。ふと、何気なく裏路地に目を向ける。するとそこに、一人の男が歩いている姿を発見した。その男は左手に棒のようなものが存在する。よくよく見ると、刀のような形だった。
「まさかな」
忠則は思わずその男の跡を追いかけた。もしも、巷を騒がせている通り魔犯だったら。忠則はただ怖いもの見たさに、足を進ませていく。
薄暗くなり、人が完全に消えた裏通り。まるでゴーストタウンを彷彿させるようなそこは、ただ沈黙を守っている。古びたコンクリートと木造の建物が並ぶ道を進む忠則。何が待っているのかわからない恐怖にかられるが、それを凌駕する好奇心によって足が勝手に進んでしまう。
ふと、追いかけていた男が足を止めた。忠則は慌てて物陰に隠れ、様子をうかがう。
「いい獲物を見つけた」
男は怪しくも不気味な笑みを浮かべて、ある存在を見つめる。男の視線の先を覗き込む忠則。するとそこには、見覚えのある格好をした少女が立っていた。
美しい白い髪に、オレンジのパーカー。かわいらしいフリルスカートに、流行の赤いシューズを履いている少女は、深く被っていた帽子を軽く上げて、男を見つめた。
「何の用かしら? 私、忙しいんだけど?」
男は汚らしい笑い声を溢す。そして、刀の刃をゆっくりと抜き、言葉を発した。
「何もしなくていいさ。この刀で、身体を、斬られてくれれば、なぁ!」
コンクリートの大地を蹴る男。それは刹那とも言える速さで、目を閉じる余裕さえも与えない。だが少女は、そのスピードに対応した。
刀を振り切る男。しかし、それは空を切った。力なく落ちる刀。それを握る腕を、男は見つめる。
「あ?」
自分の右腕に視線を向ける男。そこには、存在するはずの腕が存在していなかった。そして気がついてしまう。離れた場所に落ちている刀を握った腕が、自分のものだということに。
「あぁああぁぁぁ――」
認識すると共に、痛みが加速した。溢れ出てくる血に、暴れる激痛。何が起きて、何があって、なんでこうなったのか男にはわからない。
そんな男に、白い髪の少女は近づいていった。その緑色の瞳を強く輝かせ、そして男に手をかざす。
「このまま死にたい? それとも、無様に生き延びたい?」
見た目とは反して、残酷な言葉を放つ少女。忠則はそれに、息を呑んだ。
こんなド田舎で、こんな寂れた商店街で、ただの好奇心だけで追いかけてきた忠則はどんでもないものに遭遇してしまっている。
ある種の興奮を覚える忠則。そのせいか、何かを足にぶつけて音を立ててしまう。
「誰?」
咄嗟に少女は忠則に顔を向けた。その僅かな隙、男は駆け出す。
「しまった」
落ちていた腕を拾い、刀を手に取る男。そして、その刃を呆然としている忠則に突き出した。
刃はまっすぐと、忠則の胸を貫く。思わず器官から溢れ出した血を吐いてしまう忠則。何が起きたのか理解できないまま、刀を持つ男にもたれかかってしまう。
「お前で我慢してやるよ」
蹴り飛ばされる忠則。転がり、何かに背中を打ちつけると同時に激しい痛みが襲ってきた。刺された場所を押さえようとするが、思うように腕が上がらない。
「くっ」
男に逃げられた少女は、追いかけることもなく忠則に駆け寄った。
「大丈夫!? 大丈夫なら返事をして!」
呼びかけに答えようとする忠則。だが、反応することができなかった。それを見た少女は、忠則の現状を知る。
「こんなことって……」
命の危機。助けようにも、傷が致命的だった。懸命に状況の打開策を考える。そして少女は、一つの方法に辿り着いた。
「フィアなら、やってるはず」
おもむろに、着ていた服を脱いでいく少女。全てを脱ぎ捨てて、瀕死の忠則の頬に手を添える。
「こんな形でしか助けられなくて、ごめんね」
闇に飲まれていく意識。忠則は訳がわからないまま、少女の言葉を受け入れる。深まっていく黒。その中にあるかもわからない一筋の光を求めて、忠則は手を伸ばす。どんなに伸ばしても見つからない光。だが、その手を掴んでくれる存在がいた。
「名前、後で教えてね」
忠則の身体を抱き締める少女。白く、美しく、麗しい光が二人を包み込んでいく。刻まれていく言葉。誰も読めないそれは、今後の運命を記していた。