第3話 ロイヤル・ブライド(4)
大聖堂に満ちる清廉な空気は、厳かな音楽に満たされていた。
大司教の前に佇む花婿と花嫁に、多くの人々の祝福に満ちた視線が集まる。
神々の前で紡がれる誓いの言葉。
光が溢れる。
天の祝福を現すように、輝く陽光が大聖堂のステンドグラスを通して人々を照らしていく。
そして、厳かな宣言と共に交わされる誓いの口付け。
その瞬間、歓喜の声が大音声となって轟いた。
万雷の拍手が新たに夫婦となった二人を包み込む。
その二人の隣に、輝く鎧を身にまとったレティシアが静かに歩み寄ると、喜びの声は静かに引き下がっていく。
新郎新婦に一礼し進むレティシア。精緻で豪奢な鎧に包まれたその美貌は神秘的と言えるほど厳かな雰囲気をまとっていた。
「リーズベルの光の騎士達よ!」
静かに澄み渡った声が、大聖堂に満ちる。
天騎士の呼び声に応じて、壁際で不動の姿勢を取っていた騎士達が、一斉にヴァージンロードの左右に整列する。
鏡面のように磨き上げられた装甲面に、息をのむ程緻密に施された彫刻。兜は透き通るクリスタルを抱き、左右に純白の羽根飾りを振りかざす。そんな芸術品の様な鎧姿の乙女達が数十名、大聖堂の長いヴァージンロードを包み込む。
「リーズベルの光の騎士達よ。剣を掲げよ!我らが同朋を栄光の未来へ導け!」
白刃が煌めく。
一糸乱れぬ動きで騎士達が剣を抜き放ち、眼前に掲げる。鎧と同様に精密な彫刻が施された剣を掲げた騎士達の姿は、まるで神話の絵巻のようだった。
「神名により汝等が命をかざせ!」
レティシアの下命のもと、騎士達は頭上に掲げた剣を互いに交差させる。
音楽が朗々と高まる。
新郎新婦は、作り上げられた剣の道を潜りながら歩み始める。そして、新郎新婦が通り過ぎた所から、真紅のマントを翻し、騎士達がその後に続いていく。
拍手と祝福の声が、参列者から沸き起こり新郎新婦を包み込んでいった。
剣の道をくぐり抜ける花嫁は、僅かに滲む感涙を隠しながらも、暖かい拍手を送ってくれる参列者に手を振り返していた。
そして半ばまで進んだ所で、左右に控える騎士達の中に、見知った黒髪の少女を見つける。
花嫁が視線を合わせて手を振ると、香澄は微笑みを浮かべて頷いた。
その香澄もマントを翻し、新郎新婦の行進に加わる。
大聖堂の扉が開く。
大聖堂前には、見物に来た一般のビジターやアクター達が集まり、さながら祭のような熱狂を作り上げていた。
ブーケが宙を舞う。
再び巻き起こる万雷の拍手。眩しいほどのフラッシュが同時に瞬く。
そして、勇壮なパレードの始まりだ。騎士総代たるレティシアの騎馬を先頭に、白馬にまたがった騎士達、ハルバードを担いだ徒の騎士達、そして新郎新婦を乗せた豪華絢爛な馬車が続く。その後を香澄達着飾った騎士達が剣を掲げながらゆっくり続いていく。そして最後に行進曲を奏でる楽団だ。
パレードの一行は、王都の中心部に位置する大聖堂からリズべリア宮を目指して進み始める。丘の上に位置する宮殿に向かう坂道は、新郎新婦の縁者でなくとも一目この盛大な式典を見物しよと集まった人々でごった返していた。
そんな人々を押しとどめパレード隊の進路を確保すべく、沿道にはずらりと王都の治安維持を預かる紅獅子騎士が、等間隔で立っていた。
隊列は軽やかな音楽を振りまきながら、沿道の人々の祝福を浴びながら、リズべリア宮へ近づいていく。
隊列の中にいた香澄がふと視線を流すと、沿道に並ぶ紅獅子騎士たちの中に、一際背の低い銀髪の少女騎士を見つける。つんっと無表情に澄しているセイラと目線を合わせる。お互い任務中だ。声を変えあうことも笑顔を浮かべることもしない。
たっぷりと時間をかけて、騎士と馬車の一団はリズべリア宮の庭園に入り、迎賓館の大ホールに到達する。ここからは、祝賀パーティーの始まりだ。
香澄達騎士は散会し、壁面の彫刻よろしく大ホールの壁際で直立不動の姿勢をつく。
楽団が配置に着く。お色直しした主賓の新郎新婦、その親族縁者、リーズベル王国の重鎮、貴族たち。街の有力者、そして公募で招待された一般ビジター達。みなそれぞれ入場し始めた。アクター達は煌びやかな正装で。ビジター達も貸し出された衣装でドレスアップし、映画の中でしか見たことのないような絢爛豪華な中世欧州風のパーティーに胸を躍らせていた。
その間を縫うようにぴんと背筋を伸ばした給仕達が動きまわり、瞬く間にテーブルの上が湯気漂う料理で満たされていく。次に銀の盆にグラスを満載したメイド達が素早く飲み物を配って行った。
司会役が新郎新婦への祝辞を述べ、来賓のリーズベル高官達を紹介していく。
「それでは皆様、リーズベル王国王女アンネリーゼ・リーズベル殿下のご来臨でございます」
そして最後にその名が告げられると上手の扉が開き、レティシアにエスコートされた王女が姿を現した。
一同が息を飲む。
高く結い上げたストロベリーブロンドに輝くティアラ。品の良い柄の淡いピンクのドレスに薔薇を模したリボンとコサージュが揺れる。肩をさらしたドレスと薄く引かれたルージュ。そして、何よりも引きつけられるのはその瞳。胸元に輝く緑の宝石と同じに透き通ったグリーンが、しかし石などとは比べものにならない輝く意志の力を宿し、前を見つめる。
アンネリーゼは会場中央に一歩進み出ると、優雅な所作で一礼した。
「リーズベル王国王女、アンネリーゼ・リーズベルです」
朗々とアンネリーゼの声が響く。
「新郎ダン・マクシミリア、新婦エリー・ハミルトン。この場に集まった全ての諸兄諸氏を代表し、そしてリーズベル王国を代表して、まずあなた方に最大限のお祝いを申し上げましょう。ご結婚、おめでとうございます」
ダンが杯を掲げて見せ、エリーが頭を下げる。
「本来ならばこの様な大事なお祝いは、父王からの言葉があって然るべきかと思いますが、公務とは言え不在であれば、このアンネリーゼの言葉を持って父王の祝と聞き入れていただければ幸いです。」
さて、ご臨席の皆様方。ここの新郎新婦の出会いをご存知でしょうか。
今日という日を迎えた運命の二人は、九年前、このアルフェネアの地で劇的な出会いを果たされました。子細はご本人達に語るをお譲りいたしますが、モンスターに教われた新婦を新郎が助け出すというドラマチックな出会いだったのです。
このようなことが外の世界で起こり得るでしょうか。
以来、二人はアルフェネアの地で冒険と親交を重ねていったのです。
本日は、二人の人生にとっての新たな起点となるべき日でありましょう。
その記念すべき日を、彼らの始まりの地でもあるこのアルフェネアで祝うことが出来る事は、アルフェネアに暮らす民の一人として、至上の歓びです。
彼らの内から溢れる幸せは、彼らの顔を見るだけで手に取るようにわかります。
しかしその幸せは、彼らだけのものではありません。
このアルフェネアのの地で。
このリーズベルの地で。
今まで育まれて来たその幸せは、この地で生きる者達すべての誇りであり希望となるものなのです。
我々アルフェネアの民を、素晴らしい未来へと導く光の道しるべとなるものなのです。
ダン。
エリー。
どうか、今の思いを大切にして下さい。
あなた方の進む先にますますの幸せと歓びが溢れんことを。
私達アルフェネアの民全てが、お祈り申し上げております。
アンネリーゼは、言葉を切り、目を閉じる。
皆様。
私はこの宮殿で生まれ、今までこの王都で生活をしてまいりました。
私は、このアルフェネアを、リーズベルを愛しております。
ですが、このリーズベルが現代社会の国家とは一線を画す場所であることは、知識として承知しております。
ですから、いつからか私の心の底には、ある疑念が生まれておりました。
私が全てだと思っているこの世界。
私が愛してやまないこの国。
それは、危うい砂上の楼閣に過ぎないのではないかと。
先達たちは作り上げた、イミテーションに過ぎないのではないかと。
王国の高官たちが、はっと息を飲む。事前の原稿にはなかった言葉なのかもしれない。
ですから、自分がその王国を担う立場に立つ事から目を背けておりました。
私自身の力不足で、その「嘘」が暴かれてしまうのではないか。
その「作り物の世界」を壊してしまうのではないか。
そんな恐れがあったからです。
しかし。
でも。
アンネリーゼが大きく腕を開く。まるで全てをその腕に抱くように。
皆様。
私は今日、この新郎新婦を目の当たりにして確信致しました。
そのような私の恐れは、無知な子供が抱く幻想にすぎなかった事を。
ただの杞憂であったという事を。
私達の世界は、このような、幸せ溢れる二人を抱ける、紛ごうことなき、本物の世界であるのです。
この王国において、王女として、この式典に立つ事ができる幸せ。
それを今、私はひしと噛み締めております。
ですから、感謝したいのです。
ダンとエリー。
そして、この場に立てるようご配意下さったすべての方々に。
アンネリーゼはゆっくりと会場を見回していく。その視界の隅に、壁際で佇む香澄の姿を認め、満足したかの様に、再び前を向く。
この場を借りて、私にも誓いの言葉を述べる事をお許し下さい。
微力ではありますが、私もこの愛する世界を作り上げていく一助となりたい。
新郎と新婦が永遠の愛を誓うように。
私は、王国の花嫁となることを誓います。
今私に出来る事。
この身全てを掛けて、アルフェネアの幸せを守るために。リーズベルに幸せを生み出すために。
新郎新婦のお二人。
ご臨席の皆様方。
どうか、私の細やかな願いを叶える為に、これからもそのお力をお貸しください。
アンネリーゼは、ふわりと微笑みを浮かべる。
本日は、新郎新婦にとりましても、私にとりましても決意を新たにする記念すべき日となりました。
ダン、エリー。あなた方にアルフェネアの地の祝福があらんことを。
我々の希望が、永久とならんことを。
拍手が巻き起こる。
アンネリーゼは深々と一礼すると、来賓たちの中に戻っていった。
そして、賑やかなパーティが始まった。
長くなりました第3話完結となります。次話は短めになるかと思います。
ご一読下さった方々に感謝申し上げたいと思います。
書きたいお話はあるのに、自分の語彙のなさと能力のなさに辟易しますが、またお付き合いいただければ、幸いです。