エピローグ
忠則は様々な人達から怒られた。最初に怒ってきたのは、姉である。きつい一言と共に頬をビンタされた。
次に怒ってきたのは、武光だった。朝の出来事で碧を彼女と勘違いしたらしく、それで文句の言葉を並べられる。同時に沙耶にも怒られた。心配と嫉妬が混じったおかしなものになっていたが、忠則は容赦なくビンタを喰らった。
そして、最後に怒ってきたのは担任である望月だった。
「この馬鹿! どれだけ心配したと思っているんだよ!」
まるで家族のように怒ってくるそれは、とても気に入らない。だが、忠則はそれを乗り越えることにした。今のままでは、何もかもダメになってしまう。だから、忠則は望月と向き合った。
「ごめん……」
気に入らなかった。でも、どうして気に入らないのかは、わかっていた。
強くて、カッコよくて、でも弱い姉。それを守るのが、自分だと忠則は思っていた。しかし、姉は一人の女性だ。血の繋がる家族ではなく、他人から自分を理解してくれるパートナーを見つけ出したのだ。
忠則は姉が好きだった。だからそれに、裏切られたと感じていた。当然、望月がそれを知ることはない。ただのエゴに、そして子供な自分に忠則は苛立ち、八つ当たりをしていた。
しかし、望月はそんな忠則を受け入れる。そして、力強く身体を抱きしめた。
「もう、勝手なことはしちゃだめだよ?」
忠則は素直に、その言葉に頷いた。
少しずつだが、忠則は成長している。そのことを、碧は感じ取った。だが、碧にもやらなければならないことがある。
『まだ、詩はあるんだ』
おそらくこの詩は完成していない。万が一のことを考えて、フィアがバラバラにしたのだろう。ならば探し出さなければならない。あの男よりも早く。
全てが終わった訳じゃない。これから全てが始まるのだ。だからこそ、碧は長い戦いを覚悟した。
そしてもう一人、決意を固める男がいた。
「存在しない存在か」
十が残した遺言。その約束を叶える時がきた。だから金次郎は、決意する。
「守ってやるさ。お前のためにも」
運命は、着実に訪れていた。そして、それぞれが立つ岐路もまた、同じようにやってくる。
終わりなき旅の始まり。その詩に記された巡り合わせのように。
◆◆◆◆◆
「ヴィンセント。回収できたのか?」
都心に存在するビルの一室。そこに呼ばれた男が、曇った顔をして問いかけに答えていた。
「いえ。残念ながら、パーチェは回収に失敗したようで」
「ほう? なぜ失敗した?」
「朱蒼の法則を扱う少年に、奪われたと。それに金次郎も関わっていたようで――」
問いかけた男は、その言葉に眉を潜ませた。理由は二つ。一つは朱蒼の法則が存在しない存在以外に扱えるのは、自分しかいないこと。二つは金次郎が無駄な足掻きをしていることだ。
「そうか。それは面倒だな」
「今後、私自身が現場に向かい、指揮を執ります。そうすれば――」
「お前如きで、奪い返せるのか?」
ヴィンセントは言葉が詰まった。だが、何かを言わなければ身が危うくなる。ゆえに、嘘をついた。
「必ずや。私にはその力があります」
その言葉を聞いた男は、鼻で笑った。
「期待しているぞ、ヴィンセント」
嘲るような言葉。ヴィンセントはそれに、怒りを覚えながら頭を下げた。
動き出す歯車。それは、容赦なく忠則の平穏を壊していく。