【EPILOGUE】
[AM 4:26] /○○区・(有)NRCラボラトリー
Dr.レミントンによって救出された俺とベルは、ひとまず警察と消防が駆けつけて来る前にその場を退散し、帰り際、俺は『MOON LIGHT』関係の闇医者を訪ね、撃たれた傷の手当てを受けた。その後、三人でアジトに帰還し、卓を囲んでじっくりと向かい合う。
「アハハ、なんやねんこのクラス会!」
なんだか気まずいというか、ギクシャクとしたムードが漂う中、真っ先に沈黙を破ってそんなつっこみを入れたのは――Dr.レミントンこと、誉ミサキ。
彼女は俺とベルの正体が、それぞれ、影村良太・桜坂鈴音だと知って、自らカミングアウトしたのだった。無論、俺も桜坂も大いに驚いたが、ここまで来たらもうなんというか、ある種の運命性を感じざるを得ない。
「しっかし、世の中狭いもんやなぁ~? アンさんが隣の席のキモイ奴で、ベルっちが二つお隣のビッチ系ギャル。Ms.コニーレッドがあの優しそうやった担任の赤城先生で、マスター=ヴォイスは、よう知らんけどアンさんの小学校時代の先生やったんやろ?」
「そういうドクターは、登校拒否のひきこもり――って、それは表も裏もあんまし変わんないか……」
「いや、少なくとも学園ではこんなふうには喋ってないな」
「それはアンさんも一緒やろ~!? っていうかなんやねん、アンタのあのキャラ!? めっちゃキモがられてるやん!」
「そうそれ! 正直言って私、学校でのミスターのこと、すっごい嫌ってましたよ!?」
「だろうな。それは知ってる」
「けど、やっぱ不思議やね? なんていうかさ、この感じ?」
「ほんとほんと! 私、普段学校でもこの二人とまともに喋ったことなかったから、すごい違和感ですよ。っていうか、大体ここで会うときは後輩なんで敬語を使ってたんですけど、正直、今はどっちのテンションで喋ったらいいか、よく分かんないもん」
「ベルっち、学校ではなんかツンケンしてて、態度悪いもんなぁ? もしかして、あっちの方が〝素〟やったりする?」
「いや、そんなことはないですけど……」
「別にどっちも好きな方で喋ればいいさ」
それぞれのギャップについて一頻り盛り上がったあと、ドクターがぽんぽんと机を叩いて本題を切り出した。
「――ほんで、これからどないするん?」
そうだ……。掟を破り、お互いに正体を明かしてしまった俺たちが考えるべきことは、もっぱらその一点に尽きる。
「慣例に従えば、チームを解散するしかないだろう」
お堅い俺の言葉に、桜坂鈴音はしゅんとして黙り込み、誉ミサキはうーんと伸びをしながら大儀そうに言う。
「まぁな~。ウチら全員知り合いやし、これはちょっと不味かったかなぁ~」
そう、一番の問題点はそこだ……。極端な話、仲間内で正体が露見しても、相手がまったく接点のない、見ず知らずの他人であれば、目を瞑ってやり過ごすことも出来る。
しかし今回の場合、俺たちは三人とも顔見知りであり、しかも同じ学校の、同じクラスに通う同級生だった。いくらなんでも、ここまでプライベートでの距離が近くなると、たとえ掟云々を度外視したって、さすがに仕事もやりづらくなるだろう。
〝――残念だが、やはり解散か……〟
俺が心中でそう結論付けようとしたとき、ベル(桜坂)が言った。
「……私は続けたいです、このメンバーで」
彼女の気持ちはよくわかる。俺だって想いは同じだ。
しかし例えチームが解散になったとしても、これでキッパリお別れというわけじゃない。
それこそ俺たちはクラスメイトなのだ。学校に居るあいだは、嫌でも顔をつき合わせることになる。それに前向きな捉え方をすれば、仕事での関係が、プライベートでの関係に昇格されるということじゃないか。もうこれ以上、掟に縛られ、不恰好な付き合い方をする必要もない。俺たちはこれから、良き友人として、もしくは愛しあう恋人として、素顔のままで、また会える。――なんて都合の良いこと、そうそうあるはずないな……。
結局、煮詰まり、俺はベルと二人してじっと黙り込む。
そのとき。
「それじゃあ、ウチの方から一つ提案や」
ドクターが軽く挙手をして、何故かニンマリと笑った。
「――記憶、消してみる?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
PCに向かったドクターが物凄い勢いでキーボードを叩き、なんだかよくわからない文字の羅列を画面いっぱいに入力していく。先ほど一人ずつ、頭に妙な装置を取り付け、何某かのデータや数値を計測していたため、恐らくはそれをどうたらこうたら、はっきり言って、俺にはあいつが何をしているのかさっぱりわからん。
その後、薬品の入った注射を打たれ、これを付けておけと仮装用のチョウチョ眼鏡を手渡される。もちろん疑問は多々あるが、どうせ説明されてもほとんど理解できないであろう俺とベルは、大人しく彼女の指示に従う他ない。最後にドクターは、持ち出してきたデジタルカメラを三脚に立て、タイマーをセットしながら俺たちに説明した。
「フラッシュが焚かれたら、そのあと十分~十五分の間、意識を失うけど、後遺症とかは特に無いけん安心してええで? 次に目が覚めたときは、それぞれの正体に関する記憶だけ綺麗さっぱり忘れとるはずや。もちろん他の記憶は残る――ほんじゃ、いくでー?」
一体なにが、どういう仕組みでそういうことになるのかは知らないが、しかしまぁ、世紀のマッドサイエンティスト(自称)であるところの〝Dr.レミントン〟が出来ると言っているのだから、きっと出来るのだろう。
「ぽちっとな!」
赤いランプがチカチカと点滅し、ドクターが急いでフレームの内側に駆け込んで来る。
「うぉい、何をボサッとしとんねん。アンさんもベルっちも! これちゃんと写真も残んねんで? せっかくやから、二人とも良い顔して写りなはれや」
「う、うん」「そうか……」
俺は素早く居住まいを正し、ベルは女らしく表情と角度を作ってにっこりと笑った。
点滅の間隔が短くなり、二人が両側から俺の腕を取る。
「はい、チ~ズっ!!」
――パシャッ。
フラッシュが瞬き、自動的にシャッターが切られると、予め宣告されていたとおり、俺はややあって急激な睡魔に襲われた。ぼやける視界、鈍る思考。ぱたりと物音がして振り向けば、ベルとドクターが力なく床に伏せっている。どうやら彼女たちは先に眠ってしまったらしい。これでまた、元通りか……。言い知れぬ感慨を胸に、脱力した俺も手足を投げ出してその場に転がる。視界が暗転し、直後に意識を失った――。
***
[AM 8:15] /私立・緑川学園高校、二年C組
翌日の朝。というか、あれから数時間後……。
一度帰宅して身支度を整えた俺は、ぼんやりと欠伸を噛み殺しながらいつもの通学路を歩き、HRが開始になる五分前にはざわつく教室に足を踏み入れた。
あの優しかった担任の赤城先生はもういない……。今日から誰が代わりになるのかは知らないが、これまでのように俺の怠慢を甘く見てくれる教師はなかなかいないだろう。
ひとまず様子見のために、今日のところは遅刻しない時間帯を選んだ。
寝不足で疲れていたし、正直ズル休みしてしまおうかとも考えたが、昨夜の事件のことで既に警察やその他の諜報機関は動き出しているのだ。当然、赤城仁子の表向きの勤務先であったこの学校や、うちのクラスにも、いずれなにかしらの形で調査が入るだろう。
そうなったとき、事件の翌日に欠席している生徒なんかは目に付きやすいからな。
まぁ、しばらくの間は、大人しくしていた方が賢明ということだ――。
「…………」
談笑するクラスメイトたちの間を通って、俺は一人、自分の席へと赴く。
ふと見れば、隣の席に桜坂と、今日は珍しいことに不登校児・誉ミサキも来ていた。
ちらりと横目に二人の姿を確認した俺は、鞄を置いてそろっと席に着く。
「……あ、あのぅ」
俯き加減に暗いオーラを漂わせながら、桜坂に話しかける。
「ぉ……おはようございます」
チッと耳障りのいい舌打ちの音が聞え、横目できつく睨まれた。
「うっさい、話しかけんなグズ……」
いかにも低血圧といった感じの桜坂は、眉間に皺を寄せたまま気だるげに頬杖をつき、刺々しい雰囲気を漂わせながら廊下の方を向く。
窓側の誉ミサキは、猫のように背中を丸めて、朝陽の差す中、机に突っ伏していた。
二人とも、今日は随分とお疲れのご様子だ。
無理もない。――昨日は本当に、大変だったからな……。
〝Ms.チェリーベル=桜坂鈴音、Dr.レミントン=誉ミサキ〟
あのとき、ドクターの処置によって、消されたはずの真実。
しかし、何の手違いか、俺の頭の中には相変わらずその記憶が存在し続けていた。
実を言えば、一度意識を失ってから目覚めたあと、俺はすぐさま自分の記憶が無くなっていないことに気づいたのだが、言い出そうとしたところ、ドクターとベルが普通にケロッとしていたので、ついついそれに調子を合わせてしまった。つまり、結局俺は二人に知らん顔をしたまま、記憶を失った体で今ここに至るというわけだ。
しかし、まぁ彼女たちの記憶が消えているということであれば、別に俺一人が覚えているくらい、さほど問題はないだろう。……なんて、勿論二人に知られたら、身勝手だと非難されるだろうが。しかし正直な話――〝俺だけが知っている彼女たちの秘密〟というのも、あながち悪くないもんだ。俺が内心そんなことを考え、変態チックな優越感に浸っていると、不意にポケットの中の携帯端末が小さく振動した。
メールか――。画面を見ると、差出人はドクターだった。
こっそり横目で隣の席(誉ミサキ)を窺いながら、添付されたファイルを開く。
【From/ DR 】 『やっほー♪ 昨日撮った写真、記念に送っとくで~☆☆☆☆』
なんだか絵文字のたくさん付いた、やたらとテンションの高い文面が送られて来たのだが、実際すぐ横にいる本人はニコリともしておらず、魂が抜け落ちたような無表情で、ただ、ぼーっと窓の外を眺めている。
俺はそのギャップに、思わず吹き出しそうになってぐっと笑いを堪えた。
そのとき、反対方向から「プッ」と堪えきれず吹き出したような呼気が聞えてくる。
振り返ると、隣の席の桜坂が、机の上に腕を組んで顔を伏せていた。
「っ~~!」
よく見れば、彼女の肩は小刻みにぷるぷると震えている。
〝――あれっ……? もしかして、あいつ笑ってるのか……?〟
俺は少し気になって、声をかけた。
「グフフッ……! スズねるぅ~、何か面白いことでもあったんでしゅかぁー? ぼぼぼぼっ、僕にも教えてくださいっ!」
桜坂が噛み付きやすいように目一杯気持ち悪く絡んでやったつもりだが、すくっと顔を上げた彼女は、何故か余裕たっぷりの笑みを浮かべて「ば~か」と、それだけ言ってむこうを向いてしまった。
「……?」
なんだ、一体?
いつもとはどことなく違う桜坂の反応に、俺は思いっきり肩透かしを食らったような気になって、小さく首を傾げながら前を向く。
〝んんっ……?? あれ。なんか、おかしいような……。気のせいか――?〟
――――。
窓際一番後ろの席に腰かけたDr.レミントンこと誉ミサキは、よく晴れ渡った空を眺めながら、内心密かにほくそえんでいた。記憶が消せるなんて言ったのは、真っ赤な嘘。
そもそも、いくら科学の発展した現代といえども、人間の脳から都合よく忘れたい記憶だけを抹消するなんて技術は未だ存在していない。フラッシュ撮影のあと、急激に眠たくなったのも、アレは直前に注射していた睡眠薬の効果が現れはじめたからであって、ドクター自身、特に難しいことは何もしていないのだ。
にもかかわらず、何かの手違いで自分だけ記憶が残ってしまったと思い込んだ二人は、下心もあってか、お互いに知らん顔をしたまま、努めて平静を装っている。
今頃、影村良太と桜坂鈴音は、お互いに自分だけが相手の正体を知っていると思い、ある種の優越感に浸っていることだろうと、誉ミサキは一枚も二枚も上手の立場から、この状況を楽しんでいた。
「こりゃあ、また面白いことになりそうや……」
二人に聞えないよう小声で囁き、彼女は窓の外を眺めながら、小さく笑った。
「これからも、仲良くしような……? アンさん、ベルっち?」
始業のチャイムが鳴り、扉が開いて、副担任の男性教員が入って来る。
「ほら。お前らもうチャイム鳴ったぞ。早く席に着け」
まだ席に着いていない生徒たちを促し、そそくさと教卓に立つ。
「突然だが、今日はホームルームの前に、一つ大事なお知らせがある」
そう言った副担任は、淡白な口調で告げた。
「――担任の赤城先生が一身上の都合により、急遽、退職されることになった」
いきなりのことに、クラス中がどっとざわめき出す。
『嘘っ……!』『えっ、マジで!?』『なんだよそれー』という困惑の声から、『何で先生、辞めちゃうんですかー?』『ニコちゃん先生、もうここには来ないの!?』という質問の声までが一斉に飛び交い、副担任の男は辟易したように顔をしかめた。
「まだ詳しいことは俺も聞かされていない。ただ、今朝の職員会議で、今日からは俺がこのクラスを受け持つことに決まったので、皆もそのつもりで」
まだ喧騒も冷めやらぬうち、副担任はさっさと出席名簿を開いて司会進行する。
「それじゃあ点呼を取るぞー。青木、井上、占部、江藤、大洲、影村……」
騒がしいクラスメイトたちの中に交じって、後ろの席で興味なさげに知らん顔をする三人の姿もまた、その場の混沌とした雰囲気にひっそりと溶け込んでいた――。
SECRET≠BUDDY...
(あとがき)
如何でしたでしょうか?
少しだけ裏話をすれば、エンディングは何パターンか考えていまして。
報酬一億で親の作った借金を返済したベルがスパイを辞めて主人公と結ばれるEND、チーム解散END、本当に記憶を失って振り出しに戻るENDなど、まぁ色々あったんですが、結局は一番無難なところに落ち着いた感じです。
特に予定にはないのですが、この終わり方なら、またなんか思いついたときに続編もやりやすいだろうと。
なにはともあれ、最後までお付き合い頂きありがとうございました!
また機会があれば、そのときは宜しくお願いします。それでは!




