完全に泣いた顔
「新久保くんは、臆病なんかじゃない‼︎」
美空さんは、もうほとんど泣きそうな顔をして、横山をにらんでいる。
横山は、あっけにとられて固まってしまった。
だが、横山以上に固まったのは、俺だった。
た、たしかに、一緒に四階に行ったとき、俺はとっさに鋼鉄の騎士に立ち向かった。
そして、その場の思いつきで、懐中電灯の光を浴びせた。
これが、光臨の剣だ、と嘘をついて…。
それが結果的に、美空さんと高田先生の命を救うことになった。
でも、あれは、自分が助かるためでもあったわけで…。
俺がそんなことをぐじぐじ考えていると、
前に立っている美空さんの目から、さらに大粒の涙がボロボロとこぼれてきた。
泣きそう、というより、美空さんは、完全に泣いた顔になった。
いや…、なにも、そこまで泣かなくても…。
と、俺があっけにとられかかったとき、
美空さんの口から、声がもれた。
「きゃ…」
きゃ?
「きゃああああああッ!」
美空さんは、絶叫した。
彼女は、泣いているわけではなかった。
恐怖でおびえていたのだ。
俺は、あわてて振り返った。
後ろに、巨大なブヨブヨの粘土みたいなかたまりがそびえ立っていた。
怪物だ。
表面は青白く、つやつやした皮膚みたいで、でも全体が濡れていて、ネトネトしている。
こいつが、三階の廊下に現れて、大勢の生徒を襲ったという怪物に違いない。
天井に当たりそうなほど大きい。
そして、なによりも恐ろしかったのは、ブヨブヨ、ネトネトのかたまりの中に、人の顔や、腕、脚らしきものが、埋め込まれたように、くっついていたことだ。
何人もの身体の一部が、ほとんど同化して、くっついていた。
服を着たままの身体もあれば、ほとんと溶けて裸になっている身体もあった。
そして、その中の一つに、まだ比較的、顔の形が判別できるのがあった。
学年主任の佐藤先生だった。
最初に、俺と美空さんが四階に行ったとき、一人で逃げて行った、あの先生だ。
佐藤先生は、まだかすかに動けるみたいで、
「た、たすけてくれェェェェ…」
と、俺たちを見て、喋った。
あれほど、身体が同化していながら、まだ意識が残っているのだ。
「ひぃぃぃ…」
美空さんが、腰をぬかしたように、座りこんでしまった…。