魔法を知らない不良少年(1)
桜ヶ岬市。東北に存在するその町は、賑わいを失っていた。時代と共に発展してきた町だが、それは首都東京と比べると微々たる成長である。そのため仕事は少なく、若者が職を求めて町を去ってしまうという現象が、例外なく起きていた。
懸命に町興しをする桜ヶ岬市だが、根本的な解決ができていないためにそれは無駄に終わってしまう。寂れていく町に存在する桜ヶ岬高校に通う学生達は、そんな現実を気にすることはなく、学校へ登校していた。
活気を失った商店街通り。現在も必死に生き残るための抵抗をしている初老の男女がいるが、どう考えても無意味だ。そんなシャッター街を通るボサボサ黒髪頭の少年は、どこか呆れているような視線を向けつつ、歩いていた。
「よくもまあ、あんなに頑張っているもんだな」
明るい赤色のブレザーに、茶色のズボンを砕けた着こなしをする少年は、残念そうに呟いていた。学校指定のネクタイを適当に結び、だらしない格好で登校する少年。視線を進行方向に向けて歩いていくと、明るく元気な声が響き渡る。
「ただちゃーん!」
名前を呼ばれた少年、佐久間忠則は面倒くさそうにしながら振り向く。目に入ってきたのは、長い茶髪を一まとめにした中性的な顔立ちの少年だった。
忠則は立ち止まり、手を振って走ってくる少年を待った。少年は嬉しそうに笑いながら忠則に抱きつこうとする。しかし、忠則はそれを簡単な動きで避けた。
「受け止めてよー」
「お前を受け止めてどうしろと?」
「笑いながらクルクルと回転を――」
「お前は何を求めているんだ」
ニッと笑い、ゆっくりと立ち上がって砂埃を払う少年。忠則はそんな少年にあることを聞く。
「ちゃんと宿題をやったか? 武光?」
「バッチリだよ! 先生も満足すること間違いなし!」
親指を立てて、元気に宿題をしたことをアピールする駒川武光。それを見た忠則は、少し不安を感じながらも言葉を口にした。
「それならいいや。お前の勉強できなさ加減には、正直驚かされるっての」
「いやー、それほどでもー」
「褒めてない」
どこかの国民的アニメでありそうなやり取りをしつつ、忠則と武光は一緒に学校へと向かいだした。寂れた商店街、別名シャッター街を気に留めることなく二人は何気ない雑談をする。
「そういや最近、ここら辺で通り魔事件が起きてるらしいよ」
「ああ、今朝もニュースでやってたな。人が少ないからこそ治安が安定してるってのに、物騒なもんだ」
「噂だと、その通り魔は刀を使って人に襲いかかってるらしいよ。どんな刀なのかはわからないけど、何でもそれは妖刀だとか」
「そりゃ恐ろしいな」
「ただちゃんも気をつけなよー。下手すると後ろからズバッて斬られるかも」
「へいへい、気をつけるよ。恨みは星の数ほど買ってるからな」
忠則は武光の話を適当に返して終わらせる。次の話題に入ろうとする二人だが、遮るように一人の少女が現れた。
明るい赤色を基調としたセーラー服に、茶色のスカート。長い黒髪が特徴的な少女は、柔らかい笑顔を二人に浮かべていた。
「おはようございます、お二人共」
その言葉に武光は元気よく返事をした。だが、忠則は苦々しい顔つきとなる。ゆっくりと近づいてくる少女は、頭半分高い忠則を見上げた。
「なんだよ。俺に何か用か?」
「かわいい幼馴染みが挨拶したのですよ? ここは何気なく挨拶を返してフラグを折る所です」
「何の話しをしてるんだ、てめぇは」
少しだけイラつきながら、忠則は幼馴染みを睨みつけた。だが幼馴染みは怯むことなく忠則の腕に抱きつく。そして豊満な胸を押し当て、忠則の表情をうかがった。
「お前な……」
呆れと困惑が入り混じった表情を浮かべる忠則。そんな顔を見て、幼馴染みはクスクスと笑っていた。
「忠則さん、昔の約束を覚えていますよね?」
その言葉に忠則は言葉が詰まる。咄嗟に顔を逸らし、忘れたと言い放つ。すると少女、神代沙耶は少し残念そうな顔をした。
「私との関係は、所詮遊びだったんですね」
「幼稚園に通ってた頃の約束だろうが!」
思わず叫ぶ忠則。だがその言葉が動かぬ証拠となる。沙耶は顔を煌めかせ、忠則の顔を覗き込む。
「やっぱり覚えててくれましたね! 今すぐ結婚しましょう!」
「断る。俺はまだ自由を満喫したいんでね」
「おお、ただちゃんがまた振った! これでちょうど百回目だよ!」
「お前は何を覚えているんだ!」
賑やかな三人。忠則はいつも結婚しようと言ってくる幼馴染みと変なことを覚えている馬鹿に頭を抱える。
「キャア!」
「うおっ!?」
そんな忠則にぶつかった存在がいた。思わず顔を向けると、帽子を慌てて拾っている少女がいた。長く美しい白い髪。沙耶とは違う綺麗なそれに、思わず見惚れてしまう。
「ご、ごめん」
帽子を深く被り、髪をなびかせて走り去っていく少女。忠則はそんな少女の背中を見つめた。
「いでっ!」
突然頬をつねられてしまう。思わず抑え込み、つねってきた沙耶に顔を向ける忠則。すると沙耶は、少し顔を膨らませていた。
「ふんだ」
何も言わずに先に向かう沙耶。忠則は突然機嫌が悪くなった幼馴染みに戸惑いを覚えてしまう。
「俺、何かしたか?」
「さあ?」
武光に聞いているが、原因がわからなかった。ひとまず沙耶を追いかけ、三人で登校する。こうしていつもとちょっと違った時間を過ごして、一日が始まるのだった。