絶望という言葉の意味
俺が、あの怪物の正体を尋ねると、
落合先生は、
「わからん」
と言った。
正直、俺はガッカリした。
教師たちなら、なにか知っているかもしれない、と勝手に考えていたからだ。
落合先生は、暗い顔で続けた。
「あいつが現れたのは、あの停電の直後だったんだ…。我々教師も、停電で真っ暗になって、周りの状況がまるでつかめず、混乱していた。そんなとき、突然、あの獣のような咆哮とともに、窓が破られ、あいつが現れたんだ…」
落合先生の話を聞いて、高田先生が、自分の身体を抱えて震えはじめた。
おそらく、襲撃の瞬間を、思い出したのだろう。
「最初の襲撃で、教頭先生をはじめ、数人の先生方が、あいつに喰われた…」
ひいっ、と美空が小さな悲鳴をあげた。
その声で、落合先生は正気に帰ったように、ハッとして、
「そうだ。時間がない。あの怪物が、部屋側の窓に飛んで来たら、ここも危険なんだ」
そう言って、窓のほうをちらりと見た。
俺も、思わず、部屋の窓を見た。
窓の外は、真っ暗闇で、何も見えない。
まるで黒いカーテンが引かれているみたいだ。
だが、確かに、あのドラゴンは空を飛んで空中に静止し、四階の廊下の窓から首を突っ込んで炎を吐いていたのだ。
建物の反対側まで飛べば、部屋側の窓から首を突っ込むことなどたやすいだろう。
そう考えると、いつ、窓の外に竜が現れるか、わからなかった。
落合先生は、意を決したように、言った。
「ここにいては、危ない。我々は、この建物から脱出しなくてはならない」
俺は、「絶望」という言葉の意味が、生まれてはじめて、本当にわかったような気がした。
この部屋の中は、ちっとも安全地帯なんかじゃなかったのだ。
命からがらこの部屋に飛び込んできて、ようやく人心地つけると思ったのに、また、あの廊下に出て行かなくてはならないのか…。
廊下のほうから、また龍の咆哮が、響いたような気がした…。