魔法を知らない不良少年(2)
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桜ヶ岬高校。桜ヶ岬市を代表する県立高校である。たいていの学生はここに進学し、一流から三流までの大学に入学が可能だ。要するに自分の努力次第で入学できる大学が決まるという中の上に位置する学校である。
門として働いていない正門を潜り、適当な花が植えられている校庭を通って玄関に向かう三人。忠則と武光は仲良く同じ教室へ、沙耶はふて腐れながらも寂しく違う教室へと進んでいった。
いつものように賑やかな教室。忠則は武光と共に、何気なく扉を開いて中へと入る。
「おっはよー!」
武光が元気よくクラスメイト全員に挨拶をする。そして忠則以外の仲のいい生徒の輪に入っていった。そんな武光を見送り、席へとつく忠則。いつものように一人で窓の外を見つめ、暇を感じながら時問を過ごそうとした。
だが席についた直後にチャイムが響き渡る。それを聞いた生徒達は、一斉に自分の席へと心残りを抱きながら自身の席へと戻っていった。
「おはよう、みんな」
チャイムが鳴ってから数分後、一人の青年が現れる。眼鏡をかけた優しそうな男は、屈託のない笑顔で生徒達を見つめていた。忠則はその笑顔に苛立ちを抱く。視線を完全に外して、外へと移した。
「それじゃあ出欠を取るよ」
若い担任教師は、いつものように生徒一人一人の名前を読み上げていく。それに武光は元気よく返事をし、クラスを盛り上げる。そして忠則の名前が読み上げられた。
「へい」
いつものようにぶっきらぼうな返事をする。それを聞いた若い教師は、少し困ったような顔をした。忠則はそんな表情を見ることなく、外を見続ける。
「次、呼ぶよ」
若い教師はそれを取り合おうとしなかった。読み上げられていく名前。忠則はそれを適当に聞き流しながら、外を睨みつける。
「最近、物騒な事件が起きている。だから、みんな気をつけてね」
若い教師がそんなことを告げると同時に、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。忠則はそれを聞くと同時に教室を出て行こうとする。だが、そんな忠則を呼び止める存在がいた。
振り向くとそこには、クラスの担任である若い教師が立っている。
「なんだよ?」
「何か、嫌なことでもあるのかい?」
日差しが差し込む廊下で若い教師と対峙する忠則は、睨みつける。威嚇とも取れる圧力を与えるが、若い教師は怯むことはなかった。
「別に。あったって、てめぇなんかに言わねぇよ」
「じゃあ、聞かせてくれ。なんでいつもそんなに不機嫌なんだい?」
わかってるくせに、と言葉を溢してしまう忠則。しかし、若い教師はそれに反応することはない。静かに、忠則の答えを待つ。
「関係ねぇよ。俺の勝手だろ?」
だが忠則は本心を明かすことはなかった。ゆっくりとその場を離れようとする。だが、若い教師は忠則の腕を掴み、行動を止めた。
「それは、嘘だろう?」
まっすぐとした目が、忠則を見つめる。
「本心を聞かせてくれ。それに君は、もっと素直な人間だろ?」
苛立ちが大きくなっていく。若い教師の声を聞くたびにそれは大きくなり、それに刺激された怒りが膨らんでしまう。しかし、若い教師はそんなことを知らずに土足で忠則の心の中へ入ってくる。だからこそ、耐え切れなかった。
忠則は腕を払い、若い教師の胸倉を掴んだ。震える右手を、拳にし、固く握る。だが最後の最後で、踏みとどまった。
「俺に話しかけるな」
荒々しく突き飛ばし、若い教師から離れる忠則。気がつくとその光景を、たくさんの生徒に見られてしまっていた。忠則は舌打ちをして、気まずくその場を去っていく。
「待って、忠則君!」
追いかけようとする若い教師。だが忠則は、来るなと叫んだ。
「来たらぶん殴る」
睨みを利かせ、若い教師を威圧する。殺気を込めて、土足で自分の領域に入ってこられないように、殻を作る忠則。若い教師はそれに圧倒され、動けなくなってしまった。
忠則は野次馬となっている生徒達を睨みつける。怯む生徒達は、すぐに視線を外して一斉に退散した。
「くそ」
忠則は発散しようのない苛立ちを抱えたまま、廊下を進んでいった。そして玄関で靴を履き替えて、そのまま学校を出ていく。大きなわだかまりを抱えつつも、居心地が悪い学校から、逃げていった。