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SECRET≠BUDDY  作者: 早見綾太郎
SCENE.01 『秘密の相棒』
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【表と裏】

SCENE.01『秘密の相棒』



 朝、俺はいつものように、慌ただしく階段を駆け上がって来る物音を聞いて目を覚ました。とろとろと目を開けて、ベッドに横たわったままぼんやり天井を見つめていると、例によって自室の扉が騒々しく叩かれる。

「――良太兄ぃ!! 早く起きないとまた遅刻するよー!? 良太兄ぃ~い!?」

 俺の返事がないこと知って、ガチャガチャとノブを捻っているようだが、生憎と内側から鍵をかけているので当然開かない。

「もうっ……私、先に行くからね~ッ!? 遅れても知らないんだから!」

 まったくもう、と妹の杏奈はぷんすか怒りながら、階段を下りて行った。宣告どおり学校に向かったのだろう。毎朝毎朝よく懲りもせずに、ご苦労なことだ。

 俺はダラダラと布団を剥いで起き上がり、携帯端末で時刻を確認した。

 現在・七時五十分――朝のHRが八時半からなので、これからシャワーを浴びて、朝食を取って、などの準備時間、加えて通学時間を考慮すると、ちょうど五分から十分の遅刻という計算だ。その前に朝課外というものがあったような気もしたが、まぁそれはいい。

 自室を出た俺はシャワーを浴びてからリビングに赴き、杏奈の用意した朝食を胃の腑に収めた後、学校指定の制服に着替える。

 わざとクシャクシャに丸めて箪笥に放り込んでおいたブレザーとズボンは程好くヨレヨレ。くたびれたワイシャツを思いっきりズボンの中にインして腹の辺りまで引き上げると、ベルトできつく締める。よし、これで裾がつんつるてんになった。ネクタイはもう片結びでいいだろう。それから鏡台の前に座り、朝シャンで綺麗に整っている髪を思い切り掻き乱してボサボサにしたあと、寝癖っぽくスプレーで固め、さらに不潔感を演出するためにポマードを少々、前髪に塗って、目元をもっさりとだらしない感じに覆い隠す。

 最後に眼鏡だ。鍵を差し込んで三番の引き出しを開けると、変装用にいくつも揃えた各種のメガネ・サングラスがずらりと整列している。その中から、もっともみすぼらしい普段使いの物を選んで装着する。古き良き、ビン底タイプの眼鏡。フレームは錆びついて変な具合に歪み、レンズは脂ぎってギトギトしている。しかし、実はそれらもすべて仕様だ。

 登校の準備が完了し、今一度、鏡台の前に立って己の全身を眺める。

 う~む、凄まじくダサい……。

 あまりに酷すぎて、自分でもたまに吹き出しそうになるくらいだ。

 よく美人のことを〝街を歩けば道行く男たちが揃って振り返るほど〟なんて例え方をするが、俺のこの姿を見れば、道行く女たちは揃って目を背け、唾の一つでも吐き捨てるに違いない。――今日も完璧だ。

 鞄をからって家を出る。歩き方にも気をつけなくてはならない。

 家族も職も失って、人生の崖っぷちに立たされた四十代サラリーマンを頭の中で思い浮かべながら、なるべく猫背に、背中を丸めて肩を窄めて、ただ足元の一点を見つめながら、トボトボ歩く。

 学校の正門をくぐったところで、HR開始のチャイムが鳴った。

 今日は意外と早く着いてしまったなと思いながら、人気のない昇降口で靴を履き替え、階段を上がって二年生の教室へ。

 私立・緑川学園高校――二年C組が、俺の在籍するクラスだ。

「…………」

 扉の前に立ったとき、担任の赤城教諭が、出席点呼を取っている最中だった。それに、次はちょうど俺の番だ。

「影村くん、影村(かげむら)良太(りょうた)くん――」

 俺はタイミングを見計らってガラガラと扉を開け、その場で返事をした。

「ぁ、は、はぃ……」

 口の中に空気を溜めた感じで滑舌を悪く、どもりながら小声で。

 クラスが若干ざわついた感じになって、いつものように遅れて現れた俺へと視線が集中する。赤木教諭はふっと困った顔で腰に手を当て、いつも通り柔らかな口調で俺を咎めた。

「影村くん、遅刻よ? わけを言いなさい」

「あぅうあぁあ、あのぅ……」

 俺は鞄の中を漁って、言い訳のために用意した品を取り出して見せる。

「め、めっ、目覚まし時計がっ、故障しちゃって……」

 赤城教諭は俺の差し出したそれを受け取って眺めながら、う~んと渋い顔をした。その手にある壊れた時計は、今時デジタルじゃないどころか、金属製のベルを直接叩いて音を鳴らすタイプだ。軽く一世紀前のモデルである。

「っていうかキミ、こんなのどこで買ったの?」

 いやぁ、本当にねぇ。

 実はそれ、ここに来る途中のゴミ捨て場で拾った物なんだ。

「よ、よかったら、差し上げますっ……!」

「ぇ……いや、それは……」

 先生はあからさまに困った顔をして引き攣った笑みを浮かべる。

 正直にいらないと言えばいいものを、生徒である俺を気遣って言葉を飲み込む辺り、優しいことに定評のある赤城教諭らしい。悪いが彼女はからかいやすく、丸め込みやすいのだ。そしてその辺の甘さも、彼女が多くの生徒から人気を得ているポイントの一つだろう。ふぅと短く溜息を吐いて、先生は俺の顔を真っ直ぐに見つめながら言い含めた。

「――影村くん? 今日は特別にセーフってことにしてあげるから、明日からはもうちょっと早く家を出なさい? 先生との約束よ?」

「あ、ぅ、はぃ……」

「うん。それじゃあ、もういいから席に着いて?」

 角の立たない言い方で、ちゃっかり廃品の目覚まし時計を俺に返却したあと、赤城教諭は出席点呼を続けた。

 クラスメイトたちの間から漏れる、密やかな嘲笑を聞き流しながら俺は自分の席に向かう。窓側から数えて二番目の一番後ろが俺の席だ。

 荷物を下ろして椅子に座る際、隣の席(廊下側)の女子と目が合った。

「……」

 いつも通り、俺への敵意と嫌悪を隠そうともしない冷たい目線だ。

 俺は愛想良くニンマリと(不気味に)笑って会釈をしてやる。

 少女はあからさまに顔をしかめ、鳥肌が立ったといわんばかりに自身の肩を抱く。それから「キモッ」と唾棄するように言って、そっぽを向いた。

 まぁ、こいつはこいつで通常営業か……。

 出席を取る赤城教諭の声が、彼女の名を呼んだ。

「――桜坂鈴音(さくらざかすずね)さん」

 指先のネイルをいじりながら、「はーい」と大儀そうに答える少女。

 この桜坂鈴音と俺は、中学が一緒だった。

 とはいえ、本当にただの腐れ縁だ。

 なんと言っても、俺は彼女から酷く嫌われている。

 そりゃあ、嫌うだろう。だって気持ち悪いもん、こんなヤツ。

 俺がもし桜坂の立場だったとしても、間違いなく俺を嫌う自信があるくらいだ。そんな俺と隣の席になってしまったというだけでも、年頃のギャルである桜坂からしたら卒倒モノの不運だったろうに、俺と中学が一緒だったと発覚して以降は、同級生の女子連中からそのことでいじられるばかりか、教師陣からは何かあるたび、俺の世話係のような役目に任命され、本当に苦労が絶えない。ほとほと運のない女である。

 ……赤城教諭の出席点呼は続いていた。

「――誉さん、(ほまれ)ミサキさん……は、っと。今日もお休みね……」

 俺は窓側の隣席に目を向ける。

 ここも、いつも通りの空席だ。

 本来その席に座っているはずの誉ミサキとは、去年も同じクラスだったのだが、入学以来、彼女が登校している姿を確認したことは、本当に数えるほどしかない。まぁ、仮に登校しても真面目に授業を受けたり、仲の良い友人と楽しく喋ったりする様子はなく、少なくとも俺が確認したシークエンスにおいて誉は、半日ぼんやりと窓から空ばかり眺めている少女だったので、そもそもここに来ること自体、あまり意味がないのかもしれないな。

 明らかに出席日数が足りていないと思われるが、それでも無難に進級しているところを見ると、恐らくは親が金持ちなんだろう。

 それに噂では彼女自身、相当な秀才だと聞く。なんでも若干十七歳で既に大手企業から引く手数多なんだと。真偽のほどは定かでなく、俺もそれほど興味があるわけではないので詳しくは知らないが、とりあえず籍だけ置いておいて、高校卒業まで何かしらの時間を稼ごうとか、大体そんな考えではないだろうか。しかし時間を稼ぐなら、進級などせず留年した方がむしろ好都合ではないかと早くも自ら組み立てた推測に矛盾を発見するも、そんなことは知らん。どっちにしろ、俺には関係のないことだ。

 出席点呼を終えた赤城教諭が、本日の伝達事項を告げ、恙無くHRの時間は過ぎて行った――。


              ***


 一限目が始まり、十分程度の小休憩を挟みつつ、二限目、三限目と移ろって行く。退屈なだけの授業内容を聞き流しながら、俺は誉ミサキよろしく、窓の外をぼんやりと眺めていた。

「……」

 俺にとってこの学園での生活は、単に隠れ蓑という役割でしかない。

 学歴も、進学も、級友との和やかな交流も、俺には必要ない。

 この程度の学習内容であれば、独学で十分身につけられるし、そうでなくとも、伝を頼ってある程度の金を積めば、大学や企業に身を置くことなんていとも容易い。あらゆる肩書きや資格・免許の取得も右に同じ。

 ならば何故、俺が毎日こうして、律儀に学園へ通っているのかといえば、その行為自体が俺にとって重要な意味を持つからだ。


 裏稼業を営む人間が最も必要とするもの。

 ――それは、日常生活を送る上で、安心・安全な潜伏場所だ。


 闇の商売に身を置く者が最も恐れるのは、表の顔を特定されること。

 敵は警察だけではない。商売敵、過去に何某かの怨恨を持つ者……それこそ隙あらばこちらの正体を突き止め、命を狙っている者なんて大勢いる。

 どのみち叩けば埃の出る身体だ。疑いをかけられた時点でほぼアウト。

 壁に耳あり、障子に目あり。敵はどこに潜んでいるかもわからない。

 そうなれば、必然的に俺たちは普段から疑いをかけられないよう、徹底的に己を偽り、世間の目を誤魔化し続けなければならない。

 その点、学生という身分はあらゆる意味で絶好の隠れ蓑だった。

 学校という閉鎖的で希薄なコミュニティー。近年では特に、プライバシー保護の名目上、在籍する学生の個人情報は厳しく管理され、何かあったときは真っ先に学校側が動き、警察やマスコミの介入も規制してくれる。

 そんな温室に一介の高校生として潜り込み、さらには落ちこぼれの劣等生を演じきることによって、徹頭徹尾、周囲の目を欺くこと。

 それこそ、俺がこの学園に通っている最大の目的であり、俺にとって高校生という肩書きは、ある種の命綱ともいえる。

「――――」

 ブーンと、ポケットの中で携帯端末のバイブレーションが振動する。

 教卓に立って弁を振るう担当教師に気づかれないよう、俺はこっそりと端末を取り出して中身を確認した。

〝メールか〟

 差出人は思った通り、例のクラブからだった。


『招待状――会員番号・B41182様、本日のパーティは十九時から、会場は○○区●丁目、××ホテル七階ホールにて開催されます。参加・不参加の意思はこのまま返信にてお伝えください。尚、参加を表明されたお客様は時間厳守でお願いします……MOON LIGHT 』


 俺はすぐさま参加の意志をメールに書いて送り返したあと、続いて仲間にもそのことを報告する。


【To/ CB 】『今日の競りは俺が出る』


 送信から数秒と待たず、すぐに返事があった。


【From/ CB 】 Re:『了解です』


 すべてのメールを削除して、端末をポケットに仕舞う。

 その際、誰にも見られていなかったかと、念のため軽く周囲を見回した。

「……!」

 隣の席の桜坂と、不意に目が合う。

 教師に見つからないよう机の下に携帯を隠しながら操作していた彼女は、恐らくビッチな友人と楽しくやり取りでもしていたんだろう、なんだか少し嬉しそうな表情を浮かべていた。そこへ俺と目が合って、気分は急転直下。親の仇を見るような目で俺を睨んだ桜坂は、口パクで〝死ね〟と言って来た。

 彼女の暴言はいつものことだが、なんとなく、少しからかってやろうと思い立った俺は、声を潜めてボソボソと話しかけた。

「あ、う、ぁあ、あのぉ、鈴音さぁーん……?」

 思ったとおり、桜坂は「げっ」と言わんばかりの表情で、小さく身を引く。

「お前マジキモいんだよ、下の名前とか、勝手に呼ぶなッ……!」

 ――ったく、からかいやすい奴だな。

「あ、ァ、あのぉ~、バレたら先生に怒られますよぉ~……?」

「うざい、もういいからあっち向けよ、こっち見んな、穢れる……!」

 げしげし脛を蹴られるが、俺はめげずに、不審者度マックスで桜坂へとぐいぐい身を寄せた。

「グフフッ、何やってたんですかぁ? ぼぼっ、僕にも見せてください!」

「はぁっ? うわっ、お前ッ、マジ……ふざけんなよッ!」

「ハァッ、ハァッ、鈴音ぇ~……くんかくんか、はふぅ~」

「ぎゃああああ~~~~!!」

 当初は落ちこぼれの劣等生を演じることに苦労と退屈しか感じていなかった俺だが、最近ではこのキャラクター性を良いことに、演じた自分で周囲をからかうことが、ちょっとした楽しみになってしまった。悪い癖だ。

「こらァ、お前ら何騒いでるんだ!? 今は授業中だぞッ!!」

 教師の一喝で、生徒達の視線が俺と桜坂に集中する。

「い、いやっ、こいつが勝手に……!」

 慌てて弁明を口にする桜坂だったが、教師の反応はにべもなかった。

「言い訳はいい。お前らあとで職員室に来い。このことは担任の赤城先生にも報告しておくぞ!」

 クラスメイトたちの間からひそひそと声が聞こえ出し、涙目になる桜坂を見て、さすがの俺もちょっとやり過ぎたかなと反省した。

「もう、最悪っ……!」

 涙ぐんだ桜坂から本気の憎悪を向けられ、俺は一応恐縮したようにヘラヘラと頭を掻いてから、小さく前を向いた。


              ***


 昼休みになって、俺と桜坂は宣告どおり、職員室へと呼び出しを受けた。

 憤懣やるかたないといった様子の桜坂と共に職員室へと向かうのだが、彼女は俺と一緒に歩いているところを他の生徒に見られたくないのか、早足でスタスタと前を歩いて行く。普段だったら、俺の方も早歩きでぴったり後ろにくっついてやるところだが、今日のところは可哀想だから勘弁してやる。それにしても桜坂、さっきから時折こちらを振り返っては「ついてくんな!」と激しく怒っているが、それじゃあ、どうしろというのだ。

 まったく、ヒステリーを起こした女ほど面倒なものはない。

 桜坂に続いて職員室に入ると、担任の赤城教諭はデスクのところで、馴れ馴れしい女子生徒数人からキャッキャウフフと絡まれていた。

「ニコちゃん先生、彼氏とかいるの?」

「こらこら、教師に向かってそんなこと聞くもんじゃないわよ?」

「え~、いいじゃ~ん。教えてよ~」

「お願い、内緒にするからさ~?」

「だーめですー」

 赤城教諭は下の名前が『仁子』なので、一部生徒から、それを文字って〝ニコちゃん先生〟などと呼ばれていた。当初こそ立場上、注意を促していたが、今ではすっかりその愛称で定着してしまった。それに、なんだかんだ言って、当人もあながち満更ではない様子だ。

 俺と桜坂の姿を視界の端に捉えた赤城教諭は「はいはい! あなたたちはもう行きなさい?」とじゃれついていた女子生徒数人を上手く追い払い、それから俺たち二人を生徒指導室に招き入れた。

 俺たちを呼び出した張本人である担当教師の姿が見えないが、恐らくは〝ニコちゃん先生〟こと赤城教諭が、上手く言って治めてくれたのだろう。

 詳しく事情を聞かれ、それは桜坂が全部喋った。俺は先生からの「本当なの?」という問いに対して、「アァ、はぃ……」と挙動不審に答えるだけだ。

 簡単な注意のみで桜坂は退出を許され、一足先に説教部屋を出て行く。

 それにしても去り際に、思い切り俺の足を踏んづけていく辺り、あいつも抜け目がない。「あのぉ、鈴音さぁん……災難でしたね?」と声を掛けたら、「二度と喋りかけるな! 殺すぞ!」ときつく釘を刺された。

 二人っきりになると、赤城教諭は悩ましげに深く溜息をついた。

「もう~……あなたってば、どうしてそうなのかしら~。桜坂さんが怒るのも無理ないわよ? 影村くん? わかってる?」

「あ、ぁ、は、はひぃ……! 先生のパンツが黒のレースだってことは、よ、よくわかってますぅ……ッ!」

「そんなこと訊いてるんじゃないの~っ! っていうか、あれっ……? え、えぇ~っ!? ……い、いつ見たの!?」

 思わず顔を真っ赤にしてスカートを押さえるニコちゃん先生に、俺は思いっきり鼻息を荒くさせて、ぬるぬると笑いかけた。

「ブヒヒッ、さささっき、すっ、鈴音タンから足をぎゅってされたときに、屈んだらちょうど目の前にあったものでぇえ! ハァッ、ハァッ……!」

 残念なことに、俺には俺の姿が見えないのだが、今の自分が凶悪犯罪級に気持ち悪いことだけはなんとなく分かる。

 しかし、さすがは我等のニコちゃん先生だ。俺の殺人的な気持ち悪さにも「油断のならない子ねぇ~」と軽く頭を抱える程度で、思ったほどは動じていない。いや、たぶん本当は吐き気がするほど気持ち悪いと思っているはずだが、生徒である俺を傷つけまいという優しさなのだ。そこにつけ込んでからかうような真似をしていることは本当に申し訳ないと思う。

「影村くん? この際だからはっきり言いますけれどね? あなたはちょっとデリカシーが足りてないと思うの。まぁ、それ以外にも色々足りてないような気はするけど……とにかくね? このままじゃあ、あなた本っ当~にッ、将来、危ない人になっちゃうわよ?」

「い、いやぁ~、お褒めに預かり光栄ですぅ……!」

「褒めてるんじゃないの。まずは生活態度から改めて、毎日遅れずに学校に来ること。それから宿題は忘れないこと。女の子に変なことを言わない。あとは身だしなみ。寝癖はちゃんと整えて、どうしてネクタイはいつも片結びなの? 結び方がわからないなら、先生が教えてあげるから……って、影村くん? ちゃんと聞いてる?」

「はっ、はひぃ! ふんっ、ふんっ、ふぅう~んんんっ……!」

「聞いてないでしょ。ちょっと、どこ触ってるの?」

 俺は鼻息を荒くしながら股間に手を入れて、もぞもぞと動かしていた。

「あぁあぁあああぁ、あのぉおおお、せせせせ先生っ……!」

「わかったから、まずは手を出しなさい。頭の上に手を置いてっ!」

「ぉ、おぉ、おぉおお、おぉおおおお――」

「影村くんっ!?」

 ――結局、俺は終始気の触れたふりをして、赤城教諭を煙に巻いた。

 悪いね、ニコちゃん先生……。先生が生徒想いの良い教師だということはよくわかったが、こちとらあまり詮索されると困るんだ。

 それに生活態度も、普段からだらしなくしていた方が何かとやりやすい。

 任務の都合で欠席や早退をする際もその方が疑われにくくなるし、みんなから嫌われていた方が、不用意な人間関係を遮断できて、正体が露見するリスクを最小限に減らしておける。何しろ俺も、棺桶に片足突っ込んで生きているようなもんだから、何かと制約が多いんだ。


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