そいつは、リアルに存在している
ありえない!
と俺は思った。
目の前に見えているもの、廊下の窓ガラスを突き破って火を吹いているものは、どう見ても竜だった。
竜。
ドラゴン。
そんなものは、ファンタジー映画やゲームの中にしかいない、架空の生物なのだ。
それが、目の前に…。
だが、そいつは、リアルに存在している。
窓の外には、黒っぽいウロコに覆われたトカゲのような巨体が見えている。その背中には、いかにも爬虫類的な、無機質な感じの翼が生え、バサバサと動きながら、巨体を空中に静止させていた。
まるでホバリングするヘリコプターのようだ。
その状態で、竜はギラリと光る目をこちらに向けた。
いま火を吹かれたら、ひとたまりもない。
俺は身体が凍りついたように動かなかった。
美空も、もはや声も出せないようだ。
が、竜は頭が大き過ぎて、顔をこちらに充分に向けることができなかった。
イライラした様子で、何度か激しく首を振って、俺たちのほうに向かおうとするのだが、巨体がガラス窓につかえて、うまくこちらを向けない。
怒った竜は、顔を斜めに向けたまま、雄叫びとともに火を吹いた。
炎は、俺たちを直撃はしなかったが、熱風が顔をチリチリと焼いた。
怖くて動けない。
だが、竜は身体をねじって、さらに首をこちらに向けようとしている。
ヤバイ。
このままでは、ほんとうにヤバイ。
あいつが、完全にこちらを向く前に、ここから逃げなくては…。
俺はガクガクと震える足をむりやり叩いて、なんとか立ち上がった。
美空の腕をつかんで、力一杯引き上げる。
そのまま、肩を組んで走りはじめた。
だが、二人とも足がもつれて、速くは走れない。
背後で、俺たちが逃げ出したことに怒ったのか、竜のすさまじい咆哮が響いた。
火を吹こうとしているのに違いない。
もうダメだ!
と思ったとき、目の前の部屋のドアがいきなり開いて、
「こっちだ!」
と誰かが叫んだ。
俺は美空を抱きしめ、飛び込むようにドアの中に倒れ込んだ。
次の瞬間、廊下を巨大な炎が一気に呑み込んだ…。