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SECRET≠BUDDY  作者: 早見綾太郎
SCENE.03 『華麗なるスパイ大作戦』
13/15

【栄光は誰のために・・・】

昨日、今週分を追加したばかりですが

公募に間に合わせるため、執筆速度を上げましたので、今週は特別に二本立てです。

ペースを上げた分、ちょっと粗い部分があるかもしれないので、誤字脱字・その他内容に関する矛盾やご指摘などありましたら、

是非とも感想欄で教えてください。





 [AM 1:29] /南区、タワーマンション『ル・ノワール』

 一日の仕事を終えて帰宅したMs.コニーレッドは、熱いシャワーを浴びて一日の疲れと化粧を洗い流したあと、薄いベビードール姿で汗が引くのを待ちながら、リラックスチェアーに腰掛け、寝酒にシェリー酒の入ったグラスを小さく傾けていた。

 不意にインターホンのチャイムが鳴って、画面の前に赴くと、青いツナギを来た運送会社の配達員とおぼしき男が、段ボールを抱えてカメラに映っている。

〝こんな時間に――?〟

 キャップを目深に被った男の顔は、カメラの角度からしてよく見えない。

 なんだか不審に思いながら、コニーレッドは通話ボタンを押して応答した。

「はい……」

『宅配便です、ハンコお願いします』

 ちらりと横目に時計を確認し、怪しいと思って尋ねる。

「……どこからですか?」

『えーっと、差出人は――『(株)南洋貿易グループ』様となっておりますが?』

 会社から……? 一体なんだろう……。

「今、開けます」

 オートロックを解除して、男をマンション内に招き入れながら、ハンコを片手に机の引き出しから取り出した小型拳銃(FNブローニングM1910)を隠し持って、男を待ち受ける。

 部屋の前のインターホンから再び呼び出しがあって、彼女はチェーンロックを掛けたままドアを開く。途端、バンッ――と音を立てて扉が引っ張られ、チェーンが伸びきったところで、男の足がいきなりドアの隙間に割って入って来た。

〝!?〟

 驚いて抉じ開けられた隙間から見やる先、青いツナギを来た配達員の男が、口元に笑みを浮かべながら、深々と被ったキャップの鍔を押し上げてみせる。

「Mr.ノーボディ!!」

 そうと気づいたときにはもう遅い。

 ノーボディはDr.レミントンの発明品である高性能・電磁ナイフで一瞬のうちにチェーンロックを断ち切り、部屋の中まで押し入って来る。

 コニーレッドも隠し持っていた拳銃ですかさず応戦しようと試みるが、あえなく叩き落とされ、代わりにナイフの尖端を喉元に突きつけられて、勝負は決した。

「くッ……!」

 そのままじりじりと寝室まで後退し、ベッドの上に押し倒される。

 首筋にナイフの刃を押し当てられたまま、手足を拘束され、コニーレッドは悔しさを湛えて問いかけた。

「どうして、ここがっ……!?」

「香水は変えた方がいいと忠告したはずだぜ? Ms.コニーレッド……いや、」

 ノーボディは瞳の奥をギラつかせて、静かに嗤う。


「――ニコちゃん先生?」


 Ms.コニーレッドこと、赤城仁子は表情を歪めた。

「中央区のスカイビルに何の用だ? 南洋貿易グループってのが、アンタたちの隠れ蓑なんだろう? ベルはどこに監禁されている? マスター・ヴォイスの居場所は!?」

「そんないっぺんに訊かれたって、わからないわ? それより状況わかってる? 今ここで私が声を上げたら、貴方一巻の終わりよ?」

「フン、出来るもんならやってみろ。その代わり、玄関先に落ちてるブローニングはどう言い訳するつもりだ? どうせ叩けば埃の出るカラダだろ。俺は人を呼ばれてもすぐに逃げられるが、警察が来て、部屋の中を調べられたときに困るのは一体どっちだ?」

「……チッ」

「さぁ、質問に答えて貰おうか」

「ねぇ? 取引しない? 二人で共謀してマスター・ヴォイスを裏切るのよ。あんなタヌキ爺、さっさと殺しちゃってさ? 手柄は山分け。ううん、七三でいいわ。私を貴方だけのモノにしてよ、ねぇミスター? 二人っきりで頂点を目指しましょ……?」

「余計なことは言わなくていい。訊かれたことにだけ答えろ」

 至って淡白なノーボディの反応に、赤城仁子は白けた表情をして鼻で笑う。

「強がりはやめてよ。あなたには私を殺せないわ? そんな度胸がないことぐらい、私もあの人もとっくに知ってるんだから……」

「普段の俺ならそうかもしれんが、今回はベルの命が懸かってるんでな。こっちもあまり余裕がないんだよ。あいつとアンタを天秤にかけたとき、俺がどっちを取ると思う……?」

 ゾッとするほど低い声に、彼女は初めて恐怖を覚えた。

「ここまで言ってもまだわからんようだな」

 ノーボディはナイフの先で、いきなりコニーレッドの服を乱暴に引き裂いた。

「きゃっ!?」

 じたばたと抵抗するコニーの頬を一発張り飛ばし、露わになった乳房をぎゅっと鷲掴みにして、先端の突起を痛いほどつねり上げる。

「くぁっ……んん~っ!」

 底冷えのするような瞳でギロリと睨まれ、悪女もようやく音を上げた。

「まっ、待って! わかった、全部話すから――やめて!?」

「……」

 ノーボディはぴたりと動きを止め、女の話に耳を傾けた。


              ***


 [AM 1:52] /中央区・スカイビル、地上十五階『第三備蓄倉庫』

 ぞんざいに吊り下げられた裸電球がときおり痙攣するように光を翳らせる。

 埃っぽく薄汚れた倉庫内に、クチャクチャと響き渡る咀嚼音。

 両手を拘束され、天井から宙吊りの状態で監禁されたベルは、体力を温存するため浅い眠りを繰り返しながら、虎視眈々と脱出の機会を窺っていた。

 当初こそ扉の前にべったり張り付いていた兵士たちも、今では十五分に一回、一人が見廻りに訪れる程度。度重なる拷問と凌辱によって彼女が弱り、もはや逃げ出す気力も残っていないと判断したのか、確実に見張る側のモチベーションは緩んできていた。

 もう一日くらい待てば、さらに警戒レベルは低くなるのかもしれないが、それでは恐らく自分の体力が持たない。相手の危機意識が薄れ、己の体力がなんとか残っている今、行動を起こさなければ……。

 脱出のチャンスは一度――。

 慎重に、そして、大胆に――。

「……」

 ベルが口の中で転がしているのは、紫色のガム。

 口に入れてからもう随分と時間が経つため、味なんて少しも残っていない。

 しかし、この味の無くなったガムこそ彼女に残された唯一の切り札。

 Dr.レミントンの開発したスパイグッズの一つ――〝ガムガム・ボンバー〟だった。

 持ち物検査の際、変身用のサングラスや拳銃はもちろんのこと真っ先に没収され、服も下着も、頭の先から爪の先まで身に着けていたものはすべて剥ぎ取られたが、これだけは咄嗟に口の中に放り込んで以降、ずっと頬の内側に隠して持っていたため無事だった。

「くぅっ……うぅッ!」

 ベルは懸垂の要領で己の体を持ち上げると、手首の拘束具に唇を寄せた。

 舌先で丸めたガムを、構造的に脆そうな金具の部分に上手く接着し、力を抜く。

 じゃらじゃらと鎖が垂れ下がって、おヘソの辺りを一筋の汗が伝った。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 これであとは強い衝撃か、熱を加えればガムが爆発し、拘束は解けるのだが――。


              ***


「――――」

 Ms.コニーレッドの口から語られた真実。

 すべてを聞き終えたMr.ノーボディは、用済みとなった彼女をタオルとガムテープでぐるぐるに縛り上げ、部屋の隅に転がした。

「ん~……!? んんーっ!」

「明日の朝までは、そこで大人しく寝てろ」

 パッと照明が落とされて暗闇に包まれる室内。赤城仁子はガムテープで口を塞がれたまま何事かを唸り、拘束から逃れようとごそごそ身を捩る。女に構わず、必要な物が入った彼女のハンドバッグを抱えて、ノーボディは部屋を出て行く。

「…………」

 マンションを出たところで、耳元のワイヤレスイヤホンに通信が入った。

『あ、アンさんか? どやった、そっちの進行は? ……――ん、アンさん? どうかしたんか……? ねぇ、聞こえとる? もしもしっ……!? もしもし、アンさ――』

 無言のまま一方的に通信を断ち切り、イヤホンを外して道端に投げ捨てると、ノーボディは車に乗り込んだ。黒い窓ガラスに映る険しい表情と、揺れ動く狼の瞳孔。

 男の背中には、青白い修羅の炎が、静かに燃え滾っていた。


              ***


 [AM 2:18] /中央区・スカイビル、地上二十三階『代表取締役室』

 金恋市の夜景を一望できる窓際のソファーに腰を掛け、男は今宵、静謐に身を溶かしながら、ウイスキーの入ったグラスを淡々と傾けていた。

 既に酔いも程好く回り、頭の中がぼおっとなって、意識は宙に浮かび上がるかの如く、次第に夢の淵へと誘い込まれてゆく。見渡す限り宝石箱のように煌く街並みを、どこか遠い眼差しで眺めながら、その男・マスター=ヴォイスは、ふと昔のことを思い出していた。

 

 …………

 ……

 …


 今となっては〝ご老体〟と呼んでも差し支えない年齢に達してしまったヴォイスだが、彼にもかつては輝かしき栄光の時代があった。彼此もう四十年以上も前のことになる。

 金恋市が、国家戦略特区に定められるよりも遥か以前、若かりし頃のヴォイスは、国家機密に纏わるミッションを遂行するエージェントとして、第一線で活躍していた。

 何度も死線を潜り抜け、難関とされる任務も己の身一つ、己の腕一本で次々とやり遂げてみせた。瞬く間に裏の世界でその名を轟かせ、ひとたび街を歩けば、金も女も向こうから寄って来たものだ。あの頃の自分はまさに向かうところ敵無しだったと、ヴォイスは今でも固く自負している。しかし、そんな夢の時代を過ごしてきたヴォイスでも、唯一勝てないものがあった。彼ほどの逸材でも敵わなかったもの――それは時の流れだ。

 どんな英雄も、如何なる傑物も、一国の王ですら、寄る年並みには逆らえない。

 数々の栄華を極め、十代後半から名実共に裏社会のスーパースターとして君臨してきた彼も、三十を過ぎた辺りから徐々にその勢いに翳りが見えはじめた。

 若く才能を持った者たちが次々と名乗りをあげる一方で、失速するヴォイスには、世間からの冷たい評判が浴びせられた。「あいつはもうダメだ」「落ちぶれたものだな」――そう囁かれるたび、激しく焦る心とは裏腹に、確実に衰えてゆく己を感じ、心のどこかでは栄光の冠など時代とともに人の手に渡ってゆくモノだと悟っていながら、それを認めることが出来ず、ただひたすらにもがき、苦しみ、必死でしがみつこうとした。

 しかし、結局はそれも、老いぼれの虚しい抵抗に過ぎなかったのだろう。

 遂にはその荒波に呑み込まれ、彼は表舞台から去って行ったのだ……。

 四十代を半ばにして、自ら一線を退いたヴォイス。それまで所属していた諜報機関からは長年の功績を湛えられて〝勇退〟と称されたが、そこにはもはや哀れみの感情しか篭もっていないことなど、彼はとうに知っていた。だからこそ用意されていた管理職のポストを断って、ヴォイスはそれまで所属していた機関との縁もすっかり断ち切ってしまった。

 栄光と挫折、退廃と諦観……。すべてを失い、何もかもを諦めたヴォイスは、ただ植物のようにひっそりと、残された時間を生きて行こうと決意した。

 しかし、若い頃よりスパイとしての生き方しか知らなかった彼は、職を転々としたのち、結局はそこに還るしかなかった。

 僅かな伝手と資金を頼りに、ヴォイスは金恋市で小さな密偵事務所を立ち上げる。

 そして、あるとき、彼の部下に、影村俊介という男がいた。

 影村良太・杏奈の父、先代の〝Mr.ノーボディ〟――その人だ。

〝実体を持たない〟というその名に由来した通り、潜入の任務に長ける優秀な男だった。

 ヴォイスは早くから彼の持つ才能とカリスマを見抜いており、実際、彼の予想通り〝Mr.ノーボディ〟のネームバリューは瞬く間に業界内へと浸透、それまで目立った功績もなかったヴォイスの事務所にとって、彼の存在は看板的な役割を担ってゆくことになる。

 ヴォイスは上司として彼の活躍を喜び、褒め称えながらも、その実、彼の持つ若さと才能に激しく嫉妬していた。しかし、そのとき既にヴォイスは五十代、既に自らは隠居した身だと弁えているつもりだった。もう何もかも諦めたはずだろうと自分自身に言い聞かせ、彼はその感情を必死に押し殺そうとしていたのだ。

 しかし、頭で考えるのとは裏腹に、心に巣食った黒い感情は、次第にその輪郭を広げはじめる。若かりし頃の自分をも凌ぐ才能を見せつける影村俊介の存在は、ヴォイスの心を否応無しにざわつかせた。劣等感が嫉妬を呼び、嫉妬は憎しみに変わり、果ては殺意へと転じる。それが発露する直接のキッカケとなったのが、Ms.コニーレッドの存在だった。

 当時、二十歳前後だったMs.コニーレッドはそのとき既にヴォイスの愛人だった。

 もとより金で買った間柄であることは承知していた。しかしコニーレッドの存在はヴォイスにとって、唯一の慰めであり、影村俊介に対する負の感情を抑え込むための一種の精神安定剤だった。しかし彼は、そのコニーレッドが、影村俊介に対して好意を抱いているという事実を知ってしまったのだ……。

 当の影村俊介からしてみれば迷惑なことこの上なかっただろう。

 そもそもコニーレッドの好意にしたって、〝Mr.ノーボディ〟の名前と財力に魅力を感じて言い寄っただけのこと。それでなくとも既に家庭を持ち、一般人の妻との間に子供を二人儲けていた彼は、当然のことながら彼女の誘いをすげなく断っていた。

 しかし、嫉妬に狂ったヴォイスは、築き上げたすべての財産を投げ出す覚悟でコニーレッドを買収し、そして遂には、影村俊介を暗殺した……。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。


 ある雨の日の夜、港付近の倉庫に彼を呼び出したヴォイスは、コニーレッドと共謀し、Mr.ノーボディを罠に嵌めた。こめかみに拳銃を突きつけられて、必死に泣き叫び、助けを請うコニーレッド。彼女を人質に取る演技で、まんまと影村俊介を丸腰にしたヴォイスは、無抵抗な彼を容赦なく撃ち殺した。思う存分、憎しみの言葉を吐き尽くし、笑いながら、嘲りながら、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように、弾倉が空になるまで、倒れて動かなくなった影村俊介の背や腹に、弾丸を撃ち込み続けた。

 痛快だった。あのときの開放感は今でも忘れられない。

 影村俊介の暗殺以降、ヴォイスはどこか一皮向けたような心境になった。

 とうに枯れ果てたと思っていた泉の底から急激に湧き上がってくる意欲、野望。

 あの日を境に、彼は変わった。

 失ったはずの何かを取り戻したのだ。


 …

 ……

 …………


 扉が開く物音がして、ふと浅い眠りに落ちていたヴォイスは目を覚ました。

「ん――っ……」

 重たい目をこすり、グラスの底に残った氷水で渇いた喉を潤す。

 こつこつと薄暗い室内に響き渡る足音。

 背後から忍び寄る影に、男は振り返ることなく声を掛けた。

「コニーか? 悪いが水を一杯くれ。少し眠ってしまっていたようだ……」

 眠気覚ましに葉巻を銜えて、ジッポを手にする。

 カチャッ、と何故か耳元で鎌首を擡げる無機質な金属音。

〝!?〟

 こめかみに押し付けられた、冷たい銃口の感触。

「――夢の中身を聞かせて貰ってもいいか?」

 寒気がするほど低く抑揚のない男の声が囁いた。

 ヴォイスは戦々恐々、横目で振り返り、茫然と呟く。

「NB……」


              ***


 [AM 2:34] /中央区・スカイビル、地上十五階『第三備蓄倉庫』

 定刻どおり、サブマシンガンを携えた衛兵が一人、見廻りにやって来る。

 衛兵の胸ポケットに煙草のパッケージを確認したベルは、それとなく声をかけた。

「ねぇ、タバコ一本くれない……?」

 捕虜からいきなり話しかけられ、訝るように眉をしかめる男。

「あぁ? お前、自分の立場わかってんのかよ?」

 ベルはわざと弱々しい声で、切羽詰ったように懇願した。

「お願い……。もう一日以上吸ってなくて、おかしくなりそうなの……!」

 男の警戒心を解くように、彼女は分かり易くオイシイ条件を提示する。

「その代わり、私のカラダ、好きにしていいから……」

 狙い通り、その一言で衛兵の目の色が変わった。

 男は周囲を窺うように見渡して、ニヤニヤと笑う。

「へへっ、そのツラでヤニ中かよ。いいぜ?」

 取り出した煙草を一本、ベルの口に銜えさせ、「ほらよ」と火をつける。

「ん、ありがと……」

 思い切り吸い込み、煙は肺まで入れず口の中に溜めて吐き出しながら、先端に点いた火種を徐々に大きくしていく。

「それじゃあ、こっちも遠慮なく」

 傍らに短機関銃を下ろした男は、そのままベルの体にむしゃぶりつき、張りのいい胸を握りつぶすように揉みしだきながら、お腹や腋の下に夢中で舌を這わせはじめる。

「うぅっ……」

 敏感な部分を舐め上げられる感触に戸惑いつつ、男の注意が逸れるタイミングを見計らって顎を上げたベルは、手首の拘束具に付着したガム状火薬に注視する。

 銜えた煙草の火を、あそこへ。

 しかし、大の男に抱きつかれているこの状態から懸垂は不可能だ。

 ならば――。

「あっ、あぁ……きもち、いぃ……んん~っ! もっと……あぁん、そこっ――」

 彼女は悶えるふりをしながら、男の肩に膝をかけ、肩車の前後を逆にしたような体勢へと移る。瞬間、天井の梁と手枷を結ぶ鎖に、だらんと大きくゆとりが出来た。

「――ッ!」

 その期を逃さず唇を尖らせたベルは身を乗り出し、火の点いたタバコの先端を、ガム状火薬の表面にぎゅっと押し付ける。

〝!!〟

 途端、稲妻のような火花が散って、彼女の両手首を拘束していた金具が吹き飛んだ。

「なっ!?」

 驚愕する男の首筋に、間髪入れず強烈なハイキックを叩き込んで沈黙させたベルは、懐から拳銃を抜き取り、傍らのサブマシンガンを肩から担いで一目散に出口へと走る。

「どうしたッ!?」「なんだ、今の音は!?」「第三倉庫の方だ!」

 爆発音を聞きつけて、ドタバタとやって来る兵士達の足音。

「チッ……!」

 通路の曲がり角で待機したベルは、直後に飛び出して来る衛兵たちの群に向かって、短機関銃の一斉掃射を浴びせかけた。


〝ダダダダダダダダダダダダダダダ――――――ッ、――……!!!!〟


「のわぁあっ!?」「ちょッ、待……!!」「たっ、退避―ッ!! 退避しろォーッ!!」

 狭い通路の中で、堰を切ったように吐き出される銃弾の嵐。

 怯んだ兵士たちが団子になって逃げ惑う隙に、踵を返したベルはその場を走り去る。

 細い通路を、奥へ、奥へと抜け、非常階段へ――。


              ***


 一方、その頃……。

 階下の喧噪から遠く隔たれた最上階の一室は、濃霧のような静謐に包まれていた。

 ヴォイスのこめかみにルガーの銃口を押し当てたまま、Mr.ノーボディは口を開く。

「まさか、アンタが黒幕だったとはな――」

 スローモーションのように流れゆく時間(とき)の中で、静かに対話する二つの影。

 深海のように蒼く澄み渡った空気に、その名を告げる声がぽつりと反響した。


「――納谷先生」


 月明かりの忍び込む、薄ぼんやりとした暗闇の中。

〝マスター=ヴォイス〟こと納谷昭二は、頬に深い皺を刻み、不敵に笑って見せた。

「よく此処が判ったな……?」

「Ms.コニーレッドはすべてを喋ったよ」

「……そうか」

 落胆したように肩を落とし、溜息を吐くヴォイス。

 一呼吸置いて、ノーボディは低く尋ねた。

「ベルはどこにいる?」

「十五階の第三備蓄倉庫だ」

 無言のまま頷き、押し付けた銃口の先で椅子から立ち上がるように促す。

「データを渡してもらおう」

「あぁ……」

 背後から銃口を突きつけたまま金庫の前まで歩かせたノーボディは、開錠のため、入力式のタッチパネルを触れようとするヴォイスに、念のため釘を刺した。

「一応言っておくが、妙な真似はするなよ?」

「……わかっている」

 辟易したように言って解除コードを打ち込んだヴォイスは、扉を開け、ケースから取り出した記録媒体をノーボディに差し出した。

「中身を確認する」

 ノーボディは取り出した携帯端末をヴォイスに投げ渡し、接続部分に記録媒体を挿し込んで見せろと指示をした。ヴォイスは言われた通りに従い、数秒の読み込み時間を経て、画面にファイルが展開される。……どうやらデータは本物のようだ。

「よし、そのままこっちに引き渡せ――」

 記録媒体と携帯端末を返却し、ヴォイスは伺いを立てるようにノーボディを見た。

「もう、いいかね? 少し休ませて欲しい……。この通り、私も歳だ。それに今日は酔っているものでな? こうして立っているだけでも、なかなかにしんどいのだよ……」

 細く頼りない声色を使い、非力な老人を演じようとするヴォイスに対し、ノーボディはお見通しだと言わんばかりに、冷たく強い口調ではねつけた。

「まだだ。予備に取ってある複製データの方も消去してもらう」

「チッ……」

 渋るヴォイスを銃口の先でせっついて、デスク上のPCに向かわせる。

 OSを起動させ、ハードディスク内から該当するすべてのファイルを削除させた。

 完了のアイコンが表示されて、張り詰めていた神経が僅かに弛緩する。

 しかし……。

 反撃の機会を窺っていたヴォイスは、その一瞬の隙を見逃さなかった。

「ッ――!」

 ハッと気づいたときにはもう遅い。

 ノーボディの目を盗んだヴォイスは、机の裏のスイッチへと素早く手を伸ばし――。

〝!?〟

 瞬間、手前の引き出しから勢い良く噴出する真っ白な高圧ガス。

 顔面に目眩ましを浴びたノーボディは反射的に目を瞑り、後退する。

「……くっ!」

 ヴィィイイ――ン、ヴィィィイ――ン……!!

 同時にけたたましく鳴り響く警報と、勝ち誇ったように笑う声。

「ふはははははははは――ッ!!!!」

 室内に充満する真っ白な霧の中、薄れ行くヴォイスのシルエットに向かってルガーを構えたノーボディは、迷うことなくトリガーを引き絞った。


              ***


「……!」

 衛兵からの追跡を逃れ、偶然駆け込んだ倉庫でダンボールに入っていた備品用のカーテンを服の代わりに裸の上から巻きつけていたベルは、そのとき上の階から聞えて来た銃声に、ふと意識を留めた。

 なにやら表が騒がしい。警報が鳴り響く中、バタバタと扉の前を通り過ぎていく兵士たちの足音。じっと息を潜めながら、壁に寄りかかってその会話に耳を済ませる。

「取締役室に侵入者だ!」「脱走した女スパイかもしれない!」

 ――取締役室に、侵入者……?

 兵士はベルを疑っているような口ぶりだったが、無論、彼女ではない。

「……まさか」

 なんとなく胸の内側が疼く。ベルには予感があった――。




ろくにプロットを作っているわけではないので、延びる可能性は往々にしてありますが、

恐らく来週で最終回になると思います。というわけで、最後まで宜しく。

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