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朱鴉のツバサ  作者: 織姫ナナ
第一章 朱鴉の産声
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変革の日(4)

◆◆◆◆◆



 空は、赤く染まっていた。散らばっていた雲も、赤くなった太陽に照らされて同じ色に染まっている。空間を支配していた赤黒い光は消え、まともな光景を目に入れる忠則。気を失う前の出来事を思い出そうとするが、頭の奥が痛み邪魔をする。



「よ、目が覚めたか?」



 声をかけてきた男に、顔を向ける。金色のツンツンした髪に、やる気のない瞳。黒いスーツに包まれた男は、一本の刀を手元に置いて忠則を見下ろしている。

 忠則はそんな男に問いかけた。



「アンタが、助けてくれたのか?」



 その言葉に男は目を大きくした。少し困ったかのように後ろ髪を掻く。そして、少し諦めたように言葉を口にした。



「ああ、そうだ」



 助けた代金については、後で話すことにする。それよりも男には大事なことがあった。それは、忠則が使った魔法についてだ。



「お前、魔法使いか?」

「さっきそうなった」

「さっき?」

「ああ、さっき。水城碧って奴に助けられて、それでいろいろあって――」



 男は忠則がどんな体験をしたのか、理解できなかった。だが、一つだけはっきりとしていることがある。それは、朱の魔法らしき力を忠則は使ったということだ。

 それについて聞きたかった男だが、この状態の忠則に訊ねても意味はないと判断する。仮に聞けたとしても、それは男が望む答えではないかもしれない。



「詳しいことは後で聞いてやるよ。それより、名前を教えてくれ」

「名前?」

「あるだろ。ま、俺から教えてやるよ。俺は金城金次郎。この町で便利屋を営んでる。お前は、見た限りここの学生みたいだが?」

「……佐久間忠則。桜ヶ岬高校の学生だ」

「なるほど。俺の後輩か」



 どこか納得したかのように金次郎は頷いた。忠則はそれに何か感じることはなかった。

 金次郎はゆっくりと立ち上がる。そして、忠則に手を差し伸べた。



「魔法の使い方を教えてやるよ。代わりに俺の仕事を手伝え。それでチャラにしてやる」



 言葉の意図を、忠則は理解できない。だがそれでも、差し伸べられた手を掴んだ。起き上がる忠則を、満足げに金次郎は眺める。



『ちょっと、勝手に変な約束しないでよ!』



 そんな二人を邪魔する存在がいた。碧は未だに目覚めていない忠則の頭を刺激する。



『私にも目的があるのよ! それを達成しない限り、勝手なことは許さないんだから!』

「うっせーな。頭が余計に痛いじゃねぇかよ」

『とにかく! 勝手に変な約束しないの。あなたと私は一心同体なんだからね!』



 うんざりする忠則。そんな忠則に、金次郎は心配そうに声をかけた。



「お前、誰と話しているんだ?」



 頭がさらに痛くなる忠則。ひとまず事情を話し、金次郎に経緯と碧、そして自分の身体に関して理解してもらう。だが、魔法でもあり得ないことを行ったため、理解してもらうのに時間はかかった。

 こうして忠則は金次郎と知り合う。そして、碧とも出会い、魔法という不可思議な力を手に入れてしまった。



◆◆◆◆◆



 成り行きで金次郎の下でバイトをすることになった忠則。しかし、空が暗くなってきたこともあり、忠則は家に帰される。ボロボロの姿でふらつきながら住宅街を歩く。そして誰もいないことを願い、家の前に立つ。

 だが家には明かりが灯っていた。誰かがいることは確実な状況だと知り、忠則は気づかれないように入ることする。



『何こそこそしてるのよ。堂々と入ればいいじゃない』

「うるさい、黙れ。こっちには事情があるんだよ」

『真正面からぶつかりなさいよ。それともやましいことがあるの?』



 忠則は少し唸る。答えることもなく扉を開け、靴を脱いで階段を上ろうした。だがそれは、許されない。



「忠則!」



 その声を聞いた瞬間、忠則の顔は歪んだ。ゆっくりと顔を向けると、そこには一人の女性が立っている。



「アンタ、また望月さんを困らせたね」



 強く、凛々しく、まっすぐな黒い瞳は、忠則を捉えて逃がさない。だからこそ、忠則は鉢合わせたくなかった。



「姉貴。あれは、その……」



 姉貴と呼ばれた女性は、黒い髪をなびかせながらずかずかと近づく。そして忠則の胸倉を掴み、壁に押し付けて問い詰めた。



「あの人のどこが気に入らないんだ? 三秒以内に答えなかったらぶっ飛ばす」

「え? ちょ!」

「はい、さーん!」



 強制的に始まるカウントダウン。白い壁に押し付けられた忠則は、逃げることができなかった。助かるには答えるしかない。だがそれは、忠則のプライドを刺激する。



「にー」



 進んでいくカウント。懸命に状況を打開する方法を考えるが、こんな短い時間で浮かぶことはない。



「いちー」



 だから忠則は、仕方なく答えた。



「俺はあいつを認めてない!」



 振り被っていた拳を止める姉。少し険しい顔をして、忠則の言葉を待つ。



「あんな、あんな奴が家族になるなんて、嫌だ。それに、姉貴にはもっといい男がいるだろ? あんなどこの馬の骨ともわからない奴と、結婚する必要はない!」

「それが、本心なの?」



 忠則は目を逸らした。そして、そうだと頷く。それを見た姉は、残念そうに首を振り、大きなため息を吐いた。



「馬鹿」



 ゆっくりと、優しく胸倉を離される。その小さな背中は、どこか勇ましい。だが、なぜか悲しい雰囲気で包まれていた。



「くそ……」



 どうしようもない怒りが込み上げてくる。忠則はそれを必死に抑えつつ、自分の部屋へと向かった。



「馬鹿はどっちだよ」



 閉じこもるように扉を閉めた忠則。思わず零れてしまう言葉と、苛立ち。髪をグシャグシャと掻き回し、発散しようとした。だが、それは碧の一言でできなくなる。



『馬鹿はあなたよ』



 忠則はその言葉に、反論することはなかった。ただ、うるさいと言い放つ。



『あんな嘘、ばれるに決まってるでしょ? それとも、自分に嘘をつき続けていくの?』

「黙れ。お前には関係ないだろ」

『幼稚ね。あなたが抱えているわだかまりは、問題にならないわよ? それとも、そんなにお姉ちゃんが大事なのかしら? 弟君』

「てめぇ……」



 怒りの矛先が碧に向かう。だがその寸前に、碧はある言葉を言い放った。それは、忠則が思わず同情してしまう言葉だ。



『私には、家族と呼べる人はいない。だから、少し羨ましいわ』



 どんな意味が込められているのか、忠則はわからない。しかし、碧は一人ぼっちだということはわかった。だからこそ、どうしようもない怒りをぶつけられない。ぶつけてしまえば、自分は余計に無様だと、忠則は思ったのだ。



「チッ」



 小さく、舌打ちをする忠則。怒りを忘れるためにベッドに飛び込み、天井を見上げる。込み上げてくる不甲斐なさと無力感。それにため息を溢しながら、忠則は深い眠りに落ちていった。


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