臆病者でないのならば
「お主が、囮になるんじゃ!」
ウインガーレイ侯は、そう言って俺の肩を叩いた。
「えーっ? 俺が囮?」
「なんじゃ? 怖いのか?」
侯は、妙ににやにやしながら、顔を寄せてくる。
「む。べ、べつに怖いわけじゃないすけど…でも…なんで、俺なんすか⁉︎」
「なんだ? おなごを行かせろと言うのか?」
「そうじゃないけど…稲田もいるし…」
「あの者には、もっと大切な役割があるのじゃ!」
「大切な役割?」
「まあ、つべこべ言わずに、はやく行け! 臆病者でないのならば、な」
そう言って、侯は俺を押し出した。
しかたがないので、俺は護衛役の付き人に見つからないように、またいったん隣の部屋に戻ってから床に向かう。
とはいえ、囮といっても、いったい何をすればいいのだろうか?
付き人の注意をそらして、ウインガーレイ侯たちがサーシャの服に取り付く時間を稼ぎ、しかも俺自身も付き人に捕まるわけにはいかない。
侯は簡単に送り出してくれたが、これは、かなり難易度の高いミッションだ…。
そもそも、どうやって付き人の注意をひけばいいのだろうか?
単純に付き人の前に出ると、瞬殺されそうな気がする。
床に降りた俺は、タンスの影に隠れて、そっと浴室の様子をうかがった。
付き人は、微動だにせずに、まわりに視線を漂わせながら、膝を立ててすわっている。
隙は、まったくない…。
どうすることもできず、俺が悩んでいると、また別の女中が部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。
まずい…。
俺は、とりあえず隠れようと、衣装ダンスのいちばん下の棚の戸をあけて、中に入ろうとした。
が、ふと、そこにあった香油の小瓶が目にとまった。
これは…。
いちかばちか、俺はある作戦にうって出た。