女子に頼られた経験
落合先生が、そっとドアをあけた。
廊下はほとんど真っ暗なのだが、奥のほうでまだかすかに燃えているものがあるので、ぼんやりと明るい。
ちょうどそのあたりで、俺たちの担任の中井出先生が、竜の炎で焼かれていたことは、なるべく考えないようにした。
「よし。いまのうちだ。新久保、おまえが先頭を行くんだ」
そう落合先生が言って、俺が廊下に押し出された。
さらに落合先生は、俺に懐中電灯を渡した。
竜はどこかに行ったみたいで、廊下は驚くほど静かだ。
それにしても、このフロアには、ほかにも教師たちがいたはずだ。
彼らはいったい、どこに行ったというのだろう?
まさか、全滅…?
俺は頭をふって、嫌な考えを追い出した。
いまは、考えなくていい。
俺と美空が上がってきた階段は、ほんの15メートルほど先にあったはずだ。
そちらの方向は、真っ暗で何も見えない。
思い切って、一瞬だけ、懐中電灯で照らしてみた。
階段が、見えた。
やはり、意外なほど近い。
竜の気配もないようだ。
「よし、一二の三で、全員一斉に走ろう」
後ろから落合先生が言った。
全員、真剣な表情でうなずいた。
「お前が合図を出すんだ、新久保」
美空が、俺の背中に、ごく自然に手を置いた。
温かい…。
そして、その手は、かすかに震えている。
美空は、怖くてたまらないのだろう。
そんな状態で、俺を頼ってくれているのだ。
もう、もう、こうなったら…。
俺ってやつは、なんと、たったこれだけのことで、もう死んでもいい、とまで思っているのだった。
どんだけ女子に頼られた経験がないんだよ…。
とにかく、俺は覚悟を決めた。
大きく息を吸い込んで、
「一二の…三!」
と、再び階段に向かって、懐中電灯をつけた。
と同時に走りだそうとした俺たちは、しかし、その場に固まってしまった。
懐中電灯が照らした先には、鎧を着た騎士が立っていたのだ。